※第34話
夜が深くなる頃、人気がまったくない制輝軍本部内にある仕事部屋兼自室にいるノエルは、私物を小さな箱の中にまとめていた。
今回の一件で不手際が目立った制輝軍の処分として、制輝軍を率いているノエルは教皇庁からしばらくの間自宅謹慎を命じられたから、私物をまとめていたが――ノエルはもう二度と制輝軍本部には戻らないつもりだった。
これで、制輝軍を率いる『白葉ノエル』の任務を終えたからだ。
今まで不測の事態はあっても、何とか任務を遂行することができたが、今回だけは別だった。
今回の任務は失敗――それも、後に尾を引く可能性がある大失敗だった。
事件から数日が経過して、改めてノエルはそう実感していた。
今回の事件の結末は、現状とはかなり違うものだったからだ。
与えられた任務を遂行することに責任を感じているノエルだったが――それ以上に、白葉クロノに関してノエルは無表情ながらも責任を感じていた。
計画を実行に移す前、ノエルはクロノが役立たずになったと確信しておきながらも、彼を任務から遠ざけなかったからだ。
与えられた任務の中にいれば、自分の知る任務に忠実な元のクロノに戻るかもしれないという希望的観測と、リスクが大きい計画の中で強力な協力者も欲しかったからだ。
だが、クロノは自分たちを裏切った。
クロノが邪魔をしなければ、アリスたちを止めることができたのに、それができなかった。
自分自身の存在意義を否定したクロノと、クロノを信用した自分自身に対してノエルは無表情ながらも怒りを覚えていた。
「君が気にすることではない。クロノの裏切りは私も想定外だったのだ」
無表情ながらもノエルから僅かに発せられる激情を感じ取った、部屋の隅にいる薄暗い絵やの闇と同化している人物は父性溢れる声音でノエルに優しく声をかけた。
フレンドリーにノエルに話しかけたのは、今回の一件で数年前に起きた凶悪な輝石使いであるファントムとつながりがあり、目的がティアストーンの在り処だということが発覚して、鳳グループ、教皇庁、制輝軍から追われている仮面の男・ヘルメスだった。
多くの人間から追われているヘルメスに対して、制輝軍のノエルは警戒心を抱くことなく、むしろ、氷のように冷たい無表情を僅かに柔らかくさせた。
「……申し訳ございません」
「今回の計画はどう転んでも得をするようにできているのだ。まあ、多少の修正は必要になるが問題は何一つない」
心からのノエルの謝罪だが、軽薄な笑みを浮かべたヘルメスは気にしていなかった。
本人は気にしていないと言っても、ノエルは納得しなかった。
ヘルメスに与えられた任務を遂行することが自分の存在意義だからだ。
「クロノが不要であるという答えは出ていたのに、私はそれを無視して彼を任務を任せました」
「誰もクロノが想定外の行動を取るとは思ってはいなかったのだ。致命傷になる前に、クロノが欠陥品であるということに気づけてよかったじゃないか」
口角を吊り上げて軽薄な笑みを浮かべながらも、クロノを『欠陥品』と蔑んだヘルメスから、裏切ったクロノに対しての怒りがノエルには感じられた。
父である存在を裏切ったクロノにノエルは激しい怒りが込み上げるが――同時に、胸がざわついてしまった。胸のざわつきに気を取られながらも、ノエルは話を進める。
「クロノはまだ意識不明ですが――彼の処分はどうするべきですか?」
「計画はもう最終段階に進んでいる。クロノが何かリアクションを起こしてももう遅いだろう――しかし、万が一の場合もある。今すぐじゃないけど、その時が来たら頼んだよ、ノエル」
ヘルメスが言った『その時』――クロノを処分しろとの命令が下るであろうことを示す残酷な言葉に、ノエルは僅かな間を置いて力強く頷いた。
クロノの処分を仄めかす言葉をヘルメスが述べた瞬間――室内に殺気が包まれた。
室内の空気を張り詰めたものに一気に変化させた殺気に、ノエルはすぐに輝石を武輝に変化させて対応しようとするが、そんなノエルをヘルメスは片手で制した。
「盗み聞きとは、不躾な真似だとは思わないかい? 銀城のお嬢様」
僅かに半開きになった扉に向けてヘルメスはそう告げると、普段浮かべている軽薄な笑みを消して、激しい怒りと殺気を露わにした鬼気迫る表情の銀城美咲が部屋に入ってきた。
今にもヘルメスに掴みかかる気配の美咲に、ノエルは警戒心を高めるが、ヘルメスの指示がまだないので、いつでも武輝に変化できるように輝石を握り締めて臨戦態勢を整えた。
「君がヘルメス君? ……随分、ウサギちゃんと弟クンと仲良しみたいだね」
「私の期待に応えてくれる、素晴らしい娘と息子だ――といっても、息子は欠陥品だが」
「へぇー……そっか、君がねぇ……」
ノエルとクロノを自分の娘と息子だと余裕な笑みを浮かべたヘルメスが認めた瞬間、臨戦態勢を整えているノエルを圧倒するほどの怒気と殺気に包まれる美咲。
ヘルメスの指示が出れば、すぐにでも美咲を排除する気満々なノエルの姿を、美咲は憐憫と母性を宿した目で一瞥すると、いつものような軽薄な笑みを浮かべてヘルメスに視線を向けた。
「さてと……私とノエルの関係を知ってしまった君だが――どうする?」
知られたくない情報を美咲に知られたのに、いまだにヘルメスの笑みから余裕が消えない。
腹に一物も二物も抱えていそうな笑みを自分に向けて浮かべるヘルメスに、フレンドリーでありながらも、殺気に溢れた笑みを返す美咲。
「弟クンがいなくなったし、協力関係を結んでたアルバート君も捕まったから大変なんじゃないの? ――だから、アタシが君に協力してあげようか?」
「――ほう、それは想定外だ」
突然協力を申し出た美咲に、思いきりヘルメスは意表を突かれた。
それはノエルも同じだったが、依然として警戒心を込めた目で美咲を睨んでいた。
「優秀な子がいなくなって、猫の手も借りたいんじゃないかな? 君の計画はどんなものか知らないけど、アタシは結構頼りになると思うよ」
「間違いなく頼りになるだろうし、悪い話でもないが――君は少々信用できないんだ」
「それはそうだけど、ここでアタシを相手すれば君にとってデメリットの方が多いんじゃないの? ここで騒げば、騒ぎを聞きつけた制輝軍のみんなが殺到するかもしれない。そうなったら君とウサギちゃんの秘密の関係がみんなにバレちゃうよ?」
「それはマズいな。まだ、ノエルと私の関係は気づかれたくないのだ」
「だったら、信用できないけど、一時凌ぎのために大人しくアタシの提案を呑んだ方がいいんじゃないかな?」
「……それなら仕方がないか」
美咲の言葉に一理あると判断したヘルメスは、美咲の提案を呑むことにした。
仕方がないとはいえ、美咲が協力することに不満と不安を覚えるノエルだが、ヘルメスが決めたことなので文句は言わなかった。
「それじゃあ、握手しようか。ヘルメス君?」
「君と呼ばれる歳ではないのだが――よろしく頼むよ、美咲さん」
これから協力することになるので、固い握手をする美咲とヘルメスだが――
両者ともに腹に一物を抱えているということは、ノエルは気づいていた。
不安が残るが、すべてはヘルメス――父の判断にノエルは従うことにした。
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