第17話

 社長室では大和が中心になってこれからのことを話し合っていた。


「村雨君たちは緊急警報システムを作動できないと思ってるかもしれないけど、作動できる方法は色々あるんだ。ガードロボットが村雨君の支配下に置かれて、僕たち輝石使いの力が制限されている今の状況では危険かもしれないけどね」


「……方法は?」


 さっそく食いついてきた大悟に、大和は満足そうな笑みを浮かべる。


 いっさいの疑いなく大和の提案に乗った父を、不安げな面持ちの麗華は見つめていた。


「セキュリティルームに向かって、掌握されているセキュリティを復旧させるだけだよ。セキュリティを復旧させればいつでも緊急警報システムを作動させることができるし、ここのマイクを使って会場のスピーカーを通して、村雨君と話すことも可能になるよ」


 アンプリファイアで輝石の力が制限され、村雨たちが掌握されているガードロボットが徘徊している中、下の階にあるセキュリティルームに向かうと大和は提案する。


「メリットが多いが確実性がない。道中ガードロボットに襲われ、力尽きたら終わりだ」


「確かにアンプリファイアのせいで輝石の力は上手く使えないし、麗華は運動不足で太り気味だし、巴さんは足がきれいだし、僕は頭脳派だし――まあ、一応実力がある輝石使いが揃ってるんだから、成功する確率は高いよ、多分。他に大悟さんは良い方法でもある?」


「私が一人で村雨と直接会って話すという手もある」


「確かに、村雨君の目的は大悟さんだから、あなたが行けば万事解決だね」


「き、危険ですわ、お父様! 何が起きるかわからないのに無茶な真似はやめでください!」


 平然と無茶な提案をする父に、大和にバカにされても黙っていた麗華は慌てて止める。


 大和は軽薄そうに笑いながら麗華の意見に同調するように頷いた。


「麗華の言う通り、それこそ危険すぎる。村雨君たちの背後に御使いの意思が存在するのは確実なんだ。さっきのガードロボットの暴走だって、あれも確実に御使いの計画の一部だと思うよ。大悟さん一人で無茶をすれば、何が起きるかわからないよ?」


「い、良いことを思いつきましたわ! 今すぐこの部屋の窓ガラスを割って下に異変を知らせるという手もありますわ!」


 父のために代替案を必死に捻りだす麗華を見て、大和は心底愉快そうに、そして、嘲るように笑う。


「人質がいる会場内にはさっき暴走したのと同じ新型ガードロボットがいるんだ。御使いに意に沿わない行動をすれば、ガードロボットを会場で暴走させる危険性もある。そうなった場合の被害はどうなるのかな?」


 すべてを理解している上で嫌らしい笑みを浮かべる大和の説明に、最悪の事態を想像した麗華は口を閉ざし、悔しそうに大和を睨んだ。


「一つでも選択を誤ればゲームオーバー。それに、このまま何もしないで悠長に待っていたら、痺れを切らした村雨君たちが突入してくるかもしれない。だから、他に良い考えが何もないのなら、ここは大人しく僕の判断に従った方がいいんじゃないかな?」


 説得するようでありながらも、脅しているようにも聞こえる大和の言葉に、「……いいだろう」と、大悟は大和の提案に乗ることにした。


 自分の提案に乗ってくれた大悟に、大和は待っていましたと言わんばかりに満面の笑みを浮かべて小躍りする。


「それじゃあ、ここは言い出しっぺの僕がセキュリティルームに行くよ。麗華たちはここでセキュリティが復旧するまで待っててね」


 やる気満々といった様子で軽い準備運動をする大和。


 すべてが大和の思い通りになっているような気がした麗華と巴は、不審そうな目を大和に向ける。自分を怪しんでいる二人の視線に気づきながらも、大和は「あ、そうだ」と、わざとらしく思い出したような声を出した。


「社長権限で本社内のシステムをすべて起動することができる、大悟さんが持っている『マスターキー』を貸してくれないかな? それがあれば、システム復旧に時間はかからないんだけど」


 大悟に手を差し出して、『マスターキー』を貸してくれるように頼む大和。


 普段のように、人を食ったような軽薄な笑みを浮かべて何気なく頼んでいる大和だが、その笑みの裏に隠し切れていない悪意が確実に存在していることを、長い付き合いである麗華と巴は確かに感じ取る――もちろん、大悟も同じだった。


 だが、二人と異なるのは、大悟は大和の目的も理解していることだった。


 しかし、大和の目的も見抜きながらも、大悟は上着の内ポケットから銀色のカード――マスターキーを大和に差し出した。


「お、お父様、そんな重要なものを渡すのはもっと考えるべきですわ……」


「構わない……持って行け、大和」


 麗華が制止させようとするが、それを無視して大悟はマスターキーを大和に渡す。


 大悟にマスターキーを手渡され、大和は満足そうな笑みを浮かべた。


 そんな大和の様子を見て、無表情の大悟は誰にも気づかれないほど口元を自嘲で微かに吊り上げ、彼の表情はどこか寂しそうであり、何かを決心しているようでもあった。


「マスターキーを使用するとパスワードが要求される。パスワードは――お前なら意味がわかるだろう」


「オッケー、大悟さん、それじゃあ行ってくるね」


 パスワードを聞いて、セキュリティルームに向かうために、足早に社長室を出ようとする大和だったが、「待ちなさい」と今まで黙っていた巴が呼び止めた。


「一人では危険よ。大和、私も一緒に行く」


「巴さんが来てくれるなら心強いけど、一人の方が気軽に動けるんだけどなぁ」


「……信用できない君を、一人にさせたくないの。それに、セキュリティを復旧させた後は宗太君たちの元へと向かうわ」


「それなら仕方がないか……じゃあ、一緒に行こうか、巴さん」


 信用できないとストレートに言われて、大和は参ったと言わんばかりに苦笑を浮かべて、巴と一緒に行動することにした。


「お姉様……村雨さんと決着をつけますの?」


「……それが私の責任よ」


「わかりましたわ……それでは、気をつけて」


 かつての仲間と戦う覚悟を決めている巴に、これ以上麗華は何も言うことはなかった。


「僕には気をつけてって言ってくれないのかな、麗華」


 小さく舌打ちをして自分を無視する麗華に、楽しそうに笑って大和は肩をすくめた。


「気をつけてね、大和君」


「ありがとう、幸太郎君。麗華と違って優しいね、君は」


 自分を気遣ってくれる優しい幸太郎に、笑みを浮かべて感謝をする大和だが――浮かべている笑みは張り付いたものであり、感謝の言葉もまったく心が込められていなかった。


 大和と巴は社長室から出ようとするが――巴が扉に手をかけようとした時、「御柴さん」と、幸太郎は呼び止めた。


「何があっても僕は御柴さんの友達ですから」


「……うん。ありがとう、七瀬君」


 振り返らずに穏やかな表情で幸太郎に感謝をする巴。


 かつての仲間と戦うことになる巴にとって、幸太郎の言葉は嬉しいものだった。


 幸太郎の言葉を聞いて、大和の表情からは笑みが消えて無表情になったが――すぐに、いつも通りの軽薄な笑みを浮かべて、巴とともに社長室から出て行った。




――――――――――――――




 社長室を出て、目的地へと向かうために非常階段へと急ぐ大和と巴。


 目的地へと向かう二人の手には、いつでも輝石を武輝に変化できるように弱々しい光を放つ輝石が握られていた。


 アンプリファイアの力の影響で、輝石の力を上手く引き出せず、武輝に変化させるのにも時間がかかり、突然全身に強い疲労感と脱力感に襲われることがあったが、それでも徐々に巴の身体は今の状況に順応していた。


 非常階段へと急ぐ二人の前に、村雨たちに操られた警備用ガードロボットが数台現れる。


「おっと――さっそくお出ましだね。僕がやろうか?」


「任せなさい」


 巴は大きく一歩を踏み込んで、大和の前に出ると同時に輝石を武輝である十文字槍に変化させ、身体を横に回転させながらガードロボットとの間合いを一気に詰める。


 身体を回転させた勢いで、巴は武輝を薙ぎ払う。


 ほとんどのガードロボットが横一線に両断され、最後の一体は武輝で刺し貫いた。


 一瞬ですべてのガードロボットを片付け終えると同時に、巴は即座に武輝を輝石に戻す。


 武輝を輝石に戻すと同時に巴は疲労感と脱力感に襲われるが、まだ余裕だった。


 輝石を武輝に変化させるのに時間がかかるために、事前に輝石に力をためてすぐに武輝に変化させるようにして、力の配分を誤らなければ、輝石の力を使った後に襲われる疲労感が少ないと、社長室に到着するまでに巴は学習していた。


 アンプリファイアの影響を受けていても、ガードロボットを華麗に破壊する巴の姿に大和は「さすがだね、巴さん」と感嘆の声を上げ、拍手を送った。


「もうアンプリファイアの力に慣れてきているんだね」


「……最初から君はアンプリファイアの力に慣れているように見えるわ」


 余裕そうな自分の態度を巴に指摘され、大和は軽薄な笑みを浮かべて誤魔化す。


 再び目的地へと走りはじめる巴と大和。あっという間に非常階段に到着した。


 村雨が占拠しているパーティー会場があるフロアよりも下のフロアにあるセキュリティルームを目指して、二人は階段を降りる。


 自分より先に向かっている大和の後姿を、社長室を出てから巴はずっと見つめた。


 この騒動が起きてから――いや、その前からずっと巴は大和を怪しんでいたが――ここで、巴は一人の幼馴染として大和を心配そうに見つめて、「ねえ、大和」と立ち止まって、幼馴染を呼び止めた。


 突然呼び止められて、大和も立ち止まって振り返るが、すぐに自分を心配そうに見つめる巴の視線から逃れるように大和は顔をそらした。


「君は何を知っていて、何を隠しているの?」


「『約束』があるって言っただろう、巴さん」


 淡々とした口調でそう言って、大和は巴の質問に答える気はなかった。


「……君は何が目的なの?」


「わかるだろう、巴さん。……巴さんならわかっていると思うんだけどな」


 へらへらとした笑みを浮かべながら大和はそう言うが、巴には理解できていなかった。


 ――いや、昔から、常に軽薄に笑って何を考えているのかよくわからない、計算高い幼馴染のことは理解できなかった。


 何も理解していない巴の様子に大和は微笑む。心から嬉しそうでありながらも、嘲りが含まれた、今まで巴が見たことがない笑みだった。


「巴さんは良い人だ。良い人だから、村雨君みたいに利用される――バカだよ」


 そう言って、大和は巴たちへの嘲りと軽蔑と悪意に満ちた、暗い笑みを浮かべる。


 自分を強く拒絶してくるような大和の歪んだ笑みに、思わず巴は気圧されてしまうと同時に、理解できなかった幼馴染の本性を垣間見た気がして、巴の表情は驚きの感情以上に失望と悲しさで溢れていた。


「仲間、友達、幼馴染――そんな不確かなものに縋るのはバカだよ」


「……麗華にも同じことが言えるの?」


 自分よりも長い付き合いであるはずの麗華の名前を巴が出してそう尋ねると、大和は一瞬笑みを消して無表情になる――だが、すぐに大和は肩を震わせて笑った。


「そう思っているからこそ……今日でゲームは終わりにするんだ」


 意味深な笑みを浮かべてそう呟くと同時に――上から大量の警備用ガードロボットが降りてきて、下からも多くのガードロボットが殺到して狭い階段内で巴を挟み撃ちにする。


 突然大量のガードロボットに囲まれながらも、いっさいの動揺をしないでガードロボットの先にいる大和に向けて、巴は鋭い眼光を飛ばしていた。


 いくら凄んでもこの状況では巴が何もできないことを理解しているため、大和は優越感に満ちた笑みを浮かべる。


「まったく、村雨君もバカだね……に簡単に利用されるなんてさ」


 村雨たちのことを心底嘲り、吐き捨てるように放った大和の言葉に、巴は村雨たちの背後にいる御使いの姿が頭に過った。


「『僕たち』? ……まさか、君は御使いとつながりがあるの?」


「つながりというか、もうずぶずぶって感じだね……目的のために、学生連合は存分に利用させてもらったよ。村雨君も、巴さんもね」


 学生連合を利用していたと知って、怒りが込み上げた巴は、後先考えずに感情のままに大和に飛びかかろうとするが、それを必死で堪えた。


「あなたは大勢の人を利用して裏切り、何が目的なの?」


「『鳳』への復讐……それが、ずっと昔にとした大事な『約束』だから」


「待ちなさい、大和!」


 軽薄な笑みを浮かべながらも、遠い目をした大和は自身の目的を告げると、巴から背を向けた大和はこの場はガードロボットに任せて、巴の制止を振り切って去ろうとする。


「大丈夫、最後はちゃーんと自分の仕事はするからさ――だから……」


 そう言って、最後に大和は振り返って巴を見た。


「さようなら、巴さん」


 相変わらずの人を食ったような軽薄な笑みを浮かべての一言だったが――


 血が上っていた巴の頭の中に、妙に残るような別れの言葉だった。


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