第32話
事件から二日後、意識不明の状態が続いていたエレナは目が覚めた。
そして、目覚めたばかりでまだ体力が回復していないのに、エレナは教皇庁の大会議室に枢機卿たちと、事件に深く関わっていたリクトを集めて会議を開いた。
会議の内容は主に事件についてと、事件の起こした犯人たちの処分についてだった。
まずは、事件解決から行っていた事件に関わっていた人間――特に多くの情報を持っているであろうアルバートの話をはじめた。
アルバートから謎の輝石使い・ヘルメスや、開発途中だった輝械人形をどうやって開発したのかを聞こうとしたが、彼は多くを語らずに取調べは難航していた。
アルバートの取調べについての話を終えた次は、処分についての話をはじめる。
今回の騒動で不手際が目立った制輝軍にはそれなりの処分を検討することに決まった。
次期教皇最有力候補を誘拐したアリス・オズワルドについては制輝軍の活動をしばらく謹慎させるだけの処分を下した。
制輝軍とアリスの処分を決めた次は、エレナ誘拐を行ったアリシアたちだった。
重要な部分だけを言わないアルバートと違い、目的を果たせずに自暴自棄になっているアリシアの取調べは順調だった。
アリシアは今までの悪行をすべて話すとともに、自分に協力したヘルメスの目的がティアストーンの在り処を探すこと、先代教皇の関係を話し、先代教皇とつながりが深かったから教皇しか知らない脱出路をエレナの監禁場所に選んだと説明し、自分の知っていることをすべて話した。
自分のボディガードであるジェリコ・サーペンスは、自分に協力していたが、今までの悪行や教皇誘拐には関わっていないとアリシアが話したので、数年間の特区送りにされただけで、永久追放は免れた。
エレナを使って輝械人形を動かしていたアルバートについては、問答無用に特区送りの後に永久追放処分にすることに決めた。
そして、主犯格のアリシア・ルーベリアの処分は今まさに下されようとしていた。
「アリシア・ルーベリア――彼女は永久追放処分とします」
議長席に座るエレナは、感情を宿していない能面のような冷たい表情で淡々とアリシアへの処分を告げた。
友人として復讐に身を焦がすアリシアを救おうとしたのに、エレナは私情に流されることなく厳しい処分を下した。
「当然の判断だろう。同情の余地はあるが、教皇を誘拐するなど許されない」
「しかし、アリシアはあれでも多くの人間が慕っているのは事実だ」
「厳しい判断をすれば、アリシアを慕う人間に反感を抱かせるかもしれない、ということか」
「前に枢機卿であったセイウスを永久追放処分を決めてすぐに、別の枢機卿を永久追放するというのはどうだろう……セイウスの件はかなり周囲に騒がれたんだぞ」
「心配することはない。今回の一件は隠しているのだ。放っておけばいい」
「今回の件で制輝軍が大々的に動いたことは大勢の人間に知られている。下手なことを言って隠せば、教皇庁の信頼に関わる。思い切って今回の件を公表するべきではないか?」
アリシアの殊遇について、話し合う枢機卿たち。
エレナの判断に同意する者、慎重になる者、浅慮な者などがいたが、その中でもアリシアの処分に慎重になる枢機卿が多いことにリクトは意外に思っていた。
……確かにアリシアさんは許されないことをしたから、その責任を取るべきだ。
でも、間違ったことをしたけどアリシアさんはカリスマ性があり、多くの人に慕われている。
教皇庁にとって、優秀なアリシアさんを失うのは辛いことだけど……
リクトもアリシアの処分は慎重になるべきだと思い、恐る恐ると言った様子で「――エレナ様」とエレナに進言することにした。
「確かに、アリシアさんは罪を犯しました。でも、他の枢機卿の方が仰っていた通り、アリシアさんは多くの人に慕われています。厳しすぎる判断を下せば、彼女を慕う彼らに反感を抱かせ、教皇庁に余計な混乱を招く結果となってしまう」
「それでは、リクト。あなたはアリシアをどのような処分にするつもりだと?」
「もちろん処分は必要です。しかし、これから新年度がはじまる忙しい時期に無用な混乱を避けるため、今すぐに処分を決めるべきではないと思います。もし、今すぐにでも処分を下したいのであれば、混乱を避けるためにできるだけ穏便な処分にするべきです」
唐突な質問に戸惑いながらも、リクトは思ったことをエレナに向けて口に出した。
エレナと違って思いきり私情を挟んでいるが、アリシアは教皇庁にとって必要な人物であると判断したからこそリクトはアリシアを擁護した。
「リクト様の言う通り、今回の事態の落ち着きを取り戻してから決めるべきでしょう」
「だが、教皇を誘拐した危険人物を野放しにはできない」
「その通り。処分を決めるまでせめて特区に監禁するべきだ」
「だが、特区に送ったことを気づかれれば、周囲が混乱するのが目に見えている」
「せめて、監視してどこかへ軟禁するべきだろう」
アリシアを擁護するリクトの意見を渋る枢機卿もいたが、ほとんどの枢機卿がリクトの意見を支持した。
アリシアの処遇について話し合う枢機卿たちで、大会議室内がざわつきはじめるが、「――わかりました」とエレナが言うと、水を打ったように静まり返った。
会議室内にいる全員の視線がエレナに向けられ、発言の影響力が大きい教皇の言葉を待った。
「まずは、私が誘拐された今回の件を隠すことなく公表します。しかし、余計な混乱を避けるためにアリシアの件は伏せます。そして、現段階でアリシアを永久追放するのは早計であると判断し、今回の騒動を沈静化させてから彼女を追放させましょう。もちろん、彼女は危険人物であることには変わりないため、監視をつけてアカデミーから離れてもらいます――そうですね、多くの聖輝士がいる教皇庁旧本部に待機してもらうことにしましょう」
混乱を避けるためにアリシアの処分を下すのを遅らせるエレナだが、アリシアを永久追放するという考えは変えていなかった。
アリシアさんのしたことを考えれば、厳しい処分は妥当だ。
でも、せっかく母さんとアリシアさんがわかり合えそうな気配になったのに……
二人が協力し合えば、きっと教皇庁は急成長できるのに……
プリムさんとも離れ離れになってしまう。
支援で教皇を誘拐するという前代未聞の事件を引き起こしたので、アリシアに厳しい処分が下されるのは仕方がないと思いながらも、アリシアが教皇庁に必要な人間であり、プリムの母親であり、昔遊んでもらった記憶があるリクトはアリシアを追放したくはなかった。
「エレナ様……アリシアさんを永久追放する考えは変わらないんですか?」
「どんな理由であろうとも、罪を犯したことには変わりありません」
「でも、エレナ様はアリシアさんとようやく――」
「私情を挟むのはやめなさい、リクト」
アリシアに肩入れし過ぎているリクトに注意するエレナに、リクトは何も反論できなくなるが、納得できないリクトは感情的になって話を続ける。
「母さ――エレナ様はこれでいいんですか? アリシアさんと永遠に会えなくなるのに」
「仕方がありません」
「それでも、母さんは――」
「私情に支配されているあなたとの会話は時間の無駄です。これ以上、無駄な会話を続けて会議を邪魔するのであれば、強制的に出て行かせますが?」
教皇としていっさいの私情を排している『教皇エレナ』ではなく、一人の人間のエレナ・フォルトゥスはアリシアの処分についてどう思っているのか聞きたかったが、この場では無理だと判断したリクトは大人しく引き下がった。
……ごめんなさい、プリムさん。
アリシアを庇おうとしたが、力が及ばなかったことにリクトは心の中でプリムに謝罪した。
友人だと言ったはずなのに、アリシアの処分が決まってから淀みなく会議の進行をする、教皇の姿をリクトは複雑な表情で眺めることしかできなかった。
―――――――――――
事件から一日経ってセントラルエリアの大病院の病室で目が覚めた優輝は、そのまま数日入院することになってしまった。
入院しているはずだったが、身体を休ませる暇はまったくなかった。
その理由は、力を一気に取り戻したのでどこか身体に異常がないかを調べるために行われた身体検査や、制輝軍や教皇庁からの事情聴取のせいだ。
それらのせいで、疲労しきった心身は言えることなく、ストレスと疲労が募るばかりだった。
数日経って検査や事情聴取がすべて終わり、明日退院できると決まってようやく一息つけるようになった優輝は、病床の上でリラックスしきった様子で寝そべっていた。
一人部屋なのゆっくりと気ままに最後の病院生活を楽しもうと思っていた優輝だったが――脳裏に過るのはヘルメスの素顔だった。
制輝軍と教皇庁の事情聴取で話したが、一瞬視界に映ったヘルメスの表情は確実にどこかで見覚えがあり、ヘルメスの正体を突き止めるために記憶を探るが――何も思い出せなかった。
そのせいで、ゆっくりと過ごそうと思っていたのに苛立ちが募る一方だった。
病床の上で寝そべりながら優輝はヘルメスの正体を探っていると――部屋の扉がノックされ、セラとティアが入ってきた。
身体検査や事情聴取が重なって誰にも会えずに退屈していたので、幼馴染の二人が見舞いに来てくれたことに優輝は思考を中断して笑顔で出迎えた。
「事情聴取と検査が終わってお見舞いに来たけど、調子はどう?」
「すこぶる良好だけど、不自由な生活を送ってたから身体が鈍ってる。気晴らしに動きたいね」
セラに調子を聞かれて、機嫌良く優輝はそう答えた。
力を取り戻す前は体内に凝り固まった淀みのようなものがあるのに加えて全身が重かったが、力を取り戻してからは体調は万全であり、退院して早く身体を動かしたい欲求に駆られていた。
今すぐに退院したい優輝の気持ちを悟ったセラは安堵の息を漏らしならがも、呆れていた。
「力を取り戻したのはよかったと思うけど、調子に乗って沙菜さんを心配させないでね。力を使い果たして倒れた優輝を、沙菜さんすごく心配していたんだから」
「うっ……わかってるよ、セラ。後で沙菜さんに連絡しないと……それと、卒業祝いを兼ねたホワイトデーのお返しも考えないとな」
力を取り戻して浮かれている優輝を戒めるセラに、優輝は痛いところを突かれたと思いながらも、自分を心配していた沙菜のことを想って反省した。
そして、力を取り戻すことが自分の目的ではなく、力を取り戻したからが本番だと優輝は自分に言い聞かせる。
「……ヘルメスのことは聞いている」
セラとの話を終えると同時に、優輝に冷え切った目を向けているティアが話をはじめる。
仇敵であるファントムとつながりがあるヘルメスの話になり、病室内の空気が張り詰める。
「お前がヘルメスに見覚えがあると事情聴取で答えたのは知っている――奴について何かわかることはないのか?」
「入院中ずっと記憶を探っていたけど、まだわからない。でも、確実に見覚えがある――顔だけじゃなくて武輝の形状も見覚えがあったから間違いなく面識はあるし、あの強さは忘れないハズだ。多分ファントムに監禁される前、どこかで……――ごめん、何も思い出せない」
「取り敢えず、今は深くは考えずに身体を休めることを考えろ――沙菜たちが言うように、ヘルメスがかなりの実力者であるなら、私たちも準備をしなければならないからな」
「そうだな。身体もだいぶ鈍ってるから、ここで一気に本調子にまで戻さないとな」
ティアの言葉に力強く優輝は頷いた。
ヘルメスはかなりの実力者であり、先日の戦闘では土壇場で力を取り戻して、相手が油断している隙を突いて勢い任せの攻撃で、何とか退かせることに成功したが――もしもあのまま戦いを続けていたら、敗北は必至だった。
それに加えて、本調子の自分でもヘルメスとまともに戦えば相当苦戦するであろうと優輝は思っていたからこそ、本調子に戻った今だからこそ厳しく自分を鍛え直すべきだと感じていた。
やる気に身溢れている優輝に、涼しげな表情を浮かべながらも全身から好戦的な空気を纏わせているティアは満足そうに頷いた。
「それなら、退院したら早速私と戦え。実戦形式で、もちろん本気で」
「望むところだ、ティア。お前とはちゃんとした決着をつけたかったからな」
ティアの宣戦布告を受ける優輝――そんな二人に、セラはやれやれと言わんばかりにため息を漏らす。
「沙菜さんを心配させるなって言ったばかりなのに無茶をしないで、優輝。それとティアも、優輝を焚きつけないで」
セラの説教にティアは不満そうな表情を浮かべて素直に「わかった」と従い、つい先程反省したばかりなのにそれを忘れていた優輝は誤魔化すように笑っていた。
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