第25話
――私は間違った判断をしてはいない。
麗華とセラの怒りの矛先を向けられて糾弾されても、ノエルは自分の判断に絶対の自信があり、間違ったことはしていないと思っていた。
だからこそ、こうして無事に護衛対象であるリクトを大勢の味方がいる安全な場所まで送り届けることができたし、大勢の味方と合流することもできたからだ。
制輝軍と合流できれば、彼らを引き連れて別れたクロノたちと合流できた。
それに、面倒なことになったが予想通りセラたちもいた。
セラたちは幸太郎を助けるため、絶対に事件に首を突っ込もうとするので、事件は早く決着がつくとノエルは確信するとともに、改めて自分の判断は間違っていないと確信した。
冷静になって考えれば、大和のように自分の判断は間違っていないと理解できるはずなのに、感情に身を任せて思考力と判断力を鈍らせているセラたちにノエルは呆れていた。
だが、自身に怒りを向けるセラと麗華、そして――何よりも、もしもの時はクロノでさえも利用するのかというリクトの疑問が、ノエルの中で何度も反芻していた。
だから、私の判断は間違っていない。
……間違っていないはずなんだ。
幸太郎を囮にした自分の判断について間違っていると思っていないノエルだが――
自身の判断が間違っていないと思う度に、ノエルの中にある何かが胸を締めつけ、理解不能な痛みを生み出した。
正体不明の痛みを生み出す胸の中にある『何か』の正体をノエルは探ろうとしていると――
「――お前たち制輝軍と風紀委員には大きな借りがある。断りたくとも断れないだろう」
ノエルの耳に話し合いをしていた克也の声が響き、彼女は思考を中断した。
自分の中にある正体不明の何かを探るのに集中して克也の話をほとんど聞いていなかったノエルだが、大体彼が何を話したのかは理解していた。
七瀬幸太郎を囮として利用して、無事に任務を果たした自分たち制輝軍に大きな借りがあり、協力しろ――大体そんなところだろうとノエルは判断した。
「お互いに反目している風紀委員に大きな借りを作ったんだ。返さないままというのは、そちら側にしてもあまり気持ちの良いものじゃないだろう?」
「オジサマの言う通り、恩はちゃんと返さないと、ね? ウサギちゃん☆」
仲間同士を大事に思っている制輝軍たちを刺激させるような克也の言葉に、何も考えていない様子の美咲は同調した。
「クロノの件もあるから私は別に構わないけど……ノエルはどうする?」
能天気な美咲とは違い、克也の言葉に何か引っかかりをアリスは感じていた。そんな彼女と同様、ノエルも克也の言葉の裏には何か打算が感じられた。
鳳グループのトップに鳳大悟が就任してからずっと秘書として支え続けた御柴克也の優秀さをノエルは知っており、油断ができない人物であると判断していた。
そんな人物の言葉に、裏を感じたノエルは隠すことなく疑念に満ちた目を克也に向けた。
自分の心の内を探るような目をノエルに向けられ、彼女の追及から逃れられないと判断した克也は降参だと言わんばかりに小さくため息を漏らした後に、自身の手の内を晒すことにする。
「条件として、こちらの簡単な指示に従ってもらいたい」
「指示とは?」
「お前はドレイクが運転する車でセラたちとともに七瀬たちの元へと向かって黒幕を倒してもらい、その間俺と共慈とティアリナがここに残ってお前の代わりに制輝軍の指揮をする」
「つまり、私の抜けた穴をあなたたちが埋めるということですね」
「そういうことだ。どうする? 俺たちに協力すれば事件はさっさと解決できるぞ。犯人を取り逃がしたとなれば、お前たち制輝軍に教皇庁はすべての責任を擦り付けるぞ?」
脅すような克也の提案だが、ノエルは克也の魂胆を見抜いていたので、冷め切った目を彼に向けた。
「……少しでも、鳳グループは教皇庁に恩を売りたいということですね」
「情けないが、そういうことだ。今はどんな無様な真似をしても鳳グループは周囲の信用を回復したいからな」
そう言って、切羽詰まった鳳グループの状況を思い浮かべた克也は自虐気味な微笑を浮かべた。
「今回の件を俺たちと協力すれば、お前たち制輝軍は事件を解決できるし、俺たちは教皇庁に恩が売れる。つまり、俺たちはお互いにメリットがある。悪い話ではないと思うが?」
ノエルとアリスの想像通り、やはり克也は腹に一物を抱えていた。
鳳グループトップの秘書である御柴克也と、かつて鳳グループが設立した、今は存在しない治安維持部隊・輝動隊に所属していたティアリナ・フリューゲルが今回の件に制輝軍と協力することによって、教皇庁に恩を売ろうと克也は画策していた。
もちろん、鳳グループの人間が今回の件に無理矢理介入したら、教皇庁がその事実を揉み消して、鳳グループに借りを作らないように、教皇庁は手を尽くそうとする。
だが、そうさせないために、かつて教皇庁が設立して今は存在しない治安維持部隊・輝士団に所属して、実家が教皇庁と縁が深い大道も介入させることによって教皇庁にも利益が得られ、今回の騒動を簡単に揉み消されないようにする――克也はそう考えているのだとノエルは思っていた。
「そう上手く思い通りにはならないと思いますが? 協力したという事実は揉み消されなくとも、都合のいいところだけを切り取ればいいのですから。教皇庁旧本部での活躍を揉み消されたばかりのあなたもそれを良く知っているはずですが?」
「どうかな? こっちもお前と同じで、利用できるものはすべて利用するだけだ」
鳳グループに借りを作らないため、教皇庁は克也のことは触れずに大道だけの活躍を切り取るだろうとノエルは想像して、克也の思い通りにはならないと確信していた。
しかし、意味深で力強い微笑を浮かべる克也には自信が溢れ出ていた。
「……いいでしょう。こちらとしてもあなた方に借りを作るのは真っ平なので、あなた方の指示に従いましょう」
何かを企んでいるか、何か切り札を持っていそうな克也だが、どうせ教皇庁から確実に恩を売る計画を企んでいると判断し、そんなことなどどうでもいいと思っているノエルは追求することはなく、克也の指示に従うことを了承した。
教皇庁や鳳グループ、そして、アカデミーがどうなろうと、ノエルにとってはどうでもよかったからだ。
ただ、ノエルは自分に与えられた任務を淡々とこなすだけだった。
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