第14話

 目的地である社長室があるフロアへと到着した大悟と幸太郎は、慎重な足取りで社長室へと向かっていた。


 非常階段を出てからガードロボットと遭遇することはなかった。


 このまま何もなければ順調に目的地に到着できるが、それでも大悟は周囲を警戒して、幸太郎の前に庇うようにして立ち、不測の事態にいつでも備えられるように幸太郎から借りているショックガンの引き金に指をかけていた。


 幸太郎も大悟ほどではないが、周囲に気を配りながら大悟の後についてきていた。


「……全然、襲ってきませんね」


「警戒を怠るな」


 周囲に気を配りながらも、誰も襲ってこないことで気が緩んでいる幸太郎を、大悟は平坦な口調で一喝する。


「社長室ってどんなところですか?」


 日常で社長と一対一で話す機会なんてない幸太郎は、興味津々の様子で大悟を見つめて、緊張感のない質問をする。


 こんな状況で能天気だと思いつつ、突然の事態で昂っている自分の気持ちを抑えるために大悟は生真面目にも質問に答える。


「普通の場所だ」

「秘書の方は美人なんでしょうか」

「秘書は男だ」

「バニーガールとか、メイドとかいたりするんですか?」

「……君は社長室にどんなイメージを持っているんだ」

「色々な欲望渦巻くちょっとエッチな感じです」


 気が抜けるような無駄な質問を繰り返され、無表情だが大悟は呆れていた。


 しかし、十分に気持ちはリラックスできたので役に立ったと大悟は思うことにした。


「雑談はこれまでだ」


 ――しかし、すぐに大悟は気を引き締めたような固い表情になり、全身から極限まで高めた警戒心と緊張感を纏い、進行方向に向けてショックガンを向ける。


 大悟の様子が変化したことに遅れて気づいた幸太郎は、彼がショックガンを向けている方向へ視線を向けた。


 視線の先には二台の新型ガードロボット、そして、眼鏡をかけた長身痩躯の少年を先頭にして、険しい表情を浮かべている数人の男女がいた。


 アンプリファイアの力の影響で、若干息を乱して疲労感が見え隠れしている彼らは、大悟に向けて敵意にも似た感情をぶつけていた。


「無駄な抵抗はやめてください、社長」


 眼鏡をかけた長身痩躯の少年は、自分たちにショックガンを向けて抵抗する気満々な大悟に警告するが、それを聞いても大悟は決してショックガンを下ろさない。


「村雨の仲間か……そして、君が戌井勇吾か」


「僕の名前を知っているなんて、光栄ですよ。社長」


 村雨の仲間たちである元学生連合の前に立つ、眼鏡をかけた長身痩躯の少年――戌井勇吾は、慇懃無礼な態度で華麗に頭を下げた。


「君の噂は聞いている。良くも悪くも、学生連合で随分と活躍しているようだな」


「アカデミーの――いいえ、村雨のためなら、僕は鬼になることは厭いません」


 揶揄するような大悟の言葉に、戌井は覚悟を決めたような力強い笑みで応えた。


「それで、村雨の目的はなんだ。先月の一件で我々がお前たち学生連合に責任を擦り付けた復讐――ではないのだろう」


「さすがは長年鳳グループトップに君臨している敏腕社長、ご明察の通りですよ」


「見え透いた世辞は結構だ。目的を話してもらわなければこちらは対処できない」


 もっともな大悟の言葉に、戌井はフッと脱力したように微笑む。


 そして、大悟の反応を窺うかのような、隙がない視線を戌井は向ける。


「アカデミーを良い方向へと変えるため、『天宮たかみや家』からはじまる、裏切りと虚偽に満ちた『鳳』の物語をあなたに公表してもらう」


「……なるほど、村雨が言う真実とはそのことか」


 戌井が放った『天宮家』という単語に、無表情を崩して大悟は目を見開いて驚いていたが、すぐに驚きを消して納得したような表情になり、自嘲的な笑みを薄らと浮かべる。


「天宮を知っているということは、お前たちの背後に御使いがいるようだな」


 すべてを理解している大悟を戌井は意外そうに見つめが、すぐに余裕な笑みを浮かべる。


「そこまで理解してくれているとは話が早い……では、大人しく我々に従ってくれませんか? もちろん、あなたに選択する権利と余裕はありませんが」


 挑発するような戌井の言葉に呼応するかのように、新型ガードロボットの頭部にある大きな目のようなセンサーが赤く輝き、元・学生連合のメンバーの目が鋭い光を宿す。


 大悟がどんな答えを言っても、戌井たちは彼を捕える気でいた。


「村雨はただ御使いに利用されているだけだ」


「彼や僕たちはそれを十分に理解しています」


「すべて覚悟の上ということか」


「理解していただけたのなら、大人しく我々に捕まってもらえないでしょうか。我々としてはこれ以上大事にするつもりはありません。あなたが真実を公表してもらえば、すべてが終わります。お互いのためにも、ここは大人しく我々に従ってください」


「人質の安全は?」


「もちろん、保証します。僕たちは、誰かを傷つけるのが目的ではありませんから――だから、お願いします」


 圧倒的に有利な立ち位置であるというのに、下手に出た戌井は大悟に頭を下げて、縋るような目で説得――ではなく、懇願をしてくる。


 そんな戌井の説得に、無言で大悟は持っていたショックガンを下ろそうとするが――


「これ以上の狼藉、お父様が許してもこの私が許しませんわ!」


 芝居がかった口調とともに大きく大悟と幸太郎の真上を跳躍し、華麗に空中で一回転して、大悟の前に麗華が降り立ち、戌井たちと対峙する。


 麗華の手には輝石が埋め込まれたブローチが握られており、手の中で輝石は弱々しい光を放っていた。


 父の前に庇うようにして立つ麗華の表情は、若干の疲労感があったが、それを吹き飛ばすような怒りに満ち溢れていた。


「お父様! お怪我はありませんか? 私が来たからにはもう何も心配ありませんわ!」


 派手に登場するや否や、怒声を張り上げる娘の勢いに押されながらも、「……大丈夫だ」と大悟は頷くと、麗華は一度小さく安堵のため息を漏らす。


「さっきまで疲れたって文句言ってたのに、元気良いなぁ、麗華」


「ここは私たちに任せて小父様と七瀬君は下がって」


 華麗にド派手に登場した麗華に続いて、この状況を心底楽しんでいるような笑みを浮かべている大和、そして、固い表情を浮かべている巴が現れた。


 二人の手の中には、弱々しい光を放つ輝石を手にしていた。


「巴――大和、お前もいたのか」


「……大悟さんたちが心配だったからね」


 麗華に続いて現れた巴――何よりも、大和を大悟は意外そうに見つめていた。


 無表情だが驚いたように自分を見つめてくる大悟に、大和は苦笑を浮かべた。


 一方の戌井は、後一歩のところで大悟の説得に成功すると確信していたので、麗華たちの登場で話の腰を折られて不機嫌そうだった。


「僕は君たち鳳グループのことも考えて、社長を説得していた。邪魔をしないでくれ」


「フン! 圧倒的な戦力を見せつけて説得とは、片腹痛いですわ」


「しかし、社長が我々に従って大人しくしてくれれば、事態はすぐに治まる。もちろん、こちらとしてはあなたたちや人質に危害を加えるつもりはいっさいない。だから、ここはお互いのためにこちらに従ってくれ」


「どんなに誠意を見せても、あなたたちのやっていることは脅しと同じですわ」


 下手に出る戌井に、麗華は軽蔑の視線を送った。


 嫌味な言い方をする麗華に苛立ちを覚えながらも戌井は反論できない。


 悔しそうな表情を浮かべる戌井に、大和はからかうような笑みを浮かべる、


「でも、彼の言っていることは間違いじゃないよ、麗華。村雨君たちの目的が大悟さんなら、大悟さんを差し出せばこの件は万事解決するんだから」


「大和! 余計なことを言わないであなたは黙っていなさい!」


「ひどいなぁ、僕は事実を言ったのに」


 口論に発展しそうな麗華と大和の間に巴が無言で立ち、身に纏っている威圧感で麗華たちを黙らせると、巴は戌井たちと対峙する。


 戌井以外の村雨の仲間たちは、かつて自分たちをまとめた人物と対峙して迷いが生じていたが、すぐにそれを消して強い覚悟を決めた表情になった。


「戌井勇吾君――だったわね。君のことは宗太君から聞いているわ。信頼していると」


「それはどうも。僕も御柴巴さん――あなたの話は村雨から聞いていますよ。落ちぶれる前の学生連合を絶大なカリスマで率いていた、優秀な人物であると」


 丁寧に頭を下げる戌井だが、どこかその態度は巴を皮肉るようであった。


「……君がいるということは、やはり、今回の騒動の首謀者は宗太君なのね」


「はい……自分の信念を貫くために、何よりも、僕たちのために」


 戌井の言葉を聞いて村雨が今回の騒動の首謀者であると改めて思い知った巴の表情がさらに引き締まる。


「宗太君は何が目的なの?」


「今のアカデミーを変えて、少しでも良い方向へ向かわせるため、鳳大悟の口から真実を――天宮家からはじまる負の連鎖を大勢の前で説明させます」


 戌井が言った『天宮家』という聞き慣れない言葉を聞いて巴は首を傾げるが、そんな彼女とは対照的に麗華、大和、大悟の表情は三人揃って曇っていた。


「……目的は何であれ、強引なことをしても何も意味がないわ」


「そうならないために僕たちは村雨に従って動いている。かつて、鳳グループ占拠未遂事件を起こして学生連合に致命傷を与えた時のあなたのような、中途半端な気持ちじゃありません。村雨、そして、僕たちは覚悟を決めているんです!」


 力強くそう宣言すると同時に、戌井たちは輝石を手にする。


「宗太君のために、君たちは戦うつもりなのね」


「悪く思わないでください、御柴さん。村雨の邪魔をするならあなたでも容赦はしない――だけど、村雨のことを思うのならば、ここは大人しく我々に従ってください。村雨だって、あなたと戦うことは望んでいない」


「それならば、私は責任を果たすわ。学生連合を設立した人間としてあなたたちを止める」


 村雨のために戦う戌井とかつての仲間たちに、巴はこれ以上何も言わなかった――責任を果たすために、巴も覚悟を決める。


 戌井たちが手にしている輝石は弱々しい光を放っていたが、対照的に、麗華たちが握っていた輝石は手の中で強い光を放っていた。


 アンプリファイアの影響で輝石の力が弱まり、輝石を武輝に変化させるのに時間がかかると知っていた麗華たちは、事前に輝石に力を込めていたので、いつでも武輝に変化させる準備ができていた。


 なので、輝石を武輝であるレイピアに変化させた麗華は優越感に満ちたサディスティックで性悪な笑みを浮かべ、得意気に胸を張って「フフン」と鼻を鳴らした。


「残念ですが、あなた方はここで私たちによる一方的なオシオキの時間ですわ!」


「水を差すようで申し訳ないが、これのことを忘れているんじゃないか?」


 気分良さそうに胸を張っている麗華だが、戌井の言葉で、彼らが純粋な戦闘型の新型ガードロボットを二台連れていることを思い出し、麗華の余裕な態度が一気に崩れた。


「あなたたちは僕たちでは到底敵わない実力を持っている。だが――アンプリファイアの影響で、輝石使いの力が大きく制限がされている今の状況では、旧来の戦闘力を凌駕している新型ガードロボットと僕たちを一度に相手にするのは、さすがのあなたたちでも厳しいはずだ」


 戌井の言葉と同時に新型ガードロボット大きな一つ目のようなセンサーが赤く光る。


「輝石の力を上手く扱えないのはお互い同じだが、こっちには新型ガードロボットがいる」


 一気に不利な状況になって、さっきまでの余裕な態度が嘘のようになる麗華。


 そんな麗華とは対照的に、輝石を武輝である十文字槍に変化させて迎え撃つ気満々の巴。


 そして、一人だけ輝石を武輝に変化させることなく余裕な笑みを浮かべている大和。


「君たちは――いや、村雨君は人を信用し過ぎなんだよね」


 そして、誰にも聞こえないような声で大和はそう呟くと――悲鳴が響く。


 突然の悲鳴は麗華たちからではなく、戌井たちから響いた。


 悲鳴の理由は麗華たちに敵意を向けていた新型ガードロボットが、主導権を握っていたハズの戌井たちに武装である電磁警棒を振り回して襲いかかっていたからだ。


「どうしたんだ! 一体、何が起きている!」


 突然の事態に戸惑いの声を上げている戌井を尻目に、大和は待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべる。


「さあ、大悟さん、今がチャンスだ! 社長室へ急ごう!」


 大和の言葉に反応した大悟は幸太郎の手を引いて、真正面にいる突然暴走したガードロボットの対処に追われている戌井たちに向けて走る。麗華たちも大悟の後に続く。


 ガードロボットの突然の暴走に気を取られていた戌井たちは、自分たちを突っ切る大悟たちに対応することができなかった。


 戌井たちの前を突っ切った瞬間、巴はかつての仲間たちを襲っていた二台のガードロボットに舞うような動きで武輝である十文字槍を振って攻撃を仕掛ける。


 アンプリファイアの力の影響で決定打を与えることができなかったが、それでも、ガードロボットに対して深刻なダメージを与えることに成功した。


「巴お姉様、早く!」


 悲鳴のような声で自分の名を叫ぶ麗華に向けて、巴はガードロボットへの攻撃を中断して飛びかかる。


 麗華は自分に飛びかかってきた巴を受け止めると同時に、大悟は天井にある防火シャッターに向けてショックガンを放つ。


 天井が砕ける音と同時に、戌井たちと大悟たちの間に防火シャッターが降りた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る