第16話

 大勢の人質が床に座らされているパーティー会場内には、張り詰めた緊張感と静寂に包まれていた。


 会場を占拠して三十分も経っていないが、人質にされた輝石使いではないパーティーの出席者たちの表情は怯えきっており、今にも限界にまで膨れ上がった緊張感と恐怖心が一気に弾けそうだった。


 村雨たちはそんな人質に気を遣って、ある程度距離を取って見張っていた。


 アンプリファイアの影響と気を張り詰め続けているせいで、村雨たちの表情にはかなりの疲労感があったが、それでも全員の表情は力強い光を宿したままだった。


 一方、美咲は退屈そうに欠伸をしていて、不安そうな表情のサラサは父であるドレイクの傍にいて、貴原は苛立っている様子であり、刈谷は相変わらず酔い潰れていた。


 幸太郎君、大丈夫だろうか……鳳さんたちと上手く合流してくれればいいけど……

 彼女たちなら何とかしてくれると思うけど、そろそろパーティー出席者のストレスが限界だ。

 村雨さんたちは人質に危害を加えるつもりはないけど、出席者がパニックになったら大変だ。


 幸太郎の心配しながら焦燥している人質の様子を見たセラは、パニックになった出席者が暴れるという最悪の事態を想像して焦りを感じていた。


「……村雨さん、聞きたいことがあるのですが」


 出席者がパニックになる時間を少しでも稼ぐために、セラは村雨に話しかけた。


 固い表情を浮かべて腕を組んで会場の出入口を見つめながら、戌井の帰りを待っていた村雨はセラに話しかけられて「何が聞きたいんだ」と、彼女に質問に応じる。


「私たちはまだ村雨さんたちの目的を聞いていません」


「言っただろう。俺たちはアカデミーを変えるために鳳大悟の口から真実を説明させると」


「その真実とは何か、具体的に教えてください。わけもわからないまま、人質にされてしまえば返って不安になってしまいますから」


「それもそうだ――どうやら配慮が足らなかったようだ。みなさん、すまない」


 セラの言葉にハッとした村雨は、人質たちに向かって深々と頭を下げた。


 素直に自分の非を認めて頭を下げる村雨の突飛な行動に、人質たちは戸惑いながらも緊張感が僅かだが、確実に和らいだ。


 生真面目な村雨に呆れつつも、こんな事件を起こしても根本が変わっていない村雨にセラは安堵すると同時に、こんなことをしてしまうまで追い詰められていた彼に対しての憐れみを抱いてしまう。


「鳳大悟に話してもらいたい真実とは、『鳳』が隠してきた『天宮家』の裏切りについてだ」


 聞き慣れない『天宮家』という言葉を村雨が出して、セラは首を傾げるが、今まで退屈そうに欠伸をしていた美咲だけは「なるほどねぇ」と意味深な笑みを浮かべて反応する。


 自分の知らないことを知っていそうな美咲を、セラは意外そうに見つめた。


「今更随分と昔の話を引っ張り出してくるんだねぇ、村雨ちゃん」


「さすがは『銀城』。誰もが忘れている天宮家のことを知っているようだな」


「まあね。アタシも昔は飽き飽きするほど恨み言を聞かされたから」


 昔の嫌なことを思い出したのか、心底ウンザリした様子で美咲は深々とため息を漏らす。


「村雨さんの言う天宮家について、銀城さんは何か知っているんですか?」


 セラの質問に美咲は「もちろん!」と、力強く頷いた。


「むかーしむかーし、ちょんまげが流行るずっとずーっと昔。天宮家はこの国唯一の輝石使いだった一族なの♪ 大昔にある大きな恩を返すために、天宮家は鳳に仕えていたの。ご奉仕万々歳、いやらしいこと何でもします、お任せします御主人様って感じで」


「えっと……銀城さんはそう言っていますが――そうなんですか、村雨さん」


「あ、ああ……言い方はあれだが、間違ってはいない」


 ちょっとエッチな言い方をする美咲に、呆れながらも村雨は認めた。


 さらに説明を続けようとする気満々な美咲だが、彼女に説明を任せればわかり辛いと判断して、続きは村雨が説明することに。


「大昔に大恩ある鳳のために天宮は裏で支え続けた結果、鳳に巨大な富と権力をもたらした。しかし、十年以上前に鳳は天宮家を裏切った。表舞台に決して出なかった天宮を、鳳はてひっそりと潰した。天宮を今でも知っているのは、主である『鳳』、天宮から派生した『御三家ごさんけ』と呼ばれる分家――『水月』、『大道だいどう』、『銀城』、そして、鳳と付き合いが長い人間だけだろう」


 そう言って、人質にされている草壁雅臣を村雨は一瞥する。鋭い眼光で威圧するように一瞥する村雨だが、彼以上に鋭く、冷たい目で草壁は睨み返した。


 天宮について理解を深めると同時に、天宮から派生した御三家の名前すべてがセラには聞き覚えがあった。


 御三家の一つ『銀城』は目の前にいる銀城美咲、『水月』はセラの親友である水月沙菜、そして、『大道』は現在酔い潰れている刈谷の友人である大道共慈だいどう きょうじだった。


「……銀城さんってもしかして、お嬢様だったりします?」


「うーん、天宮がいた頃と比べてだいぶ落ちぶれちゃったらしいけど、お家はお城みたいな感じだよ♪ パパが銀城の当主だから一応そうなるのかな? 昔はバイオリンとかピアノとかお花とか、色々と習ってたんだよ☆」


 ちょっとエッチで、ズボラな感じのする美咲の意外過ぎる事実を聞いて、セラは声を上げて驚きたかったが、状況が状況なので堪えた。


 驚いているセラの傍らで、今まで黙っていた貴原は「フン」と鼻で思いきり嘲笑した。


「くだらないですね、村雨さん……天宮に何があったかは理解できましたが、所詮は過去の出来事。今更蒸し返しても意味がないでしょう。それで、本当にアカデミーを変えることができるとは、僕は思えませんね」


「それについては同感かな? 昔から銀城のじーさんばーさんたちの恨み言がうるさくて、もうやんなっちゃったんだよね。私ぐらいの世代はそんなに鳳に恨みは持ってないよ?」


 軽蔑の視線を村雨に送り続けている貴原に美咲も同意を示した。


 まだ何も理解していない貴原たちに、村雨は瞳に『鳳』への怒りを宿した。


「だが……天宮の裏切りが、今のアカデミーの状況と直結していると知ったらどうする?」


 話が本題に入ろうとした瞬間、村雨の言葉を遮るようにして会場の扉が勢いよく開き、憔悴しきって傷だらけの戌井たちが出てきた。


 帰ってきたのは戌井たちだけであり、一緒にいた新型ガードロボットの姿はなかった。


 セラたちとの話を中断させて、傷だらけの戌井たちに村雨は慌てて駆け寄った。


「すまない、村雨……鳳大悟たちは社長室に逃げてしまった。追跡しようと思ったが、それどころじゃなかったんだ」


 不測の事態が起きた場合、大悟たちは社長室に向かってである緊急警報システムを作動させようとするのは容易に想像できた。


 だからこそ、支配下に置いた警備用ガードロボットを社長室までの道程ではなく、下の階に逃げられないようにガードロボットを大量に配置して、社長室までの道程を楽にして、上手く誘導した。


 社長室に行っても何もできないと悟れば、投降してくると信じて。


 不測の事態は起きたが、計画は順調だった――だが、今は計画が上手く行っていることを喜ぶよりも、戌井たちの身に起きた出来事の方が村雨は気になった。


「一体何が起きたんだ」


「わからない。支配下に置いていた新型ガードロボットが急に暴走したんだ。御柴さんがガードロボットにダメージを与えてくれたから、何とか大きな怪我はしないで機能停止にできたが、それでもかなり苦戦してしまった」


「暴走だと? そんなはずは――いや、あの装置は御使いからもらったものだったな」


 騒がしくなっている会場内で、村雨と戌井との会話は聞き取り辛かったが、セラの耳に村雨の口から『御使い』という言葉が出たのはハッキリと聞こえた。


「村雨……御使いに裏切られるのは覚悟しているが、支配下に置いていたガードロボットが暴走したのは危険とは思わないか? アンプリファイアで輝石の力を弱めている今、暴走してしまっては危険だ。ここは、アンプリファイアの力か、暴走する危険性のある新型ガードロボットを破壊するべきだと思う」


「アンプリファイアの力を使わなければ、上階にいる巴さんたちは一気に攻めてくる。新型ガードロボットを破壊しても、隙を見て巴さんたちが襲ってきた際に、俺たちだけでは太刀打ちできない。もう少し様子を見よう。社長室に向かって何もできないと鳳大悟たちが悟れば、彼らはきっとここに戻ってくる。もうしばらくの辛抱だ」


「しかし、この場にいる全員が危険に晒されるかもしれないんだ!」


「それは十分に理解している。だが、ここまで来て計画の中断はできない」


 村雨の胸倉を掴んだ戌井の怒声が響き渡る。


 人質の安全を第一に考える戌井と、もう少しで達成できる目的を優先にしている村雨の間で意見が割れていた。そんな二人の様子を、村雨の仲間たちは不安そうに眺めていた。


 結束が固かった村雨たちだが、意見の対立で微かに結束に亀裂が入っていた。


 戌井さんの言うことはもっともだと思うけど……

 彼の言葉が原因で、村雨さんたちの士気に影響が出ている。

 このままの状態だと村雨さんたちは必ず何かミスをするかもしれない。

 この状況を好転できるミスなら大歓迎だけど、こんな状況では村雨さんたちは不測の事態に対応できない……危険だ。


 村雨と戌井の口論を不安げに眺めているセラだが、そんな彼女に「……セラさん」と、貴原が耳元で囁きかけてきた。


 自分にしか聞こえない声量で、貴原に耳元で囁かれて不快感しかなかったセラだが、自己愛に満ちた普段の声とは違って真剣な声をしていたので、不承不承ながらセラは耳を傾けることにする。


「……あの戌井勇吾という男は信用できません」


「彼のことを知っているんですか?」


「僕を含めた、見込みがある輝石使いを誘った男です」


 貴原を誘ったならば、戌井勇吾という男はかなり曇った目をしているとセラは思っていたが――使を誘ったというのがセラは気になった。


 巴が去ってから一気に増加した学生連合の名を騙って暴れる多くの輝石使いを取り締まるために、大勢の人員が必要になるのはセラは理解できた。


 しかした、学生連合が消滅するその時まで、巴は村雨に学生連合を任したのをセラは知っていた。だからこそ、学生連合のメンバーを大勢増やす戌井の行動は不可解だった。


「彼が誘った半分は学生連合のために活動しましたが、半分は学生連合の名を騙って暴れたい連中でした。学生連合のために活動してくれる協力者集めて周囲の信頼を得ると同時に――暴れたい連中をわざと集めて自分が叩き潰すことによって、周囲の信頼を得たんじゃないかという悪い噂もあります。とにかく、気をつけて」


 貴原の忠告に、セラは村雨と口論をしている戌井勇吾を見た。


 村雨と熱く口論をしている戌井の姿は、傍目から見れば真摯に映っていた。


 戌井と付き合いがまったくないセラでさえも、村雨よりも融通が利いて、もしかしたらこの状況をどうにかしてくれるかもしれないと思っていた。


 だが――貴原の忠告をすべて信じたわけではないが、戌井のことも完全に信用しないことにセラは決めた。


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