第24話
車を下ろされた麗華たちは、数分間歩いて美咲とアリスに案内された先は空港につながる連絡橋入口前だった。
連絡橋の入口付近には仮設テントが建てられており、そのテントを制輝軍たちは今回の騒動に対応するための作戦本部としていた。
「それで、状況はどうなっていますの?」
目的地に到着した瞬間に、表情に焦燥感と苛立ちを滲ませた麗華は制輝軍であるアリスと美咲に状況を尋ねる、
「最悪でもないけど、最高でもないし、混乱しきってるって感じかな? いやぁ、いつもこんな状況でみんなをまとめてるウサギちゃんってすごいよね。取り敢えず、何も考えずにガンガン攻めろのアタシには無理だよ。正直尊敬しちゃうね❤」
「意味がわかりませんわ! もっと詳しく教えていただけます?」
切羽詰まった状況でよくわからない美咲の適当でおどけた説明を聞いて、麗華は苛立ちの声を上げる。
こんな状況でも普段のおどけた態度でいる美咲に呆れたアリスは、そんな彼女の代わりに麗華たちに状況を説明する。
「意味がわからないしアホみたいだけど、美咲の言っていることは大体間違ってない。意味がわからないしアホみたいだけど」
「アリスちゃん、そこは強調しないでもいいじゃない。おねーさん、ショックだぞ」
淡々と毒づくアリスに頬を膨らませて文句を言う美咲だが、彼女を無視してアリスは話を続ける。
「枢機卿も襲われたけど、何とか枢機卿だけはアカデミー都市に向かわせた。ノエルたちの行方は不明――というか、埠頭にノエルたちの乗っていた車が落ちて燃えてた」
「な――ぬぁんですってぇ! アリスさん! どうしてそれを早く言わなかったんですの! 悠長にこんなところまで案内するよりも、埠頭に直接案内すればよかったのに!」
現状を聞いて絶句した後に、年下である自分にヒステリックな怒声を浴びせる麗華を、アリスは冷めた目で見つめて「ウザいから一々騒がないで」と注意した。
「燃えてる車に人は乗ってなかったし、周囲に戦闘したと思われる痕跡が残っていたから無事。というか、ノエルとクロノがいるんだから橋から落ちたくらいで何ともないことくらい、普通に考えればわかるし」
アリスの説明を聞いてひとまずは安心する麗華たちだが――それでもまだ安心はできない。状況は刻一刻と変わり、行方不明になっているノエルたちがどうなっているのかわからないからだ。
「ノエルとの連絡がつながればすぐに迎えに行けるけど、橋の周囲一帯に妨害電波のようなものが流れていて、通信機器が全部ダメになってる。それに加えて、アカデミーの治安を維持する本来の任務を果たすためにアカデミー都市の巡回をさせる班と、枢機卿の護衛をさせる班に制輝軍を分けていたんだけど、その上連絡橋で起きた騒動でたくさんの一般人が巻き込まれてその救助に向かっている係もいるから人員が圧倒的に不足してる」
「取り敢えず枢機卿の無事は確保できたから最悪でもないし、リクト君たちの安否が不明だから最高でもないし、電波妨害でまともに応援も呼べないし、人員が圧倒的不足している混沌とした状況――なるほど、美咲さんの表現は言い得て妙だね」
アリスから現状を聞いて一人納得している大和。自分の言葉を理解してくれた大和に美咲は「おねーさん嬉しいぞ❤」と甘く囁いてウィンクを送ると、大和も彼女にウィンクを送った。
ここまでの説明を終えたアリスは、麗華たち視線を向ける。
ノエルと同じく冷たい目をしながらも若干の幼さが残っているアリスの目は、麗華たちを縋っているようだった。
「だから、あなたたちにも協力してほしい」
人に協力を求めているとは思えないほど淡々として感情の起伏が乏しい声で、アリスは麗華たちに協力を求めた。
「あなたたちにとっても悪い話じゃないはず。鳳グループトップの娘であるあなたが今回の騒動に協力すれば、鳳グループの信用を回復できるかもしれないし、何よりも鳳グループが信用を失って勢いづいている教皇庁に大きな借りを作れるし」
アリスの言う通り、今回の騒動に鳳グループ関係者である麗華が協力すれば、地に堕ちた鳳グループの信用をそれなりに回復することができて、教皇庁に大きな借りを作り、鳳グループが再起することできた。
鳳グループの一員として、そして、鳳グループトップの娘として、願ってもないチャンスだったが――
「そんなことどうでもいいですわ! 私は従順なる私の使用人のためにここまで来たのですわ! 毒にも薬にもならない役立たずの凡人もいるようですが、彼はついでですわ!」
今の麗華には鳳グループのことはまったく考えていない。打算的なことをまったく考えず、突き動かされる感情のままに麗華はここまで来ていたからだ。
鳳麗華は自分か父の利益しか考えない――ということを知っていたアリスは、自分たちの利益などどうでもいいと言い放った麗華の言葉に意表を突かれると同時に、彼女から放たれる気迫に気圧されてしまっていた。
「ホント素直じゃないなぁ、麗華は」
「シャラップ! ――取り敢えず、協力はしますわ!」
余計なことを呟く大和を黙らして、麗華はアリスに協力することに決めた。
周囲に相談することなく勝手に決めた麗華の判断だが、幸太郎を救うためならば制輝軍と協力することが得策だと判断したセラたちは何も文句は言わなかった。
「それなら、さっそく――」
「その必要ありません」
さっそく麗華たちに協力してもらおうとするアリスを、何の感情も込められていない機械的な声が制した。その声が響くと、事件の処理で慌ただしく動き回って混乱していた制輝軍たちは一斉に落ち着きを取り戻した。
声のする方へとアリスは視線を向けると、機械的な声の主――白葉ノエルが涼しげな表情で立っていた。
ノエルの傍にはドレイク、大道、そして顔を俯かせている幸太郎がいた。
「幸太郎君、無事だったんですね!」
今まで険しかったセラの表情が幸太郎の姿を確認したことで一気に表情が明るくなって安堵の声を漏らすが、彼は俯いたまま反応しなかった。
「やっぱり、無事だったのね」
「当然です。私がいない間、アリスさんにはかなり負担を負わせてしまったようですね」
「別に、問題ないから」
ノエルなら無事であると確信していたが、それでも目立った怪我をしないで戻ってきたノエルの姿を見てアリスは安堵していた。
「ウサギちゃんが戻ってきてくれたのは嬉しいけど……弟君とリクトちゃんは?」
「何も問題はありません。リクト様護衛の任務も無事に果たしました。それと、『ウサギちゃん』はやめてください」
美咲の質問に淡々と答えた後、ノエルは俯いたままの幸太郎に視線を向けた。
この場にリクトがいないのに、任務は果たしたと言ってのけたノエルに美咲やアリスはもちろん、麗華たちも不自然に思っていたが――はじめに気づいたのはセラだった。
数時間前、アカデミー都市から空港へ向かった時と同じ学生服を着ていたが、明らかに雰囲気が違った。どんなことがあっても能天気な幸太郎からは信じられないほど陰鬱で重苦しい雰囲気を身に纏っており、全身から気品溢れるオーラが漏れ出ていたからだ。
――アカデミー高等部男子専用の制服を着ているのは幸太郎ではないことに真っ先に気付いたセラは、すぐに幸太郎らしき人物に駆け寄って顔を確認すると――
「……リクト君」
幸太郎の振りをしていたのは、今にも泣きだしそうな表情を浮かべているリクトだった。
幸太郎だと思っていたのがリクトだったことに麗華たちは驚き、ノエルとともに戻ってきた大道とドレイクは申し訳なさそうに顔を伏せていた。
「これは一体どういうことですの、ドレイク! 大道さん!」
苛立ちと若干の焦燥感を宿した表情の麗華に詰問され、ドレイクと大道は揃って「すまない」と謝ることしかできなかった。
「せ、セラさん、そ、その……」
「……何も言わなくても大丈夫です。大体想像できますから」
説明をしようとするリクトだが、すべてを察しているセラには必要なかった。
幸太郎の振りをしているリクトを見れば一目瞭然で、戻ってきた時に「無事に任務を果たした」とノエルが口に出した言葉を思い出せば簡単に想像できた。
自分の任務に忠実なノエルの目的はリクトを護衛すること。
そして、今回の騒動の犯人がリクトを狙っているとしたら――リクトと同じ力を持つ幸太郎は利用するには最適な人物だからだ。
涼しげな顔を浮かべているノエルに、セラは静かな怒りと殺気に満ちた抜身の刃のような鋭い目を向けた。
「ノエルさん、幸太郎君を囮に使いましたね」
「何か問題でも?」
幸太郎を囮にしたことを、普段通りの淡々とした口調で平然と言い放つノエルとの距離を一気に詰めたセラは、彼女の胸倉を掴んだ。
胸倉を掴まれたノエルは動揺することなく、虚無を映す目で自身に激情をぶつけてくるセラをジッと見つめた。
突然の行動に周囲は騒然となるが、セラから放たれる威圧感に気圧され、誰も彼女を止めることはできなかった。
「七瀬さんが望んだことです」
そんなこと、言われなくともセラにはわかっていた。
「それに、暗がりの中今回の敵はティアストーンの欠片の光を目印にして襲ってきました。つまり、七瀬さんほどリクト様の囮にするの適した人物は私たちの中ではいません。背格好もそれなりにリクト様に似ていますし、何よりも七瀬さんは『力』を持っています」
「まあ、間違いじゃないし、僕も同じ立場になったらそう判断するとけど――でも、残念。麗華とセラさんは納得していないようだよ?」
ノエルの考えにある程度の理解を示す大和だが、麗華とセラの怒りの矛先が自分に向けられることを恐れ、完全にノエルの味方になることはしなかった。
「幸太郎君が自ら囮になると見越していたな!」
「ある程度は」
「幸太郎君が輝石の力を上手く扱えないとわかっているはずだ! そんな彼が囮になるってことは危険だということもわかっているはずだ!」
「そんなこと言われなくとも百も承知です。だからこそ、我々制輝軍にとっての貴重な戦力であるクロノと、あなた方風紀委員の戦力であるサラサ・デュールさんをリクト様に扮する七瀬さんの護衛にしました。彼らはアカデミー都市に向かっています。順調であれば無事にアカデミー都市に到着します。これで文句はないでしょう」
「そういう問題じゃない!」
実力者である二人の輝石使いに守られていれば問題はないと、セラは思ったが――問題はそんなことではない。
友達であるリクトのためなら自分のできることをして、自分の決めたことはいっさい曲げない幸太郎の人柄と性格を利用したことを気遣うこともなく、平然と彼を危険に巻き込み、囮となったのが当然だと言っているようなノエルの淡々とした態度がセラは許せない。
「私の思った通り、七瀬さんが囮になったおかげで無事にリクト様を安全な場所に案内することができました。ご協力感謝します」
「ふざけるな!」
感情がまったく込められていない声で感謝の言葉を事務的に述べるノエルの態度に、セラはさらにヒートアップする。
幸太郎が囮にされた怒りと不安で、セラは普段の冷静さを失ってしまっていた。
「せ、セラ、落ち着きなさい! 今は口論している場合ではありませんわ」
冷静さを欠いているセラを慌てて制しよう麗華だが、セラは止まらない。
一触即発の状況に、セラから放たれる威圧感に気圧されていた制輝軍たちはようやく我に返り、ノエルの胸倉を掴んでいるセラを押さえつけようとする。
だが、その前に今まで黙っていた静観していたティアがセラの襟首と腕を掴み、無理矢理ノエルから引き離した。
「いい加減にしろ、セラ」
「でも、ノエルさんは幸太郎君を――イタッ! ひ、捻らないでよ!」
「状況を考えろ」
「だ、だって――」
「少し頭を冷やせ」
「でも――」
「言い訳無用だ」
掴んでいた手を捻って暴れようとするセラを制し、ティアは反論も許さず、そのままズルズルとセラを引きずって、ノエルから距離を取った。
「ちょ、ちょっと待ってよティア!」
「いいから黙ってついて来い」
「離してよ、ティア!」
ティアに引きずられながらもジタバタもがいて抵抗しようとするセラだったが、問答無用にティアはセラを引きずってノエルから距離を置いた。
言い訳することもできず、セラとノエルの口論を止めることができず、泣き出しそうな情けない表情で見守ることができなかったリクトは、意を決したような表情を浮かべてセラとティアの後を追った。
「さあ、ノエルさん! 喧しいのがいなくなって、ここからは私のターンですわ! さっそく今後のことについて話し合いますわよ! その前に、ノエルさんには前々から言いたいことが沢山あったので、覚悟してもらいますわ!」
「ややこしくなるからお前は黙っていろ」
「麗華がセラさんを喧しいって言うなんて、きれいにブーメランが決まったね」
「ぬぁんですってぇ!」
ティアの手によってセラが退場させられと、場が静まる――ことはなく、セラに代わってノエルに噛みつこうとして、事態をさらにややこしくしそうな麗華を、克也はため息交じりに制した。
そして、猛獣使いの大和が上手く彼女の気をそらしてくれたので、落ち着いて話し合いを進めることができると思った克也は心の中で大和に感謝をして、話し合いをするためにノエルと向き合った。
「今回の騒動を解決すために話し合いたいんだが?」
怒り心頭な麗華と違って冷静な態度で騒動を解決するための話し合いを求めてくる克也に、ノエルは「いいでしょう」と話し合いに応じた。
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