第13話

 長い非常階段を上りながら、襲いかかってくるカニのような形をした小さなガードロボットを、無表情の大悟は手にした幸太郎のショックガンを撃って破壊していた。


 襲いかかるガードロボットに向けて躊躇いなく引き金を引き、死角から襲いかかってきたガードロボットの気配を即座に察知して、的確に、最小限の動きで冷静に対応する大悟の姿を、幸太郎はだらしなく口をポカンと開けて魅入っていた。


 最後に、大悟は呑気に口を開けている幸太郎の背後から襲いかかっていた、カニ型ガードロボットを破壊。


 一通りのガードロボットを片付けて、幸太郎は「おー」と、感嘆の声を上げて拍手をしたが、大悟は無視して先へ急いだ。


「下に降りなくてもいいんですか?」


「村雨たちは不測の事態も計算に入れているはずだ。下に向かえば、大量のガードロボットが配置されているだろう」


 パーティー会場のあるフロアから、五階上のフロアにある社長室へ向かう中で、幸太郎は大悟から会場で起きた出来事と、アンプリファイアの影響で輝石の力が弱まっていることを聞いた。


 そんな状況でも、輝石を扱える資質は持っていても輝石を武輝に変化させることができない幸太郎は、ちょっと怠いと感じるだけであまり実感がなかった。


 そんなことよりも、村雨のことが気になるので、ガードロボットの破壊を終えて一段落ついた大悟に幸太郎は疑問を口に出してみた。


「村雨さん、どうしてパーティーを襲ったんでしょう」


「先月、我々鳳グループの判断で学生連合を完全に潰したことによる恨みがもっともな理由だが――実際はわからない」


 ふいに放った幸太郎の質問に、大悟は足を止めずに淡々とそう答えた。


「セラさんたち、大丈夫かな……大悟さんも心配ですか? 鳳さんの――娘さんのこと」


 パーティー会場にいるセラたちのことを思って心配する幸太郎とは対照的に、娘のことを大悟はまったく心配していない様子だった。


「麗華なら心配ない。あの時、パーティー会場にはいなかった」


「もしかして、鳳さんもトイレに?」


「……違うだろう。捕まっていなければ、麗華も我々と同じ場所に向かっているはずだ」


 何気なく幸太郎は大悟の娘である麗華の話をすると、相変わらずの無表情の大悟だが、その表情は若干曇っていた。


「それにしても、大悟さんすごい強いですね」


「あらゆる不測の事態に対応できるように自主的に鍛えている」


 大企業の社長という立場でありながらも、自己の鍛錬を怠らない大悟に感心しつつ、幸太郎はふいに高笑いをしながら、高らかにネーミングセンス皆無の必殺技の名前を叫ぶ麗華の姿が頭に過った。


「それなら、大悟さんも武輝を持って戦うと鳳さんみたいに必殺技を叫ぶんですか?」


「私は輝石使いではないが……必殺技とは何のことだ」


「知らないんですか? 鳳さんって必殺技を叫ぶんですよ」


「……そうなのか」


 娘の話を聞いて、父である大悟は意外そうにしていた。


「そういえば、鳳さんって昔からあんな高笑いをしていたんですか?」


「高笑い? 麗華は控え目で大人しい性格をしているはずだが……」


「誰ですか、それ――あ、もしかして鳳さんってお父さんの前で猫を被っているんですか?」


「違うのか?」


「機嫌が良くなると迷惑なくらいな高笑いをして、機嫌が悪いと人に八つ当たりをして、いつも偉そうで、一々リアクションが大袈裟で、友達も少ないんですけど、良い人ですよ」


 本人には悪気はいっさいなく、ただ鳳麗華という人物について幸太郎はボロクソに説明した最後の最後で、オマケ程度のフォローを入れる。


 容赦のない娘に対しての感想に、相変わらず大悟は無表情で「……そうか」と、反応も薄かったが、若干機嫌が悪そうな声をしていた。


「大悟さんって、鳳さんのこと何も知らないんですね」


 特に何も考えている様子はなく、何気なく放った幸太郎の一言に、今まで無表情だった大悟の口元がほんの僅かに自嘲で歪む。


「でも、鳳さんが大悟さんのことがすごい好きってことは知ってますよね。鳳さん、大悟さんのために一まですごく頑張って――」


「無駄話はいい加減にしろ。目的地がある階に到着した――この先、何が起きるかわからない。気を引き締めろ」


 状況を全く理解していない幸太郎の呑気な雑談を遮り、目的地である社長室がある階に通じる扉の前まで来た大悟は、ショックガンの引き金に指をかける。


 警戒心と緊張感を高めて扉を開こうとする大悟だが――相変わらず幸太郎は呑気な様子で欠伸をしていた。




――――――――――




 社長室へ向かうと決めてから、麗華たちは大和の指示で非常階段に向かった。


 エレベーターに乗ればすぐだったが、人質を逃がさないためにエレベーターの機能も停止させているか、エレベーター周辺に大量のガードロボットが配置されているかもしれないと大和が判断して、長い非常階段を上っていた。


 そのまま非常階段で下の階に降りればいいと麗華は提案したが、非常階段に入ってすぐに警備用ガードロボットが襲いかかってきたので、下に向かえば人質を逃がさないために大量のガードロボットが配置されていると大和は考えたため、素直に麗華たちは社長室へ向かっていた。


 すべてが大和の思い通りになっているようで、麗華は苛立つと同時に不安を抱いていた。


「はぁー、疲れたなぁ……アンプリファイアのせいとはいえ、運動不足かな?」


 わざとらしく深々とため息を漏らしながら、軽い足取りで大和は非常階段を上っていた。


 そんな余裕な様子の大和を、疲れ切っている麗華は苛立った様子で睨んでいた。


「ず、随分あなたは余裕ですわね……こっちは疲れ切っているというのに」


「麗華、それは単純に運動不足だよ。最近君ちょっと太ったし」


「なっ……ぬぁんですってぇ! 私は変わらずエレガントな体型ですわ!」


 非常階段を上っている最中に、何度かガードロボットに襲われ、その都度何とか輝石の力を使って撃退していたが、アンプリファイアの力によって輝石を武輝に変化させるのに時間がかかり、武輝を維持するだけで体力が消耗しているので、襲いかかるガードロボットを交代して処理していた麗華と巴は疲弊しきっていた。


 戦っていなくとも、アンプリファイアの影響で身体が鉄の塊になったように重くなって、思うように動けないので、段数が多い非常階段を上るだけで順調に疲労がたまっていた。


 そんな二人とは対照的に、大和はまだまだ余裕そうで足取りも軽かった。


「それにしても、非常階段にもガードロボットを設置してるとは、相手はかなり用心深くて、不測の事態に備えているようだね。巴さんはどう思う?」


「……私に何を言わせたいの?」


 挑発的な笑みを自分に向けて浮かべている大和を、静かに怒っている巴は鋭く睨んだ。


 巴は大和が何を言いたいのかを理解していた。


 この状況になってから、必死に頭の中から消そうとしても、すぐに蘇ってくる嫌な考えとともに、村雨宗太の顔が浮かんでいたからだ。


「まだ確証はないけど、僕としては今回の騒動は元・学生連合のメンバーが関わっていると思うんだけどなぁ。それも、巴さんの意志を継いでいるメンバーが」


「確証がないのなら、まだ私は何も判断できないわ」


「でも、僕は確実だと思ってるよ。だって、彼らにはちゃんとした動機があるし」


 もちろん、巴は大和が言う『動機』を理解していた。


 だからこそ、巴はセラたちに何も言わずに一人で、新型ガードロボット完成披露パーティーが開かれると決まった時から、村雨たち元・学生連合のメンバーを探し続けていた。


 ――自分の責任を果たすために。


「先月行われた学生連合の処分の判断を鳳グループ主導の元行った結果、学生連合はすっかり、アカデミーの生徒たちにとって裏切者扱いになっちゃったからねぇ」


 嫌らしい笑みを浮かべる大和を、激情を込めた目で巴は鋭く睨んでいたが、彼女は何も反論しないまま、黙って大和の話を聞いていた。


「巴さんが去ってから一気に落ちぶれて名ばかりとなった学生連合だけど、それでも、徹底的な実力主義を掲げて弱者を差別的に扱う制輝軍と比べたらまだマシで、それなりの人から支持されていた。村雨君たち、巴さんの意思を継ぐ人の涙ぐましい努力のおかげでね」


 へらへらと笑って心にもないことを大和は言った。依然、巴は黙ったままだった。


「でも、学生連合が、『特区』の囚人を脱獄させるのを手伝ったせいで、処分を受けることになったと聞いたら、村雨君たちを信じていた人たちは裏切られると思うのは当然だ。弱い輝石使いにとってフラストレーションがたまる今のアカデミーの状況だからこそ、誰かに怒りの矛先を向けたいから一気に村雨君たちに非難が集まった。その結果、村雨君たちの努力は水の泡、残念無念。全部、鳳グループが責任を擦り付けたせいで――」


「いい加減にしなさい、大和! 巴お姉様の気持ちも考えなさい」


 嫌らしい笑みを浮かべて話し続ける大和を麗華は遮った。


 突然割って入ってきた麗華に、大和は楽しそうに笑っていた。


「考えているから正直に言ってあげてるんじゃないか……悪気はないよ?」


「あなたはただお姉様を追い詰めて楽しんでいるだけですわ!」


「僕はただ事実を述べているだけ――巴さんだってちゃーんと気づいているはずだからね」


 人を小馬鹿にしたようでありながらも、すべてを見透かしたような目で見つめてくる大和に、今まで黙っていた巴は小さく諦めたようにため息を漏らした。


「そうね……確かに、大和の言う通りかもしれない」


 大和の言う通り、この騒ぎが起きてから――というよりも、この騒ぎが起きる前から村雨たちが何かを引き起こすであろうということは容易に想像することができた。


 だからこそ、巴は先月の事件から連絡がつかなくなった村雨を必死で探していた。


 自分を信じてくれている村雨たちのことは信用しているが、それでも、先月の事件後すぐに連絡がつかなくなったことで、心配するとともに不安も確かに巴の中で存在していた。


「正直僕は、自分で設立した学生連合を辞めてから今まで……巴さんは上手く自分を騙して、自分の責任から逃げているようにしか見えないよ」


「言われなくても……果たすべき責任があるのはわかってるわ」


「さすがは巴さん、すごく頼りになるなぁ。それじゃあ、先を急ごうか」


 痛いところを容赦なく突いてくる大和を苦々しく思いつつも、巴は反論できなかった。


 薄々自分でも気づいていたことだったからだ。


 だからこそ、今度は責任から逃れないつもりだった。


 どんなことがあっても現実と向き合い、責任を果たすつもりだった。


 無言のまま静かに殺気立っている巴の迫力に、麗華は息を呑み、大和は計算通りだと言わんばかりの満足そうな笑みを浮かべていた。


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