第6話
昼休み――セラは友人たちの誘いを丁重に断り、アカデミー高等部校舎内の空き教室を利用して作られた風紀委員本部へと向かっていた。
大和の結婚の祝福ムードが戻ってきた教室にいるのが嫌になったというわけではなく、麗華に会うためにセラは風紀委員本部へと向かっていた。
今までにないほどの怒りを抱いている麗華と話すのは正直怖かったが、恐怖心を抑えて友人である麗華と話さなければないと思っていた。
風紀委員本部前に到着して恐る恐るノックをすると――中から返事はなかったが、本部内に人の気配がいるのは察知できたセラは、覚悟を決めた様子で「入るよ」と扉を開く。
麗華の私物である本革のソファや最新のPCやふかふかのラグ、幸太郎が持ってきたお菓子が詰め込まれた棚、セラが持ってきた軽い料理をするためのコンロやフライパンが揃った、アカデミーの治安を守っているとは思えないほど生活感の溢れた室内の窓際に、不機嫌そうな顔の麗華が棚に詰め込まれた幸太郎のお菓子を遠慮なく食べていた。
「……一人にさせていただけます?」
「放っておけないからここに来たんだけど」
「お気遣い感謝しますが、正直邪魔ですわ」
「一人でいても何の解決にもならないよ」
「気遣い無用ですわ」
「誰かに頼りたくない麗華の性格はよく知ってるけど、一人でため込むよりも誰かに話した方がすっきりすると思うよ? それが八つ当たりでもね」
入って来るや否やいきなり拒絶してくる麗華に挫けそうになるセラだが、何とか堪える。
拒絶されても平然としていられるセラに、「お節介ですわね」と麗華は深々と嘆息する。
「大方、幸太郎に頼まれてここまで来たのではありませんの?」
「幸太郎君が? 頼まれてはいないけど……」
「朝からしつこく小賢しいほど話しかけてくるから幸太郎のいらぬ気遣いだと思いましたわ」
「幸太郎君も麗華を心配していたんだよ」
「頼んでもないのに私に近づいて、顔を合わす度に独身最後の大和のためにパーティーを開こうと言ってくるですのわ! 鬱陶しいの極みですわ!」
「ま、まあ、幸太郎君なりに麗華さんを心配しての一言だったんだよ」
「……まあいいでしょう、あの無神経なバカ凡人に比べればセラがいてくれた方がマシですわ」
鬱陶しいと思われるのも仕方がないが、自分よりも早く麗華のために行動していた幸太郎を微笑ましく思うとともに、自分に黙って行動する幸太郎を水臭く思うセラ。
自分の気づかない間で幸太郎が行動してくれたおかげで、朝と比べてほんの少しだけ麗華の機嫌が直っていることにセラは今更ながらに気づき、小さく深呼吸してから話をはじめる。
「……大和君の結婚について、ティアから話は聞いたよ」
人質の村雨を助けるために大和が空木家と婚約したことをティアから聞いて知っていたセラはそれついての話をはじめた瞬間、僅かに直っていた麗華の機嫌が再び悪くなる。
「それならば話は早いですわ! 私はあの頭が悪そうで、自己顕示欲に塗れて自己陶酔している気色の悪い空木武尊に大和を渡せませんし、アンポンタン大和が勝手に重要な決断をしたのが許せませんわ!」
……何だ、そういうことか。
相手の言いなりになっている現状よりも、自分に内緒で重要な決断を下した大和が気に入らない麗華の気持ちを理解したセラは、思わず微笑んでしまった。
「麗華、そんなに大和君を大切――」
「HAHAHAHAHAHAHA! 中々ひどい言い草じゃないか! ねえ、呉羽」
「……あながち、間違いではないと思いますが」
「HAHAHAHAHAHAHAHA! 相変わらず君は手厳しいな!」
麗華の話を聞いて思ったことを口にしようとしたセラだったが、そんなセラの言葉を遮るように無駄にうるさい豪快な笑い声とともに風紀委員本部の扉が開かれ、二人の人物が登場する。
「ハロー、鳳麗華さん! ご機嫌いかがかな? 私は絶好調だよ! HAHAHAHA!」
「空木武尊……アカデミーの生徒でもないあなたがここに何の用ですの?」
「放課後になったらすぐにでもハニーと一緒にアカデミーから出ようと思っているんだ。だが、何も言わずに立ち去るのも味気ないからその前にマイハニーと一緒にクラスメイトたちの挨拶をしようと思っていてね。風紀委員に協力しているということを知っている私は、大悟氏の許可を得てここまで来たのだが――どうやらハニーはここにはいないようだね!」
ナルシスズム溢れる雰囲気を全身に身に纏い、白と金と銀の煌びやかで派手な衣装に身を包んだ美少年・空木武尊を麗華は不審げに睨み、露骨な敵意と嫌悪感を露にした。
武尊の傍にはスーツを着た長身の美女、武尊のボディガードである呉羽もいた。
あ、あれが空木武尊……
それに――あの呉羽って人……確かにかなりの実力者だ。
噂通りの人物像である武尊の勢いに圧倒され、そんな武尊に付き従う呉羽が纏う強者のオーラに圧倒されるセラ。
自分たち対して警戒心を抱いているセラに気づいた武尊は、優雅な足取りで彼女に近づき、華麗な動作で跪き、姫君に挨拶をする王子様のように彼女の手の甲に軽くキスをする。
突然の行動に素っ頓狂な声を上げて驚き、キスされた手を思い切り引っ込ませ、戸惑ってしまうセラ。そんな彼女の初々しい反応を楽しそうに眺めながら立ち上がった武尊は深々と、仰々しく頭を下げる。
「はじめまして、私は空木武尊でございます。君のことはよく知っているよ、セラ・ヴァイスハルトさん。噂通り――いや、噂以上の美しく、凛々しい女性だ!」
「は、はぁ、あ、ありがとうございます……」
「おおっと、今の発言はマイハニーには秘密にしてくれよ? 結婚前夜だというのに他の女性を口説いていると思われたくないからね! HAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
「え、ええ、わかりました……」
「君の幼馴染にはティアリナ・フリューゲルさんや、あの伝説の
武尊の勢いに気圧され、ただただセラは困惑することしかできなかった。
そんなセラを救うように麗華はわざとらしく「ウォッホン!」と咳払いをする。
「用がないのなら即刻私の目の前から消えていただけます? 目障りですわ!」
「HAHAHAHAHAHAHA! 随分と嫌われてしまったようだ! しかし、ハニーの親友であるために嫌われ続けるのは今後の結婚生活に間違いなく支障をきたすだろう! だからこそ、ここで私は君と腹を割って話したいと思うのだよ!」
「話すことなんて何一つありませんわ! ――まあ、無条件で村雨さんを解放するという話でしたら、付き合っても構いませが?」
「申し訳ない! 私の一族にとって、それはできない相談だね」
そう言って、探るようでありながらも挑発するような鋭い目を武尊に向ける麗華。
そんな麗華を煽るような軽薄な光を宿した目で見つめ返す武尊。
二人の間には見えない火花が散っているようにセラには見えた。
「愛だの結婚だの、熱に浮かされたくだらない戯言を言っている割には人質の村雨さんを使って婚約を結ぶなんて矛盾していますわね」
「確かに最初は打算も存在していたが――昨日加耶と会って確信したよ。運命の相手だとね」
「初対面でよく知らない人間を『運命の相手』と呼ぶなんて、安っぽくて反吐が出ますわ」
「そんなことはないよ? ……私は彼女をそれなりに理解したつもりだからね」
おどけたようにそう言って、軽薄な光を宿していた武尊の瞳が一瞬だけ鋭くなった――ような気がした麗華とセラ。
「天宮加耶――彼女にとって、このアカデミーは牢獄のようなものなんじゃないかな?」
「意味がわかりませんわね。この広いアカデミーで大和は好き勝手にやっているというのに」
「言い方を変えようか? 加耶はこのアカデミーに縛られてるんだ。それは加耶と長年秘密を共有してきた一番の理解者である君も何となく理解できているんじゃないかな? 鳳グループが変わろうとも、どんなに名前を変えても、伊波大和は天宮家当主の娘である『天宮加耶』である事実は変えられないし、鳳が彼女の人生を滅茶苦茶にしたのも変えられようのない事実だ」
「あなたなんかに言われなくとも、私も大和も百も承知ですわ」
「だとしたら、君は私の言っている意味を理解できるはずだろう? 本当の意味での加耶の居場所はこのアカデミーには――いや、鳳の一族である君が傍にいる限り存在しないと」
「私の代わりにあなたが大和の居場所になると?」
「会っても間もないのにそうなれるほど自惚れていないさ。でも、加耶のために居場所を提供できると自負してるよ? 彼女の人生はまだまだこれからなんだからね。アカデミーや、鳳や君に縛られるよりも、彼女を自由にさせてあげられる」
嫌味な笑みを浮かべる武尊の言葉に、反論していた麗華はついに何も言えなくなる。
そんな麗華を見て、勝ち誇ったように武尊は性悪そうに口角を吊り上げた。
「まあ、結婚式は明日行われるんだ。すべては明日はじまる――楽しみにしててよ! HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!」
言いたいことを言い終えた武尊は気分良さそうに、それでいて煽るような高笑いを上げながら呉羽とともに立ち去った。
武尊たちが去り、室内に沈黙が訪れる。
元々機嫌の悪い麗華をフォローするためにここに来たセラだったが、武尊と会話をした後になんて麗華に声をかければいいのかわからなかった。
天宮と鳳、麗華と大和――二つの因縁は根深いものであることを去年の事件でセラはよく知っており、容易に口を出せなかったからだ。
居心地の悪い沈黙が支配する中――「……セラ」と麗華がセラを呼んで沈黙を破る。
「今日の風紀委員の活動はあなたが指揮をしてください。何でしたら、休んでも構いませんわ」
普段なら好き勝手に言われて感情的になっているはずなのに、妙に淡々とした口調で指示をする麗華に、不気味に感じるとともに不安感が押し寄せてくるセラ。
こんな時、麗華が無茶をするのは目に見えて明らかだからだ。
「麗華、わかってると思うけど無茶はしないで。相手には人質の村雨さんがいるんだ。下手な真似をすれば村雨さんが危険だ」
「ええ、よくわかっていますわ……腹立たしいほどに」
暴走の香りを滲ませる麗華に釘を刺すセラ。
しかし、それを軽く受け流した様子で麗華はゆっくりと部屋から出て行った。
部屋から立ち去る麗華の背中を、今の彼女を止められないと判断したセラは、不安そうな面持ちで黙って見送ることしかできなかった。
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