第32話

 事件から二日経過したクリスマス・イブ――外は雪が降っていた。


 今年はホワイトクリスマスになると世間が浮き立っている中、セントラルエリアにある大病院の病室で心地良さそうな寝息を立てて幸太郎がフカフカの病床の上で眠っていた。


 呑気に眠る幸太郎がいるベッドを挟んで、向かい合うように麗華と加耶が椅子に座っていた。


 不機嫌そうに加耶を睨む麗華と、そんな麗華を煽るような軽薄な笑みを浮かべる加耶。


 二人の間には険悪な雰囲気が漂っているが、敵意はなかった。


 二人の間には沈黙が流れていたが――「……それにしても」とふいに麗華が口を開く。


「憎たらしいほどよく眠っていますわね」


「慣れない力を使ったから無理もないよ」


 心地良く眠っている幸太郎を、麗華は忌々しそうに睨んでいた。


 そんな素直じゃない様子の麗華を見つめて加耶は楽しそうにニヤニヤと笑っていた。


 あの事件の後、幸太郎は気絶するように眠った。


 加耶が制御できなかった分の無窮の勾玉の力を幸太郎が受け止めたからだ。


 煌石の扱い方を知らない幸太郎は加耶を救うために、無窮の勾玉と彼女から溢れ出る無窮の勾玉の力を無我夢中で自分の許容量を超える力を受け止め、全身全霊の力を込めて制御しようとして、すべての力を使い果たした。その結果、自壊しかけていた無窮の勾玉が僅かに安定して、加耶の意識が戻った。


 そして、そのまま加耶は無窮の勾玉を暴走させることなく、安定させた。


 だから、こうして天宮加耶は生きており、麗華と向かい合っていた。


「しかし、輝石の力をロクに扱うことのできない彼が、煌石を扱える資質を持っているとは知りませんでしたわ。何の取り柄のない凡骨凡庸の、無茶をすることしか取り柄のない役立たずの男だと思っていましたのに」


「それは同感。面白い子だけどそれだけで、浅はかな行動でみんなを巻き込む愚鈍で、迷惑で、いてもいなくても特に変わらない、使えない子だと思ってたけど、まさかねぇ」


「セラたちは一年前から知っていたようですわ――まったく! 知っていたなら、教えてくれてもよかったというのに!」


「煌石を扱える人間は利用されやすいから不用意に情報を漏らせなかったんだよ。セラさんたちは君のことは信じられても、君の周りにいる鳳グループの人間は信じられなかったんじゃないのかな? 実際、草壁さんみたいなのがいたんだからね」


「そ、それは、確かにそうですが……」


「そんなに仲間外れにされたのが嫌だったのかな?」


「よ、余計なお世話ですわ!」


 一年間もセラから幸太郎についての秘密を隠されたことに不満気な麗華を、加耶は楽しそうに笑いながらフォローしたが、麗華はまだ不満気だった。


「まったく、どうしてあんな何の取り柄のない凡人が……」


「そうは言っても、幸太郎君大活躍だったんだろう? 制輝軍とアカデミーの生徒たちの戦いを止めたから、一応君の切り札として活躍したって聞いたよ。僕も彼は争いを止める『鍵』になるかもしれないと思って、賭けてたんだ」


「話を聞いたところ、彼はまったく役に立っていないとのことですわ! 止めるどころか、煽ったようですわ!」


「能天気な彼が大勢の怒れる人を煽る姿が目に浮かぶよ」


 幸太郎が眠っていることを良いことに、好き勝手に容赦のない言葉を言ってのける二人だが、二人とも眠っている幸太郎を見つめる目は穏やかだった。


 言いたいことを言い終えると、麗華は大層自慢げに大きな胸を張った。


「まあ、彼を風紀委員に選んだ私の目に狂いはなかったようですわね!」


「今まで散々無能呼ばわりしておいて、それはないんじゃないの?」


「あなただって同じでしょう! ――それで? 彼が煌石を扱える資質はどの程度ありますの?」


「それなりに。まあ、輝石を扱える力よりかはあるかな?」


「0に近い1と比較しても何も意味はありませんわ」


「それは失礼だよ。せめて、1に近い2にしてあげようよ」


「まったく変わりませんわ!」


 お互いに軽口を言い合うと――麗華と加耶の間に気まずい沈黙が流れる。


 しばらくの間沈黙が続いていたが、大和の深々とした嘆息が沈黙を打ち破る。


「大悟さんがね、僕の処分については僕の好きにしていいってさ」


 事件から二日経過して、事件についての取調べを終えた加耶は釈放された。


 すべての首謀者は草壁であり、加耶は彼の被害者であると判断されたからだ。


 しかし、ただの釈放ではなく、大悟からの条件付きの釈放だった。


 自分の処分は自分でつけろ――大悟はそう条件をつけて、加耶を釈放した。


「特区に向かってもよし、永久追放するのもよし、普通にアカデミーから去るのもよし、アカデミーに残るのもよし――意地悪だよね、大悟さんって」


 脱力したような笑みを浮かべる加耶は、縋るような目で麗華を見つめた。


「ねえ、麗華……僕はどうしたらいい?」


 御使いを率いていた者として、責任を取らなければならなかった。


 どんな罰でも受ける覚悟はあった。


 しかし――好きにしていいと大悟に言われた時、加耶は迷ってしまった。


 責任を取るべきだというのに、アカデミーに残ってのうのうと生活したいという気持ちも生まれていた。


 責任を取るべきだし罰を受けるべきだと思っているが、加耶は麗華たちと一緒にいたいうという気持ちも確かにあった。


 いろんな気持ちがごちゃまぜになって、加耶はもう何もわからなくなってしまった。


 だから、加耶は麗華に助けを求めた。


「……それは、自分で決めることですわ」


「君は僕に勝ったんだ。勝者は敗者のことを好きする権利があると思うんだけど?」


 素っ気なく、突き放すように答える麗華に向けて煽るような笑みを浮かべる加耶。


 そんな彼女の安い挑発に麗華は乗ることなく、責めるような目で彼女を見つめた。


「……卑怯ですわよ」


「君の気持ちを聞きたいんだ」


 自分で答えを出さず人に頼る加耶に呆れつつも――友達として麗華は答えることにした。


「アカデミーに残りなさい。というか、私の傍にいなさい。当然、周囲から後ろ指を差されることになりますが、あなたは罪を犯したから仕方がありませんわ。でも――私があなたを守ってあげますわ」


 ……麗華の言う通り、確かに僕は卑怯で無責任だ。


 麗華なら絶対に僕をアカデミーに残れって言うと思っていた。


 僕だって残りたかった。


 でも、そんなことを求める権利は僕になんてなかったんだ。

 天宮家当主の娘として責任を取るべきだからだ。

 でも、残りたいって気持ちも確かにあった。


 責任を取るべき気持ちと、残りたい気持ちがあって、どうすればいいのかわからなくった。

 だから、麗華の助けを借りた――借りたんだけど……


 ――そんなことを言われるとは思っていなかった。

 そんなこと言われたら……もう二度と、君から離れたくなくなっちゃうじゃないか。


 自分を守ると言ってくれた麗華に、加耶は心の底から感情が溢れ出しそうになる。


 目の奥が熱くなって溢れ出しそうな感情が零れ落ちそうになるが、それを堪える。


 今、それが零れ落ちてしまったら、後で必ず面白おかしく脚色をされて絶対に言いふらされると思ったからだ。


「……友達が少なくなるよ?」


「元から少ないから構いませんわ」


 力強い笑みを浮かべて開き直っている麗華につられて、加耶も楽しそうに心からの笑みを浮かべていた。


 無責任な自分を嫌悪しつつも、加耶は麗華の笑みを見ていたら、自己嫌悪の気持ちなんてどこかに吹き飛んでしまった。


 心の中で深々と嘆息しつつ、加耶は無責任、卑怯――様々な罵詈雑言の嵐を受けても、それを素直に受け止め、受け止めつつも麗華の傍から離れない覚悟を決めた。


 そして、もう裏切らない――加耶はそう決めた。


 改めて心の中で覚悟を決めていると――「ああ、そうだ」と加耶は思い立って、ついでの質問をする。


「伊波大和か天宮加耶――僕はどっちで生きればいいかな」


「それくらいは自分で考えなさい!」


「でも、重要なことだよ。男か女かで生きるんだから」


 これ以上の質問には答えるつもりはないようで、麗華はいっさいの質問を拒否した。


 麗華に叱られた加耶だが、まったく反省していない様子で怒る麗華を見て楽しそうに笑っていた。


 確かに、麗華の言う通り、自分の名前くらい自分で決めなくちゃ――

 ……それなら、僕は――


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