うん。ついてる

第7話

「あ、クロノ君、それデリシャスジャンボプリンだ」

「学食で売っていた。大きさに惹かれて買ったのだが知っているのか？」

「運がいいね。それ、出ればすぐに売り切れるんだよ」

「課外学習で人がいなかったから偶々買えたのだろうな」

「美味しい？」

「ああ、中々だ」

「それ、セラさんの大好物だよ。並んで買ったジャンボプリンを優輝さんが間違って食べたことがあったんだけど、セラさん涙目になってた」

「そうなのか」

「あ、そういえば、さっきセラさんから連絡あって、今日の風紀委員の活動はお休みだって」

「随分急だな」

「うん。それで、ちょうど刈谷さんから放課後ステーキ食べないかって連絡来たから、クロノ君も一緒に来る？」

「……いいのか？」

「もちろん。課外授業でアカデミーにいる先生が少ないから、次の授業で最後でいつもよりも早く授業が終わるから。お昼は抑えてたくさんステーキ食べようね」

「ああ……しかし、いいのか？」

「何が？」

「……がっつり牛丼食べてるぞ」

「大丈夫、まだまだ余裕だから」

　気持ちのいい日光の当たる中庭で、ベンチに座って昼食であるコンビニで買った特盛牛丼弁当を食べている幸太郎は、巨大なプリンを黙々と食べているクロノと一緒に淡々としながらも和気藹々とした雰囲気で雑談を交わしていた。

「クロノ君の方こそプリンだけで大丈夫？　お腹空かない？」

「ああ、問題ない。放課後に肉を食べるからな」

「それならいいけど、昨日ティアさんが言った通り三食ちゃんとご飯を食べないとダメだよ」

「あの意見は参考になったから今後は食生活を改めようと思っているが、今まで栄養補給としてしか考えていなかった食生活をどう変えればいいのか正直わからず、オレもノエルも戸惑っている」

　食生活を変えるためにどうすればいいのか悩むクロノに、あっという間に牛丼を食べ終えて、特に何も考えていない様子の幸太郎が「それなら――」と提案する。

「二人とも料理をしたらいいと思うよ」

「フム……確かに食生活を変えるためには、自分で作るのも重要だな」

「クロノ君の手料理、楽しみ」

「オマエのために作るわけではない」

「それでも、クロノ君の手料理食べたい」

「……きっと、リクトやセラのように美味くないぞ」

「最初は誰でもそうだよ。二人に教えてもらえばきっと上手くなれるよ」

「……努力しよう」

「楽しみ」

　食生活を変えるために幸太郎の意見を参考にすることに決めるクロノは、自分の手料理を期待してくれている幸太郎に、無表情ながらも少し照れた様子でやる気を漲らせていた。

「ついでに麗華さんもクロノ君たちと一緒に料理を習えないかな……」

「鳳麗華の手料理……ひどいと聞いているが、そんなにひどいのか？」

「うん、マズい」

「正直だな。そこまで言うと興味がある」

　悪気なくストレートに自分の意見を口にする幸太郎に、好き勝手に言われている麗華を思わず憐れんでしまうと同時に、彼女の手料理の破壊力について興味を抱いてしまうクロノ。

　呑気にクロノと会話をしていた幸太郎は、中庭から廊下に通じるガラス張りの扉から麗華の姿を見て、「あ、麗華さんだ」と座っていたベンチから立ち上がって麗華の元へと小走りで向かう。遅れてクロノも幸太郎の後を追った。

　近づけば近づくほど、全身から不機嫌なオーラが溢れ出しているのが感じ取れる麗華だったが――「麗華さん」と恐れることなく幸太郎は能天気に話しかけた。

　突然声をかけられて立ち止まった麗華は声をかけた幸太郎を、喋りかけるなと訴えるような凄まじい怒気を含んだ目で一瞥した後、無言のまま歩きはじめた。

「さっきセラさんから連絡あったけど、今日は風紀委員の活動は休みだって」

　喋りかけるなと無言の圧力をかけたのに話しかけてくる幸太郎だが、麗華は相手にしない。

「麗華さん、話聞いてる？」

「……聞こえていないではないか？」

「そうなの？　かなり地獄耳だよ」

「そうなのか？」

「うん。前にかなり離れた位置で麗華さんのスタイルについて刈谷さんと語り合っていたら、麗華さんから電話がかかってきた」

「……人間技じゃないだろう、それは」

「でも人の言ったことを都合よく解釈するから地獄耳じゃないかも」

「なるほど、都合がいい時だけ聞こえがよくなるというわけか……では、オマエの声が聞こえていない今は都合が悪いのではないか？」

「そうなの？　麗華さ――」

「シャラップ！　お黙り！」

　人の後ろで好き勝手に自分について話し合っている幸太郎とクロノに我慢の限界を超えた麗華は怒声を張り上げた。

　ヒステリックな麗華の怒声に気圧されることなく、呑気に幸太郎は「あ、やっぱり聞こえてた」と自分の声が届いていたことに安堵していた。そんな彼の態度がさらに麗華を煽り立てる。

「人がクールでシリアスに決めている時にうざったいのですわ！」

「そうだったの？　クロノ君はわかった？」

「全然」

　自分の気持ちをいっさい察しようとしない幸太郎とクロノに、麗華はヒートアップするが――すぐに自分を落ち着かせるように軽く深呼吸をした。

「……大和を見ませんでしたか？」

　麗華は心底不承不承といった様子で幸太郎に大和の居場所を尋ねた。

「昼休みから見てないけど――もしかして、パーティー開く気になったの？」

「シャラップ！　そんなことやっている場合はありませんわ！」

「大和君の結婚、嬉しくないの？」

「当然ですわ！　状況を考えなさい、状況を！」

「サラサちゃんたちがいないから？」

「何も知らないあなたと話しても埒が明きませんわ！　クロノさんは何か知っていますの？」

「……携帯で連絡すればいいだけの話だろう」

「それができないからあなた方に聞いているのですわ」

　村雨についての一件を何も知らない様子の呑気な幸太郎と話しても何も進展しないと判断した麗華はクロノと話を進める。

「伊波大和と会って何をするつもりだ」

「別に、あなたたちには関係ありませんわ」

「結婚の一件は話に聞いている。今は余計な真似をすべきではない」

「肝に銘じておきますわ……それでは、失礼いたしますわ」

　自分が求める情報をクロノたちが持っていないことを悟り、苛立った様子でこの場から足早に去ろうとする麗華から、幸太郎にペースを乱されながらも覚悟を感じさせる何かを感じ取ったクロノは警告をする。

　無表情ながらも僅かな気遣いをクロノから感じ取った麗華は小さく微笑み、振り返らずにこの場から去ろうとすると――「麗華さん」と幸太郎が不意に呼び止めた。

　どうせロクなことを言わないので、無視する麗華だが――

「なんだか麗華さんらしくなってきたね。無茶をするなら僕も協力していい？」

　振り返らずに自分の前から離れる麗華に向けて、能天気に幸太郎はそう尋ねると－－

「フン！　足手纏いにしかならない凡骨凡庸落ちこぼれのあなたの助けなんて必要ありませんわ！　オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ！」

　そんな幸太郎を小馬鹿にするように大きく鼻を鳴らして、昼休みを満喫している生徒たちに迷惑がかかるほどの高笑いを気分良さそうに上げる麗華。そんな彼女の姿に、幸太郎は再び安堵するのだった。