第30話

 昨夜の事件の後、すぐにセントラルエリアの大病院に運ばれた大悟は、医師から入院延長を宣告され、今度は無理して仕事しないで絶対安静するように釘を刺された。


 だが、それでも事件の事後処理をしようとしたため、見張りとして何人かの鳳グループに所属している警備員がつけられた。


 多くの警備員がつけられて入院している大悟に、疑いが晴れた萌乃と克也が事後報告も兼ねて見舞い来た。


 二人が見舞いに来て、無表情ながらも全身から不機嫌なオーラを身に纏ってベッドに横になっていた大悟は、上体を起こして暇潰しに二人にすべてを説明する。


 裏切者の草壁雅臣が自分の腹違いの兄、天宮加耶の正体、自分が加耶のためにしてきたこと、草壁の計画を知って自分が何をしてきたのか、そのすべてを大悟は説明した。


 事件後の報告でほとんど知っていた克也と萌乃だったが、それでもまだ、大悟が隠し通してきた天宮加耶の存在や、草壁の正体について驚きを隠せなかった。


「しかし、あの大和ちゃんが女の子だったとはねぇ。私好みのかわいいタイプだったのに、今まで私のレーダーに反応しなかった理由がようやく理解できたわ」


「わざわざ世間話をするつもりで来たわけじゃない。報告をするぞ」


 相変わらずの萌乃を無視して、克也は報告をはじめる。


「御使いの正体がわかった。名前は水月凉子みづき りょうこ銀城光陽ぎんじょう みつはる――二人とも、今のところ取調べには素直に応じてくれている」


「……お前のことだ、もう二人について調べているんだろう。聞かせてくれ」


 二人の御使い――水月凉子と銀城光陽について説明を大悟に求められ、克也は淡々とした調子で説明をする。


「水月凉子――天宮家にいた幼馴染と婚約をしていたそうだが、鳳が天宮を裏切って天宮の人間が散り散りになった際に婚約者が行方不明になっている。銀城光陽――天宮家に嫁いだ娘が、鳳が天宮を裏切った際に行方不明になっている。二人とも、十年以上も行方不明になった人間を探していたが、結局見つけることができなかったようだ」


 大悟が求めているであろう、どうして二人の人物が鳳に恨みを持つようになったのかを説明を克也はすると、無表情ながらも大悟は満足気に頷いた。


 大悟が満足したのを確認して、克也は話を続ける。


「二人の復讐心を煽った草壁だが、取調べがはじまってからまだ何も喋っていない。今回の騒動でアイツはアカデミー都市内に施された強固なセキュリティを何回も突破した。アイツはアカデミー都市内のセキュリティに対しての知識を持っているが、突破するとなれば話は別だ。背後に協力者がいることは間違いないだろう」


「一難去ってまた一難ね……まったく」


 草壁の背後にいると思われる協力者の影に、ウンザリしたように萌乃は嘆息した。


 大悟も克也と同じ意見であり、草壁の背後にいる協力者はかなりの力と技術を持つ人間であり、もしかしたら、大きな『組織』であるかもしれないと推測していた。


「ご自慢の計画が潰れたんだ。そのショックで今は何も草壁は喋らないだろう。ゆっくりと時間をかけて、厳しい態度で追求しろ。そして、今は他のことに集中しろ」


 草壁が腹違いの兄であっても、大悟はいっさいの容赦をするつもりがなかった。


 復讐という本来の目的を忘れて、自分の協力者を最終的には裏切って権力を得ようとした草壁のことを大悟は心底軽蔑していた。


 利用するだけ利用した後、他人を切り捨てて不幸にする。それが身内であっても――草壁のやり方は、自分がもっとも嫌悪している父・鳳将嗣のやり方にそっくりだったからだ。


 今の大悟は草壁のことよりも、これからのアカデミーについてを考えたかった。


「深部にある無窮の勾玉のことだが、ヴィクターが調査したところ、何も問題はないようだ」


 加耶が破壊しようとした無窮の勾玉が何も問題ないことを聞いて、大悟は安堵する。


 無窮の勾玉が無事だと聞いて、無表情だが安堵している大悟を克也は怪訝そうに睨む。


「随分、安心しているようだな……そんなに、煌石が無事でよかったのか?」


「加耶には悪いが、あれはになる」


「……どういうことだ」


 意味深なことを呟いた大悟を問い詰める克也だが、大悟は口を閉ざした。


 秘密主義のせいで今回の騒動が大きくなったというのに、相変わらずの秘密主義の男に克也は苛立ち、萌乃は呆れたように深々とため息を漏らして、苛立っている克也の肩を落ち着かせるように撫でた。


「大悟さんの秘密主義は今にはじまったことじゃないんだから。ね?」


 萌乃のフォローに克也は忌々しく舌打ちをして、拗ねたように大悟から視線を外した。


 これ以上説明する気がない様子の克也に、萌乃はやれやれと言わんばかりにため息を漏らしながらも、子供のように拗ねる克也を熱っぽい視線で見つめていた。そんな彼の視線に気づいて、克也は寒気を感じていた。


「克也さんがご機嫌斜めみたいだから、克也さんの代わりに大悟さんの質問を私がなーんでも答えてあげるわ❤」


 下手糞なウィンクをしてくる萌乃に、「……そうか」と一瞬間を置いて大悟は頷いた。


「七瀬幸太郎の容態はどうた」


「幸太郎ちゃんなら、まだオネンネしてるわ。大和――加耶ちゃんが言ってたんだけど、慣れない力を使って体力が消耗しきってるんだってさ」


 取り敢えず幸太郎が無事ということを聞いて、大悟は安堵する。


 大悟が聞いた話では、加耶を助けてすぐに幸太郎の意識が失うと、彼の周囲にいる人間がかなり狼狽してしまったとのことだった。


 それを聞いて、大悟は一見すると普通の少年にしか見えないが、七瀬幸太郎には特別な力以外に、人を惹きつける力を持っているのだと思った。


「しかし、まさか幸太郎ちゃんが煌石を扱える資質を持っているなんて気づかなかったわよ。確かに、一目見た時から一味違う子だと思ってたんだけどね! 私の見る目も中々だわぁ。――ああ、安心して、克也さん。私はまだ克也さん一筋だから」


 熱視線を送ってくる萌乃に、克也は「……勘弁してくれ」と深々と嘆息する。


 熱烈に克也に向けてラブコールをする萌乃のせいで話がそれたので、大悟はわざとらしく咳払いをして、無理矢理話しを元に戻した。


「彼が煌石を扱える資質を持っているということは内密だ。理解していると思うが、外部や教皇庁にとって煌石を扱える素質を持つ者は有益な人的資源。利用される可能性がある。念のために警備を――」


「ああ、それなら大丈夫。誰よりも有能で腕が立つ警備員が幸太郎ちゃんの周りにいるから――私も含めてねん♪」


 甘ったるい猫撫でボイスで発した萌乃の言葉を聞いて、気絶している幸太郎を大勢の友人たちが心配したということを思い出し、大悟は「確かに」と納得してしまった。


「だが、念には念を入れる。警備については後日麗華たちと相談しよう」


「もしかしたら、麗華ちゃんは幸太郎ちゃんのために同棲するって言うかもしれないわよ?」


「それならそれで無駄な人員を割かないで済みそうだ」


「幸太郎ちゃんに恩を感じているみたいだし……さっそく孫の顔を拝めるかもよ?」


「……アカデミーでは不純異性交遊は禁止している」


 ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべている萌乃に、無表情であるが父性を感じさせる表情になっている大悟。そんな二人のやり取りを呆れたように眺めていた克也は、「それで――」と、二人に割って入って大悟に話しかける。


「これからどうするんだ? 今回の騒動でさらに教皇庁の機嫌を損ね、外部の信用も失い、草壁が裏切ったことで鳳グループ内はさらに混乱しているぞ」


 威圧するようでいて試すような鋭い目を克也は大悟に向けて、これからについての質問をする。大悟と克也、二人の間の緊張感で室内の空気が一気に張り詰めた。


 今回の騒動でさらに鳳グループが周囲の信用を失い、『無窮の勾玉』が使い方次第では無力化できるということを教皇庁が知って、危ういながらもバランスを保っていた教皇庁と鳳グループの関係が一気に崩れ落ちた。


 ここで何らかの手を打たなければ、鳳グループと教皇庁が全面衝突する可能性があった。


 そんな状況で大悟が下手なことを言ったら、克也は問答無用で彼を殴るつもりだった。


「まずは周囲の信頼回復、主に生徒たちへの信頼を回復することが優先だ」


「入院期間が伸びたバカのせいで、経験が浅いながらも若い上層部の奴らが精一杯頑張って信頼回復を図ってるよ。他には?」


「祝福の日以降――年々、輝石使いの数が増えている。これからも、きっと輝石使いは増え続けるだろう。そのためにも、鳳グループと教皇庁は歩み寄るべきだ」


「上層部が一新される前なら確実に反対されたことだが、その考えは俺も良いと思ってる。今の状態では難しいかもしれないけどな」


「上層部が一新されたんだ。だったら、考え方も変えるべきだと思っている」


 今まで損得を優先にした協力関係を結んでいた教皇庁と、正式に協力し合うべきだという大悟の考えには克也は同意をした。


 昔から克也は教皇庁と強固な協力関係を結ぶべきだと考えていた。


 しかし、自分の利益ばかりを優先する旧鳳グループ上層部はそれを良しとしないで、教皇庁と強固な協力関係を結ぶことを拒み、あらゆる手段で邪魔をした。


 そのせいで、アカデミーで発生した大事件の対応が遅くなって周囲の信頼を落とすと同時に、アカデミーの生徒たちに余計な負担を与えてしまった。


 そのせいで、制輝軍が掲げる実力主義やアンプリファイアで苦しんでいた生徒たちの対応が遅れてしまい、不安を煽ってしまう結果になってしまった。


 今まで実現できなかったことが、いよいよ実現する機会が来て期待を抱く克也だったが、その期待を表情には出さないで、挑発的な目を大悟に向けた。


「だが、今回の件がここまで大きくなったのはお前の甘さが故だ――そんなお前が、アカデミーに平穏を取り戻せると思っているのか?」


「そのためにお前たちがいるんだろう」


 挑発的な言葉を挑発的な言葉で返す大悟に、克也は思わず苦笑を浮かべてしまう。


「それに――ぶつかり合う直前で平静に戻った輝石使いたちがアカデミー都市には大勢いるんだ……楽観的かもしれないが、アカデミーの先は明るいだろう」


 制輝軍と生徒たちがぶつかり合う寸前に平静を取り戻して、憎み合っていた彼らが協力し合ったということを聞いて、これから多くの試練がアカデミー都市に降りかかってきても、そんな彼らならば乗り越えられるだろうと、甘い考えだと思いながらも大悟は確信していた。


 そんな大悟の楽観的で甘い考えを鼻で笑いつつも、克也は心の中で同意していた。


「甘い考えでも、しっかりアカデミーのことを考えているようで、安心したよ」


「私は鳳グループトップの立場にいる。そのくらいの責任感を持つのが当然だろう」


「よく言うよ。お前の秘密主義のせいで、鳳グループやアカデミーが混乱の極みになったってのに」


「だからこそ、私は鳳グループやアカデミーを治める責任がある」


 迷いがない様子でそう言い放つ大悟。無表情ながらも、今の大悟にはやる気が満ち溢れているように克也は感じていたが、思わず乾いた笑いが出てしまった。


 事件が終わり、こうして大悟と話して、改めて克也は自分が感じていることに確信をしてしまった。


「全部お前の思い通り――……お前が一番鳳に復讐したかったんだろ?」


 ふいに、呟くような声で克也は大悟から感じていたことを口に出すが、特に動揺することなく大悟は無表情のまま「何の話だ」と誤魔化した。


 誤魔化したが、克也はなんとなくだがすべては大悟の思い通りに動いていたのではないかと、事件が終わってみて感じていた。


 大悟は御使いの行動に乗じて鳳グループを大幅に変え、過去に起こしたすべての罪を曝け出し、自分の思い通りに動かしていたと。


 今回の騒動でアカデミー全体に負ったダメージは大きく、敗者でありながらも勝者であった草壁だが――


 真の勝利者はすべてを目論見通りに動かした大悟だと克也は思っていた。


 物思いに克也が耽っていると、大悟は「そうだ」と何かを思い立ったように声を上げる。


「お前たちに至急取りかかってもらいたい仕事がある――」


 新たな業務命令に、事後報告ついでに見舞いに来たというのに、仕事が増えたことに萌乃と克也はウンザリしていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る