第31話


 白葉クロノと白葉ノエル――姉弟同士の戦いはすぐに決着が見えていた。


 輝石使いの実力はクロノも十分に高いが、それをノエルは遥かに上回っていたからだ。


 実力差は歴然としており、一度もクロノの攻撃を受けていないノエルは、すぐにクロノを追い詰めるが、クロノは粘る。


 もう武輝を輝石に変化させているのもきついはずなのに、それでもクロノは戦い続けた。


 そんな満身創痍のクロノに無慈悲に攻撃を続けるノエル。


 圧倒的に実力差が開いている姉弟同士の戦いを、クロノに見届けるようにと頼まれた美咲は悲しそうな表情で眺めていた。


 ノエルは淡々とした動きで空中で舞うように身体を捻ると同時にクロノの顔面めがけて回し蹴りを放ち、蹴りを受けて怯んだところに武輝である剣を彼の脳天めがけて振り下ろし、もう一方の手に持った剣を突き出した。


 淡々としながらも強烈なノエルの連撃に、満身創痍のクロノは対応できずに吹き飛び、受け身を取る体力もないクロノはそのまま地面に叩きつけられた。


「もう、無駄な抵抗はやめたらどうですか?」


 地面に叩きつけられ、仰向けに倒れたままのクロノにノエルは敗北を促す。


「あなたが私に勝てるわけがありません」


「……そうだな、オレはオマエに勝てることはできない」


 感情を宿していないながらも僅かに自虐が込められた声音でクロノはノエルに敗北を宣言するが、クロノは武輝を支えにしてフラフラと立ち上がり、立ち向かおうとする。


 ――理解不能。


 敗北を認めながらも自分に立ち向かうクロノに、ノエルは無表情ながらもウンザリしており、クロノを理解することができなかった。


「だが――アイツらに味方すると決めた以上、まだ時間は稼ぐ」


「……今退けばまだ間に合うかもしれません」


 説得するように降参を促すノエルだが、クロノは一瞬の間を置いて答える。


「……オレはもう命令には従えない」


 感情を宿していないながらも淀みのない口調でそう答えたクロノは、満身創痍であるというのにノエルを真っ直ぐと見据える瞳に宿す光は力強いものだった。


「最近、俺は命令に従う度に胸がざわついた。その胸のざわつきを説明することができなかったが、今回の一件でそれがようやく、明確に『迷い』であることに気づいた……『迷い』を抱いた以上、もうオレは命令に従えない」


「……我々が迷いを抱くことはありえません」


「だが、確かにオレが『迷い』を抱いた。そして、それに気づくと同時に、オレはアリスたちを助けたいと思った。それが、オレの心だ」


「『迷い』、『心』――そんなもの、私たちに存在しているはずはない。もう話になりません。与えられた任務に反抗して、どうなるか、わかっていますね?」


「……承知の上だ」


 白葉クロノ――不要であり、『敵』であると判断する。

 ――処理を開始する。


 ありえないことを口に出すクロノに、ノエルは頭の中の声に素直に従う。


 白葉クロノを処理せよととの頭の中の声に従ったノエルの武輝である、左右の手に持った剣の刀身が眩い光を放ちはじめる。


 燦然とした輝きを放つノエルの武輝からは凄まじい力を纏っており、武輝に纏った力は吹きすさぶ風となって周囲に放たれた。


「あなたを排除します」


 短く、機械的に放たれるノエルの一言にはいっさいの迷いは宿っていなかった。


 その言葉と同時に、ノエルは力強くも淡々と一歩を踏み込み、クロノに飛びかかる。


 満身創痍のクロノはノエルの動きに対応することができず、咄嗟に両手で持った武輝で身を守った。


 間合いに入ると同時に左右の手に持った武輝を同時にノエルは薙ぎ払う。


 爆発音にも似た轟音が周囲に響き渡ると同時に、ノエルの一撃がクロノの防御を容易に破る。


 クロノの華奢な身体は吹き飛び、遠くの街路樹に激突すると、彼の身体に残っていたノエルの一撃の衝撃が後方に伝わり、背後の街路樹が真っ二つになって折れた。


 街路樹が倒れると同時に、宙を舞っていたクロノの武輝がアスファルトの地面に突き刺さり、一瞬の発光とともに輝石に戻った。


 全身に輝石の力を身に纏っている輝石使いであっても、大怪我は確実な威力のノエルの一撃を見て、美咲は倒れたまま動かないクロノに駆け寄った。


「弟クン、弟クン、しっかりして、弟クン!」


 今まで黙って観戦していた美咲は、頭から血を流して倒れているクロノを必死に呼びかけるが、クロノは反応しない。


 ――処理完了。

 これより、任務を再開する。


 クロノの相手を終えたノエルは、倒れている弟を一瞥することなく自分の任務を果たすためにアリスたちの元へと迷いのない足取りで向かう。


 背後から美咲が自分に何かを言っているような気がしたが、ノエルの頭にはもう任務を遂行することしか考えていないので、聞こえていなかった。


 ――私の存在意義は任務を遂行することである。

 任務は絶対に果たさなければならない。

 任務が何よりも優先である。


 頭の中の声が任務が何よりも第一だとノエルに何度も言い聞かせていた。


 それに疑問を抱くことはなく、ノエルはアリスたちの元へと急いでいたが――


 愚かにも自身の存在を否定して、無謀にも自分と戦ってまで、与えられた任務を放棄したクロノを思い浮かべたノエルの胸が僅かにざわついた――


 我々が『迷い』、『心』を抱くことなどありえない。

 絶対に、ありえない。


 頭の中の声がそう告げると、ノエルの胸のざわつきはすぐに消えた。


 しかし、胸に抱いたざわつきの嫌な感覚は延々と続いていた。

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