第4話
「今日もアルトマンはアカデミー都市内を悠長に闊歩しているようだ」
「ふざけた奴だ! 周囲に被害を与えないために今すぐにでも捕らえるべきだ」
「しかし、数日前から奴は行動をはじめたが、今日まで特に目立った行動は起こしていない。今は不用意に手を出さず、監視を続けるべきだ」
「だが、奴は必ず行動を起こす。リスクを避けるために我々も行動を起こすべきでは?」
「確かに、監視されている状況で特に目立った行動はしていないが、相手はアルトマン……何か行動を起こす可能性は高い」
「だが、下手に手を出せば返り討ちにされるのが目に見えているぞ」
「しかし、賢者の石という絶対的な力を打ち破った今なら、奴の力も半減しているのでは?」
セントラルエリア内にある超大型ホテルの大宴会場で、アカデミーを協力して運営する組織である鳳グループの幹部、教皇庁の幹部である枢機卿が集まり、会議を行っていた。
会議の内容はアルトマン・リートレイドについてだった。
数日前――七瀬幸太郎が目覚めると同時に、今までどこかに隠れていたアルトマンは人前に堂々と姿を現し、ただ何か策を弄するわけでなく、何か暴れるわけでもなく、アカデミー都市内を堂々と歩きはじめた。
挑発するようにアカデミー都市内を楽しそうに散策するアルトマンの姿に、アカデミー上層部たちはフラストレーションがたまっていたが、賢者の石という絶対的な力で守られている彼に下手に手を出すことができなかった。だから、大勢の人員、アカデミー都市内を徘徊する清掃兼警備用のガードロボット、アカデミー都市内に張り巡らされた監視カメラを用いて二十四時間体制でアルトマンを監視していた。
「奴が堂々と現れたということは、奴も決着を望んでいるということだ」
「アカデミー外部からもアルトマンや賢者の石を不安視している声がある……奴の望み通りここは一気に決着をつけるべきではないでしょうか」
「少し頼りないですが、我々にもアルトマンと同じ力――賢者の石を持つ七瀬幸太郎がいるのです。アルトマンと対等に戦えます」
「守りに入れば、つけ入る隙を与えてしまうだけ! ここは攻め時です!」
アカデミー都市で数々の事件を引き起こしてきた心の黒幕であるアルトマンと決着をつけたいという義憤もあるが、アカデミー外部に押されているという現状を話す上層部――そんな彼らの熱い思いを一人の人物が嘲笑った。
端正な顔つきだが、この場にいる全員を見下している悪辣な顔つきをしている白髪の髪のスーツを着た青年――アルトマン・リートレイドによって作り出された最初のイミテーション・ヘルメスだった。
「愚かだな、実に愚かだ――外面ばかりを気にして判断を誤ればどうなるのか目に見えてわかるだろう。今は惨めなほどの臆病にアルトマンを監視していればいい」
煽るように吐き捨てたヘルメスの言葉に、大勢からの激しい敵意と警戒を込められた視線が集まる。
ヘルメスを中心として不穏な空気が会議場内に広がる――今でこそヘルメスはアルトマンを倒すという共通の目的のために協力しているが、その前まではアルトマンに操られてアカデミー都市内で発生する事件で暗躍していた人物であり、目的を果たすためなら何でも利用し、切り捨てる覚悟を抱いているとこの場にいる全員が理解しているからこそ、協力関係を築いても全員ヘルメスに対して良い感情は抱いていなかった。
そんな中、「同感ね」とヘルメスの言葉に賛同する、厳粛なこの場には似つかわしくないほど胸元と足元が大きく開いた扇情的なドレスを着ているロングヘア―の美女、元枢機卿であり、今は色々あって鳳グループの幹部を務めている、次期教皇最有力候補であるプリムの母であるアリシア・ルーベリアはクスクスと艶やかな嘲笑を浮かべる。
「威勢だけじゃ勝てない相手だってアンタたちもわかってるんでしょ? それに、外部から何を吹き込まれたかは知れないけど、目先の利益だけを求めたら手ひどいしっぺ返しが来るのは確実よ」
「さすがは目先の利益を求めて教皇に反旗を翻した逆賊――説得力が違うな」
「フン! それはどうも。アンタのおかげでだいぶ私も成長できたのよ」
熱くなっている上層部をバカにするようでいて、落ち着かせるようでもあるアリシアの言葉に、上層部たちは一旦落ち着きを取り戻す。
自分の失敗をしっかり糧にしている自分を煽るように褒めるヘルメスに、アリシアは皮肉たっぷりの笑み浮かべて応えた。
過去に協力関係を結んでいた二人だが、その間裏切ったり裏切られたり色々な目にあっていたため、二人の関係は最悪であり、見えない火花が静かに散っていた。
「しかし、気持ちはわかる。実際、アルトマンと賢者の石の力を恐れた外部から、早急に決着をつけろと圧力が来ているからな」
アリシアとヘルメスにこき下ろされ、アルトマン打倒に燃えていた一部上層部たちの不満がたまっている中、そんな彼らをフォローするのは、鳳グループトップの秘書を務めて、この場にいる誰よりも若々しい外見だが成人した娘がいる、よれよれのスーツを着た鋭い顔つきの男・
鳳グループを陰ながら支えている克也だからこそ、外部からの圧力と不安を理解しており、上層部たちが早急にアルトマンに決着をつけたいという思いをある程度理解していた。
「だが、アルトマンを倒すためには七瀬幸太郎の力が必要不可欠。一応こっちでも作戦は練っているが、賢者の石に真っ向から抵抗できる唯一の手段は七瀬の力だけだ。頼りねぇけどな。でも、アイツは偶然賢者の石の力を手に入れただけの輝石の力を持たない一般人、命に別状はなかったとはいえ、世界を変える力を使ってしばらく寝込んだんだ。下手に力を使えば命に関わる可能性が大いにある。一般人を巻き込む以上、俺たちは不用意な真似はできねぇ」
幸太郎の身体を気遣う克也の意見に、一気にクールダウンする会議場内。
「ただ、アルトマンのクソヤローを放っておくわけにはいかねぇ……七瀬の検査についてはどうなってるんだ、薫」
自身の隣に座る、幸太郎の主治医を務めている、鳳グループの幹部とアカデミーの校医を務めている白衣を着たスレンダーなポニーテールの美女――ではなく、美男子である
克也の視線を受けて熱っぽくウィンクを返すと、萌乃は話をはじめる。
「幸太郎ちゃんが目覚めてから連日検査を行ってるし、今日もこれから検査を行うつもりだけど、今のところ何も問題はないわ。すっかり元気で食欲も旺盛みたいだし、本調子に戻ってる――けど、克也さんの言った通り、賢者の石を使った負担は大きいわ。下手をすれば命に関わる可能性だってあるから、主治医としてはすぐにアルトマンちゃんを倒しにレッツゴーとは言えないわ。正直、幸太郎ちゃんの力を使わずにアルトマンを倒せるのなら、それに越したことはないわ」
主治医としての意見と、幸太郎の友人としての願いを述べる萌乃。
上層部の中でも力を持つ克也、萌乃、アリシアの慎重な意見に、アルトマン打倒に積極的な一部の上層部たちの表情は曇るが、それでも彼らの中にはまだ熱い気持ちはあった。
彼らは最後の望みとして、会議場内の議長席に座る今まで黙ってこの場にいる全員の意見を聞いていた二人の人物に視線を向ける。
一人は鳳グループトップであり、麗華の父である長い髪を後ろ手に撫でつけた、いっさいの感情を感じさせない、冷たく、厳格な空気を放つ強面の壮年の男・
そんな大悟の隣に、大悟と同じく無表情で冷たく厳格な空気に包まれ、神秘的な雰囲気を纏う、癖のある長い栗色の髪を三つ編みにした年齢不詳の外見の美女、教皇庁トップであり、煌石・ティアストーンを操る力に秀でている教皇エレナ・フォルトゥスがいた。
「ヘルメス、アリシア、克也、萌乃の言う通りだろう」
ヘルメスたちや、この場にいる半数以上の意見を大悟は支持し、エレナは頷いた。
「相手はアルトマン、勢いで倒せる相手ではない。こちらの一つのミスが甚大な被害を与える可能性が大いにありえる。世界に影響を与える力を持つアルトマンを倒すのに失敗は許されない。それに、一般人である七瀬幸太郎を巻き込む以上、こちらは万全の準備を整えなければならない。周りから何を言われようが今は待つ時だ」
「それに、七瀬さんが協力してくれることを前提に話していますが、私たちはまだ彼に意思を尋ねていません。命に関わるかもしれないということも教えていません――彼の気持ち次第では、計画を練り直さなければなりません……非常時だからと言って強制することはできませんし、許しません」
万全の準備をするべきという大悟との言葉と、幸太郎に強制するなと威圧感の込められた眼光を熱くなっている一部上層部たちに向けるエレナ。
トップ二人の意見に、すぐにでもアルトマンを倒すべきだと熱くなっている一部上層部たちは冷静になったが、まだ彼らの表情に焦りと不安は消えていなかった。
混乱していた会議場内がトップ二人の意見で一気に収まると――
「意思――あの男に聞くだけ無駄だろうな」
幸太郎の意思を尊重するエレナの優しい、それ以上に天然な言葉をせせら笑うようにヘルメスはそう呟いた。
大勢の上層部、主に枢機卿からの敵意が込められた視線がヘルメスに集まるが――一部上層部、主に七瀬幸太郎の性格をよく知っている萌乃、克也、アリシア、エレナ、大悟は、ヘルメスの言葉に何も反論できなかった。
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