第8話
「――俺が言いたいことはな、昔から決まっていた許嫁がいてもいざ新婚生活になったら、結婚前のワクワクドキドキ感は薄れて長続きしないってことだ。だからな、俺は決して許嫁がいて幸せを満喫している奴が羨ましいってわけじゃあないんだよ。むしろ、許嫁って存在に縛られて本当の意味での運命の相手を自力で見つけられないから憐れんでるんだ。そう思うよな?」
「そうですね――クロノ君、このパフェ美味しいでしょ」
「ああ、美味いな」
「マスター、すみません。コーヒーをもう一杯いただけないでしょうか」
刈谷の嫉妬と偏見に満ちた結婚についての話が終わったが――黙々と食後のパフェを食べている幸太郎とクロノ、優雅な手つきでコーヒーを飲んでいる貴原はまったく聞いていなかった。
放課後、刈谷に呼び出されてステーキハウスで食事をしながら、大和の結婚から端を発した結婚話について盛り上がっていた四人だったが、刈谷以外の三人は飽きている様子だった。
「それにしてもあの大和が結婚ねぇ……なあ、空木武尊ってどんな奴だ?」
「明日の式のために放課後には大和君とアカデミーを出なければならないとのことで、その前にクラスメイトたちの挨拶をするために昼休みに突然教室に現れましたが――中々気に食わない奴でしたよ。自己顕示欲に満ちて自分に酔っている、そんな雰囲気が全身から溢れ出ていました。顔が良い分それが鼻につきましたよ。ファッションセンスに関しては……そうですね、刈谷さんと趣味が合いそうです」
「なるほど。性格的にはムカつく奴みたいだが、ファッションセンスは高いみたいだな。顔が良くてファッションセンスも良いなんてモテるのは自然の摂理! 反則じゃねぇか!」
皮肉のつもりで言った言葉を勘違いしている刈谷を憐れむ貴原。
「昼休みに教室に来たんだ……僕も会いたかった」
「フン! アカデミー設立以来の君なんかが挨拶しても道に落ちた砂利のように相手にされないだろう! むしろ、大和君の友達だと言ってしまえば、彼女の名が落ちてしまうぞ!」
「ぐうの音も出ない」
気持ちよく的を射る貴原の言葉に、思わず笑ってしまうほど幸太郎は反論できなかった。
「……しかし、あの空木武尊の好きにされてると思うと腹立たしいですね」
「お前の気持ちはよくわかるよ。こっちだって克也さんの指示がなけりゃ、今頃そのいけ好かない大和の婚約者のところに乗り込んでんだからな」
悔しそうに拳を握り締める村雨に、好戦的な笑みを浮かべて同意する刈谷は、「なあ、幸太郎」と現状を知らない様子で呑気にパフェを食べている幸太郎に声をかけた。
「お嬢の様子はどうなんだ?」
「朝からずっと機嫌が悪いけど、大丈夫ですよ」
「お前が大丈夫って判断すると、不安しかねぇが――まあ、大丈夫で何よりだよ。村雨が空木家に人質にされて、人質を引き渡す条件で大和の結婚を申し込まれたからな。巴のお嬢さんと違ってあの血気盛んなお嬢なら、何をしでかすかわかったもんじゃねぇ」
「村雨さん、人質にされてるんですか?」
村雨が人質に取られていることを知らなかった様子の幸太郎を意外そうに見つめる刈谷。
「え? 何、お前知らなかったの? 今回の件に全然関係なかった貴原は俺が教えるまで知らなかったのは無理もねぇが、お前の場合はお嬢かセラに聞いてると思ってたぞ」
「輝石を扱えない落ちこぼれの極みであるこの男に説明するだけ無駄だと判断したのでしょう」
「ぐうの音も出ない」
幸太郎が現状を知らなかったことに疑問を抱く刈谷に、明らかな見下しの視線を幸太郎へと向けて刈谷の疑問に答える貴原。
「まあ、確かにそうかもしれねぇけどよ……」
「空木家との対応についてはオレたちが何を考えても解決する事態ではない。大人しく鳳グループと教皇庁、伊波大和の判断を待つだけだ」
「……まあ、それしかねぇよねぁ」
貴原の答えに納得しつつも、疑問はまだ残っている様子の刈谷だったが、現状で何もできないことをクロノの一言で思い知らされ、煮え切らない想いを抱えつつも思考を中断した。
「それにしても心配ですね、村雨さん」
「パフェを夢中で食べながら言っても、全然説得力ねぇっての」
「村雨さんのこと詳しく教えてくれませんか?」
「それはいいけどよ――……まあ、そうだな、何だか結婚話と空木家のことを思い返してたらムカついてきたから、もう一軒行くぞ、もう一軒!」
パフェを食べながら村雨を心配する幸太郎に呆れつつも、空木武尊に好き勝手にされている状況に、無性に腹立たしくなってきた刈谷はステーキハウスを後にして、もう一軒の店でゆっくりと村雨についての話をしようとする。
もう一軒付き合わなければならないことにウンザリする貴原とクロノだが、対照的に幸太郎は「やったー」と楽しそうにしていた。
「刈谷さん、お代は?」
「甘ったれたこと言ってんじゃねぇよ、幸太郎。割り勘だろ、割り勘」
「――ああ、それなら安心してくれ僕が払っておいたよ」
少し期待を込めて先輩である刈谷に食事代のことを尋ねる結構ケチな幸太郎を撥ね退ける刈谷。
そんな彼らの席の隣に座っていたサラリーマン風の長身の男が突然気前のいいことを言いだした。
特徴のない顔つきのスーツを着た男が奢ってくれたことに「ありがとうございます!」と呑気にお礼を言う幸太郎と貴原。
そんな二人とは対照的に刈谷とクロノは突然話しかけてきた普通を装った雰囲気の身に纏う男に警戒心をぶつけ、クロノは庇うようにして幸太郎の前に立ち、刈谷はゆっくりとサラリーマン風の男に近づいた。
「随分気前がいいな、オッサン。ありがとうよ」
「オジサンって呼ばれてることには慣れているけど、オッサンはちょっと……まあいいけど。僕の名前はヤマダタロウ、よろしくね? 刈谷祥君、白葉クロノ君、貴原康君、そして――七瀬幸太郎君?」
ヤマダタロウと名乗った男が幸太郎に向けてその特徴のない顔つきを凶悪なものへと一瞬だけ変化させると同時に――彼を敵だと判断した刈谷は席に置いてあったステーキナイフを男に向けて投げた。
牽制のつもりで投げ、どうせ避けるだろうと思っていた刈谷だったが、ヤマダは自身に迫るナイフに向けて右手をかざし、そのままナイフは右掌に突き刺さ――ることなく、甲高い音を立ててナイフが折れ曲がり、力なく床の上に落ちた。
一瞬の出来事に、貴原と幸太郎は呆然と眺めることしかできなかった。
「中々判断能力に優れているようだね、刈谷君。
「……おいおい、随分固そうな右手だな。超合金か? ロケットパンチとか撃てるんじゃねぇだろうな」
「――まあ、それに似たような感じかな?」
自身の右腕に驚いている刈谷の隙をついて一気に接近し、彼の顔面にきつく握りしめた右手の拳を突き出すヤマダ――しかし、今まで黙々とナイフを研いでいたマスターが思いきりまな板を殴りつける音で、ヤマダの動きは止まった。
突然の轟音に店内にいる全員の視線がマスターへと集まる。
相変わらず無言のままだが、マスターは『喧嘩は表でやれ』と訴えるような、研ぎ澄まされた鋭利な刃のような鋭い目で刈谷たちを睨んだ。
強面マスターの無言の圧力に「は、はーい」と刈谷たちは素直に従い、そそくさと店を出る。依然状況を掴めていない幸太郎は、「ごちそうさまでした」とマスターに頭を下げて店を出た。
外に出てすぐにヤマダは「オホン!」とわざとらしく咳払いをして、気を取り直して話を再開させる。
「えーっと、取り敢えず……七瀬幸太郎君を渡してもらえるかな?」
「……アルトマンたちの協力者だな」
ヤマダの目的を聞いて、ヤマダの裏に最近発生している事件の裏にいる人物であり、イミテーションである自分とノエルを生み出した父であるアルトマン・リートレイドが関わっていることを察するクロノだが、意味深な笑みを浮かべたままヤマダは何も答えなかった。
幸太郎を狙うヤマダが敵であると判断した刈谷とクロノは輝石を武輝に変化させ、そんな二人に流されるように貴原は不安そうに輝石を武輝に変化させる。
「輝石使いが三人も……いいねぇ、オジサン昂ってきちゃうよ」
武輝を手に持つ三人を見て、身に纏っていた『普通』の雰囲気を消し、ヤマダは狂気を滲ませた好戦的な笑みを浮かべ――右腕が輝石の力を帯びた白い光に包まれる。ヤマダの右腕の力に呼応するように、どこからかともなく複数の人型のガードロボットも現れた。
「か、刈谷さん、どうなっているんですか? こんな状況になるなんて聞いてませんよ!」
「うるせぇぞ、貴原。臨機応変に対応しろ」
突然の事態に貴原はもちろん通行人たちが驚き戸惑う中、ようやく状況を理解して輝石の扱えない自身にとって唯一の武器である衝撃波を放てる銃・ショックガンを手にして、自分が考えたカッコいいポーズを披露している幸太郎に、刈谷は「おい、幸太郎」と話しかけた。
「俺たちが時間を稼ぐから、お前はここから離れてセラたちを呼べ」
自分もここに残って刈谷たちを手伝いたいと思う幸太郎だが、自分がいても足手纏いにしかならないと判断し、文句を言わずに刈谷の言葉に力強く頷き、さっそく背を向けて一目散にこの場から離れようとする。
そんな幸太郎の逃げ道を塞ぐように再び現れる数体の人型ガードロボット。
だが、現れた瞬間に幸太郎の前に回り込んでいたクロノが、手にした自身の武器である鍔のない幅広の剣でガードロボットたちを横一線に両断する。
「行け」
退路を作ってくれたクロノの言葉に後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも、力強く頷いてこの場から離れる幸太郎。
「このまま逃がすと一気に不利になるからね、逃がすわけにはいかないかな?」
「余所見すんなよオッサン。俺が相手してやるよ」
「どうしてこの僕があんな落ちこぼれのために……」
「文句言ってんじゃねぇよ、貴原。行くぞ」
幸太郎を追おうとするヤマダだが、そんな彼の前に刈谷と貴原が立ちはだかる。
行く手を邪魔する刈谷と貴原にウンザリした様子でため息を漏らすヤマダだが――特徴のない顔立ちを凶悪なものへと一気に変化させ、本性を露にして好戦的に微笑んだ。
「刈谷祥と貴原康――実験台にはもってこいの輝石使いだ!」
嬉々とした声をヤマダが上げると同時に、右腕に纏う光が強くなった。
そして――ヤマダは右腕を振り上げながら、刈谷と貴原に突撃する勢いで走る。
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