第14話

 ――ようやく、本気を出してきたな、アカデミー。

 そうだ、これを待ち望んでいたんだ。

 しかし、有象無象の輝石使いたちとはマシとはいえ、三人だけとは……

 いや、三人だからこそよかったのかもしれないな。


 人気のなくなったイーストエリアを歩く自身の前に現れた三人の人物を見て、アルトマンは待ち望んでいた状況が近づいてきたことに心の中でほくそ笑んでいた。


「随分派手にやってんなぁ、じーさん――いや、今はじーさんじゃないんだっけか?」


 アルトマンの前に立ちはだかる三人のうちの一人――武輝であるナイフを持った、ド派手なほど金に染めた髪をオールバックにして、真っ赤な薄手のシャツとテカテカと光る合成皮革のパンツという派手を通り越して奇抜な服装の男・刈谷祥かりや しょうは凶暴な笑みを浮かべてアルトマンを出迎えた。


 今にも飛びかかりそうなくらいの好戦的な空気に満ちている刈谷の隣で呆れているのは、彼とは対照的な静かな怒り身に纏う、武輝である錫杖を持った坊主頭の青年・大道共慈だいどう きょうじだった。


「アルトマン・リートレイド――あなたをここで拘束する」


「まあまあ、その前に存分に俺たちと遊んでくれよ。じーさんもそれが狙いだろ? 年甲斐もなくわざわざ大勢を相手に張り切ってたんだからよ」


「遊びじゃないんだ。真面目にやれ――まったく、だというのに彼女はどこにいるんだ」


「遊びじゃないなら復讐ってか? どっちにせよ、戦うことには変わりねぇんだ――それに、アイツのことは気にすんなって。色々と立て込んでるしな」


「相手はつい先程百人以上の手練れを倒したばかりの実力者。油断はできない。一人欠けてしまっては相手を拘束する可能性が低くなる」


「何、お前ビビってんのか? 近い内に結婚するってのに、肝心な場面で慎重になり過ぎて尻込みしてたら新婚生活の不和の原因になるんだぞ」


「今はそんなこと関係ないだろうが。というか、結婚生活において慎重になるのは当然だ。何も考えずに相手の気持ちを無視してしまえば、それこそ不和に繋がる」


「その点について、おっさんはどう思う? やっぱり、結婚生活をラブラブでベタベタのネチャネチャに過ごすためには、勢いが重要だよな」


「今は目の前の相手に集中しろ」


 敵を目の前にして結婚生活の秘訣を尋ねる刈谷に三人目の男――武輝である手甲を両腕に装着したスキンヘッドの大男、ドレイク・デュールは呆れながらも、静かに戦意を漲らせていた。


 かつて存在していた治安維持部隊――輝動隊きどうたいに所属していた時期、敵味方双方に『狂犬』と呼ばれて恐れられていた刈谷祥。

 輝動隊と同じ時期に存在した治安維持部隊・輝士団きしだんに長年所属し、多くの実戦経験を積むとともに、団員たちを育成してきた大道共慈。

 かつては北崎とともにアカデミーを追い詰めたことのあるドレイク・デュール。


 ――相手にとって不足はない。


 大道、刈谷、ドレイクという先程の有象無象の輝石使いたちとは一線を画す実力者たちを目の前にして、アルトマンは余裕そうな、それ以上に満足気な微笑を浮かべていた。


「取り敢えず、じーさん。アンタの相手は俺たちが――といっても、一人がまだ到着してないんだけど、務めるよ。上からこれ以上アンタに好き勝手にさせるなって命令されてんだけど、正直俺たちにとっちゃそんなことどうでもいいんだ」


 ヘラヘラとした、敵意と緊張感ない笑みを浮かべながら刈谷がそう口にした瞬間――一瞬でアルトマンとの間合いを詰め、手にしたナイフを勢いよく突き出した。


 刈谷の不意打ちにアルトマンは回避のために軽く後方に向けて跳躍しながら輝石を武輝である剣に変化させ、武輝を軽く振るって光を纏った衝撃波を放つ。


 間髪入れずの反撃に、刈谷は逆手に持った武輝を振るって目前に迫る衝撃波をかき消した。


 衝撃波をかき消すと同時に、ベルトに差し込んでいた電流を放てるように改造した特殊警棒を手にして、力強い一歩を踏み込んでアルトマンに飛びかかり、武輝、警棒、体術を使って刈谷はアルトマンを攻めた。


 猛烈な刈谷の連撃だが、アルトマンは涼しげな表情で回避を続け、決定的な隙を見つけると同時に光を纏った武輝を刈谷に向けて突き出した。


 だが、その行動を刈谷の後方にいる大道が放った光弾を武輝で防ぐ。


 同時にアルトマンの前にドレイクが飛び込み、硬く握り締めた拳を突き出した。


 軽く上体をそらしてドレイクの一撃を回避するアルトマンだが、間髪入れず持っていた特殊警棒を咥えている刈谷は、特殊警棒の代わりにド派手に煌く黄金のショックガンを手にし、躊躇いなく引き金を引いた。


 幸太郎の持つショックガンとは比べ物にならないほどの威力と反動を持つ、刈谷とヴィクターが改造したショックガンから放たれた電流を纏った衝撃波はアルトマンへと向かう。


 回避をしようとするアルトマンの首を反撃されるのを承知でドレイクは掴んで逃がさない。


 アルトマンは即座に武輝を振るってドレイクの脇腹に強烈な一撃を食らわせるが、全身にバリアのように纏っている輝石の力の出力を上げていたドレイクは防御し、強烈な一撃を食らって意識が飛びそうになるのを堪え、アルトマンの身体を迫る衝撃波目掛けて投げ飛ばした。


 投げ飛ばされながらも体勢を立て直し、舞うような動きで衝撃波を避けようとするアルトマンだが、僅かに回避行動が遅れて衝撃波が直撃してしまう。


 吹き飛ばされるアルトマン目掛け、自身の周囲に複数生み出していた火の玉のように揺らめく光弾を一斉に発射する大道。


 衝撃波が直撃したせいで大道が放った光弾に対応できないアルトマンは、そのまますべての光弾に直撃してしまい、受け身も取れずに地面に叩きつけられた。


 間髪入れずに、強烈な一撃を受けて痛む身体を押したドレイクは両腕に装着した武輝である手甲から生み出した光球を、大の字に倒れているアルトマン目掛けて叩きつけた。


「ふぅー、ちょーっとスッキリしたな――……大丈夫か、おっさん」


「ああ、何も問題はない……」


「言ってる割には腹押さえて今にもゲロ吐きそうか、トイレ行きたそうな感じだな」


「どちらかと言えば、嘔吐しそうな感じだ」


「やめろよ、俺、もらいゲロしやすいんだから――ヴォェッ! 想像したら気持ち悪くなっちまった」


 反撃されるのを覚悟で攻撃の活路を開いた、険しい表情で攻撃を受けた脇腹を押さえて膝をついている自身に差し伸べられた刈谷の手を、ドレイクは掴んでフラフラと立ち上がった。


「刈谷、攻めるのなら前もって何か合図をくれ。お前はいつも唐突過ぎるんだ」


「不意打ちはアドリブなのよ、アドリブ。まあいいだろ、お前のナイスなアシストと、おっさんが身体を張ってくれたおかげで不意打ちが成功したんだからな」


 自分から仕掛けた不意打ちが決まって満足げで清々しい表情を浮かべている刈谷だが、ドレイクと同じく大道の表情は暗かった。


「ドレイクさん……手応えは?」


「残念だが、ない」


 一度の不意打ちだけで簡単にアルトマンは倒れないだろうと思い、最後に攻撃を仕掛けたドレイクに大道は質問すると――嫌な予感を的中させるドレイクの返答とともに、涼しげな表情で、余裕そうに服についた埃を払いながらアルトマンは立ち上がった。


「即席にしては素晴らしい、見事な連携だ。有象無象の輝石使いたちとは別格だ」


「やっぱり、まだ倒れてなかったか……――嬉しいぜ」


 不意打ちが直撃しても平然としていられるアルトマンに、力の差を感じ取って暗い表情を浮かべている大道とドレイクとは対照的に、刈谷は嬉々とした笑みを浮かべていた。


「じーさんには色々と恨み辛みがあるからな……簡単に倒れてもらっちゃ、困るんだ」


「ほう、この私が君に何かしたのかな?」


「別に直接的には世話になってねぇよ。ただ、嵯峨隼士さが しゅんじ――って知ってるか?」


「嵯峨隼士――……そうか、なるほど……」


 鋭い目で自身を睨みながら、刈谷が口にした嵯峨隼士という名前を聞いて、アルトマンは納得するととともに、嘲笑を一瞬浮かべた。


 嵯峨隼士――二年前にアカデミーで発生した死神・ファントムがかつて起こした連続通り魔事件を模した事件を起こした犯人であり、刈谷と大道の友人でもあった。


 ファントムに襲われながらも、ファントムと意気投合してしまった嵯峨は、ファントムが求めた賢者の石を作るために、襲った輝石使いの輝石を奪い続けていた。


 風紀委員とともに、当時のアカデミー都市の治安維持部隊であった刈谷が所属していた輝動隊、大道が所属していた輝士団で嵯峨を追い詰め、何とか嵯峨を捕らえることができた。


 結果、嵯峨は数年間の特区収容の後に永久追放処分となってしまった。


 まだ嵯峨は特区に収容されており、刈谷と大道はたまに彼に会っていた。


 会う度に刈谷と大道は嵯峨の暴走を止められなかったことを悔やみ、飄々としながらも嵯峨も永久追放の処分を言い渡されて友人である刈谷と大道と離れ離れになるのを悔やんでいた。


 だからこそ、大道と刈谷は許せなかった――嵯峨が暴走する原因を作ったファントム、そして、イミテーションであるファントムを作りだしたアルトマンも。


 そんな二人の怒りをアルトマンはようやく理解し、他人事のような笑みを浮かべた。


「ただ暴れるためだけに作り出された存在だというのにまさか他人を巻き込むとはお互いに想定外だった。嵯峨隼士という不測の事態を生み出し、久住優輝に成り代わっていたファントムが周囲に存在を気づかれる原因となった――嵯峨隼士、ファントム共々自業自得だったな」


「まあ、関係のないアンタに言うのはお門違いだろうけどよ――ふざけんなよ」


 ファントムや嵯峨が引き起こした騒動、その結果が自業自得だと他人事のように言い放ったアルトマンに、刈谷は激情のままに飛びかかろうとするが、無言で大道が制した。


「ただ暴れるためだけに作り出されたファントムのせいで、大勢の人間が傷つき、人生を滅茶苦茶にされた――その中には嵯峨も、そして、この場にいるドレイクさんも含まれている」


 静かに怒る大道と同様に、ドレイクもアルトマンに対して怒りと恨みも抱いていた。


 数年前にファントムが引き起こした騒動で、教皇庁のボディガードだったドレイクは枢機卿を守れずに職を追われ、娘のサラサが患っていた病の治療費を稼ぐために、アルトマンの協力者であった北崎と手を組んでアカデミーに混乱を招いてしまった。


 直接アルトマンやファントムは関わっていないが、それでも、ファントムが引き起こした事件で自身の人生は滅茶苦茶になり、妻子に苦労をかけさせたことをドレイクは恨んでいた。


「確かに、嵯峨やファントムの末路は傍目から見れば自業自得です。しかし、ファントムを作り出したあなたが『自業自得』など、簡単に口に出していいセリフではない」


「怒りをぶつけられる相手がいなくなって、私に怒りをぶつけるというのは、逆恨みだな」


 非難の目を向ける大道をアルトマンは煽るような笑みを浮かべて軽く流した。


 アルトマンに対して抱いている自分の感情を『逆恨み』と言われて何も反論できず、ただただ彼に対しての怒りを募らせることしかできない大道。


 だが、そんな大道の代わりに、「それの何が悪い」とドレイクは静かに反論した。


「お前の言う通り、我々がこうしてお前の前にいるのはアカデミーのためでも何でもない。ただ、お前への勝手な私怨と、お前を叩き潰したいという――お前が逆恨みと評した感情だけだ」


「まあ、そういうこと。お互い難しいこと考えないで、シンプルにやろうぜ」


 逆恨みであることを素直に認めるドレイクに刈谷はヘラヘラと笑いながらそれに同調し、喝を入れるように大道の肩を叩いた。


 肩を叩かれた大道は呑気な刈谷に呆れながらも、気合が入った様子でアルトマンを睨んだ。


 シンプルで自分勝手な理由だけで自分に立ち向かおうとする三人に、アルトマンは嘲笑を浮かべながらも、どこか羨ましそうな目で見つめていた。


「単なる開き直りにしか聞こえないが、まあいいだろう――君たちは私の超えなければならない壁であり、試練だ。これを乗り越えれば私の目的は更に近づくことになるだろう」


 そう言って、アルトマンは武輝である剣の刀身に光を纏わせ、武輝を持っていない手には赤黒い光を纏わせ、彼から放たれる圧倒的な力の気配に刈谷たちは飲まれそうになるが――


 臨戦態勢を整えたアルトマンを待ち望んでいたと言わんばかりの好戦的でいて、いたずらっぽい笑みを浮かべた刈谷は、ポケットの中から小さなボールをアルトマンに向けて投げた。


 ――爆弾か?


 投げられたボールが爆弾であると思い、後退しようとするアルトマンだが――耳をつんざく轟音とともに、ボールが凄まじい光を放ちながら弾けた。


「よっしゃぁ! 行くぞ、オラァ! 俺に続け! ――って、何してんだお前ら!」


 卑怯な不意打ちに続き、今度は姑息にもお手製の閃光弾を投げて視界を奪ったアルトマンを刈谷はさっそく襲撃して、大道とドレイクもそれに続く――ことなく、予告もなく刈谷が閃光弾を投げたせいでアルトマンと同じく、強烈な選考で二人も視界がゼロになる。


「愚か者! だから言っただろう、何か合図をしろと!」


「だから、合図をしたら不意打ちの意味がなぇだろうが!」


「格上相手とはいえ、卑怯な真似とは栄えあるアカデミーの一員として恥ずかしくないのか!」


「ギャハハ! 勝てば官軍よ! 俺一人で何とかするから、その間に視界を回復させてろ!」


「待て、刈谷! 相手が相手だ! 不用意に近づくな!」


 大道の制止を無視して、あくどい笑みを浮かべている刈谷は一人アルトマンに飛びかかる。


 背後に回り込んで卑怯な不意打ちを仕掛ける刈谷――しかし、視界がゼロになっても短い戦闘の間で刈谷がどう動くのか、アルトマンには手に取るように読みきっていた。


「うぉっと、マジか……」


 視界がないのに不意打ちを回避されて驚いている刈谷の脳天目掛けて、アルトマンは容赦なく武輝を振り下ろすと、中身がしっかり詰まっていなさそうな音が響いた。


 強烈な一撃を食らった頭を押さえて「ウゴゴ……」と悶絶する刈谷の足を払い、バランスが崩れた彼に赤黒い光を纏った右手を突き出した。


 右手に纏った赤黒い光が全身を一瞬包み、光が消えると同時に刈谷は苦悶の表情を浮かべて膝をついた。


 そんな刈谷に向けて再び武輝を振り下ろそうとするアルトマンだが、視界が回復して飛びかかってきた大道とドレイクに阻まれる。


「大丈夫か、刈谷」


「わ、悪い……ちょっと、しばらく動けねぇ」


「だから油断するなと言ったのだ! まったく、お前といい、アイツといい……」


 アルトマンに攻撃を仕掛けながら大道は刈谷の無事を確かめるが、赤黒い光を受けて身体の内側に見えないダメージを負った刈谷は膝をついたまま立ち上がることができなかった。


 そんな刈谷と、いまだ来ないもう一人の人物に不満を漏らしながら、大道は自身の周囲に火の玉のように揺らめく光弾を複数生み出す。


 生み出した火の玉のような光弾すべてが意志を持つかのように動き出し、そのすべてがドレイクと大道の相手をしているアルトマンの死角にピンポイントで襲いかかった。


 大道とドレイクだけではなく、大道が生み出した光弾による死角からの攻撃にアルトマンは防戦一方になる――が、それは一瞬だった。


 力強い一歩を踏み込むと同時に渾身の力を込めて武輝である錫杖を突き出すが、アルトマンは最小限の動きで回避。


 間髪入れずにドレイクは岩のような拳をテンポよく突き出し、アルトマンに休む間を与えずに連撃を仕掛けるが、連撃の合間を縫ってドレイクの懐に潜り込んだアルトマンは、彼の額目掛けて頭突きをして怯ませ、彼の胸倉を掴んで持ち上げた。


 ドレイクの胸倉を掴んだ手が赤黒い光が纏いはじめるが、即座に大道は彼に飛びかかってドレイクへの攻撃を中断させる。


 瞬時にアルトマンは背後から襲いかかってきた大道に向け、ドレイクを勢いよく投げ捨てた。


「構うな! 行け!」


 一瞬投げ飛ばされたドレイクを受け止めようかと逡巡する大道だが、ドレイクのその言葉で勢いをつけるために身体を大きく回転させながら間合いに入り、光を纏った武輝を薙ぎ払った。


 ただ武輝を薙ぎ払っただけだというのに周囲の木々や建物を揺るがす衝撃波を生み出した大道の一撃だが――アルトマンは片手で持っただけの武輝で受け止めた。


 渾身の力を込めた一撃を容易に受け止めたアルトマンに驚きつつも更なる追撃を仕掛けようとする大道だが、それよりも早く相手は赤黒い光を纏った手を突き出してくる。


 追撃に集中していた大道の反応が一瞬遅れ、突き出されたアルトマンの手を回避できなかったが――小さなボールが大道とアルトマンの顔を横切り、派手な音を立てて小さく爆発した。


 すぐ傍で小さな爆発が発生して気を取られてしまったアルトマンは一瞬攻撃の手が緩んでしまい、その隙をついて大道は後退してアルトマンとの距離を取った。


「今日のために準備はしてたからなぁ! まだまだあるぜぇ!」


 にんまりとあくどい笑みを浮かべた刈谷は、先程爆発したのと同じ形状の小さなボールを後先考えずに次々と投げ、傍迷惑にも周囲のものを巻き込みながら爆発させる。


 自身の傍で小規模の爆発が絶え間なく発生している状況に、アルトマンは下手に動くことができなくなり、思い通りだと言わんばかりに刈谷はあくどい笑みを浮かべる。


「大道、おっさん! 俺はまだ動けねぇから、この隙にやっちまえ!」


「だったら少しは投げる量と後先を考えろ、これではまったく近づけん」


「それなら――とっておきだ! できるだけ相手から離れてろよ」


 近づけば爆発に巻き込まれるという大道の指摘に、刈谷は極上のいたずらっぽい笑みを浮かべて、㊙と書かれた小さなボールを取り出し、アルトマンに向けて投げた。


 ボールが投げられると同時に大道とドレイクはアルトマンに向け疾走する。


 ――おそらく、閃光弾でも爆弾でもない……

 これで、終わりだ。


 刈谷が投げたボールが閃光弾でも爆弾でもない特殊なものだと予測したアルトマンは武輝を軽く振るってボールを打ち返し、打ち返したボールは迫る大道とドレイクに向かった。


 大道とドレイクの足元に落ちたボールが破裂する乾いた音とともに、粘着質な音が響いた。


「な、何だ、これは……刈谷、どうなっている」


「あ、悪い……それ、手製のトリモチ爆弾……し、しばらくは動けないぞ」


「……余計なものを開発したな」


 足元に広がる粘着質の物体のせいで動けなくなる大道とドレイク。


 苛立つ大道の質問に投げたボールの正体を教えた刈谷に、さすがのドレイクも呆れていた。


「ふさけるな、刈谷! だから後先考えろと言っただろう」


「じーさん、悪い……ちょっとタイム、使ってもいい?」


 大道の非難を申し訳なさそうに受け流して、刈谷はタイムをアルトマンに求めるが――


 小さく嘆息した後、アルトマンは無慈悲に刈谷たちに攻撃を仕掛けた。


 そのままトリモチで動けない大道とドレイク、ダメージを負った刈谷にトドメの一撃を食らわせて、三人を気絶させたアルトマンは、軽く切らした息を整えて先へと向かう。


 まさか、こんな結末になるとは思いもしなかったが――まあいいだろう。

 刈谷祥、大道共慈、ドレイク・デュール――三人の実力者たちを倒したのだ、

 ……これで、目的達成は目の前だ。


 卑怯な策に溺れた相手の自滅という想定外の結末だったが、刈谷、大道、ドレイクを倒したことで、自身の目的達成が目前に迫っているとアルトマンは感じ取っていた。


 これでお膳立ては終わり、後は目的を果たすだけだ。

 しかし――……まだだ、まだ、懸念は残る。

 確実にしなければなないためには誘導しなければならない。

 ――いや、そのためのメッセンジャーならたくさんいるではないか。

 ……いよいよ、クライマックスに近づいてきたようだ。


 目前へと迫った目的達成のために、アルトマンは迷いのない足取りで先へ進む。


 強い覚悟を宿したアルトマンの鋭い双眸はイーストエリアの先にあるセントラルエリアに向けられており、背後から響く追手たちの足音と怒号を聞いて満足そうな笑みを浮かべていた。


 ――数分後、目が覚めた刈谷たちはアルトマンに逃げられたことを事細かに、刈谷の制止を振り切って、事件の指揮をしている克也に報告した。


 電話口でアルトマンを逃がした原因を作った刈谷は克也に目いっぱい怒られることになった。

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