第15話

 そろそろ動かないと、状況は悪くなる一方だ。

 しかし、アカデミーに追われている現状で思い切った真似はできない。

 もっと、考えなくてはならないというのに――……


「貴原君に聞いたんだけど、セラさん一昨日隣のクラスの人に告白されたって本当?」


「ど、どうして貴原君がそんなことを知ってるんですか?」


「貴原君、その瞬間を見てたんだって。邪魔したかったって言ってたよ」


「……気持ち悪いですね」


「告白シーンを歯ぎしりして見てる貴原君、想像したら結構かわいいと思う」


「同意しかねます」


 公園にある、高校生三人入るのは少し厳しい狭苦しいドーム型遊具の中に隠れたまま三十分が経過する頃――そろそろ動こうかと思っているノエルだが、アカデミー全体から追われている厳しい現状に打つ手が何も見当たらなかった。


 そんな状況だというのに緊張感なく世間話を繰り広げている幸太郎とセラをノエルは不可解そうに、幸太郎がコンビニで買った栄養ゼリーを飲みながら眺めていた。


「セラさん、告白されては断ってるけどどんな人が好きなの?」


「べ、別に普通の人ですよ、普通の」


「セラさんにとっての普通って、どんな人?」


「そ、そうですね……や、優しい人が好きです」


「他は?」


「え、えっと、その……わ、私なんかよりも、幸太郎君はどうなのでしょう。誰か、気になる人とかいないのですか?」


「僕? ――セラさん」


 突拍子もないことを平然と言い放った幸太郎に、顔を真っ赤にするセラと、無表情ながらも飲んでいたゼリー飲料を鼻から僅かに出してしまうノエル。


 動揺する二人に構わずに、幸太郎は普段通りの能天気な顔で「それと――」話を続ける。


「麗華さんとか、ティアさんとか、大和君とか、ノエルさんとか、御柴さんとか――」


「――と、とにかく、身近にいる人が幸太郎君にとって気になっているのですね」


 異性の友人の名前を列挙する幸太郎の考えが読めたセラは安堵したように、それでいて少し複雑そうに小さくため息を漏らした。


 そんなセラの気持ちなど露も知らない幸太郎は、セラの出した答えに力強く頷くとともに――


「だって、みんな美人でかわいいし、カッコいいから」


 思っていることを飾りのない言葉で平然と口にすると、「うぇっ!」と素っ頓狂な声を上げたセラの顔が更に真っ赤になる。


 一方のノエルは――


 八方美人の甲斐性なし……


 セラのように顔を真っ赤にして露骨に動揺することはしなかったが、内心では幸太郎の言葉にほんの僅かに揺れ動いて再び鼻からゼリー飲料を出してしまいそうになり、言葉一つで揺れ動く自分をノエルは不可解に思っていた。


「七瀬さんは、美咲さんが言う酒池肉林のハーレムを作ろうとしているのでしょうか」


「もちろん! ……セラさんとノエルさん、協力してくれる?」


「「お断りします」」


 思ったことをストレートに告げるノエルに、幸太郎も思ったことをストレートに告げてセラとノエルにハーレム作成の協力を求めるが、にべもなく即答で却下された。


「それよりも、今はくだらない世間話で無駄な時間を費やすよりも、動くことを考えましょう。これ以上ここでジッとしていても制輝軍やアカデミーの人間にいずれ見つかるだけです」


「一度みんなを集めて、ノエルさん事情を説明してみる? そうすれば誤解が解けるかも」


「そうしたいのは山々ですが、アルトマンが起こした騒動に加え、私の勝手な真似が原因でアカデミーと制輝軍側は相当気が立っています。理由を話しても拘束されることには変わりないでしょう」


「みんなでご飯食べて腹を割って話す?」


「取り敢えず、話し合いの場を設けることを頭から外してください」


 お互いに緊張している状況だというのに、能天気にも話し合いで解決しようとする幸太郎にノエルは呆れるが――


「でも、幸太郎君の言っていることは間違いじゃないかもしれませんよ」


「セラさんにしては随分と楽観的――いいえ、能天気と言った方がいいのかもしれません」


 能天気な幸太郎の案を支持するセラを、ノエルは呆れと失望の目で非難するように見つめた。


 だが、無表情ながらも心底自分に失望しているノエルをセラは厳しくも優しい、どこか母性を感じさせるような目で見つめ返した。


「制輝軍とアルトマン、アカデミーは少し難しいかもしれませんが……それでも、今回の騒動の大半はノエルさん次第で解決できると思います」


「……そう簡単にはいかないでしょう。実際、相手方はかなり本気のようですから」


 囲まれている……数はかなりの大勢。

 無駄な会話で貴重な時間を費やしてしまった。


 外から感じる大勢の人の気配に、セラのアドバイスが楽観的であると判断したノエル。


 ノエルと同時に外の気配に気づいたセラは、ノエルが自分のアドバイスを軽く流したことを察して嘆息した。


「そこにいるのはわかってる。ここは包囲されているから、ノエル、大人しく出てきて」


 ……アリスさん。

 この場をどう切り抜ける――


 外から懇願するようでありながらも、有無を言わさぬ迫力を宿した冷淡な声――アリスの声が聞こえてくる。


「出てこないのなら、その場所に一斉攻撃を仕掛ける」


「お、落ち着いてください、アリスちゃん。幸太郎君もいるんですから」


「セラとノエルがいるなら、七瀬を守ってくれるから問題ないと判断してる」


 幸太郎がいるのにもかかわらず攻撃を仕掛けようとするアリスを慌てて説得するセラだが、アリスは構わずに本気で攻撃を仕掛けるつもりでいた。


「攻撃されたら、どうやってセラさん守るの?」


「もちろん、幸太郎君に覆いかぶさって身体中に輝石の力を巡らせてバリアを張ります」


「……それいいかも」


 セラとノエルの身体に押し潰されることを想像して恍惚とした表情を浮かべる緊張感なくいやらしい妄想を繰り広げている幸太郎を無視して、ノエルは状況を打破するために考える。


 周りには制輝軍――アカデミーの人間はいない……

 状況は悪い。

 力技で強引に突き進めば活路はあるが――七瀬さんが足手纏いだ。

 アリスさんたちはおそらく、何かあれば私とセラさんが七瀬さんを必ず守ると見越して確実に攻撃を仕掛けるだろう――相手は本気、説得は不可能。

 だが、ここまで来た以上諦めるわけにはいかない……

 ここは二人が言った通り、話し合いの場を設けるのが適切か――しかし……


「アリスさんは本気です。一旦出ましょう」


 力技しか打開策が見つからなかったが、その方法を取ってしまえば更に事態は混乱すると思い、セラの言葉に従って外に出てアリスと話し合うことにするノエル。


 ノエルたちは外に出ると――公園の周囲には武輝を持った大勢の制輝軍が取り囲んでおり、そんな彼らの前に立つ武輝を手にした、険しい表情を浮かべたアリスとクロノが出迎えた。


「アリスさ――」


「余計な問答をするつもりはないから」


 話し合いで時間を稼ぎながら、窮地を抜け出す方法を考えるつもりだったノエルの魂胆を読んでいたアリスはいっさいの話し合いに応じるつもりはなかったが――


「ここは一旦、ゆっくり話し合おうよ。近くにファミレスあるから、そこで話し合わない? あ、でも、たくさんいるからお店に入れるかな……」


「幸太郎君は少し黙っていてください――でも、アリスちゃん、クロノ君。幸太郎君の言う通り、ここは一旦話し合いをするべきだと思います。お互いのために」


 空気を読まない呑気な幸太郎を黙らせ、セラはアリスたちを説得するが――


 それを拒むように、アリスは手にした武輝である大型の銃の引き金を躊躇いなく引いて光弾を発射し、発射された光弾はセラの足元に命中した。


「アルトマンが暴れている今、そんなことをしている時間はないから。私たちとしては、さっさとノエルを捕えて、アルトマンたちの相手をしている美咲たちの応援に向かいたい」


 ――やはり、相手は本気。

 話し合いで解決するのは不可能だ。


 躊躇いなく威嚇射撃を行ったアリスが本気であることを改めて感じ取ったノエルは、セラや幸太郎のように悠長に話し合いで解決することはできないと早々に判断した。


 アリスたちがセラたちに集中している隙にポケットの中にある輝石を取り出そうとするノエルだが――「余計な真似はやめろ、ノエル」と姉の行動を読んでいたクロノに制止された。


「これ以上の騒ぎはアカデミーと自分の状況を悪くするだけだ。オマエならわかるだろう」


「……理解しています」


「オマエが追いかけているのはただの幻想、それも理解しているのか?」


「それも十分に理解しています」


「それならば、どうして一人になっても、周りに迷惑をかけてもあの男を追おうとする」


「父を慕う気持ちが幻想であるのは理解していますが、それ以上に――父と慕う、彼をどうにかして止めたいという気持ちが私には確かにあります」


「その気持ちがあの男に作られた偽りのものかもしれないんだぞ」


「その可能性もあると考えたからこそ、誰も巻き込みたくはなかった――その気持ちは私の本当の気持ちです。七瀬さんたちを巻き込んでしまったのは不本意です」


「……それが一人で勝手に行動した理由か」


「自分勝手だと十分に理解しています。ですが、この自分勝手な気持ちは偽りであるとは思えません」


 たとえ追っているのが幻想で、抱いているのが偽りの想いでも、自分勝手な自分の思いだけは本物であると、迷いのない真っ直ぐな目でクロノを見つめながら言い切ったノエル。


 そんなノエルの真っ直ぐな瞳と想いに、クロノ、アリス、そして、この場にいる制輝軍の全員が圧倒されてしまっていた。


 静寂に包まれるが、すぐにアリスがノエルの足元に向けて発射した光弾が地面を抉る音で静寂が破られるとともに、刺すような緊張感が戻ってきた。


「ノエルの気持ちは理解できた――けど、それとこれとは話が別」


「……すみません、アリスさん」


「謝るくらいなら、さっさと投降して」


「それはできません」


「それなら、どうするつもり? みんながノエルに圧倒されている今なら強引に切り抜けられと思うけど――ノエルにはそれができるの?」


 ――確かに、今がこの状況を切り抜けられる絶好の機会。

 しかし――……


 やれるものならやってみろ――そう煽るようなアリスの言葉を受けて、ノエルは輝石を握り締めたまま、武輝に変化させることができないでいた。


 強引な真似をすれば、クロノやアリス、そして、仲間の制輝軍の一員を傷つけると思ったからだ。


「結局中途半端――悪いけど、こっちはもう覚悟を決めてるから」


 絶好の機会だというのに何もできないノエルにアリスは失望のため息を深々と漏らし、抵抗しない彼女を拘束しようとするが――


 ノエルとアリスの間にどこからかともなく飛んできた衝撃波が割って入ってきた。


「はいはーい、おねーさん登場!」


 突然の攻撃に戸惑うアリスたちの前に現れるのは、セクシーポーズを披露して登場する『ちょっとエッチなおねーさん』こと、銀城美咲だった。


「セラちゃん、今のうちに逃げて――後、幸太郎ちゃん――ごにょごにょ――で、これはおねーさんの選別。ウサギちゃんをお願いね?」


 混乱している状況で素早くセラに指示し、幸太郎に耳打ちをした後に小さなバッグを手渡した美咲。


 そんな美咲の計らいに、セラは彼女の登場に驚いて呆然としているノエルの手を引き、幸太郎とともに混乱している制輝軍たちの合間を縫ってこの場から逃げ出した。


 数瞬後、我に返った制輝軍たちはノエルたちを追いかけた。




 ―――――――




「――ダメだ、見失ってしまった」


「そのまま引き続きノエルを探してもらって」


「了解。……アカデミーからの人員も使うが、それでもいいか?」


「……そうしてもらって」


 ノエルが制輝軍に囲まれた公園から脱出して数分後――ノエルを見失ってしまったというクロノのため息交じりの報告を聞いて、アカデミーの力を借りなければならない事態に陥ってしまったことにアリスは深々と嘆息した。


 そんな二人の様子を見て、アリスの前に立っている――というか、立たされているノエルを逃がした張本人である美咲は満足そうにニヤニヤと笑っていた。


 ノエルを逃がす失態を犯した自分たちを嘲笑うような笑みを浮かべる美咲を、アリスは思い切り不機嫌な目で睨んだ。


「……美咲、何がおかしいの?」


「ウサギちゃんが逃げられてよかったなーって思って♪」


「全然よくない。状況を理解しているの? ノエルも逃がしたし、アルトマンも逃がした」


「アルトマンちゃんのことは関係ないんじゃないの? おねーさん、それは心外だよ☆」


「刈谷祥、大道共慈、ドレイク・デュール――三人に加えてあなたがいれば、アルトマンを捕えられる可能性は高まった」


「もしもの話をしても仕方がないよ♪ ウサギちゃんかアルトマンちゃんかって二択を迫られたら、アタシは迷わずウサギちゃんを選ぶよ❤ ――それを、アリスちゃんもわかってたよね?」


「だからあえてノエルから遠ざけた」


「まあまあ、別にいいじゃない」


「全然よくない。失態のせいで制輝軍の信用が更に揺らいで、アカデミーに借りを作った」


 アリスが美咲に対して怒っている理由は、ノエルを逃がしたことだけではなかった。


 本来、美咲はここにいるはずではなかった。


 アリスたちの味方であり、ノエルの味方であると宣言したからこそ、美咲が何か面倒事を起こすだろうと確信したアリスは、美咲に刈谷たちと協力してアルトマンを捕えろと頼んだ。


 しかし、美咲はアルトマンの元へは向かわずにノエルの元へ駆けつけ、彼女を逃がすというアリスが不安視していた通りの面倒事を起こしてしまった。


 そして、アルトマンは美咲の加勢がなかった刈谷たちを打ち倒し、無事に逃げた。


 続けて失態を犯したのにもかかわらず、反省の欠片もない美咲にアリスの苛立ちは更に強くなるが、かわいく苛立つアリスを見て美咲は「フフーン」と楽しそうに微笑みながらも、彼女の目はアリスの心の内を見透かしているようだった。


「見ていたのは制輝軍の人たちだけでアカデミーの人はいなかったし、今回の件を内緒にすれば制輝軍の信頼は別に揺らがないんじゃないかなぁ。それに、もしもの時は、アタシは制輝軍の人間じゃないって言えばいいだけだし♪ ――そうだよね、アリスちゃん、弟君?」


 ニタニタと意地が悪そうで意味深に笑いながら見つめてくる美咲に、心の内が読まれていると錯覚したアリスとクロノは、思わず彼女から目をそらしてしまった。


「おねーさんとしてはウサギちゃんの一件、随分と制輝軍は対応が早いなぁって思うんだよね。アカデミーの誰よりも早く情報を収集して、アカデミーよりも早く行動する――それも、アルトマン優先だって命令されているのに、ウサギちゃんを若干優先させて💗」


 すべてを見透かしたような美咲の言葉に、アリスとクロノは何も答えない。


 わかりやすく、それ以上にかわいらしい反応を示す二人に美咲は舌なめずりを一度して、「まあ、何でもいいんだけどさ♪」と、これ以上何も追及しなかった。


「それで、次はどうやってアルトマンちゃん――じゃなくて、ウサギちゃんを追うのかな?」


「……美咲、あなたは私たちの味方でもあると言った」


「もちろん。おねーさんはみんなの味方だからね」


 忌々しいほど豊満な胸を張ってそう宣言する美咲をじっとりと、それでいて小悪魔っぽく見つめたアリス。


「それならノエルをどこに逃がしたの? ……七瀬に耳打ちをして何か渡したことは知ってる」


「うーん……アリスちゃん、それ、結構意地悪な質問だなぁ☆ まあ、仕方がないよね♪ 幸太郎ちゃんに渡したのはおねーさんが選別した特別なお助けアイテム♪ 中身はお楽しみの色々ものが入っているんだよ? ウサギちゃんが逃げた先は――アタシのお家💗」


 あざとく舌を出して知りたいことを教えてくれた美咲にアリスは深々とため息を漏らす。


 ノエルの逃亡先である美咲の家――美咲はアカデミーの生徒に当てられた寮に暮らしておらず、アカデミー都市内にある公園や駅前広場など、複数個所を勝手にキャンプ地にして寝泊まりしているからだ。


「監視カメラでノエルたちの行方を追いながら、逃げ込む可能性が少しでもあるキャンプ地を予測する――クロノ、急いで準備して」


「……了解」


 複数あるキャンプ地に逃げ込まれたら無駄に時間がかかるので、その前に捕らえるために即行動をはじめるアリスとクロノ。


 そんな二人を微笑ましく眺めながら、美咲は何も言わずに独自に、『みんなの味方』であるために行動を開始するが――


「美咲、留守番かアルトマン、どっちがいい?」


 カッコよく立ち去ろうとしたところをじっとりとした目のアリスに呼び止められる美咲。


「ウサギちゃんっていう選択肢はないのかな?」


「ない。次に迷惑な行動をしたら、美咲とは絶交」


「もー、アリスちゃんの意地悪ー♪ そう言われると従うしかなくなっちゃうじゃん。せっかく、ちょっとおねーさんらしくカッコよく立ち去ろうとしてたのになぁ。でも――いいよ、うん、アルトマンちゃんは任せて💗」


「随分素直」


「おねーさんはいつだって正直で素直だよん☆」


「怪しい」


「ひどいなぁアリスちゃんは――それじゃあ、ウサギちゃんは任せたよ」


 ノエルの件から手を引くようにと言ってくるアリスに不満げな表情を浮かべながらも、美咲はどこか安堵しきった表情で彼女の言葉に従う。


 素直な態度の美咲を不審に思いつつも、アリスは、そしてクロノは何も言わずに先へ向かう美咲を黙って見送っていた。


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