第35話
日付が変わってしばらく経った頃――教皇庁が用意したプライベートジェットに乗っているアリシアは物憂げな表情で窓に映る夜の空港を眺めていた。
……この機が飛ぶと同時に、私はすべてを失う。
教皇になるためから、復讐に生きると決めたのに、今度はどうやって生きればいいのよ……
エレナ、アンタは昔と変わらず私のすべてを奪った。
父も、教皇も、枢機卿という立場も、居場所も、すべて奪い去った――
私はどうやって生きればいいのよ……
すべてを奪われ、失い途方に暮れるアリシア。
アリシアは今回の件が失敗した時のことを何も考えていなかった。
復讐のために生き続けていたアリシアは、今回の件が失敗すれば自分の存在意義を失ってしまうから命を捨てる覚悟でいた。しかし、リクトたちの活躍によって命が救われてしまった。
命を捨てる覚悟でいたのに救われたアリシアは、今後自分がどう生きればいいのかわからなかったが――そんな時に、対面で座って小さな寝息を立てて心地良さそうに眠っているプリムの姿が視界に入った。
……ホント、アンタはバカよ。
どうして、私なんかに……
今まで娘として見ていなかったのに、母である自分のため、すべてを捨てて永久追放される自分について来るとプリムは言った。そんなプリムをアリシアは突き放しても、プリムの決意は揺らがなかったため、アリシアはこれ以上相手にすることなく、勝手にしろと言った。
次期教皇最有力候補に加え、今回の事件を解決するために活躍し、身内である自分にトドメを刺したので、教皇庁内のプリムの評価は上がると思っていたのに――すべてを捨てたプリムを、アリシアは心の底から軽蔑し、呆れていた。
自分と違って成功の道を歩み、確たる地位を得て、居場所もあるというのに、それらをすべて捨てるプリムの行動がアリシアには理解できなかった。
だが――心の底でプリムをバカにしながらも、安堵している自分もいた。
孤独に一生を過ごすかもしれなかったのに、傍にいる人間がいてくれることに。
私はアンタを娘としてではなく道具として見てきた。
復讐のための道具で、教皇としての権力を得るための道具だった。
それをわかっているのに、どうしてアンタは私について来るのよ……
どうして私なんかのためにすべてを捨てることができるのよ……
理解できないプリムの行動に呆れながらも、存在意義を見失って暗礁に沈んでいたアリシアの心がゆっくりと浮かび上がったような感覚が生まれていた。
呑気に眠るプリムを見つめていたら、よくわからない感情がアリシアの胸の中を支配して、アリシアは目の奥が熱くなる。別に悲しくもないのに、目の奥から熱いものが込み上げてきた。
理解できない感情が溢れ出したアリシアは、咄嗟にプリムから目をそらすと、何とか込み上げてくるものを堪えることができたが、胸にあるよくわからない感情はそのまま沈殿していた。
これ以上余計なことを考えれば、再び感情が込み上げて来そうだったので、アリシアはしばらく何も考えないことを決めた。
再びアリシアは窓の外の景色を眺めていると、こちらに近づく足音が耳に届いた。
そろそろ出発するかと思っていたアリシアだったが――近づいてくる足音がこちらに近づいた瞬間、無機質な殺気が全身に襲いかかった。
嫌な予感が頭を駆け巡り、恐る恐ると言った様子で自分の傍に立つ気配に視線を向けると――そこには、赤く光る双眸、そして、黒いボディの胸部に輝く輝石が埋め込まれている、武輝を持った輝械人形が立っていた。
どうして――
突然現れた輝械人形の存在に疑問を抱くよりも早く、アリシアは対面で眠っているプリムに覆い被さるように飛びかかった。
「か、母様?」
突然の衝撃に驚いたプリムの寝ぼけ眼の視界に最初に入ったのは必死な形相の母であり、数瞬遅れて武輝である剣を振り上げている輝械人形だった。
無機質な殺気を放つ輝械人形は、無慈悲にアリシアに向けて武輝を振り下ろす。
――だが、輝械人形の武輝は振り下ろされることなく、小さな破裂音とともに輝械人形の持っていた武輝が宙に舞い、床に落ちた。
床に落ちた武輝は一瞬の光とともに消滅する。
輝械人形は胸に煌めく輝石の力を使って再び武輝を生み出そうとするが、輝械人形の両腕がなくなっていた。
「今だ!」
「はーい❤」
鋭い声と、間の抜けたかわいらしい声が響くと同時に、入口からポニーテールを揺らしながら現れた長身痩躯で、CAの服を着た美女――ではなく、男の萌乃薫は、勢いよく両腕を失くした輝械人形に向けて、武輝である足全体を覆うグリーブで無駄に華麗な動作でドロップキックを放つ。
萌乃の強烈な一撃を食らい、輝械人形はぐしゃぐしゃに破壊されてしまった。
「萌乃……どうしてアンタがここに」
突然の事態に驚きながらも、鳳グループ幹部であり、自分とも多くの因縁がある萌乃の登場に、アリシアは警戒心と苛立ちを込めた目で睨んだ。
「私だって、わからないわよ。ただ、大悟さんの指示に従っただけ。だーれが、性悪女狐のアンタなんて進んで助けたりするもんですか! べーっだ!」
「相変わらずウザいわね……アンタならちゃんとした説明をしてくれるんでしょうね、御柴」
神経を逆撫でする猫撫でボイスの萌乃の相手をすることを諦め、アリシアは萌乃に指示をした鋭い声の主――鳳グループトップの秘書を務めており、右腕である御柴克也を呼んだ。
すると、不満気な表情を浮かべたパイロットの制服に身を包んだ御柴克也が現れる。
「詳しい説明は後だ。まだ敵が潜んでいるかもしれない。脱出するぞ」
……一体何が起きてるのよ。
何で今まで何度も私の邪魔をしてきたこの二人が現れるのよ……
――でも、そんなことを考えている暇はない、か……
様々な疑問を抱きながらも、今は取り敢えず克也の指示に従うことにするアリシア。
そんなアリシアを、プリムは「……母様」とおずおずとした様子で呼んだ。
不測の事態で慌ただしくなっている状況でアリシアはプリムの呼びかけに反応しなかったが、構わずにプリムは続ける。
「私を守ってくれて、ありがとう」
輝械人形が現れた時、自分を守るように覆い被さってくれたアリシアの咄嗟の行動を感謝するプリム。
無意識の行動だったので今の今まで気がついていなかったアリシアだったが、プリムに指摘され、改めて自分がプリムを守ろうとしたことに気づいてしまった。
それに気づいた時、全身がこそばゆい感覚に襲われるアリシア。
「あら、アンタにしては珍しく『ママァ』な行動をしたのね」
「……うるさいわね。『玉つき』」
「うるさいわねぇ! ついてて何が悪いのよ!」
萌乃の余計な一言に、口論に発展しそうになるアリシアと萌乃の様子を、克也は心底呆れた様子で深々とため息を漏らしていた。
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