第22話

「お疲れ様、移動は終了だ――開けるぞ」


 十分ほどの移動が終了して、ヴィクターはボディパーツの前面を開いた。


 狭い空間に詰め込まれたので、三人は息も絶え絶えの状態ですぐに中から出てきた。


「ちょっとあなた! 移動の最中私の身体をその汚い手で触れましたわね!」


「ごめんね、でも、不可抗力だから……ふぅ……」


 中から出た瞬間、さっそく麗華は幸太郎に向けて怒声を張り上げる。


 幸太郎はまるで風呂上がりのように上気してサッパリとした顔で、肌のつやもよくつやつやしていた。


 元気そうな二人を見て、ヴィクターは楽しそうに笑い、セラは小さく呆れたようにため息を漏らし、二人を放って話をはじめる。


「それで先生、私たちをどこに連れてきたんですか? ……見たところ研究所のようですが」


 セラの言葉を聞いて、幸太郎は怒声を張り上げている麗華を無視して、周囲を見回すと、確かに彼女の言う通り、コンピュータ、用途不明な機械、何かの装置が多数置かれた、高等部の校舎の地下にある研究所のような場所だった。


「その通り、ここは各エリアに複数存在する私の研究施設の一つで、セントラルエリアのどこかにある地下研究所だ。場所は秘密だぞ」


「秘密の研究所……さすがは博士」


「ちょっと! 聞いていますの? まだ話は……もういいですわ!」


 秘密研究所という響きに、ロマンを感じる幸太郎は好奇心で目をキラキラと輝かせる。


 その様子に、完全に自分の怒りの言葉を聞いていないと感じた麗華は、怒声を張り上げるのを諦め、視線をヴィクターに移す。


「それで? 私たちを脱出させて、あなたは何を考えているのです?」


「君たち風紀委員にこの事件を解決してもらいたいのだ」


 突然脱出させてくれて、自身の研究所まで連れ込んだヴィクターを、まだ完全に信用しきっていない様子の麗華の質問に、ヴィクターは不敵な笑みを浮かべてそう答えた。


「察しがついていると思うが、今は収拾がつかない状況だ。風紀委員が犯人でないことを知りながらも、輝動隊は手柄を取るのに必死で、輝士団に協力を仰ごうとはしない。鳳グループも具体的な解決策を見出せず、自分たちの保身を考えるのに精一杯。まさにカオスだ!」


 嬉々とした表情で、ヴィクターは今のアカデミーの状況を説明した。


「そこで、何も縛りがない君たち風紀委員の出番というわけなのだ。そのために、わざわざ輝動隊に新型ガードロボットを配置の許可という名目で本部に侵入し、君たちを脱出させたというわけだ――今のままでは、取り返しがつかないことになりそうなのでね」


 途中までは嬉々とした表情だったが、途中からはその表情を一変させ、ヴィクターは真剣な顔つきになる。その顔を見た麗華とセラはようやくヴィクターを信用しはじめる。


「わかりましたわ……ヴィクターさん、あなたは犯人の目的をご存じで?」


「大まかな犯人については知っているが、深くは知らないのだ。鳳グループの上層部が秘密裏に会議をしているようだが、こちらには何も情報が入ってこないのだよ」


 不満そうなヴィクターの様子をジッと見つめる麗華。


 小さく深呼吸をして、セラに注意をするように促す目配せをする。麗華の目配せに気づいたセラは小さく頷き、幸太郎の前へ庇うようにして立つ。


「犯人の目的地はグレイブヤードですわ。あなたも名前と場所は知っているはずですわね? あなたはあそこのシステムを構築したメンバーの一人なのですから」


 麗華の言葉を聞いて、はじめて知った様子のセラは、さらに警戒心を高める。


 それを聞いたヴィクターは一瞬固まった後、「ありえない」と呟いた。


「残念ですが、犯人の一人である北崎という男が、『墓場』という単語を口にしました。だから私は突然現れたあなたを信用していなかったのですわ」


「先生がグレイブヤードのことを知っていたのは初耳ですが、私と鳳さんは敵に情報を漏らした内通者がアカデミーにいることは薄々感づいていたので、信用できなかったのです」


「二人ともそう思っていたの? それじゃあ、博士が内通者なの?」


 冗談のつもりで何気なく口に出した幸太郎の言葉に、ヴィクターに疑いの目を向けるセラと麗華。


 不信と疑念に満ちた目を向けられ、ヴィクターは小さく嘆息した後――禍々しい顔で邪悪な笑みを浮かべた。


 その顔に警戒心を一気に高めるセラと麗華だが、すぐにヴィクターはいたずらっぽく笑って「冗談だよ」とおどけると、麗華とセラは脱力する。


「疑心暗鬼になるのは無理もない。だが、安心したまえ。私は君たちの味方だ――多分」


「この状況でまったく笑えませんわ!」


「ハーッハッハッハッハッハッ! こんな状況だからこそ、冗談が必要なのだよ」


 曖昧な言い方のヴィクターだったが、彼らしい言い方だったので、セラと麗華は取り敢えず彼が味方であることを認識した。


「しかし、グレイブヤードの情報は一部の人間にしか知らない場所。それが外部の人間に知られるということはほとんどない――内部に手引きした者がいるのは確実だろう」


「それだけではありませんわ。私が首謀者に仕立て上げられた時のねつ造された情報も、きっとその手引きした者の仕業ですわ」


「なるほど、敵はかなり用意周到な人物のようだ。敵ながら天晴だよ」


 切羽詰まった状況なのに、楽しそうな笑みを浮かべながら人を上手く操る敵に対して称賛を送るヴィクターを、怒りを露わにした麗華は詰め寄る。


「褒めている場合ではありませんわ! 急いでグレイブヤードへ向かわなければなりませんわ! ヴィクターさん、協力をお願いしますわ!」


「わかっているよ。グレイブヤードに眠る輝石使いの情報を悪用されたら、輝石使いたちが危険に晒されるということは重々承知の上だ。それだけは絶対に防がなければならないのだ……絶対に」


 呟くような声でありながらも、強い語気でそう言ったヴィクターから、幸太郎は何か使命感のようなものを感じた。


 ヴィクターは麗華から幸太郎へ視線を移し、ジッと見つめてきた。突然見つめられて幸太郎は不思議に思って、取り敢えず見つめ返した。


「どんな高性能の機器を使用しても、グレイブヤードに眠る膨大なデータを抜き取るのにはかなりの時間がかかる。しかし、君たちが捕まって一時間経過しているの考えてみると、大体後一時間で抜き取り作業は終了するかもしれないな」


 ヴィクターの言葉に、セラと麗華、鈍感な幸太郎も焦燥感が生まれる。


「さっそくグレイブヤードに向かうつもりなのだが……もしかしてモルモット君、君も来るのかな?」


「そのつもりですけど」


 挑発的なヴィクターの質問に、幸太郎は迷うことなくすぐにそう答えた。


「足手まといですわ。あなたはここに――」


 ここに残れと言おうとした麗華の言葉を、ヴィクターは手で制した。


 足手まといだからと判断した麗華とは対照的に、幸太郎が何を言ってどうするのかが気になっているセラは何も言わず、彼の言葉を待っていた。


「武輝も出せない君のような落ちこぼれがほいほい首を突っ込んで、どうなるかはわかっているのかな?」


「足手まといになりますよね」


「わかっているのなら、結構だ。足手まといの君のせいで犯人たちの計画を防ぐことができなくなるかもしれない……それでも、君はついて来るのかな?」


「そのつもりです」


 ヴィクターの突き放すような冷たい言葉に、幸太郎は短いが、それでも強い覚悟の込められた言葉で答えた。


「フフフ……ククククッ……ハーッハッハッハッハッハッ!」


 やがて、ヴィクターは堪えきれず、堰を切ったように大笑いをはじめた。


「どうやら君はここにいる誰よりも勇敢だ――いや、無謀なのかもしれないな」


「ありがとうございます?」


 褒められているのか貶されているのかわからなかったが、一応幸太郎はお礼を言った。


 そんな幸太郎に、ヴィクターは「褒めてはいないよ」と言って、懐から銀色に光る銃を取り出し、それを差し出した。


 幸太郎がよく観賞しているアクション映画に出てくる銃と大きさは変わらないが、本物の銃とは形が少し異なっており、まるで玩具のようだったが、見た目の重厚感と、放たれる威圧感は本物のようだった。


 白銀に煌めく銃をヴィクターは幸太郎に手渡した。


「これって……本物ですか?」


「コンパクト化に成功した非殺傷系衝撃発射装置・通称ショックガンの試作品だ。君も知っているだろう? ――君のおかげで成功したのだから」


 長々しい中の名前に、幸太郎はヴィクターの人体実験――ではなく、研究に付き合ったことを思い出し、自分のおかげで完成したという言葉に軽い感動を覚えた。


「まだ試作品だが、動作は問題ない。武輝の使えない君が護身用として持っていてくれたまえ」


 そう言って、ヴィクターはショックガンを幸太郎に手渡した。


 ショックガンのずっしりとした重みが自身の手から伝わるが、刈谷の警棒に比べて重くはなく、非力な自分でも扱える武器だと幸太郎は思った。


「説明書的なのはないんですか?」


「そんなものはない。だが、使い方は簡単、トリガーを引くだけだ。安全装置までは作るのには気が回らなかったから、取り扱いには十分注意すること」


「かっこよく――こう、斜めに構えて片手で撃ってみたい」


「残念だが、君のような非力な人間が扱う場合、ちゃんと脇を締めて、両手でしっかり持って撃つのだ。まともに命中さえすれば、輝石使いにもまともにダメージを与えることができるだろう。使用後の感想を後で聞かせてくれたまえ」


 結局実験動物にされているが、幸太郎は自身の武器であるショックガンを、好奇心を宿したキラキラ輝く目で嘗め回すように眺め、カッコイイ持ち方を考えていた。


「全員の準備がこれで完了した。さっそくグレイブヤードへ向かおうではないか!」


 力強く頷く幸太郎とセラ。しかし、麗華だけは浮かない顔をしていた。


「お待ちなさい! ……まさか、移動はもしかして……」


 麗華の質問に、爽やかな笑顔でヴィクターはここに移動するのに使った、三人入ったら酸欠が起きそうになるくらい狭かったガードロボットのボディパーツを指差した。


 エデンの園の再入園に諸手を上げて喜ぶ幸太郎。


「ふっざけんなですわ! このセクハラ男と一緒の空間なんて嫌ですわ!」


 猛反対をする麗華と、反対の意は示さなかったが複雑そうな顔で恥ずかしそうに頬を染めるセラ。


「ハーッハッハッハッハッハッ! 君たちは拘留施設を脱走したのだ。大手を振って外を出歩けるわけはないだろう。それに、そろそろ君たちが脱走したことに輝動隊は気づくぞ」


「諦めましょう、鳳さん。他の手を考えている時間はありません」


「グヌヌヌ……し、仕方がありませんのね……」


 セラに諭され、麗華は羞恥と悔しさで顔を赤くさせて納得することしかできなかった。


 悔し涙を浮かばせながら、麗華はさっそくボディパーツの中に入って準備万端な幸太郎に指を差し、一言物申す。


「私の身体に手を触れたら、後でどうなるかわかっていますわね?」


「あれは不可抗力なのに……肝に銘じておきます」


 鬼気迫る麗華の迫力に、幸太郎は素直に言うことを聞くことにした。


 照れながらもセラはボディパーツの中に入り、麗華は羞恥と怒りで顔を真っ赤にさせながら中に入った。あっというボディパーツの中は間にすし詰め状態になってしまう。


「それでは諸君! アカデミーの平和を守るために出撃するぞ!」


 ヴィクターはそう言って、ボディパーツの前面を閉じて、ネジをしっかり回す。


 そして、グレイブヤードへと向かうため、台車を転がした。

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