第22話
制輝軍の元へと向かったノエルと別れ、さっきまでリクトが着ていた服を着ている幸太郎は、いつ、どこで誰に襲われても良いように武輝を手にしているクロノとサラサとともにアカデミー都市を目指していた。
本来、リクト護衛の任務をずっとこなしていたクロノは、制輝軍の元へと向かったリクトについて行こうとしたが、ノエルはそれを許可しなかった。
相手は自分たちの先を読んでいるので、二手に分かれて体格が若干似ている幸太郎とリクトを入れ替えたと考えるかもしれなかった。
だからこそ、幸太郎の服を着たリクトと、任務でリクトと一緒に行動していたクロノが一緒に行動すれば、気づかれてしまう危険性があるとノエルは判断しからこそ、リクトからクロノを離した。
任務でリクトをずっと護衛していたクロノとしては、任務を終えるまでリクトを守るために一緒に行動をしたかったが、ノエルの言うことはもっともであり、自分と離れるだけでリクトを守れるならちっぽけなプライドなど捨てることができた。
幸太郎をリクトの囮として有効活用するため、何よりもリクトを守るために――そして、何度も必死な形相のリクトに幸太郎を守ってくれと頼まれたので、クロノは幸太郎を守ることにした。
囮として動いている自分の任務に集中しているクロノだったが――泣き出しそうなくらい必死な形相で主人公を守ってくれと懇願してきたリクトの姿が何度も頭に過る。
その都度、頭から消すが、それでも何度も何度も頭に蘇ってきた。
……あんな必死なリクトを見たのははじめただ。
そんなに、七瀬幸太郎が大切なのか?
輝石使いでありながらも、輝石の力を扱うことができない落ちこぼれが大切なのか?
大切なら、どうしてリクトは……
リクトが必死で守ろうしている幸太郎は、リクトが必死で守るに値する人間なのかクロノは観察するように眺めていた。
「リクト君の服、やっぱりちょっと小さい。でも……汗に混じってリクト君のにおいがする。リクト君って良いにおいだよね、クロノ君」
「知らん」
「クロノ君も良いにおいがする」
「……人のにおいを嗅ぐな」
リクトの服から仄かに香る、甘酸っぱい汗のにおいと、フローラルなリクトの体臭を嗅ぎながら、幸太郎はクロノに話しかけた。
幸太郎に話しかけられて適当に応答しているクロノは、囮にされて多くの人間に狙われているというのに呑気でいられる幸太郎を無表情だがクロノは内心呆れ果てていた。
半年前、退学処分にされた幸太郎がアカデミーに戻って、風紀委員に再び入った時、ノエルから七瀬幸太郎がどんな人間であるのか、クロノは報告を受けていた。
その時は、普通の家庭環境で、目立った過去もなく、特筆すべき点がない一般人も同然の存在であり、注意するべき人間ではないということだった。だが、人を惹きつける何かがあるのか、幸太郎の周囲には自然と人が集まると報告を受けた。
人を惹きつける何か――そのことだけに関してはノエルは興味深いと言っていた。
なので、クロノも七瀬幸太郎について興味を抱いた。
しかし――会ってみれば、ただの一般人であり、能天気なバカだった。
ノエルが言っていた『惹きつける何か』がクロノにはわからなかった。
「前にリクト君に女の子の服着せたらどうなるのかって話をしたんだけど、サラサちゃんはどう思う?」
「多分、というか、絶対にかわいくなると思います」
「僕もそう思う。メイド服とか似合いそう――あ、そういえば、サラサちゃんって鳳さんのお世話係をしてたけど、メイドさんの服って着てた?」
「え、えっと……着てません。お嬢様に着させられそうになりましたが……」
「サラサちゃんもかわいくなりそう」
「そ、そうですか?」
「……でも、サラサちゃんもセラさんと同じく、かわいいよりもカッコイイ感じだから、執事服の方が似合うかも」
「あ、ありがとうございます?」
自分の状況をまったく理解していない様子で、サラサと呑気に会話をしている幸太郎を見て、クロノはさらに呆れるとともに、幸太郎の緊張感のなさに苛立ちを感じていた。
「どうして、こんな奴が……」
誰にも聞こえない声で、思わず思っていたことをクロノは呟いてしまった。
そんなクロノの視線の先には、幸太郎がリクトから預かって首から下げているティアストーンの欠片がつけられたペンダントがあった。
資格のない者が触れたり、身につけたりしたら、ただの石ころになる煌石・ティアストーンの欠片だが――幸太郎が身に着けたペンダントにつけられているティアストーンの欠片は、ボンヤリとした青白い光が明滅を繰り返していた。
リクトと比べれば弱い光だが、それでも、確かに幸太郎が身に着けたペンダントについたティアストーンの欠片は光を放っていた。
……それにしても、わからない。
輝石を扱えないのに、どうして煌石を扱える資格を持っているんだ?
何も特筆すべき点がない幸太郎だったが、彼には煌石を扱う力を持っていた。
もちろん、ノエルからそんな報告を受けていなければ、ただの能天気なバカと判断している幸太郎がそんな力を持っているとはクロノは到底思えなかった。
だが、百聞は一見に如かずというノエルの言葉通り、淡く発光するティアストーンの欠片に幸太郎が触れても欠片の光が失わなかったので、クロノは信じざる負えなくなった。
暗がりの中でも的確にリクトを狙う敵に、もしかしたらペンダントについたティアストーンの欠片の光を目印にして襲っているかもしれないと考えたノエルは、リクトと同じく煌石の資格を持っている幸太郎を囮にすると決めていた。
確かにノエルの言う通り、リクトの囮は幸太郎しか考えられなかったのだが――
自分が囮にされているにもかかわらず、緊張感もなく呑気な幸太郎の様子を見て、本当にこの男が囮として相応しいのかとクロノは疑問に思ってしまっていた。
幸太郎を観察するように隅から隅までをジッと見つめているクロノに、幸太郎は「どうしたの?」と声をかけた。
「……こんな状況で能天気でいられるオマエに呆れてるだけだ」
「ありがとう?」
「褒めてはいない」
褒められているのかどうかわからない幸太郎は取り敢えずお礼を言って、さらにクロノを呆れさせた。
「……しかし、オマエが煌石を扱う資格を持っているとは驚いた」
「僕も」
驚いたといいながらも、声に感情が込められていないため驚いているのかどうか傍目から見たらわからないが、クロノが驚いているのは事実だった。
「輝石使いでありながらも輝石を武輝に変化させることができず、入学式の時に遅刻したという前代未聞の行為をしたアカデミー創立以来の劣等生のオマエが、まさか煌石を扱える資格を持っているとは誰も思わないだろう」
「ぐうの音も出ない」
容赦のないクロノの言葉に、幸太郎は苦笑を浮かべて認めることしかできなかった。
アカデミーの中で幸太郎が輝石使いでありながらも輝石の力を上手く使えないのに加え、入学式に遅刻するという前代未聞のことをしたアカデミー設立以来の劣等生であることを思い知らしてくるクロノに、サラサは複雑な表情を浮かべて、何かを堪えるように拳をきつく握った。
「……そんなオマエがどうして囮になると自ら進んで申し出た」
二手に分かれてからずっと抱いていた疑問をクロノは何気なく口にした。
別に聞くつもりはなかったのだが、幸太郎の呑気な雰囲気に呑まれてしまったのか、クロノは自分でも無意識で疑問を口に出してしまい、無表情だが内心クロノは驚いており、そして、不思議に思ってしまった。
「リクト君は友達だから」
「友達なら何でもするというのか?」
「もちろん」
「無力であることはオマエも十分に承知の上のはずなのに、どうしてだ」
「それだけの理由で、自分にできることから逃げたらダメだから」
「オマエは勇気があるのか愚かなのか、よくわからないヤツだ」
「ありがとう?」
褒められているのか貶されているのかよくわからないが、取り敢えず感謝の言葉を述べる能天気な幸太郎はさらにクロノを呆れさせた。
バカなヤツだ……
オマエはリクトに利用されていることに気づいていない。
……利用されたと気づいた時、オマエは何と言うんだ?
「……リクトは臆病者で卑怯者で偽善者だ。オマエを囮することを口では否定していたが、アイツは内心安堵している。それを聞いても、オマエは進んでリクトのために利用されるというのか? 後悔はしないのか?」
「僕が決めたことだから」
「わかってないのか? オマエはリクトに利用されているんだぞ」
「僕はリクト君を助けたいから」
「オマエのその気持ちをアイツは利用したんだぞ」
「リクト君を助けられるなら別にいいよ」
せっかく囮として文句ひとつ言わずに役に立っているのに、友達であるリクトに利用されていることを知れば、裏切られたと幸太郎が騒いで任務に支障をきたすと思ったからこそ、クロノは黙っているつもりだったが――無意識にそれを口に出してしまった。
口に出して、クロノは一瞬心の中に動揺が広がるが――すぐにそれが消えた。
真実を話したら幸太郎がどんな反応をするのか、クロノはそれが知りたかった。
友人に利用されたことの怒りで喚くか、激しいショックを受けるか、利用されたことを信じないで現実を直視しないか――大体幸太郎はそんな反応をするとクロノは思っていた。
――だが、利用されていると知ってもいっさい動揺することなく受け入れて、短いが決して曲げない力強い意思が込められた幸太郎の答えに、自分の予想を裏切られたクロノは、溢れ出した疑問を次々と無意識に口に出してしまった。
自制しようとしてもクロノの中にある何かが、クロノを突き動かしていた。
次期教皇最有力候補として相応しくなるようにリクトは努力し続けていたことはクロノもよく知っているが、いくら努力してもリクトは臆病者な性格は変えることができなかったこともクロノは知っていた。
なけなしの勇気を振り絞って困難に立ち向かう覚悟はあるが、それでも臆病なリクトはその覚悟を抱くまでに何度も足踏みしてしまい、どうにかして自分だけ助かる方法を考えるような人物だった。
だが――それを知っても、幸太郎はいっさい自分の考えを曲げようとはしない。
……わからない。
どうしてだ……どうして、裏切られても平然としていられるんだ?
友達……だからなのか?
わからない……一体何なんだ。
裏切られても平然としている幸太郎のことがクロノはよくわからなかった。
考えてもわからない疑問に直面して苛立っているクロノに、呑気な様子で幸太郎は「それにしても――」と話しかける。
「クロノ君ってリクト君に容赦がないね」
「事実だからな」
「でもリクト君はやる時はやるよ」
「……そうだな」
リクトに対して正直な感想を述べるクロノの容赦のなさに、幸太郎は苦笑を浮かべながらリクトのフォローをすると、クロノは頷いて素直に幸太郎の言葉に同意した。
臆病者であっても、青臭い理想論を抱いている偽善者であっても、幸太郎の言う通り確かにリクトはやる時はやる人間であることは、ずっとリクトの傍にいたクロノは十分に理解していた。
そんなリクトの性格を理解してくれているクロノに、幸太郎は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「だから、きっとクロノ君がピンチになったら、リクト君は頑張ってクロノ君を守るよ」
「なぜだ。どんな危機に直面しても、オレは自分一人で十分だ」
「だって、リクト君はクロノ君のことを友達だって思ってるから」
「……そうなのか?」
「そうだよ」
……何なんだ、この気持ちは……
別に『友達』なんてどうでもいい。
どうでもいいのだが――
悪い気がしないし、何よりも胸が痛む……
……何なんだ、これは……
リクトが自分を友達と思っていると面と向かって幸太郎に言われ、クロノは無表情だったが胸の中にあるよくわからない何かが騒めき立っていた。
正体不明の何かが胸の中で騒いでいることに苛立ちを感じながらも、不思議と、悪い気はしなかった。
「クロノ君はリクト君のことをどう思ってるの?」
「ただの護衛対象だ」
一瞬の間を置いて、クロノはそう答えた。
半年以上前に海外にある旧教皇庁本部があった場所に向かうリクトの護衛の任務を受けてから、ずっとクロノはリクトを護衛対象としてしか見ていなかった。
しかし――本当に護衛対象としてしか見ていなかったのか? という疑問があった。
出張中に様々な事件に巻き込まれ、その都度リクトは危機に瀕し、クロノはそんなリクトを助けてきた。それだけではなく、リクトとは一緒に食事をしたり、一緒に散歩をしたり、一日中一緒に行動をして日々を過ごした。
その間、ずっと自分はリクトを護衛対象として見ていた――と、クロノは思っていたが、そう思うと胸の中にある正体不明の何かが抗議した。
どうして抗議してくるのかわからないクロノは考えるが答えが出ない。
考えても答えが出ない問題に再び直面して、クロノは困惑していたが――
「オマエは下がっていろ」
夜の闇に紛れて周囲から放たれる殺気は、戸惑うクロノの頭を一気に覚醒させた。
周囲の気配に気づいたサラサは、何も言わずに庇うようにして幸太郎の前に立った。
先程、圧倒的なノエルたちの実力の前に退却した輝石使いたちは体勢を立て直したのか、再びリクト――ではなく、リクトの服を着た幸太郎の前に現れた。
二手に分かれる前にノエルに、敵が来たらリクトと別人であることを気づかれないようにしろと言われていた幸太郎は慌てて顔を伏せた。
リクトの服を着ているため、幸太郎をリクト本人だと思って敵意を向けるが――リクトとは違って気品のない雰囲気を身に纏う幸太郎に若干の違和感を覚えていた。
しかし、彼らは首から下げたペンダントについた煌石・ティアストーンの欠片が淡く光っていたため、幸太郎をリクトであると思い込んでしまっていた。
「――行くぞ」
答えが出ない難問に直面した苛立ちをぶつけるように、クロノはリクトと勘違いしている幸太郎に敵を向けている輝石使いたちに飛びかかった。
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