第43話

 今日の風紀委員の活動を終え、疲れたので家に帰ろうとするサラサ。


 しかし、帰る前に麗華に呼び出され、セントラルエリアにある麗華が暮らす豪華な屋敷の応接間に向かったサラサを待っていたのは、腕と足を組んで難しい顔を浮かべて座っている麗華と、そんな麗華の隣で使用人が用意してくれた紅茶とお菓子をバクバクと食べている大和と、大和の隣で優雅に紅茶を飲んでいる巴だった。


 見慣れたメンバーが集まっているのだが、麗華を中心にして放たれる緊張感溢れるピリピリした雰囲気にサラサは呑まれてしまい、思わず緊張してしまっていた。


「待っていましたわ、サラサ!」


 部屋に入り、テーブルを挟んで麗華の対面にサラサが座ると同時に、麗華は歓迎の声を上げた。


 突然上げる麗華の大声にびくりと身体を動かして驚きながらも、サラサは小さく深呼吸して落ち着きを取り戻すとともに、緊張を解いた。


「そ、それで、どうしたんですか、お嬢様」


「もちろん、あなたを労うために集まってもらったのですわ!」


 労うつもりで呼びだしたという麗華だが、サラサは嫌な予感しかしなかった。


 嫌な予感が頭の中で駆け回っているサラサに、大和は憐れむような視線を向けながらもニタニタと心底楽しそうに笑い、巴は呆れたように小さくため息を漏らしていた。


「最近――いいえ、ずっと前からあなたは我々より年下の中等部だというのに、風紀委員の一員として数々の目覚ましい活躍を遂げましたわ!」


「あ、ありがとう、ございます。でも、お嬢様や、セラお姉ちゃんたちがいたから……」


「謙遜など結構! あなたが活躍したのは事実なのですからもっと誇らしく思いなさい!」


「は、はい」


「そこで心優しい私はあなたに然るべき報酬を考えたのですわ! 次代の輝石使いたちを導くであろうあなたにこそ相応しい地位を用意しましたわ!」


「嬉しい、です」


「オーッホッホッホッホッホッホッホッホッホッ! 当然ですわ!」


「麗華、お嬢様の割には結構細かく割り勘することが合って、意外にちょっとケチなところあるから嬉しいよね」


「ぬぁんですってぇ!」


 ビシッと音が出る勢いでサラサを指差し、褒美を要したというのに偉そうな態度を取る麗華だが、サラサは嫌な予感がしながらもご褒美が出るということに呑気に喜んでいた。


 大和に乱されたペースを「オホン!」とわざとらしく咳払いをして戻した麗華は、話を本筋に戻した。


「サラサ、新年度からあなたに風紀委員のすべてを任せますわ。風紀委員のトップとして、好きに活躍しなさい」


 麗華がサラサに与えた褒美――その内容に、一瞬の沈黙後、「ふぇえ?」とサラサは素っ頓狂な声を上げて驚き、すぐに「ご、ごめんなさい!」と褒美を辞退した。


 嫌な予感はしていたが、麗華やセラを差し置いて自分に風紀委員のトップになるというのが褒美だというのは、サラサは想像もしていなかった。


「む、む、無理です、お嬢様! 私、まだ、中等部ですし、お嬢様たちがいますし」


「同じ中等部のアリスさんもノエルさんに代わって制輝軍をしっかり導いていたので、年齢は関係ありませんし、問題ありませんわ! あなただからこそ、風紀委員を託せるのですわ! 高等部にある風紀委員本部を好きに使い、好きに人員を集めてあなただけの風紀委員を作りなさい! もうその手続きは終わらせましたわ!」


「だ、だから、む、無理ですよ、そんなこと、急に言われても、私なんかが……」


「言ったでしょう、サラサ! あなただから託せると! あなたなら問題ありませんわ!」


「そ、そんなこと言われても、無理なものは無理ですよぉ……」


 何を言っても自分に風紀委員を任せるつもりでいる麗華に、救いを求めるように巴と大和に視線を向けるサラサ。


 そんなサラサの視線を受けて、厳しい目を麗華に向けている巴が助け舟を出した。


「麗華、少しは戸惑うサラサさんの気持ちを考えてちゃんと説明をしなさい」


「ああ、そうでしたわ。すみません、サラサ。興奮のあまり、つい失念していましたわ」


 説明をされても風紀委員のトップになるつもりはなかったのだが、麗華が何を考えて自分をトップに据えようとしているのか気になったサラサは、詳しい事情を聞くことにした


「アルトマンがいなくなり、アカデミーはようやく未来へ向かって大きな一歩を踏み出すことができますわ! 同時に第二のアカデミー建設もようやく本腰が入りますわ! これから先アカデミーはどんどん拡大をし続けることは確実! これは喜ばしいことですわ!」


 アカデミーが更なる成長を遂げることを自分のことのように喜ぶ麗華だが、「だがしかし!」とそれだけでは満足していないといった様子で話を続けた。


「今は風紀委員と制輝軍が協力し合ってアカデミーの治安を守っていますが、アカデミーが拡大すれば二つの組織だけでは限界がありますわ。ただでさえ、風紀委員は選りすぐりのメンバーを集めているせいで、万年人員不足状態だというのに、これでは対処しきれませんわ! そのためにも私は第二の風紀委員を建設しなければならないのですわ!」


「つまり、麗華はそのためにサラサちゃんに第一の風紀委員を丸投げしようってわけさ」


「しゃ、シャラップ! そ、そんなつもりはいっさいありませんわ! わ、私は、今後も増え続けるであろうアカデミーに仇名す者たちから、アカデミーを守るために考えているだけですわ!」


 余計なことを言う大和に、しどろもどろになる麗華。否定しながらも、大和の言っていることは正しいと麗華は態度で証明しているようなものだった。


 そんな麗華の見苦しい様子を見て、巴は麗華に厳しい目を向ける。


「麗華、重要なことを他人に任せるのだから正直に自分の本音を告げなさい。これじゃあ、サラサさんはもちろん、私も納得しないわ」


「そういうこと。サラサちゃんを信じて風紀委員を任せるんだから、麗華もサラサちゃんに信じられるようにしないと」


 巴と大和に諭され、「……わかりましたわ」と麗華も腹を決めて美辞麗句を並べずに単刀直入に自分の本音を告げることにした。


「サラサ、大和の言う通り第一の風紀委員をあなたに丸投げして、しばらくの間面倒事はあなたに任せ、あなたにかかる負担は大きくなることは間違いありませんわ。それに、まだ年端のいかないあなたに任せるのも、正直厳しいとは思っていますわ。それに、ついて行く人もいるかどうか、わかったものではありませんわ。しばらくの間あなたには辛い思いをしていただくことになりますわ」


 サラサの不安を煽りながらも、正直に麗華は本音を伝えた。


 麗華の言葉一つ一つがサラサを不安に陥れるが、不思議と不快感はなかった。


「ですが、すべてはあなたを信頼してのこと――この言葉に嘘偽りはありませんわ」


 真っ直ぐとサラサを見つめながら、麗華は彼女への信頼を口にした。


 別に言われなくともサラサにはよくわかっていた。麗華の言葉に不安が芽生えても、不快感がなかったのは、彼女の言葉の節々から自分への絶対的な信頼感を感じていたからだ。


 しかし、自分への信頼を感じていても、サラサの中に不安は残っていた。


 麗華、セラ――他の大勢の仲間たちの活躍を見てきたからこそ、彼女たちの実力に遠く及ばない自分が風紀委員を導く立場になるのは想像できなかったからだ。


「サラサさん……自信を持ちなさい」


 自分の実力に不安を抱いているサラサを見透かしたような言葉を巴は優しくかけた。


「確かにサラサさんの実力もカリスマも麗華やセラさんには遠く及ばないわ。でも、麗華たちの――みんなの戦いを間近で見ていたからこそ、君は間違いなく今以上に強くなれる可能性を持っているし、現に強くなった。確かに風紀委員のトップを任されれば辛いことばかりになるわ。でも、その辛さを乗り越えれば、君は更に強くなれる。あまりにも麗華は強引に話を進めるから、まだ戸惑っているのは理解できるけど、これは自分が今以上に強くなれる絶好の機会だと思わない? もしも君が強くなりたいと思うのなら、私は全力で君を支援するわ」


「何だかんだ言って、巴さんもサラサちゃんに厄介事を任せる気満々みたいだけどさ。僕は正直、断ってもいいと思うよ? 確かに巴さんの言う通り、強くなれる良い機会だとは思うけど、サラサちゃんはサラサちゃんのペースがあるんだから。僕は無理強いはしないし、サラサちゃんの判断を尊重するよ。何があっても、それだけは約束する」


「……大和の言う通りね。ごめんなさい、サラサさん。君の意志を考えないで勝手なことを言ってしまって。でも、君に期待しているというのは間違いじゃないわ」


 大和の言葉に自分の過ちに気づいた巴は頭を下げてサラサに謝った。


 しかし、サラサは別に気にしていなかった。自分に期待してくれている巴の言葉も、自分を気遣ってくれる大和の言葉も、サラサにとっては力強く感じられたからだ。


 自分への絶対的な麗華の信頼感、大和と巴という心強い味方――三人の存在に力を貰ったからこそ、不安が残るがサラサは決断することができた。


「私、やってみます」


「……後悔はしませんの?」


「やらないで後悔するよりは、マシです」


「上等ですわ! それでこそ、私が認めたサラサ・デュールですわ!」


 一抹の不安を抱えながらも、困難に立ち向かう覚悟を決めたサラサの力強い言葉と表情に、麗華は満足そうに頷いて彼女を心から称えた。


「それなら、しばらく私はサラサさんの傍で支援を続けるわ。そして、私が教えられることはすべて教えて、君を成長させると約束するわ」


「巴さんがいてくれるなら、すごく、心強い、です!」


「それなら、君の期待に応えないとならないわね。あなたの傍で全力で支援するから、困ったことがあれば何でも言いなさい」


 覚悟を決めたサラサのために、巴も全力で彼女のために支援すると覚悟を決めた。


 そんな二人の様子を眺めていた大和は、嫌味な視線を麗華に向けた。


「いやぁ、あっちは熱いねぇ……君の思い通りになってよかったじゃないか、麗華」


「ええ、実に嬉しい限りですわ――……と言いたいところですが、巴お姉様だけではまだまだ不安ですわ。大和、あなたも協力なさい」


 年下のサラサを利用する麗華にチクリと言ったつもりだったが、藪蛇を踏んでしまう大和。


「ええ、僕も? 巴さんだけでも十分なんじゃないかな……」


「サラサを心配しているのでしょう? 助けるのは当然ですわ」


「まあ、いいんだけど……君の作る第二の風紀委員の方も気になるなぁ。草案は大体決まってるの? 何事も最初が肝心だからね。目立たないと埋もれちゃうよ?」


「第一の風紀委員と同様少数精鋭で行きますわ! もちろん、宣伝効果を高めるための手段も考えていますわ!」


「へぇー、それは気になるな。どんな手段を使うつもりだい?」


「それは――」


 未来へと歩もうとする麗華たちの会話はしばらく尽きることはなく、このまま四人で夕食を食べるまで続いた。


 夕食を食べ終えた後、休憩する間もなく、すぐに風紀委員を導くための心得を教える巴に、疲れているサラサはさっそく風紀委員を任されたことを後悔した。

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