第4話

「うん、に美味しい。に美味しいよ、セラさん。衣がサクサクしてて、中身のポテトもふっくらしていて舌触りが滑らかだし、味付けもバッチリ。に美味しい!」


 相変わらず『普通』をつけるんだな、幸太郎君は……

 まあ、もう慣れたけど……でも、ちょっと複雑。


 鳳グループ本社や教皇庁本部、アカデミーの校舎が立ち並ぶセントラルエリアにある、高層マンションの一室で幸太郎は夕食である出来立てのコロッケを美味しそうに頬張っていた。


 自分の手作りコロッケを『普通』と強調して美味しいと告げる幸太郎に釈然としないところがあったが、それでもこの部屋の主である、幸太郎と同い年でありながらも大人びた雰囲気を漂わせ、かわいいというよりも美しい顔立ちのショートヘアーの少女――セラ・ヴァイスハルトは「ありがとうございます」と嬉しそうに微笑んだ。


「ね、クロノ君、ノエルさん。セラさんの手料理普通に美味しいでしょ?」


「美味いな」


「……に美味しいですね」


 自身の左隣に座って無表情で黙々とコロッケを頬張るクロノと、右隣に座っているクロノの姉である短めの白髪の髪を赤いリボンで結い上げた白葉ノエルに話しかける幸太郎。


 想像以上に美味しかったセラの手作りコロッケを無表情ながらも僅かに興奮気味に褒めるクロノ。一方のノエルは弟と同じくセラの手作りコロッケが美味しかったことを認めつつも、無表情ながらも僅かな悔しさを滲ませた表情で一拍子間を置いて感想を述べた。


「美味いとは聞いていたが、ここまでセラの料理が美味いとは思わなかった」


「ありがとうございます、クロノ君」


「リクトの手料理と甲乙つけがたいな……ノエルはリクトとセラのどちらが美味しいと思う」


「……セラさんの方がに美味しいですね」


 クロノに意見を求められ、ノエルは再び悔しさを僅かに滲ませた表情で答えた。


「……そういえば、ノエルは料理をするのか?」


「いいえ。別に料理ができなくとも現状何も問題はないので」


 セラの幼馴染である、冷たい雰囲気を漂わせる銀髪セミロングヘア―の長身の美女――ティアリナ・フリューゲルは何気なく浮かんだ質問をノエルにぶつける。


 邪気のないティアの質問にノエルは少し不機嫌そうに素気なく答えた。


 そんなノエルの答えに、彼女が少しだけ不機嫌な理由が何となく理解できたセラは、かわいらしさを感じるとともに一瞬ほんの少しだけ勝ち誇った気分になってしまったが、その程度で勝ち誇ってしまった自分を自戒して、話を替えることにした。


「ノエルさんたちが来てくれて感謝しています。来るはずだった麗華と大和君が急用で来なくなって、たくさん作るコロッケが余るところでしたから」


「……たくさん食べていいのか?」


「もちろん、遠慮しないでどんどん食べてくださいね、クロノ君。いつもいる優輝ゆうきも課外授業でいないので、残しても余ってしまうだけですから」


「了解。それなら遠慮なく食べさせてもらう」


 ……かわいいな、クロノ君。


 セラの言葉にクロノは淡々とした手つきでありながらも、コロッケを口に運ぶペースを上げる。一生懸命コロッケを頬張り、口元にソースがついているのを気づいていないクロノの姿に、思わずかわいらしさを感じてしまうセラ。


「麗華さんと大和君が急用で鳳グループに向かったのって……もしかして、高等部の僕たちも課外授業に行くことになるのかな……温泉に行きたい」


「課外授業で温泉に行く予定はありません。それと、七瀬さんに邪な気配を感じます」


「ぐうの音も出ない」


 コロッケを食べながら、温泉旅行への妄想を繰り広げる幸太郎に淡々とツッコみを入れるノエル。核心を突かれて反論できない幸太郎に、呆れるセラたち。


 二日前からアカデミーの初等部と中等部の生徒たちは、アカデミー都市から出て輝石から離れて生活したり、輝石使いではない同学年の人とコミュニケーションを行う課外授業を、アカデミー都市外部の企業や学校と協力して大々的に行っていた。


 セラの友人たちはそんな彼らの付き添いでアカデミーから離れていた。


「それにしても、随分唐突に決まったよね。課外授業だなんて」


「来月開かれる煌王祭こうおうさいでアカデミー外部の人間を集めようとしているのでしょう。強固になった鳳グループと教皇庁の関係を外部に見せつける絶好の機会ですから」


「血沸き肉躍る煌王祭にいっぱい人が来るんだ……屋台がいっぱい増えそうで楽しみ」


「安全面を考慮に入れて行われる輝石使いの戦いが煌王祭なので、その表現は少々語弊がありますが」


 不意の疑問を口にする幸太郎のためにノエルは淡々とその疑問の答えを述べると、幸太郎は納得した様子で軽快にコロッケを口に運んだ。


「今年の煌王祭はかなり大々的に行われるそうだな」


 コロッケにソースをかけながら言ったティアの言葉に、「ええ」とノエルは頷く。


「アカデミー都市外部からの人間はもちろん、世界中にいる教皇庁の人間も集めるそうです。鳳グループ内は今のところまとめ上げられているそうですが、教皇庁内部は鳳グループとの連携に納得できていない人間が多いので、煌王祭のついでに会議を開くのでしょう」


「ここ数年煌王祭ではロクなことが起きていない。今年も何が起きるかわからんな」


 一昨年煌王祭中に発生した時期教皇最有力候補であり、教皇庁トップであるエレナ・フォルトゥスの息子であり、現在教皇庁の代表として課外授業に向かっているリクト・フォルトゥスが教皇庁過激派に狙われた事件と、去年発生したちょっとした騒ぎを思い出しながらティアは不安げに呟くと、ノエルも「同感です」と頷いた。


「今年の煌王祭はアカデミー都市外部から制輝軍を集めて総動員で警備に当たるそうです」


「そういえば……アリスのいない今、制輝軍は誰がまとめている」


「……美咲みさきさんです」


「大丈夫なのか?」


「私が傍でアドバイスをしているので、今のところは」


 ……不安だ。


 アカデミーの治安は鳳麗華が設立し、幸太郎とセラが所属している風紀委員と、国から派遣された組織である制輝軍が存在しており、つい最近まで所属していたノエルが制輝軍をまとめていたが、今ではアリス・オズワルドという中等部でありながらも制輝軍内でもトップクラスの実力者がアカデミーに駐在する制輝軍をまとめていた。


 しかし、中等部のアリスが課外授業に向かっている中、制輝軍をまとめているのが実力者であり、それなりに人望がありながらも性格に難がある人物なので、その人物をよく知っているティアとノエルはもちろん、話を聞いていたセラも不安しかなかった。


 一通りの話が一段落する頃には、がつがつと食べる幸太郎と、黙々と多くのコロッケを食べるティアとクロノのおかげでだいぶコロッケの数が減っていたが――


「ノエル、あまり食が進んでいないようだが、食欲がないのか?」


「体調が悪いのなら何か消化にいいものを出しましょうか?」


 あまりコロッケを食べていないノエルに気づくティアと、そんなノエルを心配するセラ。そんな二人に余計なお世話だと言わんばかりに「問題ありません」とノエルは素っ気なく答える。


「料理を作らない私が言うべき台詞ではないが、お前たちも食事をしにここに来ればいい。聞けば、お前とクロノは食事をただの栄養補給と言っているそうだな。それはよくない」


「この前の健康診断で何も問題はありませんでしたし、栄養も考えているので問題ありません」


「同感だな。しかし、たまにはこうした手料理で補給するのはいいのかもしれない」


「……やはり、お前たちは間違っている」


 二人の意見にティアは小さく嘆息すると同時に迫力のある空気を纏う。


「確かに普段のお前とクロノを見ていれば健康面では何も問題ないし、多少華奢なところもあるが芯の通った肉体であることは理解できる、しかし、お前たちは間違っている。食事とは補給はもちろん、摂取するものではない。食事とは食材を味わい、食材や料理人に感謝をし、その身に宿して血肉に替える行為。神聖とも呼べる行為を栄養補給という単純な言葉で済ませるものではない。心身ともに強くするためには食事が何よりも肝心なのだ」


「そ、そこまで大袈裟に考えなくてもいいけど……まあ、間違ってはいないけど……」


 食事について力説するティアの有無を言わさぬ迫力を発するティアに、言っていることは間違っていないと思いながらも大袈裟なので呆れるセラ。


「でも、ティアの言う通りですよ。栄養補給やバランスを考えるだけではなく、こうしてみんなと一緒に食事をすることも食事をする上で重要なんですから」


「善処しよう」


 ……かわいい。


 ティアとセラの言葉に、素直に従うクロノだが――ノエルは黙ったまま無表情ながらも、親に怒られた子供のように不貞腐れた表情を浮かべて、コロッケを食べるペースを上げた。


 そんな二人の姿を見て、つい最近まで事あるごとにぶつかり合っていたのにもかかわらず、それを忘れさせるほど今の二人をセラはかわいいと思ってしまった。


「……何か文句ありますか?」


「い、いえ。ただ、美味しいのかなと思いまして」


「感想は先程述べたはずですが?」


「そ、そうでしたよね。まだたくさんあるので、たくさん食べてくださいね」


 自分の食事姿をセラに見つめられて無表情ながらも不快感を露にするノエルに、かわいいと思ってしまったことを隠すためにセラは誤魔化すような笑みを浮かべた。


 大量のコロッケが確実に減る中――ノエルとクロノに注意したセラたちの様子を、コロッケを食べながらジーと見つめていた幸太郎は、思っていたことを素直に口に出す。


「何だかセラさん、ノエルさんとクロノ君のお母さんみたい」


「同感だ。セラの遺伝子から生まれたからな。二人とも戦闘時の姿がセラに見える時がある。二人ともどことなく子供の頃のセラに似ているし、ノエルとセラの身体的特徴はよく似ている」


 突拍子もなく思ったことを口に出した幸太郎の言葉に同意するティア。


 二人の言葉に、ノエルとクロノはコロッケを食べている手を止めて無表情ながらも少し動揺している様子であり、セラは少しだけ悪い気がしなかった。


「確かにそうか……セラ、オレはお前を『母』として接した方がいいのだろうか?」


「え、えっと……す、好きなように接してください」


「それでは、慣れるまで普通に接しよう」


 純真無垢なクロノの言葉に少し惹かれてしまうセラだが、周囲に誤解されないようにするために私欲を抑えた。


 ノエルとクロノ――二人はイミテーションと呼ばれる輝石から生まれた存在であり、生み出される過程でセラの遺伝子が使われていた。


 だからこそ、ティアやクロノの言う通りあながち間違いではなかったのだが――


「関係ありません」


 ノエルは淡々とした口調でキッパリとセラとの母娘関係を否定した。


「私はセラさんのように浅慮で短絡的ではありませんし、物事に私情を挟んで状況をややこしくしませんし、気取っていませんし、八方美人ではありませんし、身体の部分ではセラさんの方が重そうです。だから、決して、断じて、まったく私はセラさんに似てなければ、母娘関係ではありません」


 ……やっぱりかわいくない。


 淡々と自分のことを好き勝手に捲し立てるノエルに、セラは先程まで彼女がかわいいと思ってしまったことを撤回する。


「やっぱり、二人とも母娘みたい」


「「違います」」


 セラを母娘と認めないノエルを見て、自分の思ったことを口に出す幸太郎。


 今度はノエルだけではなくセラも異口同音で同時に否定した。




―――――――――




「武尊……よかったの? あんなに挑発して」


 鳳グループ本社から出ると同時に、社長室で麗華たちを挑発した武尊を咎めるような、それでいて、どこか不安そうな声で呉羽は武尊にそう尋ねた。


「別に挑発してないし、挑発してきたのはあっちだよ。まったく失礼しちゃうよね!」


「それならば、相手にしなければいいだけの話。元々悪かった印象があれでさらに悪くなった」


「だからこそ、こっちは初対面でへりくだっていたんだよ?」


「それはギャグで言っているつもり?」


 会話をする武尊と呉羽の間からは主従関係のようなものは感じられず、長年連れ添った友人関係を感じさせるものだった。


「それよりも、私の婚約者の加耶をどう思う? かわいかったよね? ね?」


「ええ。男装ではなく女性らしい姿も見てみたいと思ったわ」


「同感だね! そうだ、男装しているってことはやっぱりさらしを巻いてるのかな? 胸元が少しきつそうに感じたんだけどどうかな? 恥ずかしながら私はおっぱい星人だからちょっと興奮しちゃうよ! でも、呉羽の方が大きかったかな?」


「……セクハラはやめて」


「HAHAHAHAHAHAHA! 訴えるのは勘弁してくれ、負けるから!」


 無遠慮に従者の突き出たバストを見つめ、平然とセクハラ発言をしたらジットリした目で呉羽に睨まれたので、降参と言わんばかりに笑う武尊。


 話をしながら、二人はセントラルエリアの駅前へと向かっていた。駅前に近づくほど仕事を終えた鳳グループ社員や教皇庁の人間、アカデミーの教員たちで人通りが激しくなってきた。


「そういえば、呉羽の方はどうなの?」


「どうなの、とは?」


「それはもちろん、男性関係の方さ。先にゴールインした身として、仕事一筋で浮ついた噂はまったくない君が心配なんだ」


「……セクハラはやめて」


「セクハラじゃないよ。君を思っての純粋無垢な質問さ。君ほどの美しさを持つ女性が独り身のままなんて、実にもったいない! ――そう思うだろう? ヤマダ君」


 ヤマダと呼ばれて複数の通行人たち一瞬立ち止まったが、すぐに自分ではないと思って歩きはじめる。


 しかし、その中でも一人の男――仕事帰りでスーツを着た人間が大勢いる周囲に完全に溶け込んでいる、スーツ姿で長身痩躯の特徴のなさそうな顔をしている男がフレンドリーな笑みを浮かべて、皮手袋をはめた右腕をぎこちなく振りながら武尊に近づいてきた。


 自分たちに近づくヤマダと呼ばれた男を警戒する呉羽。


「鳳グループを出てしばらくしたら合流するって聞いてたけど、まさかこんな人込みで会ってくるなんて思いもしなかったよ?」


「ごめんごめん。でも、人込みの中で会った方が逆に落ち着いて話ができると思ってね。僕たちの会話なんて誰も聞いていないし、この喧噪で会話はすぐに消え失せるし、アカデミー都市内には多くのカメラが設置されてるから怪しい行動を取ればすぐに気づかれちゃうからさ」


「木を隠すのには森の中って、なんだかプロフェッショナルだね、ヤマダタロウ君?」


「褒められて光栄だよ。さあ、このまま人込みに紛れて歩きながら話そうか」


 そう言って、ヤマダタロウは歩きはじめ、彼の後についてくる武尊と呉羽。


「ちゃんと挨拶はできたのかい? 結婚する時に相手方のご両親にする挨拶は重要だよ。挨拶時の印象が結婚生活に大きく関わってくると言っても過言じゃないからね」


「多少の悪印象はあったと思うけど、婚約者とウマが合ったし結婚生活は上手く続きそうかな」


「まあ、挨拶が上手くいかなくても婚約者と性格が一致するのかが何よりも重要だからね」


「ありがとう。そう言ってもらえると何だか結婚生活に希望が持てるよ――それで、君の方はどうなのかな? 我々よりも、君の目的の方が大変だろう? とはいえ、アカデミー都市にいる最高戦力を相手にするようなものだからね」


 意地の悪い笑みを浮かべた武尊の言葉に、ヤマダはわざとらしく不安気にため息を漏らした。


「勘弁してよ武尊君。改めてそう言われるとオジサンしんどいって」


「HAHAHAHAHAHAHA! ごめんごめん! 大丈夫。ちゃんと私も協力するから」


「そう言ってくれると安心できるけど……成功率は五分五分で賭けになるかな?」


「計画なんて不測の事態はつきもので、最終的には賭けになるんだからそんなに心配しなくても大丈夫だって。いい感じに相手は私にしてくれそうだからね」


「囮を買って出てくれて嬉しい限りだよ、武尊君。やはり、君は最高の協力者だ」


「その言葉をそっくりそのまま返そう。君の流してくれた情報でこちらの目的も順調だよ」


 協力者であるお互いを褒め称える武尊とヤマダだが、呉羽だけはヤマダに対して警戒心を隠すことなく不審そうに睨んでいた。


「それよりも、ヤマダ君の『腕』の方は大丈夫なのかい?」


「まだ調整と実践が不足しているけど、今のところは何の問題もないよ。どうせこれからたくさん使うようになるんだから」


 不安そうに武尊が見つめてくる自身の右腕を、人間味を感じられないぎこちなく、それでいて少し滑らかな動作でヤマダは動かして見せた。


「それじゃあ、すべては明日――お互いに気合れて行こうね。エイエイオーってね」


 おどけた様子で気合を入れて、ヤマダは人込みに紛れて消えるように立ち去った。


「じゃあ、私たちもホテルに戻ろうか。明日は色々と大変な一日になるだろうからね」


 余裕そうな笑みを浮かべている武尊の指示に、胸の中にある不安と不審を消すために一瞬の間を置いて呉羽は頷いた。


 しかし、呉羽の中にあるヤマダに対しての――そして、主人に対しての不安感は拭い去ることができなかったが、無理矢理それを押し殺して主人の後に続いた。

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