第33話

 セントラルエリアにあるプリムが暮らしている屋敷内のリビングに、幸太郎、サラサ、アリス、リクトの四人が集められていた。


「忙しい中よく集まってくれたな、お前たち!」


 アカデミー都市に来て世話になった四人を集めて、プリムは満足そうな笑みを浮かべた。


 上機嫌なプリムとは対照的に、リクトたちの表情は暗かった。


 リクトたちはプリムに突然呼び出された理由を何となく把握していたからだ。


「本当はクロノも呼びたかったのだが……アリス、まだクロノは目を覚まさないのか?」


「かなりの重傷だから、無理。絶対安静」


「そうか……心配だな」


「クロノなら問題ない……ノエルと同じでタフだから」


 リクトたちと同じく自身の友人であるクロノをプリムは呼びたかったが、ノエルと戦い、重傷を負ったクロノは事件から数日経過しても意識不明のままだった。


 意識不明のクロノを心配するプリムを不器用ながらも安堵させるアリスだが――アリスの表情は僅かに暗かった。


「プリムちゃん、やっぱりアリシアさんと一緒にアカデミーから出て行くの?」


「もう少しゆっくり話をしてから本題に張りたかったのだが――まあ、コータローらしいな」


 心の中にある疑問を淀みなく口に出してさっそく本題に入る幸太郎に、苦笑を浮かべながらも彼の言葉を否定をしないプリム。


 教皇が誘拐されるという今回の事件で大々的に制輝軍が動いたため、隠蔽できないと判断した教皇庁は事件から数日が経過して今回の一件を世間に公表したが、事件を起こしたのはアルバートであると公表しており、アリシアの名前は出なかった。


 しかし、アリシアが真犯人であるという噂がアカデミー都市内外に出回っており、騒動を解決するまで隠していたことも相まって教皇庁への不信感が強くなってしまった。


 事件の顛末を知るリクトからアリシアが永久追放されることになり、追放処分が下るまでアカデミー都市から離れるということを聞いた幸太郎たちは、プリムがアリシアとともにアカデミー都市から去るのではないかと容易に予想していた。


「コータロー、いや、お前たちが思っている通り、今夜中に私は母様とともにアカデミーを去る。――いや、母様が永久追放されるなら、私も母様の後に続くつもりだ」


 晴々とした表情でプリムは淀みのない口調でリクトたちにそう告げた。母とともにアカデミーから去ると言ったプリムの言葉には決して揺らぐことない固い意思が宿っていた。


「つまり――次期教皇候補から降りるの?」


「そういうことになるだろう」


「次期教皇最有力候補のあなたがそんなに簡単に降りられると思ってるの?」


「教皇庁が引き止めるのであれば、今回の一件の真相を私は公表してやる」


 アリスの疑問にプリムは力強い笑みを浮かべて、迷いなく頷いた。


「存在意義であった復讐に失敗した今の母様は抜け殻だ。私はそんな母様の傍にいたいのだ――それを邪魔するのであれば、私は誰であろうと容赦はしない」


 事件が解決して、捕えられたアリシアは連日制輝軍や教皇庁からの取調べを受け、包み隠すことなくすべてを答えていたが――取調べを受けているアリシアの姿は生気を失っていた。


 そんな抜け殻のような母のために、プリムは母の傍にずっとついて来ると決めていた。


「私は母様にいいように利用されていたが――それでも、私はアリシア・ルーベリアという人間を尊敬しており、それ以上に親子であるのだ……親子の縁は簡単には途切れないだろう?」


 そう言って、いたずらっぽくアリスを一瞥するプリム。


 プリムが自分に何を言いたいのか何となく察したアリスは、不機嫌そうでありながらも、スッキリしたような表情を浮かべて彼女の視線から顔を背けて逃げた。


「もう二度と、会えないんです、か?」


「……まだわからないが、そうかもしれないな」


 二度と会えなくなるのかと尋ねる強面の表情を固くさせたサラサの瞳には涙が浮かんでおり、それに気づいたプリムは居心地が悪そうな苦笑を浮かべながら、控え目に頷いた。


 永久追放されるということは、輝石使いとしての力を奪われると同時に、輝石使いとの接触は禁じられてしまうこちになるので、リクトたちと二度と会えなくなるのは当然だった。


 プリムと二度と会えなくなることに、拳をきつく握って納得していないサラサだが――「大丈夫」と呑気な声音で幸太郎は優しく声をかけて、リクトに視線を向けた。


 視線を向けられ、幸太郎の意図を理解したリクトは力強く宇奈月、暗い表情から、プリム以上の揺るがない覚悟を宿した表情になる。


「罪を犯しましたが、アリシアさんの積極性やカリスマは教皇庁にとって必要な存在だと僕は思います――だから、僕はいつか、アリシアさんが自分自身を赦せるときが来れば教皇庁に戻します。絶対に」


「そう言ってくれるのは嬉しいが、もう教皇庁が母様を永久追放すると決めたのだ。そんなことできるわけないだろう」


 慰めてくれるのは感謝しながらも、リクトの言葉はありえないとプリムは諦めたような笑みを浮かべて指摘するが――そんなプリムに、リクトは不敵な笑みを浮かべて「できますよ」と事もなげに言い放った。


「僕が教皇になればいいだけの話です」


 簡単に教皇になると言い放つリクトだったが、その言葉には固い覚悟が込められていた。


「プリムさんがいなくなったら、現状では僕が一番教皇に近い存在になります。だから――」


 そう言って、リクトは僅かに潤みながらも、力強い光を宿した目でプリムを見つめた。


 リクトに見つめられて、プリムは僅かに頬を染めた。


「プリムさん、約束します――必ずあなたたち親子を教皇庁に戻し、また再会すると」


 次期教皇最有力候補であっても教皇になるための道程は険しく、リクトであっても教皇になるのは難しいとプリムは思っているが――プリムはリクトの力強い言葉を信じたくなった。


 いや、信じたかった。


 母の傍にいることを決めながらも、リクトたちと会えなくなるのは嫌だからだ。


 しかし、それを口に出してしまえば自分の決心が鈍ると思ってプリムは言わなかった。


 リクトたちと二度と会えなくなるので、プリムは湿っぽい別れはやめようと思い、感情を無理に抑え込んでいたが――それがもうできなくなってしまった。


 プリムは抑えきれなくなった感情のままにリクトに抱きつき、声を出さずに涙を流した。


 自分に抱きついて涙を流すプリムを、リクトは何も言わずにそっと抱きしめ返した。


 プリムを抱きしめ返すリクトと、リクトとプリムを見つめるサラサは涙が流れていた。


「プリムちゃん泣いて――」


「うるさい」


 余計なことを言おうとする空気を読まない幸太郎の口をアリスは淡々と塞いだ。


 そんなアリスの瞳はほんの僅かに潤んでいた。

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