第31話

 騒動の後、事情聴取のために鳳グループ内の応接室を借りて貴原は一晩休んでいた。


 それなりに広い応接室はホテルの一室のようであり、それなりに充実した夜を過ごして、貴原は上機嫌でクリスマス・キャロルを鼻歌で囀っていた。


 近づくクリスマス=セラとのデートの日に、貴原の気持ちは極限までに昂っていた。


 そんな貴原は扉がノックされて、村雨が部屋に入ったことに気づいていなかった。


 鼻歌で囀っていたクリスマス・キャロルが数ループした後、ようやく村雨の存在に気づいた貴原は「どうも、村雨さん」と、特に驚いている様子はなく満面の笑みで出迎えた。


「ちょっと、君に聞きたいことがあったから来たんだけど――……邪魔をしたかな?」


「いいえ、気になさらずに! しかし、まさかあの爆発事件で生きているとは思いませんでした。肉片や骨も残らないほどグッチャグチャになって、燃え尽きたと思っていました」


「君も含めて大勢の人に心配をさせてしまったようで、申し訳ない」


「頭を下げないでください! 影で御使いの妨害工作をしたあなたの活躍で、御使いの計画を完全に潰すことができたのですから、それで良しとしましょう!」


 周囲を騙していたことに、本気で謝罪をする生真面目な村雨だが、クリスマスが近づいて上機嫌な笑みを浮かべている貴原はまったく気にしていなかった。


 騒動の後、生きていた村雨から貴原たちは詳しい話を聞いていた。爆発事件の後、何をしていたのか、どうして御使いの服を着ているのか、多くのことを。


 村雨は伊波大和――天宮加耶と協力して、御使いに人質に取られた御柴巴の母を助け出し、傷だらけの大道を助けたこと、そして、もしもの時は制輝軍と生徒の争いを止める役割を持っていることを明らかにした。


 陰で大活躍をしていた村雨だったが、村雨自身はは自分よりも制輝軍と生徒の争いを止めた貴原の方が活躍していると思っていた。


「陰でコソコソしていた俺よりも、君の方が大活躍だったじゃないか」


「ハーッハッハッハッハッハッ! そんなに褒めないでくださいよ! まあ、生まれ持った僕の天性のカリスマ性が彼らの心を刺激することができたのでしょう!」


 元々上機嫌だった貴原の機嫌が村雨に褒められてさらに上機嫌になり、偉そうに大きくふんぞり返って笑っていた。明らかに調子に乗っている貴原だが、村雨は呆れることなく、彼を尊敬の眼差しで見つめていた。


 本来はもっと早く、大勢の人間を煽ってしまった幸太郎たちのサポートに向かおうとしていたが、貴原の説得に思わず聞き入ってしまい、感銘を受けてしまった村雨は、貴原のことを心から尊敬していた。


「君は本当に強くなった。それに、君は短い間で随分と変わった」


 昨日の制輝軍と生徒を説得する貴原の姿を思い返して、村雨は心からそう思っていた。


 そして――一拍子間を置いて、聞きたかったことを貴原に聞く。


「教えてくれ――何が君を変えたんだ?」


 再び自分を褒めてくる村雨に、上機嫌の絶頂にいる貴原は偉そうに答えようとするが――ここで、七瀬幸太郎のことが頭に過り、上機嫌の絶頂から一気に不機嫌になった。


 自分が変わった理由を考える、頭の奥を掘り下げて考えてみる。嘘でもいいから何かを考える――その度に、七瀬幸太郎のことが頭に浮かんで貴原の気持ちはさらに下降する。


 七瀬幸太郎――心の中で忌々しく舌打ちをしながらも、貴原は認めざる負えなかった。


「バカがつくほど正直で、言動が一々腹が立つ落ちこぼれの輝石使いが僕よりも活躍していて、僕よりもしっかりしているのが気に食わなかったんですよ」


 頭に浮かんだ人物に向けて唾棄するように貴原はそう吐き捨てる。


 口ではそう言っていても、その落ちこぼれを心のどこかで貴原は認めていると村雨は確かに感じ取っていた。


「まったく! どうしてあんな奴がセラさんのお気に入りなんだ。どうしてセラさんもあんな奴ばかりに構うんだ……クソッ! あの落ちこぼれのことを考えれば考えるほど腹立たしい!」


 グチグチと一人で文句を言って、一人で勝手に機嫌が悪くなっている貴原の様子を、村雨は呆れたように眺めていた。


 虫の居所が最悪な貴原を刺激するように扉がノックされる。


 扉がノックされると、貴原は乱雑な口調で「どうぞ!」と入室を許可すると――部屋に入ってきたのは御柴巴だった。


「み、御柴さん……し、失礼しました!」


 部屋に巴が入ってきた瞬間、貴原は乱雑に応対した非礼をすぐに詫びるが――部屋に入ってきた巴は貴原なんて見ていなかった。


 巴の視線が向けられているのは、村雨宗太だけだった。


 嬉しそうでありながらも怒気が含まれている目で睨まれて、村雨は目をそらしたくなるが、それを堪えて巴を見つめ返した。


 無言のまま見つめ合っている二人の間の緊張感に耐え切れず、貴原は「ご、ごゆっくりどうぞ」と、巴と村雨を残してそそくさと逃げるように部屋から出た。


 貴原が出て行って、室内は沈黙に包まれる。


 無言の巴に見つめられている村雨は、巴から伝わる緊張感と、憧れの人物と久しぶりに会えた胸の高揚に何も喋れなくなってしまう。


 しかし、このままではずっと沈黙のままだと感じた村雨は巴に向けて深々と頭を下げる。


「ご心配をかけてしまってすみませんでした」


 爆発事件で安否不明になっていた自分を巴は心配していたと思い、村雨は頭を下げる。


 村雨が頭を下げた瞬間、呆れたように巴は深々とため息を漏らす。そのため息が、村雨の耳に何度も反響して伝わっていた。


「……顔を上げなさい」


 何かを押し殺した巴の声に、完全に彼女が怒っていると感じた村雨は、覚悟を決めて顔を上げると――巴の表情に怒りは宿っていなかった。


 今にも泣きだしそうな表情だったが、それでも巴は無事な村雨の姿を見て満面の笑みを浮かべて安堵と喜びに満ちていた。そんな彼女の笑顔に村雨は思わず見惚れてしまった。


「宗太君が無事でよかったわ……本当に、よかった……」


「あ、あの……本当にすみませんでした……」


「もう謝らないでいいわ。君が無事なだけでもう私は満足だから。それと、母を助けてくれてありがとう、宗太君」


 巴の笑顔に見惚れてしまって、何も言葉が浮かばない村雨は謝罪の言葉しか出なかった。


 再び謝る自分を見て気にしないでくれと言ってくれる巴に、このままじゃダメだと思った村雨は一度大きく深呼吸をして気持ちを整える。


 そして、言いたいことを巴に言うために、勇気を出す。


「え、えっと……その――俺は、大悟さんに協力することに決めました。俺に何ができるかわからないけど、大悟さんの元でアカデミーのために頑張ります」


「そうなの? でも、君が小父様に協力してくれるのなら、きっと小父様にとっても、アカデミーにとっても必ずプラスになるわ」


 村雨が大悟に協力することに、巴は心強さを感じていたが――村雨の言いたいことではなかった。


「そ、その……俺はしばらくアカデミー都市から離れることになります」


「どうして? せっかく御使いの事件が終わったのに……」


「さっき、克也さんから指示が出されて、散り散りになった天宮家を探してくれと命令されました。散り散りになった天宮の人たちを探す理由は、大悟さんなりの贖罪をするためだそうです。いずれは御三家の方々にも正式に謝罪をするそうです」


 できる限りの償いをしようとしている大悟の心意気に感心しながらも、巴は面倒事を村雨に押しつけた父に呆れていた。


「小父様らしいけど――……それ、きっとが面倒だと思ったから君に押しつけた仕事よ……まったく! 私が後で注意してくるわ!」


「ち、違います、違います! 俺も率先して引き受けたんですよ!」


「あんなろくでなしに気を遣わなくてもいいの」


「率先して引き受けたのは本当です。――俺は、まだ事件の責任を取っていませんから」


 父娘の仲がさらに険悪になりそうな克也を必死でフォローする村雨。


 もちろん、克也に押しつけられたわけではなく、少しでも前の事件の責任を取りたいと思って、率先して引き受けた仕事だった。


 少しでも贖罪がしたい自分の気持ちを悟ったのか、不承不承ながらに巴は納得した。


 しかし、これも本当に村雨が言いたいことではなかった。


「多分、俺は俺を許せるまで、アカデミーには戻らないと思います……その前に――」


 思いを告げる準備は万端だった。


 今更都合が良いかもしれないし、自分には資格がないのかもしれないが、それでも――


 再び村雨は深呼吸をして、昂る気持ちを抑える――そして――


「と、巴さん、俺はあなたのことが――」


「でも――あの人のせいで辛かったら私に何でも言ってね。君のことは弟のように思ってるから、いつだって君の味方よ」


 覚悟を決めて自分の想いを告げようとする村雨だったが――その前にフラれてしまう。


 罪を犯してしまった自分を弟のように思ってくれるのは嬉しい、とても嬉しいが――


 村雨としてはもうワンランク上の関係になりたかった。


 だが、密かに巴のこと想うと同時に、村雨はそんな彼女を信奉してついてきたので、今更男女の関係になるなんて虫が良すぎる話だと思っていた。


 巴を信奉し、御柴巴という人間が完全無欠の人物であると思っていたからこそ、密かに想いながらも村雨は彼女のことを完全に異性として見ることができなかった。


 完全にフラれてしまった村雨だが――それでも、よかった。


 罪を犯してしまったどうしようもない自分を巴は弟として見てくれて、大切に思ってくれたので、それだけでもう十分だった。


「君が自分を許せるまで、アカデミーに戻るのを私は待っているわ……頑張りなさい」


 優しい笑みを浮かべた巴の励ましを聞いただけで村雨は救われたような気がして、強大な力を得た気になった。


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