第5話
「――そういえば、幸太郎君の初恋っていつなのかな」
「幼稚園の頃かな……思い返すと何だか照れる」
「やっぱりみんなその年くらいで初恋は済ませるのかなぁ。どんな子だったんだい?」
「カスミ先生ってすごくきれいな人だったよ」
「おっと、年上の先生に目をつけるなんて中々おませさんだね。それで、どうなったのかな」
「もちろん告白したよ。やんわりと流されたけど」
「幸太郎君の思い切りの良さは昔から変わらなかったようだね
「でも、幼稚園の頃は恋とかわからなかったから、本当の意味での初恋じゃないかも」
「それなら、初恋ってわかった時はいつのなのかな?」
「小学校四年――いや、小学校五年生かな?」
「中々恋多き人生を歩んでいるようだね、幸太郎君は」
「そう言われると何だか照れる」
気持ちのいいくらいの天気の中、登校中の幸太郎と大和は和気藹々と雑談を交わしていた。
そんな二人の後ろにはセラがいて、さらにその後ろには気持ちのいい朝を台無しにするほどの不穏で殺伐とした空気を放っている麗華がいた。
興味のある話題に耳を傾けながらも、明らかに不機嫌な麗華にセラは気持ちのいい朝にもかかわらず憂鬱そうに深々とため息を漏らした。
……麗華、明らかに機嫌が悪い。
それも、過去にないくらいに……まあ、無理もないか……
いつもなら機嫌の悪い麗華をフォローするセラだが、今日はいつも以上に――いや、かつて見たことがないほどの機嫌の悪さに話しかけることができなかった。
だが、触らぬ麗華に祟りなしと思っても、不機嫌な理由を知っているので気になっていた。
そんなセラの気持ちなど露も知らない様子で校舎に到着しても話を続けている幸太郎と大和。かつてないほど機嫌の悪い麗華とは対照的に大和の機嫌はかなり良かった。
「大和君には初恋の人はいないの?」
「んー、期待に沿えなくても申し訳ないけど、ないかな。男として育てられていたせいで常に周りは僕を男の子として見ていたから、そんな状況で恋について考えられなかったし、今も昔も変わらないかわいげのない性格だったから興味もなかったしね」
「大和君はかわいいよ」
「そう言ってくれるのは幸太郎君だけだよ。でも、そういうことを言うと誤解されちゃうよ?」
「でも、本当だよ」
「……それじゃあ君に惚れちゃおうかな?」
「ドンと来て」
「それじゃあ、付き合おうか――って言いたいところだけど残念。一歩遅かったね」
華奢な胸を張って自分を受け入れる気満々の幸太郎に、大和は舌を出して小悪魔のように、思わせぶりに微笑むと、さっそく幸太郎は興奮気味に食いついてくる。
「もしかして大和君、メロメロラブラブチュッチュな彼氏さんがいるの?」
「ふふーん、その上の上、何と僕は――」
重大発表する寸前に教室に到着した大和は、無駄に派手な動作で教卓の上に飛び乗った。
突然の大和の行動に驚き、談笑を中断させたクラスメイトたちの視線が大和に集まり、一方の幸太郎は今や今かと大和の言葉を待った。
一瞬の静寂の後――いよいよ大和の口が開く。
「僕、伊波大和はこの度結婚することに決まりましたぁ!」
華やかな声と同時に沈黙が一瞬訪れた後――幸太郎を含めたクラスメイトたちの驚きと好奇に満ちた声が響き渡る。
「学生結婚? いやぁ、ロマンあるー! おめでとー、大和」
「ねぇねぇ、大和君。どんな子と結婚するの? ねえねえ!」
「どこで出会ったの? どんな言葉でプロポーズされたのぉ?」
「伊波と結婚する猛者が現れるとは思いもしなかったな。俺、ちょっとショックかも……」
「わかるわかる。女だとわかってから、少し気になってたからな……」
大和の結婚宣言に、普段彼女と喋らないクラスメイトたちからの祝福の声が上がり、一部のクラスメイトたちはショックを受けていた。
一気に大和はクラスメイトたちに囲まれ、質問攻めをされてしまう。幸太郎も質問しようとしたが人波に押し出されてしまった。
「まあまあ、みんな落ち着いてよ。一人ずつ質問を返すからさ」
特に仲良くはない大勢のクラスメイトたちに囲まれ、質問攻めされても特に嫌がることなく、爽やかな笑みを浮かべて一つずつ質問を返していた。
「麗華さん、大和君が結婚するって知ってた?」
人波に押し出されて大和に質問できない幸太郎は、代わりにあからさまに不機嫌な麗華に恐れることなく話しかけた。しかし、麗華は仏頂面を浮かべて無視を決め込む。
「どんな人と結婚するのか知ってる?」
「こ、幸太郎君……今、麗華を刺激しない方が――」
「私は認めていませんわ!」
無視されても質問を続ける幸太郎を制止させようとするセラだが――そんなセラの言葉を遮り、ヒステリックに満ちた麗華の怒声が祝福ムードの教室内に響き渡る。
一瞬で静寂に包まれる教室内。
「僕の決めた結婚なのに、親友の君が祝福してくれないなんてショックだなぁ……そんなに僕と離れるのが寂しいのかい?」
「勘違いも甚だしいですわね! このウスラトンカチ!」
一気に教室内の空気が冷え込む中、おどけた態度を取る大和を激しい怒りを宿した目で一瞥した後、不機嫌な足音を立てて真っ直ぐと麗華は自分の席に向かってどっしりと勢いよく座った。
「嫁姑問題?」
「……それは違うと思います」
そんな二人のやり取りを見て思ったことを口に出す幸太郎に、ツッコみを入れるセラ。
このまま祝福ムードの空気は戻らず、教室内が重い空気に包まれたまま始業開始のチャイムが鳴り響いた。
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