第18話
巴と大和が去った社長室には、幸太郎、麗華、大悟の三人が残っていた。
無表情の大悟は無言で机の上にあるノートPCをジッと見つめて、大和たちがセキュリティを復旧させるのを待っていた。
そんな父の様子を麗華はチラチラと横目で窺いつつも、話しかけようとはしないで、仏頂面を浮かべてソファに深々と腰かけていた。
僅かに大悟と麗華の間に険悪な雰囲気が流れていた。
テーブルを挟んで麗華の対面に座っている幸太郎は、そんな雰囲気の麗華と大悟を交互に見ていたが――ここで、緊張感のない腹の虫の鳴き声が幸太郎から響き渡る。
こんな状況で腹を空かす幸太郎を、麗華は冷ややかな目で見て心底呆れていた。
「あれだけ食べて、痛い目にあったというのにまだ満足していないとは、食い意地が張っているのを通り越して、みっともないですわね」
「パーティーの料理、すごく美味しかったからつい調子乗っちゃった」
「鳳グループが集めた選りすぐりのシェフたちによる最高級のごちそうなのですから、美味なのは当然ですわ。それなのに味わうこともなく、勢いのまに貪り食らうあなたたちは見ていられませんでしたわ!」
「一応お嬢様の鳳さんって、あんなごちそうを毎日食べてるの?」
「フフン、ようやく私とあなたの違いが理解できたようですわね」
「毎日美味しいものを食べてるのに、鳳さんの手料理ってどうしてマズイんだろうね」
本人にはまったく悪気のない一言だが、麗華の怒りに何気なく触れる幸太郎。
ナチュラルに暴言を吐く幸太郎に、麗華は思わずいつものように怒声を張り上げそうになってしまうが、それをグッと堪え、長い足を使って幸太郎の爪先を思いきり踏んづけた。
爪先の痛みに麗華は声なき叫びを上げて悶絶する。
「お、鳳さん、痛い」
「……どうしましたか、七瀬さん。何かあったのですか?」
即席お嬢様スマイルを浮かべて、余計なことは言うなと無言の圧力を放ってくる麗華だが、幸太郎は気にせずに話を続ける。
「ど、どうして何も言わずに、足を――イダッ!」
「……何かありましたの?」
警告を無視して余計なことを発言しようとする幸太郎の爪先を再び踏んづける麗華。幸太郎は素っ頓狂な声を上げて再び悶絶した。
「あらあら、変な声を出してしまって、どうかしましたの? 七瀬さん」
「鳳さん、大悟さんから聞いたけど、やっぱりお父さんの前だと猫被ってるんだね」
懲りずに余計な発言をする幸太郎の爪先を踏んづけようとする麗華だったが――嫌な予感が頭を駆け巡った麗華は、顔を青白くさせて固まった。
「そ、そういえば、あなた……お父様と一緒に行動をしていましたが……ま、まさか……」
「大悟さん、鳳さんがいつも高笑いしてるってことも、必殺技の名前を叫ぶって知らなかったんだね」
青白い顔から顔を真っ赤にさせて 麗華は激情を宿したツリ目で幸太郎を鋭く睨む。
顔を真っ赤にしている理由は、父の前で余計なことを言った怒りだけではなく、知られたくない自分の一面を父に知られてしまったことによる羞恥もあった。
麗華は無言のまま座っている幸太郎の膝の上に馬乗りになって、彼の胸倉を掴み、そのままガクガクと身体を揺らす。
「ちょ、ちょっと、お、鳳さん?」
「うぅ……あ、あなたのせいで私のイメージが台無しですわ……」
「も、もしかして、鳳さん泣いてるの? ご、ごめんね……」
目に涙が浮かんでいる麗華を見て、自分の失言にようやく気づいて慌てて謝る幸太郎。
胸倉を掴んで幸太郎の身体を揺すっていた麗華だが、掴んでいた胸倉を乱雑に放して、幸太郎の膝に馬乗りになったまま脱力する麗華。
「わ、私には鳳グループトップであるお父様の娘というイメージがあるのですわ」
「そ、そうなんだ……ごめんね、鳳さんが高笑いしてるって言っちゃダメだった?」
「あ、あなたにはわからないでしょうね、私の立場というものが、うぅ……最悪ですわ」
今にも号泣しそうな麗華に慌てる幸太郎は、仕事机の前に座っている大悟に縋るような目を向けると、大悟は無表情だが娘に何を言ったらいいのか迷っているようだった。
……どうしよう、このままだと鳳さん泣きそうだ。
頭撫でた方がいいかな? でも、下手に手を出したら噛みつかれそうだし……
――あ、そうだ。
「大丈夫、鳳さんがバカみたいに高笑いをする、自称気品溢れる淑女とわかっても、大悟さんは理解してくれる――と思うよ」
「さ、最悪ですわぁああああああああああ!」
咄嗟に思いついた幸太郎のフォローになってないフォローに、鼻水を垂らしてポカポカと幸太郎の華奢な胸板を叩く麗華。
「い、イメージが崩れたなら、これ以上周りや大悟さんに気を遣わなくても良くなるよ? さっきから感じてたけど、鳳さんと大悟さん、親子なのにお互い気を遣ってるみたいだし。だ、だから、ちょっと落ち着いて」
慌てて再びフォローを入れる幸太郎の何気ない言葉に、麗華、そして、大悟は反応する。
幸太郎は気づいていなかったが、お互いに気遣っているという言葉に親子は反応した。
「そうだ! 鳳さんも気遣うのをやめたら、大悟さんも気遣わなくなるからちょうどいいよ。だって、他人でもないのに気心の知れた親子同士が気遣い合うって変な話だし――そ、そうですよね、大悟さん」
縋るような目で大悟に麗華のフォローを求める幸太郎に、大悟は小さく嘆息して、椅子から立ち上がり、幸太郎の膝の上に馬乗りになっている麗華に近づいた。
そして、おもむろに麗華の頭に手を置く――そっと、優しく。
突然の父の行動に、麗華は目を見開いて驚いている様子だった。
「お、お父様?」
「……泣くな」
一言だけそう告げると、娘の頭から手を放して大悟は自分の机の前に戻った。
突然のことに驚きのあまり固まっている麗華だったが――自身の頭に残る父の手の感触に、頬をほんのりと赤く染めて、自然と頬が緩んでしまっていた。
「鳳さんってお父さんのこと大好きなんだ」
「おだまり、この……バカ」
頭に残る父の手の感触に浸っている自分を邪魔するかのように声をかける幸太郎だったが、麗華は小さく悪態をついたが不機嫌になることなく、静かに幸太郎から離れた。
何となくだが、今日パーティー会場で久しぶりに会った時に感じた麗華の刺々しい雰囲気が、一気に和らいだように幸太郎は感じていた。
だが、そんなことよりも気になっていることがあった――
「大悟さんも娘さんのことが大好きなんですね」
娘の頭を撫でた大悟の行動を見て、思っていたことを口にする幸太郎。
幸太郎の言葉に大悟は相変わらずの表情で何も反応しなかったが――大悟の纏っている雰囲気は穏やかなものだった。
そんな父の雰囲気を感じ取り、麗華は泣き笑いの表情を浮かべるが――幸太郎に悟られないためにすぐに顔を隠した。
―――――――――――――
セキュリティルームに到着した大和は、すぐにPCの上に置かれていた赤く発光する立方体の塊――ハッキング装置を壊して、手慣れた手つきでマスターキーを使って、室内にあるPCを操作していた。
ディスプレイの明かりだけに照らされた薄暗い室内で、大和は黙々とコンピュータを操作していると、パスワードを入力する画面が出てくる。
大和はマスターキーを、自分の目的に気づいていながらも渡した時に大悟が出したヒント――『パスワードは自分の子供たち』という言葉を思い出す。
嬉々とした表情を浮かべながら、大和はパスワード――『鳳麗華』、そして、『伊波大和』と入力するが、パスワードは間違っていた。
それならばと、『鳳麗華』、『伊波大和』、そして――『
パスワードは当たっていた。
まさかとは思っていたが、思った通りの答えに大和は心の中で笑ってしまう。
無邪気に、楽しそうに、嘲るように、そして――むなしそうに。
「……順調のようだな」
「運良く、驚くほどにね」
パスワードを認証させると同時に、大和の背後から機械で加工された音声が響き、フードを目深に被った白い服を着た謎の人物――御使いが闇の中から登場する。
背後から音もなく登場した御使いに、ディスプレイの明かりに照らされた大和は薄ら笑みを浮かべて、『マスターキー』を御使いに見せた。
「『マスターキー』――これがあれば深部に行けるようになるよ」
「随分簡単に手に入ったな」
「貸してくれって大悟さんに頼んだら、ヒョイって貸してくれたんだ」
事実を言ったつもりだったが、あまりにも入手方法が簡単すぎるので、フードを目深に被って表情は窺えないが、御使いは大和に不審を抱いている様子だった。
そんな御使いの雰囲気に、大和は自嘲気味な笑みを浮かべる。
「マスターキーは鳳グループが保有するすべての建物に侵入できて、すべてのシステムにアクセスすることができる特別な鍵。そんな重要なものを簡単に渡したってことは、大悟さんなりに考えがあると思うけど――結局、どんなことをしてももう遅い、もう無駄だよ」
何を考えているかわからない大悟に、そして、自分自身に言い聞かせるようにそう言って、軽薄でありながらも、冷え切った暗い笑みを大和は浮かべていた。
「それにしても、わからない……どうして、関係のないお前は我々に協力する」
「僕は『姫』と――君たちの主である天宮加耶と約束しているんだ」
意味深な微笑を浮かべながら遠い目をした大和は、姫――天宮加耶の名前を出す。
「お前と姫様はどんな関係だ」
「君たちが思っているよりもずっと深い、そう、ずーっと深い仲だよ」
ふいの御使いの質問に、大和は自嘲を浮かべてため息交じりにそう答えた。
そして、自嘲から、いつも通りの軽薄な笑みへと大和は変える。
「さてと……システムの復旧がそろそろ終わるから、これから忙しくなるよ」
「わざわざ役目を果たすとは、随分と律儀な奴だ」
「まあ、これまで色々とお世話になったからね。恩返しってことだよ」
「御柴巴をあの状況で見捨てて、よくそんなことが言えるな」
「巴さんなら大丈夫。それに、まだ巴さんたちには利用価値があるからね」
「まだ利用するつもりとは、末恐ろしい奴だ」
「僕はコーンスープ缶のコーンを最後まで食べるから」
「……意味がわからない」
裏切った相手に対して約束を果たす律儀さを見せながらも、まだまだ利用する気でいる容赦のない大和に、御使いは恐ろしさと心強さを感じているようだった。
「まあ、このまま事態が泥沼化するよりもスッキリ解決した方が目覚めは良いからね。あなただってそう思うはずだ。だって――村雨君のこと、心配でしょ?」
自分の言葉に口を閉ざした御使いを見て、大和は意地悪な笑みを浮かべた。
「随分、あなたは村雨君に協力的だったよね」
「……そんなことはない」
否定する御使いに、子供のように「そうかなぁ」と大和は御使いを煽った。
フードを目深に被っているため、表情は窺えないが御使いは不機嫌そうだった。
機嫌の悪さを感じ取った大和は、「ごめんごめん」と適当に謝って機嫌を取る。
「色々な人に利用されている村雨君には多少の同情はするけどね。要領悪いけど」
バッサリと切り捨てながらも、多くの人間に利用されている村雨をほんの僅かだが大和は憐れんだ。
そして、大和は深々とため息を漏らすと同時に全身から力を抜いて、試すようでありながらも、優しげな目を御使いに向けた。
「後悔しないなら、好きにしてもいいよ」
微かに逡巡している御使いの心の内を大和は見透かしたようにそう言うと、セキュリティシステムの復旧を終えた大和は大きく欠伸をして椅子から立ち上がった。
「僕も後悔しないために、好きなことをするからさ。それじゃあ、またね」
無邪気な笑みを御使いに向けて、大和はセキュリティルームから出た。
勝手な真似をしようとするつもりの大和を、御使いは何も言わずに見送った。
大和を止めようとしたが、そんな権利は自分にはないと御使いは思ったからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます