エピローグ

「どうやら、君の計画も失敗に終わったようだ」


「……そうですか」


 煽るような軽薄な笑みを浮かべた仮面の男・ヘルメスから計画は失敗だと言われ、闇に包まれた広い空間にいる人物は特に動じていなかった。


 ヘルメスの対面に座っている夜の闇と同化した人物は、ヘルメスとともに今回の騒動を仕組んだ協力者だった。


「動揺しないのかな? 君の計画は邪魔者であるアリシアを排除することだったのに」


「目的を失ったあれはもう生きる屍です。計画が失敗したとしても何も問題はないでしょう」


「報告によるとアリシアを助けたのは御柴克也、萌乃薫の二人だったようだ。鳳グループが因縁あるアリシアを助けるとは、不思議だとは思わないかい?」


「どうでもいいです。アリシアを助けたことによって、鳳グループは再び窮地に陥るでしょう」


「鳳グループを陥れることも君の目的の一つだったのかな?」


「偶然の産物ですよ」


 アリシアを始末する計画が鳳グループの介入によって失敗したのに動揺しないどころか、疑問が浮かんでいない相手に、違和感を覚えるヘルメスだが、気にせず話を続ける。


「それじゃあ、さっそく報酬をいただこうかな? もちろん、アリシアの始末に失敗したからと言って、報酬はお預けだなんてことはないだろうね」


「安心してください――すぐにでも案内します」


「それを聞いて安心したよ。目的だけ果たして自分はおさらばだなんて、一番嫌だからね」


「……最初から漁夫の利を得ようとしたあなたに言われたくはありません。あの自白剤、かなり効きました」


 皮肉が込められた協力者の一言に、ヘルメスは降参と言わんばかりに苦笑を浮かべながらも、仮面の奥にある鋭い光を宿した眼光を相手に飛ばした。


「それはお互い様だろう? ――エレナ・フォルトゥス」


 自身の協力者――エレナ・フォルトゥスの名前をヘルメスが口に出すと同時に闇に包まれた部屋に月明りが照らされ、机を挟んで対面のソファに座る、教皇エレナの姿が露わになった。


 嫌味を嫌味で返されるエレナだが、エレナは無表情を崩すことなく感情を宿していない瞳をヘルメスに向けたまま、放さなかった。


 今回の事件の裏で動いていたのは自分やアルバートでも、ノエルやクロノでも、ヴィクターでもなく、教皇エレナが動いていた。


 教皇庁と制輝軍、そして独自の情報網を使ってヘルメスたちと接触を図ったエレナは、ヘルメスと協力を持ち掛けてきた――教皇庁を動かす上で命令も聞かないで、勝手な行動ばかりするのに、教皇である自分に次いで多くの人間に慕われている邪魔者であるアリシアを排除しろと。


 交換条件として、自分たちに協力するとエレナは言った。


 もちろん、突然の事態に、そして、交換条件を持ちかける相手を信用ができないヘルメスだが、それが嘘ではないと証明するために自らアルバートの輝械人形起動実験に付き合うとエレナは言った。


 エレナのどす黒い覚悟を感じても、ヘルメスは彼女を信用できなかったが、教皇庁トップである人間と協力関係になることは都合がよかったので、警戒を抱きながらも快諾した。


 アリシアを陥れるために、ヘルメスは様々な準備を行い、ヴィクターに追われていることを察しながらも、彼をあえて泳がせることにしていた。


 エレナもまた、ヘルメスのために裏で色々と手を回していた。


 お互いに協力し合っていたが――お互い、漁夫の利を狙ってもいた。


 ヘルメスは自白剤でエレナからティアストーンの在り処を聞き出し、聞き出した後はアリシアと彼女を置いて逃げるつもりだった。


 そして、エレナもアリシアとともに自分たちを葬ろうと考えていることを、ヘルメスは察していた。


「確かに君の言う通り、私は自分の目的さえ果たせれば後はどうでもよかった――でも、君だって、アリシアの始末が終われば私も陥れるつもりだったのだろう?」


「そうですね。ですが、お互いに運良く――いいえ、運悪く想定外の結末になったのでお互い様ということにしましょう」


「……まあ、取り敢えずはそれで満足しようかな?」


 隠すことなくお互いが利用し合い、あわよくば裏切ろうとしていたことを正直に口にするヘルメスとエレナ。


 正直な態度のエレナを微笑ましく思いながらも、抱いていた警戒心と疑念をさらに強めるヘルメス。


 しかし、今は自分の目的のためにヘルメスはエレナが自分を陥れようとしたことを気にしないことにした。


「それでは、ティアストーンの在り処を教えるのでついて来てください」


「もう案内してくれるのかい?」


「その方がお互いにとってもいいでしょう」


 さっそくティアストーンの在り処まで案内しようとするエレナに、驚くヘルメス。


 早くに教えてもらうことには越したことはないが、それでもずっと望んでいた情報があっさり教えてもらえるとは思いもしなかったからだ。


 自分はエレナに騙されているという明確な疑念がヘルメスの頭に過り、案内すると見せかけて誰かが待ち受けているという嫌な予感も生まれたが、それ以上に今のエレナには嘘を言っているようには感じられなかった。


 だが、エレナから放たれる仄暗い気配に、完全に信用することはできないヘルメス。


「教えていただきたいのですが――あなたはティアストーンを利用してどうするつもりです?」


「『賢者の石』を作るのだよ」


 エレナに目的を尋ねられ、不敵な笑みを浮かべて空想上の存在である伝説の煌石『賢者の石』とヘルメスは答えた。


 伝説の輝石を作ろうしているので、ヘルメスはバカにされると思っていたが、意外にもエレナは真剣に聞いていた。


「賢者の石の製法には大量の輝石が必要であると私は判断をしている。そのために、無限に輝石を生み出すティアストーンが必要不可欠なのだよ」


「本当にあの賢者の石を作り出せるのですか?」


「間違いなく、作り出せる。そして、賢者の石は実在するのだよ」


「随分と断定的ですが――証拠はあるのですか?」


「もちろんだとも……証拠もある」


 自信に満ちた笑みを浮かべて伝説上の存在を実在すると豪語するヘルメスに、エレナはバカにすることなく興味深そうに頷いた。


「……面白そうですね」


「興味を持ったなら、君も協力しないかい? ティアストーンを操れる君が協力してくれれば、ありがたい」


「考えておきましょう」


 自分の計画に興味を示すエレナに嬉しく思いながらも、彼女に対する疑念がさらに強くなるヘルメス。


「僕からも聞きたいのだが――教皇エレナ、君の目的は何なのかな?」


「……さあ、何でしょう」


 ヘルメスの質問をはぐらかすエレナは口元を微かに歪めて微笑んだ。


 微笑んだエレナからは、アカデミー内外から多くの尊敬を集める教皇とは思えないほどの悪意と邪悪な気配を感じて、ヘルメスは思わず気圧されてしまった。




――――――――――




「――ねえ」


「おお、突然どうしたのだ、我が愛しの娘・アリスよ!」


 目前に迫る涙の卒業式のため、自身の秘密研究所内で数日前の事件で打ち尽くしてしまった花火を、ヴィクターは徹夜でガードロボットのショックガンに再装填していた。


 そんなヴィクターに音もなく忍び寄って声をかけるアリス。


 愛する娘の登場に、心身ともに疲れ切っていたヴィクターの疲労が一気に吹き飛んだ。


 自分を見て子供のように嬉々とした声を上げる父の姿に、ウンザリしながらもアリスはポケットの中からタブレット端末を取り出して、ヴィクターに差し出した。


 ヴィクターに差し出した端末は、数日前の事件でアルバートを拘束した時、アリスが彼の所持品を調べていた時に見つけた者だった。


「これ、アルバートが持ってた端末。おそらく、アイツの持ってる情報が詰まってるんだけど……かなり高度なセキュリティが掛けられていて、私だけの力じゃ無理」


「なるほど、この父の力を借りたいというわけだな! 任せてくれたまえ!」


 娘に頼られて、再び無駄にうるさい嬉々とした声を上げる父に、娘は心底ウンザリした。


「しかし――この端末は重要な証拠品だ。容易に私に預けていいのかな?」


「問題ない。制輝軍には秘密にしてるから」


 ヴィクターの疑問に平然とした様子で答えるアリス。


 制輝軍に内密で動いているということに、二人の間に沈黙が流れるが――


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 秘密のミッションとは、心が躍るな! いいだろう、キュートでプリティーでロリティーでラブリーな娘のため、アルバートの仕掛けたセキュリティなどすぐに解いて見せようではないか!」


「……ウザい」


 無駄にうるさい笑い声を上げて秘密の任務にテンションを上げるヴィクターに、ありがたいと思いつつも、心の底からウザいとアリスは吐き捨てた。


 ひとしきり笑い終えた後、ヴィクターはアリスの心を見透かしたような目で見つめた。


「理由は聞かないでおくが――気をつけるのだ。何が眠っているのかわからんぞ」


「……覚悟はしてる」


 ヴィクターの忠告に、素直にアリスは頷いた。


 数日前の事件で不手際が目立った制輝軍――厳密にいえば、ノエルをアリスは信用していなかった。だから、アルバートが持っていた端末のことを制輝軍に伝えず、内密に調べていた。


 まだ、何が出るかわからないが――アリスは中に眠る情報に嫌な予感を覚えていた。


 杞憂だと思いたかったが、それでもアリスの嫌な予感は増長する一方だった。


 しかし、自分が解けなかったアルバートの端末のロックを解除するためにヴィクターを頼ると決めた時、アリスは覚悟を決めた。


 どんな真実が出てきても、目を背けることも、逃げることなく真っ向から受け止めると。


 アリスの覚悟を感じ取ったヴィクターはもう何も言わなかったが――「そうだ!」と声を上げて閃いた。


「アリスよ、代わりと言っては何だが、卒業式の準備を手伝ってくれたまえ」


「一つの花火を打ち上げたら、全部の花火を打ち上げるように設定したあなたの自業自得」


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッ! それを言われると何も言えないが、この通りだ!」


「……わかった」


 数日前の事件ですべての花火を打ち上げるように設定したヴィクターを自業自得と言いつつも、数日前の事件で世話になったし、端末の件があるのでアリスは不承不承手伝うことにする。


 作業に集中してヴィクターとアリスは無言になってしまった。


 そして、まだヴィクターに対して嫌悪感を抱いているアリスは、ヴィクターとの間に距離が開いていたが――


 その距離は僅かに狭まっていた。


 そのことに気づきながらも、ヴィクターはあえて何も言わずに、久しぶりに父娘の共同作業ができる時間を存分に堪能していた。


 二人の間には細く、すぐに千切れてしまいそうだが、確かに父と娘の間に切っても切れない厄介な絆が存在していた。


                


               ――続く――


次回は四月くらいに完成予定です。

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