第11話
高等部校舎内にある風紀委員本部。
本部の建物がある輝士団や輝動隊と違って、風紀委員の本部は校舎の空き教室を利用した狭い本部であり、いつもなら風紀委員のメンバーが集まり、巡回に向かう前に短い会話をして和やかな雰囲気の室内だが今日は違った。
夕日から放たれる光が薄暗い室内をオレンジ色に染めている本部内で、本革のソファーに座った神妙な面持ちの麗華と、そんな彼女の隣に座っているニヤニヤとした薄い笑みを浮かべている大和は、机を挟んで向かい合うように座っている二人の人物を見つめていた。
二人の視線の先にいる人物は複雑な表情を浮かべている輝士団団長・久住優輝と、彼の隣に険しい表情を浮かべている水月沙菜だった。
四人は特に何かを会話するわけでもなく、お互いを見つめ合っているだけで室内の雰囲気は重苦しく、緊張感のあるものだった。
特に、沙菜が輝動隊隊長である大和を敵意の込められた目で睨んで警戒心を高めていたため、室内の空気は最悪だった。
「……そろそろ話を切り出してもいいだろうか」
このままではずっとこの状況が続くと思い、率先して優輝は気まずい空気を打ち破った。
しかし、そんな優輝の努力を嘲笑うかのように「フンッ!」と、麗華は鼻を鳴らして、大和に対して敵対心と警戒心を放ち、雰囲気を悪くしている沙菜に視線を向けた。
「でしたら、先に彼女をどうにかするべきなのではありませんの? 今の状況でせっかく輝動隊と輝士団のトップがこうして対面しているのです。これでは喧嘩を売っているのと同じようなものですわ」
「すまない……沙菜、麗華さんの言う通り、今は話し合うためにここに来たんだ」
「……わかりました」
優輝に窘められ、沙菜は大和に対しての敵対心と警戒心を若干弱めるが、弱めただけであり完全に消すことはしなかった。
優輝に対してだけは従順な態度を見せる彼女に、大和は挑発するような笑みを浮かべる。
「さっそく話を――」
「話の内容はティアさんのこと? それとも、今一番ホットでスカッとしている君を襲ったセラさんの話題かな? 個人的にはあまり興味がない幸太郎君のことかな?」
沙菜を落ち着かせてさっそく話を切り出そうとする優輝を意地の悪そうな笑みを浮かべた大和は露骨な嫌味を言って遮った。嫌味とともに優輝を小馬鹿にする態度の大和に沙菜は苛立ち、そんな彼女を見て大和はさらに口角を吊り上げる。
「幸太郎君に関しては問題ない。今は拘留施設にいる。君たちをここに呼び出したのは――」
「話し合いの場にわざわざ麗華を呼び出して風紀委員本部を選んだのは、一応風紀委員は鳳グループと教皇庁とは関係ない中立的立ち位置の組織だから、そこで気兼ねなく腹を探り合いながら話せる――って呑気に思ったからかな?」
嫌味を交えての優輝の思考を読んだ大和の説明に麗華は数時間前のことを思い出す。
特区での嵯峨との会話の最中、セラが教皇庁本部で優輝に襲撃しようとしたが失敗に終わり、彼女はその場に居合わせたリクトともに逃亡、そして、彼女の逃亡を助けた幸太郎が捕まって輝士団本部で取調べを受けているという情報を得た大和から話を聞いた麗華は、すぐに詳しい事情を聞くために予定を切り上げて輝士団本部に向かおうとした。
しかし、輝士団本部への道中、大和は優輝から連絡が来て、話があるので数時間後に風紀委員本部で麗華を連れて待っていてくれと言ってきた。
そんなことよりも輝士団に向かって幸太郎を引き取り、セラを探すことが先決だと麗華は判断していたが、大和は今輝士団に向かってもすぐに追い返され、不用意に輝士団側に不信感を募らせるだけだと窘められ、今は相手の提案に従うことにして、今に至る。
「わかっているなら話が早い……セラの一件で一気に鳳グループの立場が悪くなった」
「……セラさんは鳳グループと何の関係もありませんわ」
不機嫌そうな表情を浮かべる麗華の一言に優輝は申し訳なさそうに首を横に振る。
「君はそう思っているかもしれないが、周囲は違う。風紀委員は一応中立的立場だが、その風紀委員に鳳グループトップである鳳大悟の娘である君がいるということは、完全に無関係であるとは思っていない……俺もそう思っている」
痛いところを突かれ、麗華は悔しそうに歯噛みしながらも何も反論できなかった。そんな麗華の様子を見て、気分良さそうに沙菜はクスリと笑った。
「風紀委員のセラが俺を襲ったことで、教皇庁はセラを制止することができなかった風紀委員にも責任の一端があると主張する。そうすれば風紀委員の君も責任を問われ、それが鳳グループにも飛び火する。それに加えて逃亡を助けたリクト様をセラが人質として使って逃亡したと吹聴する可能性すらある。これでますます最悪の事態に――」
「――そうすれば、鳳グループは自分たちの保身ばかりを考え、教皇庁は一気に鳳グループの信用を落とすために策を張り巡らせる。結果として、今回の騒動で動かなければならないストッパーがいなくなって騒動がますます大きくなる――って感じかな?」
これから起きるかもしれない最悪な事態を想像して、陰鬱とした表情を浮かべている優輝の説明を、彼とは対照的に心底楽しそうで嬉しそうな笑みを薄らと大和は浮かべて遮り、彼が説明しようとしたことを説明した。
話しに割って入ってきた大和に文句を言うことなく、優輝は沈痛な面持ちで頷いた。
「これは俺とティアの問題。関係のない人間が争う――それだけは避けなければならない」
「ご自身で理解していただけなら結構ですわ。それで、騒動の渦中にいるあなたは一体何をするつもりですの?」
「……この騒動を治めるため、君たちには協力してほしい」
嫌味をたっぷり込めた麗華の質問に優輝は気にすることなく、一呼吸置いて深々と頭を下げて協力を求めた。
他の輝動隊隊員たちやアカデミーの生徒たちと同様、麗華にとってティアは憧れの人物で慕っており、ティアと優輝の間に何があったのか気になっていた。だが、今はどんなに回り道をしても騒動を収束させることだけを頭に入れて気にしないことにしていた。
気にしてしまえば自分もセラと同様感情のままに動いてしまうと思ったからだ。
しかし、理由は何であれ、事件を引き起こしてアカデミー都市内に混乱を引き起こした人物の一人に協力を求められ、麗華は抑え込んでいた激情が爆発しそうになる。
今の状況を考えれば協力すべきだと理解していたがそれでも身体が勝手に動いた。
感情のままに優輝の頬を張りそうになった麗華だが――誰よりも早くそれを察知した大和は、麗華の耳の穴に向かってフッと息を吹きかけた。
突拍子のない大和の行動に優輝の頬を張りそうになった行動を中断させて、麗華は「ひゃんっ」と、素っ頓狂で艶めかしい声を上げて全身を弛緩させた。
突然声を上げた麗華を優輝と沙菜は不思議そうに見つめた。
そして、突然の行動に麗華は息を吹きかけられた耳を抑えて大和に詰め寄った。
「ちょっと! 突然何をします――モガッ!」
「僕と麗華は君に協力することに異存はないよ」
「……麗華さんはいいのだろうか」
「ああ、麗華なら気にしないで。きっと、君に対して文句を言った挙句に結局協力するという、素直ではない自分のキャラクターをアピールする発言をするだけだから」
「そうか……幸太郎君のことに関しては、明日、君たちの元へと返そう」
「まあ、幸太郎君のことはそっちに任せるよ」
顔を怒りで真っ赤にさせて、怒声を張り上げる麗華の口を大和は手で押さえて、大和は麗華を無視して、自分と麗華共々勝手に優輝に協力することに決め、勝手に話を進めた。
勝手に話を進める二人に、声が出せないながらも手足をジタバタともがいている麗華を無視して、大和は薄らと笑みを浮かべて優輝に挑戦的な視線を向ける。
「それで? これからどうするのかな」
「今は鳳グループや周囲の信頼を取り戻すことが先決だ。そのためには輝動隊と風紀委員が逃亡しているセラを捕まえてくれ。そうすればある程度鳳グループの信用が回復で来て、頭に血が上った輝士団たちがセラに返り討ちにされて負の連鎖に陥る心配もなくなる」
「まあ、現状それが一番かな? それで、その間君はどうするの?」
ウキウキしている様子の大和の質問に、優輝は何か覚悟を決めたような顔つきになる。
「責任を取るだけだ」
「……何をするのかは楽しみだから、あえてここでは何も聞かないことにするよ」
意味深な笑みを浮かべて大和は優輝の行動を深く尋ねなかった。
すべての話が終わったのか、優輝はソファから立ち上がって「失礼する」と、一言言って風紀委員本部を出ようとする。沙菜も彼の後に続く。
「あ、そうだ……最後に聞いていいかな?」
ふいの質問を答えるのを了承するように、帰ろうとしていた優輝は大和に視線を向ける。
優輝の視線の先にいる大和は相変わらず軽薄な笑みを浮かべていたが、その笑みはどこかいつも以上に意味ありげで、何よりも暗く、淀んだ隠し切れない闇を抱えていた。
「君は何のために行動してるの?」
「……すべてはセラとティアのためだ」
大和の質問に考える間もなく優輝は即答した。
質問に答えてすぐに、優輝は沙菜を連れて風紀委員本部から出て行った。
「これから面白くなりそうだ……だよね、麗華? あ……」
二人が部屋から出て、大和はずっと口を手で押さえていた麗華を見ると、彼女は顔を真っ赤にして、自分の口を押さえている大和をジッと見つめて――睨んでいた。
激怒しているのは一目瞭然だった。
「ごめんね!」
そんな麗華に向けて、舌を出してかわいらしく小悪魔のように一言軽く謝って、大和は麗華の口を押さえていた手を放した――瞬間――
高等部校舎中に響き渡るような麗華の怒声が響き渡った。
――――――――
訓練所等が立ち並ぶウェストエリアの中でも一際目立つ建物である闘技場。
大きなイベントや、輝石使い同士の戦いが公式に認められた『
そんな闘技場内の地下にある一室に輝士団の久住優輝、大道共慈、水月沙菜はいた。
三人がいる部屋は多くのカメラやスピーカー、マイク等放送機器が多く並ぶ薄暗い部屋の中で、大きなトランクを片手で持った大道は不安げな表情を浮かべていた。
「優輝……考えは変わらないのか?」
ふいに、大道は沙菜とともに機材を選んでいる優輝に話しかけた。
「ああ……すべてを終わらせるためだ」
優輝は短いが、力強い意志が込められた口調で大道の質問に答えた。
その言葉だけを聞けば大道は信頼に値できると思った。
風紀委員との話を終えた優輝は『すべてを終わらせるために、協力してほしい』と、大道に連絡して、ウェストエリアに闘技場で待っていると場所を指定してきた。
輝士団と輝動隊同士の小競り合いを制止させるのに忙しい大道だったが、「すべてを終わらせる」つもりの優輝に、この状況を打破するための何か名案があると思い、忙しい合間を縫って指定された場所に向かった。
『今、俺がやろうとしていることは教皇庁には無断の、俺の勝手な行動だ……今回の騒動を収束させるため、ティアとの一件をすべて透明化した上ですべての責任を俺が持つ』
そう言って、優輝は闘技場内にある放送機器や放送システムを使って、勝手に会見を開くことを説明した。
たとえ無断であっても今の状況を打破するためなら、そして、今まで優輝に従って間違っていたことがなかったからこそ、大道は優輝に従った。
そうして、三人は闘技場の地下にある、闘技場内のイベントや煌王祭の様子を中継して、アカデミー都市内に放送するための機材がある部屋に向かった。
指紋認証やカードキー等で厳重なセキュリティがかけられている部屋だが、治安維持部隊トップの優輝はカードキーを持っていなくとも、指紋認証のみで入ることができた。
部屋に入り、優輝に機材を運び出すことを命じられ、それに大人しく大道は従っていた。
だが、作業の途中、突然大道は自分の中で迷いが生まれ、本当にこれでいいのかという疑問を持ってしまった。それを打ち消すために大道は優輝に質問をして、彼の返答を聞いてそれが若干薄まったが、それでも完全に消えることはなかった。
「……教皇庁に告げ口をするつもりですか? 共慈さん」
「そんなつもりはない」
「それなら、団長に従ってください」
大道の質問から、彼が優輝の行動に疑問を抱いていることを察知した沙菜は、彼にハッキリとした敵意を向けて刺々しい空気を放つ。
疑問は抱いていても、今の状況を解決するために大道は優輝に従い、教皇庁に告げ口もするつもりはなかった。
それを察した沙菜は若干苛立った様子で大道から目を離し、優輝の手伝いを再開する。
苛立ちで機材を八つ当たり気味に扱っている沙菜を落ち着かせるように、優輝は彼女の肩に優しく手を置いた。
肩から伝わる優輝の手の感触に、沙菜は顔を真っ赤にしてアワアワと取り乱しはじめる。
「共慈さんが俺の行動に疑問を抱いているのは理解できる……沙菜、君もそうだろう?」
「そ、そんなことありません! 私は優輝さんのことを信じています」
「そうか……ありがとう」
無償の信頼を向けてくれる沙菜に優輝は嬉しそうに目を細める。
自分に向けて微笑む優輝に、沙菜は思わず彼の笑顔に見惚れてしまって放心する。
「だが、正直な話、俺自身もこれが本当に最良の手段なのか疑問を抱いている」
「これまでも優輝さんの判断は一度も間違ったことがありません。だからこそ私は優輝さんを信じていますし、信じ続けます!」
「ありがとう、沙菜。君のように純粋な信頼を寄せてくれるのは今の自分にとって本当に嬉しいし、感謝している」
「そ、そんな……と、当然のことです……」
微笑んでいた優輝だが、すぐに表情を硬くして表情に迷いが生まれはじめる。
顔を強張らせて逡巡している優輝に沙菜は慌ててフォローすると、優輝は「ありがとう、沙菜」と一瞬だけ表情を柔らくするが、抱いている迷いは晴れていなかった。
「……だが、今までとは違って今回の一件は身内同士の争い。お互いを納得させるための明確な答えがなく、自分自身、今やろうとしていることが本当に正しいのかわからない……だから、共慈さんのように疑問をぶつけてもらうのも感謝をしている」
自分が抱いている不安を口にして優輝は大道に視線を向ける。優輝の瞳は相変わらず力強い意志の光を宿していたが、それでも弱々しい迷いと不安が含まれていた。
「自分自身の行動は間違っていないとは思っていても、不安に思っている自分も確かに存在している。だからこそ、疑問を抱いているのならハッキリ言ってほしいし、俺を止めてほしい。言葉で止められなかったら武力で俺を止めてくれて構わない」
「と、突然何を言っているんですか! 冗談でもそんなこと――」
「沙菜、俺は本気で言っているんだ……冗談でこんなことは言わないよ」
声を荒げる沙菜を制止させ、優輝は縋るような目で大道を見つめる。言葉通り、優輝は大道がどんな決断をして自分に何をされようと構わない雰囲気を纏っていた。
自身と同様、迷いや不安を持っていながらも、強い覚悟を決めている優輝に大道は思わず息を呑んでしまい、自分とは比較にならない覚悟に尊敬さえも抱いてしまっていた。
「……わかった、もう何も言わない。お前を信じよう」
「そう言ってくれて感謝する――だが、疑問を抱いているならすぐにそれを俺にぶつけてくれ。一つ一つの疑問を解決した先に、最良の結果が待っているんだ」
自分を信じてくれる大道に安堵するような笑みを浮かべる優輝だが、それでもまだ自分の行動が正しいのかどうか悩んでいるのか、表情は曇ったままだった。
大道も同様で、取り敢えずは優輝を信じて従うことに決めたが、それでもまだ、本当にこれでいいのかという疑念と、迷いが晴れることはなかった。
浮かない顔をしている二人とは対照的に沙菜は迷いがない手つきで黙々と優輝の手伝いをしていたが、その表情は若干の焦燥感があった。
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