第3話
ファントム――数年前、アカデミー都市にいる実力の高い輝石使いたちを大勢襲撃して倒し、その圧倒的な実力から『死神』と恐れられていた人物だった。
その正体はアルトマン・リートレイドによって作られた、輝石と人の遺伝子――久住優輝と呼ばれる少年の遺伝子を基に、アルトマンの持つ賢者の石の力を僅かに注がれて作られたイミテーションと呼ばれる新たな生命体だった。
そんなファントムが現れた最初の事件はセラたちが解決したのだが、その事件の最中ファントムは自分と同じ容姿である久住優輝に長年成り代わり、アカデミー都市を混乱に陥れた。
しかし、その事件もセラたち風紀委員や、大勢の味方たちの手によって解決し、ついに消滅したと思われていたが、輝石から生み出されたイミテーションだからこそ、教皇庁が持っていた輝石を生み出す力を持ち、輝石の母とも呼べる存在である煌石・ティアストーンに意識を潜ませ、教皇エレナ・フォルトゥスがティアストーンの力を扱った際に、彼女の意識に潜り込み、再びアカデミーを混乱に陥れた。
三度ファントムは倒され、今度こそ消滅したと思われていたが、再び蘇った。
アルトマンを倒すための協力者を募るために今度は幸太郎の手によって――年端のいかないキュートな少女の姿になって。
自分を駒として利用していたアルトマンを倒したという幸太郎の考えには同調していたが、仲間になったつもりは毛頭なかった。
ファントムには自分の存在を世界中に刻み付けるという目的があるからだ。
そして――
「待っていた、待っていたぜ! この時をな! ぶっ潰ししてやるよ!」
アカデミーに通う輝石使いたちの訓練場が立ち並び、イベントなどで使われるドームがあるウェストエリア内にある訓練場にいる、ボサボサの黒髪の長い前髪だけを結び、猫耳フードがついたパーカーを着て、ダメージショートパンツを履いた、小生意気そうな顔立ちの華奢な体躯のかわいらしい少女――ファントムは歓喜の声を上げる。
セラ・ヴァイスハルト――自分を何度も倒した憎き相手であり、復讐したいと思っている人物が立っていたからだ。
この状況になったのは一時間ほど前、セントラルエリア内にある制輝軍本部に軟禁されて退屈していたファントムの前にセラが現れ、実戦形式の訓練をしたいと申し出たからだ。
目的の一つに、自分を何度も倒したセラへの復讐があったので、二つ返事にファントムは了承し、願ってもない状況になってファントムは心底喜んでいた。
「訓練だということを忘れるな」
「もちろん、わかってるよ! セラが終わったら次はお前だ! ティア!」
訓練であるということを忘れて暴走しそうな雰囲気を放つファントムを制するのは、立会人を務めているセラの幼馴染の一人――美しい銀髪の髪をセミロングに伸ばしたクールビューティ―、ティアリナ・フリューゲルだった。
「セラに何かあったら全力でお前を止める――覚悟しろ、ファントム」
「お前はティアの次にしてやるよ……何もできず、見届けることしかできない惨めな気持ちをまた味わってもらうぜ」
「……俺まで辿り着けたらの話だがな」
……舐めやがって……
遠慮はしない――ぶっ潰してやる。
ティアの忠告を無視する気満々のファントムに釘を刺すのは、ティアと同じくセラの幼馴染の一人であり、ファントムを生み出す際に使用された遺伝子の基である少し幼さが残る顔立ちで、白髪交じりの頭の青年・
過去に優輝を長年監禁していたことを思い出させる一言で、ファントムは優輝を挑発するが、優輝は意味深な笑みを残して軽くスルーした。
そんな優輝の余裕を感じさせる態度にファントムはかわいらしく頬を膨らませて苛立つ。
「泣き叫ぶまでお前を痛めつけてやるよ! セラ!」
潰してやる!
アルトマンの決着が近いとかそんなの関係ない!
今ここでぶっ潰してやるよ!
オレという存在を嫌って程お前に刻んでやるよ!
怨嗟に満ちた、しかし、かわいい声でそう吐き捨てながら、ファントムは道端に堕ちている小石のような自身の輝石を握り締めると、一瞬輝石から白い光が放たれた後、輝石は武輝である死神が持つような身の丈を超える大鎌へと変化させた。
自身に恨みと殺気をぶつけてくるファントムに、何も言わずに、ただただ静かでピリピリした威圧感を放って、若干暗くて険しい表情を浮かべているセラはチェーンに繋がれた自身の輝石を武輝である剣へと変化させる――その瞬間、ファントムは武輝を振り上げながら一気に彼女との間合いを詰めた。
本来ならば立会人のティアの合図で訓練ははじまる予定なのだが、訓練ではなく、復讐を果たせる絶好の機会だと思っているファントムには関係なかった。
輝石を武輝に変化させると同時に不意打ちで襲いかかってくるファントムに、セラはまったく焦ることも、卑怯だと罵ることもせず、ただ彼女をジッと見据えていた。
振り上げられた武輝である大鎌をどす黒い感情を込めて振り下ろすファントム。
回避と防御の間を与えないほどの速度で放たれる攻撃に、セラは両手に持った剣を振り払って真正面から迎え撃つ。
二人の武輝がぶつかり合った瞬間――凄まじい轟音とともに衝撃が発生し、激しい輝石使いの訓練に耐えられるほど頑丈にできた建物を大きく揺らした。
――余裕な面をしやがって……
その面がイライラするんだよ!
渾身の力で放った一撃を容易に涼しげな表情で容易に受け止めたセラの余裕な態度を忌々しく思い、その激情のままファントムは武輝を握り手に力を込め、力づくでセラを追い詰めようとする。
華奢な少女の体躯では考えられないほどの力で押し出されるセラだが、その力を利用して半歩後退してファントムの武輝を捌くと、セラを押し出すのに力を込めていたファントムは前のめりになって態勢を崩してしまう。
そんなファントムの隙をついて、彼女の脳天目掛けて武輝を振り下ろすセラ。
セラに反撃の機会を与えた自分の情けなさに、胸の中でファントムは舌打ちをし、前のめりになって倒れそうになる自分の身体を勢いよく後方へと翻す。
翻した勢いを利用してファントムは牽制のつもりでセラに蹴りを放つ。
セラは攻撃を中断し、大きく後退して一旦間合いを取りながら、武輝に変化した輝石から絞り出した力を刀身に纏わせ、光を纏った刀身から数発の光弾を放つ。
迫る光弾にファントムは何度も宙を舞うようにして後方に身を翻して回避する。
……こいつ、まさか……
セラとの間合いを取ったファントムは、まだ復讐がはじまって間もないというのに、嫌な予感が頭に走っていた。
その予感を強引に振り払うように武輝に変化した輝石から、そして、自分の身体を構成している輝石から、自身のどす黒い感情を模したような赤黒い光を身に纏うファントム。
身に纏った赤黒い光は訓練場の固い床にファントムを中心として広がる。
床に広がるドロドロとした質感の赤黒い光は、床を底なし沼のようにさせていた。
沼の面積は徐々に広がり、セラの足元まで侵食した瞬間――沼から赤黒い大きな手がセラに掴みかかった。
セラは回避をしようとするが、足首を沼から伸びる小さな赤黒い手が掴んでいるため動けない。
即座に武輝を振るって襲いかかる赤黒い手を両断しようとするが、沼から伸びる数々の手が武輝を掴んで動けなくさせていた。
「滅茶苦茶にしてやるよ! セラ!」
加虐心に満ちたキュートな表情を浮かべるファントムは動けなくして隙を作ったセラに何度も攻撃を仕掛けるつもりでいた――のだが……
セラは全身にバリアのように纏っている輝石の力の出力を上げ、自身を拘束している赤黒い手を消滅させ、刀身に光を纏わせた武輝を振るって自身に襲いかかる手を両断し、光を纏った刀身から衝撃波を放った。
瞬時に自分の状況を察知したセラの判断力をファントムは忌々しく思いながら、迫る衝撃波に向けて駆る武輝を振るってかき消した。
かき消すと同時に、赤黒い沼から襲いかかってくる手を防ぎ、回避し、両断しながら力強い一臂を踏み込んだセラはファントムとの間合いを一気に詰める。
真正面から襲いかかってくるセラに、ファントムは待っていたと言わんばかりの笑みを浮かべて迎え撃ち、二人の武輝がぶつかり合った。
武輝同士が激しくぶつかり合って甲高い金属音とともに二人の身体に衝撃が襲いかかるが、構わず、一歩も退くことなく攻撃を続ける。
常人では、並の輝石使いでも目に映らぬ速度で剣戟を繰り広げる両者。
訓練所内には無数の剣戟音が響き渡っていた。
ファントムは自身の中に滾るどす黒い感情をむき出しにして、その感情のままに武輝を振るい、体術を織り交ぜた連撃を仕掛けていた。
一撃一撃が的確に急所を狙い、並の輝石使いなら一撃で昏倒させることのできる威力の攻撃を続けるファントムだが、凶悪なそれらの攻撃のすべてをセラは最小限の動きで回避し、しっかりと防御を続けていた。
防御と回避に専念しているセラが一見すると押されているようにも見えるが、二人の戦いを見ていたティアやセラ、そして、セラの相手をしているファントムは違った。
こいつ、全部見切ってやがる……
反撃しようと思えばできるのに、どうしてしない――おちょくられてるのか?
クソッ! 忌々しい! こいつ、どうしてこんなに強くなってやがるんだ!
自分の動きをすべて見切っているセラに、自分との実力差を感じ取るファントム。
まだ少女の身体になって間もないので、少女の身体に慣れていないのが原因の一つもあるだろうとファントムは信じたかったが、そんなものが言い訳にしかならなかった。
目の前にいるセラの強さは最後に戦った時よりも見違えるほど上がっていることに、今のセラを相手にしたファントムは認めざる負えなかった。
その余裕のすました面、崩れさせてやるよ!
本来の目的を忘れ、余裕で涼し気なセラの顔を崩すことを目標に熱くなるファントム。
武輝の刀身に赤黒い光を纏わせ、身体を勢いよく半回転させた大振りの一撃を仕掛けるファントムに、受けきれないと即座に判断して身を屈めて回避行動を取るセラ。
だが、そんなセラの行動を先読みしていたファントムは、キュートなあくどい笑みを残して攻撃態勢に入った瞬間、セラの目の前から赤黒い光を残して消えた。
消えたファントムは一瞬にしてセラの背後に回り込み、仕掛ける途中だった大振りの一撃をセラ目掛けて振るう。
完全に不意を取った一撃だが、ファントムの姑息な真似を読んでいたセラは、もう一方の手に持った剣――武輝に変化させた輝石から力を限界までに引き出し、その力で複製したもう一本の武輝で不意打ちを受け止め、捌いた。
受け流されて体勢を崩すファントムに、セラはもう一方の手に持った剣を薙ぎ払うように振るい、咄嗟にファントムは武輝で防ぐ。
「幸太郎君の……幸太郎君の……バカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
二つの武輝がぶつかり合って甲高い悲鳴を上げて周囲に木霊するが、それ以上にセラの声が訓練所内に響き渡った。
渾身の叫び声と激情ともに放たれたセラの一撃を受けて、ファントムの武輝が宙に舞う。
宙に舞ったファントムの武輝が床に落下すると、一瞬の後に輝石に戻った。
輝石使いにとって、自身の最大の武器である武輝を失えば敗北も同然だった。
……バカな……このオレがこんなにも簡単に……
本調子ではないとはいえ、呆気なく敗北を喫した自分に呆然とするファントム。
「そこまでだ」
訓練終了を告げるティアの言葉とともにセラは自身の輝石を武輝に戻して、小さくため息を漏らすと、先程までの暗く、険しい表情が嘘のようにスッキリさせていた。
「まだだ! まだオレは終わってねぇぞ!」
「お前は負けたんだ、ファントム」
「うるさい! うるさい、うるさーい! オレはまだやれる! まだやれるんだ! こんな簡単に負けるはずねぇ!」
敗北を喫したショックからすぐに立ち直ったファントムは、凶暴な殺気を放ちながらかわいらしく地団太を踏む。そんなファントムを宥める優輝だが、逆効果だった。
「お前が小さくなった身体に慣れていないのも理由の内の一つだが、セラは多くの戦いを経て明らかに強くなっている――お前にもわかるだろう?」
「それでも、オレは……オレは……絶対に認めねぇ!」
「少しは頭を冷やせ」
自分でも痛感したことを改めてティアに指摘され、苛立ちを募らせるファントム。
今の外見に相応しく子供のように喚くファントムに付き合いきれないティアは、たまりにたまった不満を吐き捨ててスッキリした表情を浮かべているセラに厳しい視線を向けた。
「頭を冷やすべきなのはお前もだ、セラ」
「え? わ、私は至って冷静沈着、泰然自若だよ」
「……そうは見えなかったがな」
ファントムの武輝を弾き飛ばした際に放ったセラの怒りを込めた叫び声を回想するティアの指摘に取り繕った態度でわかりやすく誤魔化すセラ。
「……幸太郎君のことかな?」
「ち、違うよ! べ、別に幸太郎君とは何の関係もないから!」
「あー、はいはい、何だかごちそうさまです」
冗談のつもりで言った一言が的をド真ん中に射ていたことに、必死で誤魔化すセラの様子を見て、優輝は呆れるとともに微笑ましく思っていた。
「次だ! 次だ、セラ! まだオレは戦い足りないぞ!」
「しつこい奴め……そんなにやりたければ次は私とだ――セラの次は私なのだろう?」
「上等だ」
今度こそ――今度こそぶっ潰してやる!
すぐにセラの再選を要求するファントムに、今度はティアが立ちはだかる。
目的を忘れて勝利を固執するファントムは、さっきまでセラと戦っていたのにもかかわらず疲れを感じさせないほどやる気に満ちていたのだが――
すぐに、ティアもまたセラ以上に強くなっていることを思い知った。
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