第15話
戌井たちから逃げ切り、大悟たちは目的地である社長室へと到着した。
アカデミー都市を一望できる大きな窓がある以外、余計なものがない質素で寂しい雰囲気の社長室に、思い描いていた豪勢な社長室のイメージと違ったので幸太郎は少しだけ肩透かしを食らった。
到着してすぐに、大悟は緊急警報システムを発動するために自身の机にあるノートPCを慣れた手つきで操作していた。
大悟は自分の作業に集中しながらパーティー会場で起きた出来事――村雨が首謀者であること、アンプリファイアの力が作用していること、大勢の人質がいることを話した。
アンプリファイアの力の影響で輝石の力を使って疲れ切っている麗華は、身体を黒光りするソファで深々と腰かけて休ませていたが、彼女と同じく疲れ切っているはずの巴は黙々と作業をしている大悟の前に立っていた。
「小父様……戌井君が言っていた、天宮家とは一体何のことでしょう」
「『鳳』が背負うべき大きな業の一つだ」
作業を中断させて、天宮家について巴に淡々とした口調で短く説明する大悟の表情は相変わらずの無表情だったが、何かを抑えるように彼の拳はきつく握られていた。
「おそらく――いや、確実に村雨たちの背後には御使いがいるだろう」
御使いが関わっていると聞いて驚く巴だが、麗華は特に驚きはしなかった。
戌井の口から天宮家という言葉が出た時――大悟と同じく、麗華は御使いが関わっていると確信していたからだ。
麗華の隣に座っている大和は、大悟の話を興味なさそうに聞き流しながら、対面に座っている、疲れたように大きな欠伸している幸太郎を見て、意地悪な笑みを浮かべていた。
「そういえば、挨拶が送れたね。久しぶりだね、幸太郎君。会えて嬉しいよ」
「久しぶり、大和君」
会えて嬉しいとは言っておきながらも、まったく心がこもっていない軽薄な笑みを浮かべて挨拶をする大和と、嬉しそうでありながらも短い挨拶で返す幸太郎。
「それにしても、またしても運悪く君は大きな事件に巻き込まれちゃったね」
「でも、運良く食べ過ぎでトイレに行ってたから、人質にならずにすんでよかった」
「物は言いようだね。そうだ、大悟さんの足手まといにはならなかったかな?」
何気ない調子で嫌味を言ったつもりだったが、幸太郎は苦笑を浮かべて「ちょっとだけ」と言って、まったく堪えていない様子に、大和は肩透かしを食らう。
「変わらないなぁ、君は。去年からまったく変わってないよ」
「大和君だって同じ」
「色々と成長しているんだけどなぁ。どのあたりが変わってない?」
「お腹に一物も二物も抱えているところ」
「……ホント、相変わらず君は容赦ないなぁ」
相変わらず、ストレートな感想を悪気なく言い放つ幸太郎に、大和は降参と言わんばかりの笑みを浮かべた。こんな状況で和気藹々と雑談をする二人を麗華は厳しい目で睨む。
「いい加減その耳障りな雑談はやめなさい、お父様の迷惑になりますわ」
「いつもの麗華と比べたらまだマシだと思うけど?」
注意をする麗華に反論する大和。幸太郎も大和に同意を示すように何度も頷いた。
そんな二人に、麗華は「ぬぁんですってぇ!」と、怒声を張り上げそうになるが、父親がいることを思い出したのか、怒りの爆発を必死に堪えた。
標的を幸太郎から麗華に移した大和は、彼女に向けてからかうような意地悪な視線を向けるが――小さく嘆息した巴が「やめなさい」と、麗華と大和の間に入って二人を諌めた。
巴が入ってきたので、恨みがましい目で大和と幸太郎を睨みながら麗華は退いた。
「そういえば、巴さん。さっきの彼――戌井勇吾さんとはどんな方ですの?」
「相当有能な人物で、彼がいなければ私が去った後の学生連合をまとめ上げることができなかったと、宗太君から聞いているわ」
ふいの麗華の質問に、村雨が嬉しそうに戌井のことを話してくれた日のことを思い出し、巴の表情が一瞬だけ憂いに満ちるが、それをすぐに消した。
「頭が良くても、基本的に直情思考の村雨さんだけなら御しやすいと思いましたが、中々上手く行きそうにはありませんね」
「人のことは言えないだろう、麗華は」
「ぬ、ぬぁん――そ、そんなことはありませんですわよ……」
余計な一言を言い放つ大和に、いつもの調子で怒声を張り上げそうになるが、父の前なのでそれを我慢して、鬼のような形相を浮かべて丁寧な口調で大和を注意する麗華。
怒りを必死に我慢している麗華の様子に、大和はケラケラと笑った。
「戌井勇吾君――あんまり目立っていないけど、高い実力を買われて輝動隊や
軽薄な笑みを浮かべながら、巴と麗華に戌井勇吾に関しての情報を大和は教えた。
「それにしても、七瀬君が小父様と一緒にいてよかったわ」
「はい。大悟さん、すごくカッコよかったですよ」
安堵している巴の言葉に、幸太郎の理想的な構え方で自分のショックガンを使って襲いかかる大悟のカッコイイ姿が頭に過った。
父親のことを褒められて、麗華は気分良さそうに大きな胸を張っていた。
「それよりも、怪我はない? 君が怪我をしたらセラさんが心配するわ――」
「み、御柴さん、くすぐったいです」
おもむろに、幸太郎の身体を触診する巴の手の感触に、ピクリと身体を反応させてしまう幸太郎。
触診をされた幸太郎は、巴の着ているドレスのスカートに切れ目が入っていることに気づくと、切れ目から窺えるなだらかで扇情的な脚線美に魅了されてしまった。
切れ目は腰にまで届いており、腰には乙女の最終ラインを保護する儚くも力強い、白く、滑らかな質感の布きれが見えていることを発見した。
「うん――怪我はないみたい」
「ありがとうございます……御柴さんの足、きれいですね」
触診を終えて、幸太郎は巴の足から目を離すことなく素直な感想を漏らすと、巴は顔を羞恥で真っ赤にさせ、声なき声を上げてスカートを押さえて幸太郎から大きく飛び退いた。
距離を取っても自分の足を真っ直ぐと見つめてくる幸太郎に、巴は普段の大人びた雰囲気を一変させて、恥じらう純真無垢な少女のように顔を真っ赤にさせていた。
「お、お願い……そ、そんなに見ないで」
「もうちょっとお願いします」
「いい加減にしなさい! ……お気持ちはわかりますが」
欲を隠さない正直な幸太郎の視線から庇うようにして巴の前に麗華は立つが、恥じらう巴の姿を見て、麗華の全身から加虐心は隠し切れずに溢れ出ており、ニヤニヤしていた。
さっきまで呑気に雑談をしていた大和と幸太郎を注意していた麗華だったが、今は完全に幸太郎たちのペースに呑まれて気が緩んでしまっていた。
「……やはり、緊急警報システムも使えないようだ」
和気藹々としていた雰囲気に淡々とした大悟の声が響くと同時に、麗華の表情は一気に強張り、緩んでいた気が一気に引き締まる。
「セキュリティルームと同じ緊急警報システムが施されていますが、他の階層と独立したセキュリティを社長室は施されているはずでしたわ……」
「よく考えれば、ここまで到着するのには順調過ぎた。ここに向かうことも、村雨たちは想定済みだったというだ。システムが作動できないと気づいたら、我々が投降してくると村雨は思っているようだな」
慌てている娘とは対照的に、大悟は落ち着き払っていた。
落ち着き払っている大悟は、今の状況を他人事のように見ているかのようだった。
打つ手がない状況に静まり返る室内。
そんな中、大和は一人だけ軽薄な笑みを浮かべていた。
「大丈夫だよ、打つ手はちゃんとあるからさ」
この状況で大和から放たれる言葉は、今の状況ではありがたいものだが――
麗華にとってこれからこの状況を打破するために幼馴染が提案することが、悪魔の誘いとしか思えなかった。
そんな麗華の気持ちを察したように、大和は彼女に向けて笑みを浮かべた。
勝利を確信しているような、そんな笑みだった。
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