第23話

 クロノたちと別れ、ノエル、大道、ドレイクとともにリクトは制輝軍と合流しようとしていた。


 リクトは幸太郎の着ていた学生服を着て幸太郎の振りをしているが、生まれ持った気品溢れるオーラを隠すことはできなかった。


 幸太郎が囮として役に立っているためか、リクトたちは誰にも襲われることなく順調な道程だった。


 敵はティアストーンの欠片の光を目印にリクトを狙っている――というノエルの予想通り、ティアストーンの欠片を幸太郎に渡して、幸太郎が着ていた服を着てからリクトは敵に狙われることはなくなった。


 しかし、道程は順調でも、リクトたちの間に流れている空気は沈んでおり、クロノたちと別れてから誰も会話をしようとしなかった。


 先導するノエルの後について歩くリクトの足取りは重く、表情は暗く沈みきっていた。


 罪悪感が心の中で重く沈んでしまっているリクトは自己嫌悪に苛まれていた。


 輝石の力を上手く扱えない一般人も同然な幸太郎を囮として利用してしまったことに、リクトは深く後悔をして、強い罪悪感を覚えてしまっていた。


 しかし、リクトは歩みを止めることはしない。歩みを止めれば自ら進んで囮になった幸太郎の決意を無駄にすることになるし――自分が助かるために。


 ……僕は卑怯だ。


 罪悪感を抱えて足取りが重くても、しっかりノエルの後について助かろうとしている自分自身をリクトは心底軽蔑した。


 幸太郎が自ら囮になると申し出た時、すぐにリクトは幸太郎を説得したが、それは口だけの説得で心はまったく込められていなかった。


 自分の決断を曲げない彼を説得しても無駄であるというのは、幸太郎の行動を見てきたリクトは十分に理解していたからだ。


 大勢の輝石使いに狙われている今の状況からどうしても逃げ出したかったリクトにとって、何も考えずに幸太郎が自ら囮になると申し出た時、幸太郎のことを心配する気持ちと同時に、ようやくこの状況から抜け出させるという喜びも生まれていた――その時リクトの中で生まれた喜びは、囮になる幸太郎への心配を上回っていた。


 友人を心配するよりも喜びの方が勝っていた自分をリクトは卑怯と心の中で罵った。


 僕は一体何のために強くなって、教皇になろうとしたんだ?

 幸太郎さんのためじゃなかったのか?

 幸太郎さんを守るんじゃなかったのか?

 それなのに――僕は一体何をしているんだ?


 二年前、アカデミーを去った幸太郎を戻すためにリクトは教皇を目指し、教皇になるために努力を続け、その甲斐あって周囲に認められ、自分でも強くなれたような気がした。


 強くなったような気がしたからこそ、リクトは幸太郎を守れると確信していたが――


 結局僕は何も変わっていない。

 あの頃と同じで、僕は臆病者で卑怯で、最低だ……


 強くなったと思いながらも、幸太郎と出会う前――目の前の問題に立ち向かわずに逃げてばかりで、現実逃避していた弱かったあの頃と何一つ変わっていないことに気づいてしまったリクトは、自分のあまりの情けなさに涙が出そうになってしまっていた。


「お前一人が責任を感じることはない」


 罪悪感と後悔に押し潰されているリクトにドレイクは声をかけた。感情を抑えた冷たいドレイクの声だが、僅かながらにリクトに対しての気遣いも存在していた。


「幸太郎を止められなかったのは我々も同じだ。だから、お前一人の責任ではない」


「ドレイクさんは心から幸太郎さんのことを心配していました……僕なんかとは違います」


「それでも、止められなかったのは事実だ。……まったく、遠回しながらも幸太郎を護衛しろと麗華に言われていたのに、こうなることになるとはな……」


 怒り心頭の麗華にグチグチ文句を言われる近い未来を想像して、ドレイクは深々と嘆息する。


 危険に晒してしまうことになるが、自分の決断に迷いのない幸太郎を止めるのを無理だと判断したドレイクは、リクトを守ると決めた幸太郎の決意を尊重した。


 元々ドレイクは娘のサラサとともに幸太郎を守るつもりでいたが、護衛の人数が多いと相手が警戒して慎重になってしまい、相手を誘き出す囮として役に立たないかもしれないと判断したノエルの指示にドレイクは不承不承ながら従った。


「リクト、幸太郎君のことを思うのならば、今は無事に制輝軍と合流するだけを考えるんだ。そうでなければ、君を心配している幸太郎君の気持ちが無駄になってしまうんだぞ」


「わかっています……お気遣い、ありがとうございます、共慈さん」


 罪悪感と後悔に押し潰されて足取りを重くしているリクトに、大道は厳しく喝を入れる。


 厳しい口調でリクトの背中を押す大道の表情は険しいものだが、彼は自分を気遣い、幸太郎のことも心配しているということは十分にリクトには伝わっていた。


 大道、ドレイク――打算があった自分と違って心から幸太郎のことを心配する二人を羨み、自分の卑怯で情けない自分の本性をリクトは軽蔑していた。


「彼が自ら望んだことです。気に病む必要はありません」


 いっさいの迷いのない足取りで先へ進むノエルは、淡々とそう言い放つ。感情が何も込められていない冷たい彼女の言葉には、自ら進んで囮になった幸太郎への気遣いはまったく感じられなかった。


 淡白なノエルの態度にリクトは激情が込み上げてくるが、自分には彼女に怒る権利はないと言い聞かせて抑えた。


「ノエルさんは、幸太郎さんが煌石を扱える資格を持っていることを知っていたんですね」


 激情を抑えたリクトは低い声で先導するノエルの背中にそう尋ねると、彼女は足を止めることはもちろん、振り返ることなく「ええ」と頷いた。


「ご安心を。制輝軍内で知っているのは、私を含めて銀城さんやアリスさんくらいですので」


 リクトが何を聞きたいのか見透かしたノエルはそう付け加えると、リクトは「そうですか……」と若干安堵していた。


「幸太郎君が力を持っているということは、前回の騒動の時に彼の周囲にいる人間のみに知れ渡った。それで、麗華さんやセラさんたちが彼をセントラルエリアにあるセキュリティが高いマンションに引っ越させて、自分たちもいつでも彼を守れるように近所に引っ越したんだ」


 幸太郎が煌石を扱える資格を前回の事件で知った大道は、リクトがいない間に起きた出来事を簡単に説明した。


 煌石の資格がある人間は貴重な人材であり、利用されることが多い。特に次期教皇最有力候補としてプロデュースして、陰で操って権力を好き勝手に振おうと考える人間が多くいるので、幸太郎も利用される可能性も十分にあったが、セラや麗華たちが幸太郎を守っているということなので、その点については問題はなさそうなのでリクトは安心できた。


 だが、もう一つリクトには不安があった――それは、幸太郎が煌石の資格を持っていることが自分の知らない間で広く知れ渡っていることであり、もしかしたら、どこかで情報が漏れて幸太郎の身に危険が及ぶ可能性があるという不安があった。


 それに加えて、今回の騒動で幸太郎が煌石を扱えることを周囲人間が知る可能性もあるので安心はできなかった。


「以前、幸太郎はお前と協力して廃人寸前だった久住優輝を救い、前回は無窮の勾玉の暴走を大和――いや、天宮加耶たかみや かやとともに止めた……幸太郎の持つ力をどう思う」


 何気ないドレイクの疑問に、リクトは考え込んだ。


 無窮の勾玉から抽出され、輝石使いの力を一時的にだが飛躍的に向上させる『アンプリファイア』のことは、正体が不明だった頃にリクトは何となくだが煌石の欠片であると予想していた。


 だが、一度アンプリファイアの力をコントロールしようと考えたことがあるが、煌石・ティアストーンの欠片を反応させることができるにもかかわらず、アンプリファイアの力をコントロールすることがリクトはできなかった。


 なので、無窮の勾玉が実在すると聞いた時、リクトは輝石を生み出す力を持つ煌石・『ティアストーン』と、輝石の力を増減させることができる煌石・『無窮の勾玉』は、同じ煌石でありながらもまったく異なる力を持つため、無窮の勾玉をコントロールするのに特殊な訓練が必要であるかもしれないとリクトは仮説を立てた。


 だが、天宮加耶の力を借りながらも、アカデミーを去って煌石に触れる機会はもちろん、特殊な訓練を受けていない幸太郎が無窮の勾玉をコントロールできたので、自分の仮説が間違っているとリクトは思いはじめていた。


 なので、幸太郎が持つ力について聞かれてもリクトにはわからなかった。


「幸太郎さんの力については正直、わかりません……」


 煌石を扱える資格を持つ人間は、全員輝石使いであるとリクトは思っていた。


 だが、幸太郎は輝石の力を扱える資格を持ちながらも、輝石を武輝に変化できなかった。


 そんな幸太郎は輝石よりも煌石を扱う才能があるとは思っているが――幸太郎がティアストーンの欠片に触れるといつも明滅を繰り返す不安定な光を煌石が放つため、煌石を扱う力もさほどないように思えた。


 しかし――廃人と化した優輝を癒した時、リクトは自分一人の力では優輝を救えなかったと思っていた。


 それに、無窮の勾玉が暴走した時だって、煌石を扱える高い資質を持った人間が一緒にいたとしても、人知を超えた力の塊である煌石の暴走をたったの二人だけで――それも、大して煌石を扱える力を持たない幸太郎がいても、普通は止められないだろうとも思っていた。


 幸太郎の力について考えれば考えるほど、リクトはわからなくなった。


「不安定ながらも高い力を持っている――そうとしか今は答えられませんし、何もわからないんです……すみません、お力になれずに」


「気にするな。こちらの何気ない質問を真剣に考えてくれたことを感謝する」


 輝石はもちろん、煌石という人知を超えた力を持つ物質の全容についていまだに解明されていない謎が多くあるので、わからないとリクトが答えるのが当然だとドレイクは思っていたので、リクトの答えに納得して満足していた。


「次期教皇最有力候補が直々に七瀬さんの力にお墨付きを入れるとは、やはり、彼を囮にする判断は正しかったようですね」


 改めて幸太郎を囮に利用することに決めた自分の判断は間違っていなかったと平然と言い放ったノエルの後姿を、リクトは鋭い目で睨むように見つめた。


「それに、今回の騒動は確実にニュースになっていると考えれば、七瀬さんを心配したセラさんたちが駆けつける可能性も十分にある。彼女たちを利用すれば事件は早期に解決するでしょう」


「……ノエルさんは目的のためなら何でも利用するんですね」


 先を見越して幸太郎だけではなく、セラたちでさえも利用するつもりのノエルに対して嫌味を込めた一言を吐き捨てるリクトだが、ノエルは平然とした様子で「任務ですので」と答えた。


「もしも――もしも、ノエルさんの任務でクロノ君を利用せざる負えない――いいえ、切り捨てられざる負えない状況になった時、ノエルさんはどうしますか?」


「……無論、任務を優先させます」


 嫌味のようでありながらも、試すようなリクトの質問にノエルは一瞬言葉が詰まった。


 だが、すぐに任務が第一であるとノエルは言い切り、その言葉にいっさいの迷いはなかった。


 そんなノエルを軽蔑するような視線をリクトは送るが、自分も幸太郎を利用している身なので何も反論することができなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る