第30話

「ショックガンが全然効いてないー」


「こ、コータロー! 退くな! そして私に近づくな! 私は戦うのが得意ではないのだ!」


 気絶しているエレナと、アリシアが操る輝械人形をショックガンで相手にする幸太郎だが、輝石の力をバリアのように纏っているのに加え、強靭な鋼のボディにはまったく効いておらず、輝械人形に追われて狭い空間内を逃げ回っていた。


 逃げ回る幸太郎に喝を入れるプリムだが、輝械人形に追われる幸太郎が自分に近づいたので、戦闘能力が低いと自負するプリムも慌てて逃げはじめる。


「伏せてください!」


 リクトの怒声に従って、地面に突っ伏すように伏せる幸太郎とプリム。


 別の輝械人形を武輝である盾で引き離した後、幸太郎とプリムに襲いかかる輝械人形に向けて、身体を踊るような華麗な動きで回転させて勢いをつけて武輝を投げた。


 リクトの投げた武輝は回転しながら幸太郎たちを襲う輝械人形に向かい、輝械人形のボディを横一文字に切断して、意思を持つかのような動きでリクトの手元に戻った。


「でかしたぞ、リクト! さすがは私の認めた男だ!」


「リクト君、カッコイイ」


 呑気な様子で自分に感謝をする二人に、緊張感なく照れながらも気合が入ったリクトは、輝械人形の攻撃を武輝で防ぐと同時に武輝から巨大な光弾を放ち、一撃で輝械人形を大破させる。


 一撃の下で輝械人形を破壊したリクトに、盛大な拍手を送る幸太郎とプリム。


 二人の盛大な拍手に、リクトのテンションはさらに上がって次々と輝械人形を破壊する。


 緊張感のないリクトたちの様子を見てアリシアは呆れて脱力してしまうが――脱力しようとした瞬間、一気に意識を持ってかれそうになったので、気を引きしめた。


 ……エレナに触れてるだけなのに、力が吸い取られるみたい。

 気を抜いたら一気に意識を持ってかれる……


 触れているエレナから伝わる力の波動に同調するように、アリシアは精神を集中させる。


 すると、リクトが相手にしている輝械人形の動きがさらに鋭敏になる。


「アリシアさん! いい加減にしてください! これ以上輝械人形を操るのは危険です!」


「言ったでしょ? どうなろうが関係ないって」


 輝械人形の動きが変化すると同時に、輝械人形を操る装置につながれている母であるエレナと、アリシアから放たれる力が強くなり、アリシアの表情が苦しそうになったのを見て、リクトは必死にアリシアを止めるが、彼女は聞く耳持たない。


 素早い動作でリクトを囲んだ輝械人形は手にした武輝でいっせいに攻撃を仕掛ける。


 すぐにリクトは輝石の力で自身の武輝である盾を四つに複製して、自分を囲むようにして設置して四方八方から絶え間なく繰り出される輝械人形たちの攻撃を凌いだ。


 複数の輝械人形の攻撃を防いだリクトは、攻撃の衝撃を吸収した複製した武輝から、一気に吸収した攻撃の衝撃を自分の力を上乗せして解き放つ。


 リクトの武輝から放たれる輝械人形から受けた攻撃の衝撃は、小規模の爆発となってリクトに攻撃を仕掛けていた輝械人形を破壊した。


 目の前の輝械人形を破壊した次は、幸太郎とプリムを追いかける輝械人形たちに、武輝から無数の光弾を放つ。


 リクトが放った光弾は幸太郎たちを襲う輝械人形のほとんどを破壊したが、一体だけ撃ち漏らしてしまう。だが、咄嗟に幸太郎がショックガンを撃ち、リクトの攻撃を受けてボロボロになっていたために運良く輝械人形にトドメを刺すことができた。


 これで、この空間内にいるガードロボットをすべて破壊することができた。


「おお、やるではないか、幸太郎! よくやったな!」


「幸太郎さん、すごいです」


 運良くガードロボットを破壊できた幸太郎を素直に褒めるサラサと、熱っぽい視線を送って幸太郎に駆けつけるリクト。二人に褒められ、幸太郎は得意気に鼻を伸ばして胸を張っていた。


 能天気な様子の幸太郎たちに再び気を抜きそうになるアリシアだが、味方であった輝械人形を失くした今、そんな余裕はなかった。


「さあ、アリシアさん――もう、終わりにしましょう」


 すべての味方を失ったアリシアを改めてリクトは説得する。しかし、アリシアは変わらず瞳に暗い復讐の炎を滾らせたまま変わらない。


 ――まだ、終わってない。

 私の復讐は、こんなことで終われないのよ!


 心の中で自分に言い聞かせ、仲間を失って折れそうになる自分を鼓舞するアリシア。


「近づいたら、私の力のすべてをエレナにつながれている装置を送り込んで、暴走させるわ」


「そんなことをしたら母さんだけではなく、アリシアさんもどうなるかわかるでしょう!」


「私は退けない、そう言ったでしょう」


「輝械人形を操って、アリシアさんにも相当な負荷をかかっているハズです! 教皇庁や母さんへの復讐を目的としているのに、ここで命を落としたら意味がないでしょう!」


「どうせ私はここで終わり。ここで諦めたら、復讐を果たす機会は永遠に失われるわ――それなら、最後まで私は抵抗させてもらうわ」


「どうしてそこまで……アリシアさんと先代教皇と母さんの間に一体何があったんですか?」


 長年の疑問をぶつけるリクトに、アリシアは反撃の方法を思いつくための時間稼ぎのために、自分とエレナと教皇庁との因縁を話すことにする。


「幼い頃から次期教皇候補だった私は――先代教皇の手で教皇になるために育てられた。教皇になることが存在意義であると教え込まれ、私はバカ正直にあの男に教えられるままに修行を重ねた。主な修行は、目隠しをしながら精神統一をする修行だった――私はいつか教皇になれると信じてその修行をずっと積み重ねてきた……」


 そうだ……私の存在意義は教皇になるためだったんだ。

 ――それをエレナは奪ったんだ。


 過去の話をするアリシアは、自分の存在意義を奪ったエレナ、そして、自分を利用した先代教皇への恨みを再燃させるが、沸騰しそうになる感情を抑えて「でも――」と話を続ける。


「精神統一の修行と言いながら、あの男は私を利用してティアストーンから輝石を生み出していた――先代教皇はずっと昔にティアストーンを操る能力を失い、私のような次期教皇候補を利用して、長年自分の立場を守ってきたの」


 今まで聞いたことのなかった先代教皇の醜聞にリクトとプリムは驚愕する。


 先代教皇のことをリクトたちが知らないのは当然だった。


 教皇がエレナになった時に明らかになったが、祝福の日で世界が混乱に陥っている中、先代教皇の醜聞が世間に広まればさらに混乱に陥ると考えた教皇庁上層部は、事実を揉み消したからだ。


「先代教皇から直々に修行を受けていた私は次期教皇になるのが当然だと思っていたけど――ある日、私の前に一人の天才が現れたことで、私の存在意義は失われた。ご存知の通り、その天才が現教皇のエレナ・フォルトゥスよ。天才エレナの登場で、先代教皇は私を簡単に捨ててその天才の力に頼った。そして、エレナは長年先代教皇に利用されていたけど、祝福の日をきっかけにして先代教皇を蹴落として、教皇になった。そして、私は存在意義を失った」


 そういえば……最初に会った時も、今と同じで抜けていたわね。

 それに、今と比べれば昔の方がかわいげがあったのかもしれない。


 エレナとはじめて会った時の思い出が頭に過ると、負の感情を抱かずに彼女と過ごした日々の記憶も蘇り、アリシアは懐古の念に駆られると同時にむなしさを覚えた。


 しかし、それを上回る暗い負の感情が昔の記憶を黒く塗りつぶした。


「だから、私は復讐するの。私を利用するだけ利用して簡単に捨てた先代教皇、私の存在意義を奪ったエレナ、そして――二人が作り上げた教皇庁を改革という名の破壊をするために!」


 怨嗟に満ちた声を上げて、恨みの感情を爆発させるアリシア。


 感情の高ぶりに応じて、エレナとアリシアが纏っている青白い光が強くなる。


 先代教皇とエレナとの因縁を黙って聞いていたリクトは、利用するだけ利用されたアリシアを憐れんで悲しそうな表情を浮かべながら、力強い光を宿した目で真っ直ぐと彼女を見つめた。


「確かに、他の次期教皇候補の方々を利用して、自分の地位を守った先代教皇の罪は重い。でも、母さんや今の教皇庁に恨みをぶつけるのはお門違いだと思います」


 アリシアの話を聞いて思ったことを遠慮なくリクトはアリシアにぶつけた。


 真っ直ぐとした瞳で、自分を否定するリクトにアリシアの頬が熱くなった。


「今の教皇庁には自分の権力しか考えていない方々が多くいますが、それでも母さんを筆頭にまともな人たちもいます! そんな人たちの協力もあって今の教皇庁があるんです! それをアリシアさんは否定できるんですか?」


 枢機卿として今の教皇庁の良い面も悪い面も見てきたアリシアは、リクトの言葉に何も反論できなくなってしまうが、苛立ちと憎悪の宿した目でリクトをキッと睨んだ。


「それが何なのよ! ガキが知ったような口を利かないで! ここまで来た以上もう退けないのよ! 私を止めるなら、命を奪うつもりで来なさい」


「どうしてわからないんだ! 母さんはあなたがこんなことをするのを望んでいない! 一人の友人としてあなたを――」


「――リクト、こんなバカモノ放っておくのだ」


 言い負かされても開き直るアリシアを、諦めることなく説得するリクトを、プリムが割って入って中断させる。


 今まで黙って母とリクトのやり取りを眺めていたプリムだったが、腕を組んでいるプリムの尊敬する母を見る今の目は、失望と軽蔑に満ちていた。


「自分が一番のガキであることに気づいていない大バカモノに何を言っても無駄だ」


 煽るような微笑を浮かべて突き放すプリムに、アリシアは不快感を示し、苛立ちと怒りが湧き上がる。そんな母の怒りを悟りながらもプリムはさらに煽る。


「アリシア・ルーベリア! 復讐に憑りつかれた今のお前は自分を見失い、周りも見ていない。そんな愚か者が『改革』だと? 寝言は寝て言うのだな! 断言してやろう! 子供のような駄々をこねるお前では無理だ! せいぜい、復讐と呼ぶにはあまりに幼稚なママゴトをして自己満足に浸ることしかできない」


「今日まで何も知らなかったアンタに何がわかるのよ!」


「今まで他人の気持ちを理解なかった人間の気持ちなど、理解したくはない! 理解して構ってほしいのなら、さっさと我々に捕えられるんだな! 今のようなお涙頂戴の話をすれば、きっと話を聞いた奴らがすり寄って憐れんでくれるぞ」


 プリムの言葉に反論できないことに悔しさと同時に、激しい怒りがわき出るアリシア。


 その怒りに呼応するかのようにエレナとアリシアが強い光に包まれ、周囲に散らばる輝械人形の残骸の傍らに落ちていた輝石も輝きはじめ、薄暗い空間が一気に明るくなる。


「お前はおしまいだ。復讐という名のママゴトも全部おしまい。お前は何も果たせずに終わる」


「うるさい――うるさい! うるさい、うるさい、うるさい! 生意気なのよ! 今まで私の操り人形でしかなかったアンタが、調子に乗って私に反抗するな! アンタは私に利用されるしか価値のない存在なのに、生意気言うな!」


 娘ではなく道具としてしか見ていないことを改めて突きつけるアリシアの怨嗟の込めた一言に、プリムは一瞬悲しそうな表情を浮かべるが、それを消して力強い表情を浮かべる。


 つい最近まで道具として利用されていたことも知らずに自分にすり寄っていた娘に見放され、アリシアは激情が込み上げるが、同時に胸の中で寂寥感のようなものが芽生えたような気がした。


 それに気を取られそうになるが、胸の中にあるどす黒い感情がアリシアの胸を完全に覆い尽くし、すべてを諦めながらも、憎悪の炎だけが滾った淀んだ瞳でリクトたちを睨んだ。


「もういい――もういいわよ! アンタたちはもう消えなさい!」


 消えろ! 全員消えなさい!

 私の邪魔をする人間は全員消えればいいのよ!


 駄々をこねる子供のようにアリシアは叫ぶと、苦悶の表情を浮かべて膝を突いた。


 エレナにつながる輝械人形を操る装置に向け、アリシアは自分の力を送り込む。


 すると、輝械人形の残骸の傍に落ちていた輝石が輝きはじめ、独りでに浮き上かぶ。


 光を放って浮かぶ輝石の周囲に、輝械人形の残骸も浮かび上がった。


 浮かび上がった機械人形の残骸は、輝石から放たれる青白い光によってつなぎ合わさり、歪だが元の輝械人形の形になると、掌から放たれた一瞬の武輝になった。


 破壊した輝械人形が輝石の力で修復されただけではなく、輝械人形からは強い力の気配と、アリシアに似た憎悪と殺気を放っており、先程の輝械人形と様子が違うのは明らかだった。


 そんな輝械人形に恐れることなく、リクトと幸太郎の前に立ってプリムは対峙した。


「……リクト、コータロー、輝械人形を頼む」


 輝械人形の先にいる母を真っ直ぐと見つめながらそう頼んだプリムは、悠然と歩きはじめる。


 プリムの言葉に幸太郎とリクトは力強く頷き、アリシアのことは娘のプリムに任せた。


 アリシアに向かって力強い足取りで真っ直ぐと向かうプリムに、さっそく輝械人形が襲いかかってくるが――プリムの道を阻む輝械人形の相手をするリクト。


 相変わらず数体の輝械人形に幸太郎は追われているが、それでも陽動に役に立っていた。


 輝械人形の相手を二人に任せたプリムは、徐々にアリシアに近づいた。


 ――来るな! 離れろ!

 私に近づくな!


 近づくプリムを拒絶するアリシアに呼応するように、幸太郎とリクトを相手にしていた輝械人形たちは、幸太郎たちの相手をやめてプリムに襲いかかる。


 輝械人形たちの動きに即座に反応したリクトは、プリムの周囲に光の盾を作った。


 輝械人形たちの攻撃をプリムの周囲に作った光の盾が防いだ瞬間、光の盾は消滅すると同時に小規模の爆発を起こした。


 爆風によって輝械人形は吹き飛び、再びバラバラになって破壊されるが、すぐに光を放つ輝石によって修復され、再びプリムに襲いかかった。


 幸太郎はショックガンの引き金を引き、プリムを襲う輝械人形に電流の纏った衝撃波を放つ。


「ど、どこを狙っておるのだ、幸太郎!」


「ごめんね、プリムちゃん」


 ショックガンから発射された電流を纏った衝撃波は輝械人形に命中してプリムから突き放すことに成功したが、プリムの鼻先に衝撃波が掠めた。


 命中精度の悪い幸太郎に文句を言いながらも、プリムは母の元へと向かう。


 プリムの行く手に輝械人形が立ちはだかるが、幸太郎とリクトが蹴散らす――だが、リクトの攻撃を受けて破壊されても、すぐに輝械人形は輝石の力で修復されるのでキリがなかった。


 現状を打破するためにリクトは幸太郎に視線を向けると、視線に気づいた幸太郎と視線が交錯する。


 目を見てすぐにリクトの考えを悟り、幸太郎は輝械人形をリクトに任せ、アリシアの元へと――正確にはアリシアとエレナの傍にある輝械人形を操る装置に向かった。


 これ以上戦いが長引けばエレナやアリシアの命に係わると判断したリクトは、幸太郎に輝械人形を操る装置の破壊するように頼んだ。


 ――そうはさせない!


 プリムに向いていたアリシアの注意が、輝械人形を操る装置へと走る幸太郎に向き、いっせいに幸太郎に輝械人形が襲いかかる。


 即座にリクトは幸太郎とプリムの周囲に光の盾を生み出し、輝械人形の攻撃から二人を守る。


 今度は二人を守るために、自分の守りが僅かに疎かになったリクトに、輝械人形を向かわせるアリシアだが――目の前にプリムがいることに気づく。


 幸太郎の注意が向いた一瞬の隙を突いて、プリムは駆けて母との距離を一気に詰めていた。


 力強い光を宿して、真っ直ぐと自分を見つめてくるプリムの迫力に気圧されてしまったアリシアは息を呑むが、すぐに我に返って輝械人形を使ってプリムを突き放そうとする。


 だが、それよりも早くプリムは勢いよくアリシアに向けて平手打ちをする。


 同時に、ショックガンから電流を纏った衝撃波が放たれる乾いた破裂音が響き渡り、衝撃波が輝械人形を操る装置に直撃した鈍い轟音とともに輝械人形の動きが停止した。


 同時に、アリシアとエレナを包んでいた光が治まり、娘に頬を張られて呆然自失状態だったアリシアは、輝械人形を操った疲労で崩れ落ちるように両膝を突いて項垂れた。


 リクトはエレナに駆け寄り、頭にかぶらされていたヘルメットのを取り外し、全身につながっている管のようなコードを武輝で切断し、「母さん、しっかりしてください!」と必死に声をかけるが、エレナは項垂れたまま反応しなかった。


 ――私は……私は、終わったの?

 まだ――まだ、復讐は何も終わってないのに。


 輝械人形を操ったせいで心身ともに消耗しきってボンヤリとする頭の中で、アリシアは自分の計画が失敗したことを悟りながらも、認めたくはなかった。


 両膝を突いて項垂れるアリシアからいまだに消えない憎悪の感じ取ったプリムは、忌々しく舌打ちをして、アリシアの胸倉を掴み上げた。


 疲労と、復讐を遂げることができなくなった状況に生気を失った表情を浮かべ、淀んでいる瞳には暗い絶望を宿していたが――瞳の奥にはいまだに滾る憎悪が存在していた。


 尊敬していた母の落ちぶれた様子にプリムは心底失望するが、瞳には熱いものが宿っていた。


「しっかりするのだ、アリシア・ルーベリア!」


 生気を失っているアリシアに喝を入れるように、プリムは怒声を張り上げた。


 しかし、生きる屍と化しているアリシアは何も反応することはなかった。


「私の知るアリシア・ルーベリアはこんなところで終わらない! 敵と見なした人物をとことん追い詰め、しつこいくらいに諦めが悪く、利用価値がある人間なら娘であろうと利用する冷酷な人物で、存分に利用した末に簡単に人を裏切り、自分を守るために平然と嘘をつき、目的のためなら手段を選ばない強かな女だ! そんなお前がこんなところで終わるわけがない!」


 自分が尊敬したアリシアの本来の姿をプリムは力強く、熱く語る。


 ――……うるさい。

 もう、私は終わったのよ。


 プリムの言葉に絶望の深淵に落ちているアリシアの心が僅かに反応するが、それを黙らせた。


「アリシア! お前はこんなところで終わってしまうのか? こんなところで終わってしまっていいのか!」


「――うるさい」


 耳障りなプリムの声をアリシアは喉の奥から絞り出した生気のない弱々しい声が遮り、胸倉を掴むプリムの小さな手を乱雑に振り払い、暗く淀んだ瞳をプリムに向けた。


「私の存在意義は教皇になることだった。それをエレナに奪われてから、復讐だけを目的として、すべてを捨てて生きた――そんな私の存在意義はもうない。もう、私は疲れた……」


 自分の存在意義であった復讐に失敗して、絶望の底に落ちるアリシアを救い出そうとするプリムの手を振り払い、アリシアはそのまま絶望に身を委ねることにした。


 自分の存在意義を失ったアリシアに苛立ちながらも、彼女を再起させる言葉が見当たらないプリムは悔しそうな表情を浮かべていた。


 リクトが必死に声をかけても相変わらずエレナは目を覚まさず、絶望に身を包んだアリシアがいる空間内の空気は暗く、沈む中――「アリシアさん」と暗い雰囲気に妙に響き渡る、能天気な明るい幸太郎の声が響くが、もちろんアリシアは反応しなかった。


「アリシアさんはプリムちゃんのお母さん、ですよね」


 ――そんなこと、どうでもいいのよ。

 はじめから、娘として見ていなかった……母親になんてなったつもりはない。


 突然、自分を母であるという事実を突きつける幸太郎をアリシアは無視すると、すぐに「幸太郎さんの言う通りです」とリクトが続く。


「アリシアさんがどう思おうと、プリムさんはあなたの娘であり、プリムさんのお母さんです……そんな人をプリムさんは見捨てられるわけないでしょう」


 ……今まで道具としてしか見ていなかったのに、そんなことありえない。

 だって、――


 娘として見ていなかったのに、母親らしいこともしたことないのに、リクトの言葉を信じられないアリシア。


 何も言わないが、リクトの言う通りだと言わんばかりにプリムはアリシアを純粋な光を宿した目で真っ直ぐと見つめるが、鬱陶しそうにアリシアは彼女から目をそらした。


 今まで道具としてしか見ておらず、利用するだけ利用して最終的には切り捨てた親は見捨てるはずだと、アリシアは確信していたが――


 今までリクトの声に反応しなかったエレナが、「……アリシア」と今にも消えそうな声で、差し伸べられた手を払い続けているアリシアに声をかけた。


 リクトの腕の中にいるエレナの表情は『教皇』ではなく、アリシアの友人として、優しげな表情を浮かべていた。


「……あなたは先代教皇とは違います」


 心身ともに限界を迎えているハズだというのに、エレナはゆっくりと話しはじめる。


「先代教皇は私利私欲のために自分の地位に固執して、教皇庁を動かしていた。……でも、あなたの行動は過激でしたが、それでも教皇庁のことを考え、未来のために動いていた。あなたが利用して裏切った人間はすべて、教皇庁に害をなす存在ばかりだったからこそ、周りも私もあなたの過激な行動を進んで止めなかった」


 アンタまで、どうしてよ……


 プリムと同じく、自分を見捨てないエレナにアリシアはウンザリした。


「他人を平気で利用して裏切り、目的のために手段を選ばない冷酷な性格のあなたでも、崇高な目的があったからプリムはあなたを尊敬し、見捨てようとしなかった……だから、あなたは先代教皇――とは違います」


 どうして……どうして、あの男との関係を……話したことがないのに。


 エレナが話した事実にリクトたちは驚愕するが、彼らよりも、誰にも話したことのない自分の秘密がエレナが知っているアリシアの驚きが強かった。


 先代教皇と、その愛人の間に生まれた子が自分であるという話は、先代教皇以外、誰も知らないはずだったからだ。


 スキャンダルを恐れた先代教皇が事実をすべて隠したのに、それをエレナが知っていることにアリシアは疑問を抱いていた。


 驚いているアリシアを見ていたずらっぽく微笑んだ後、エレナは申し訳なさそうにする。


「ずっと昔から知っていました。あなたがお父様に認められるために努力をしたのも、裏切られてどんな思いをしたのかも、いずれあなたの努力を無駄にした私に復讐をすることも、すべて知っていました」


「知っていたなら、どうしてアンタは対処しなかったの? 私を追い出すなり、枢機卿の権力を奪えばアンタは苦しむことなかったのに――どうしてよ!」


 自分の秘密を知られて混乱しているアリシアは悲鳴のようなヒステリックな声を上げる。


 アリシアの疑問に優しい笑みを浮かべるエレナは当然といわんばかりに答える――


「友達だからに決まっているでしょう」


 当然だと言わんばかりにそう答えたエレナに、アリシアは目を見開いて驚いていた。


 今まで散々エレナの妨害をしていたのに、そんなことを言われるなんて思わなかったからだ。


「私は教皇ではなく、尊敬する一人の友として、過去に囚われているあなたを救いたかった」


「嘘よ……そんなの嘘に決まってる!」


 もうやめてよ……これ以上――これ以上、私を惨めにしないでよ。


 エレナの言葉が嘘だとアリシアは信じたかった。


 嘘だと思わなければ、自分が長年抱いた気持ちが無駄になるからだ。


「でも……私よりもあなたを救いたいと思っていたのはプリムです。プリムはどんなに裏切られようとも、尊敬するあなたを絶対に見捨てたりはしない……あなたは先代教皇とは違いますから、あなたと違ってプリムは決してあなたを恨みません……もちろん私も……」


 いよいよ体力に限界が訪れたのか、エレナの言葉が途切れ途切れになる。


「……アリシア……私はあなたのようになりたかった……あなたのような積極性と冷酷さを持っていれば、もっと早く教皇庁を変えることができた……すみません、アリシア、そして、リクト……後は――……任せます……」


 アリシアへの憧憬を口に出し、後のことをリクトとアリシアに託したエレナは、眠るように目を閉じた。


「母さん? ――母さん、しっかりしてください! 母さん!」


「落ち着くのだ、リクト! エレナ様は気絶をしているだけだ!」


 目を閉じた母を必死に呼びかけるリクトに、プリムは落ち着いてエレナの状態を確信した。


 エレナが無事なことに僅かな安堵感を得ると同時に、アリシアは苛立った。


 復讐が自分の存在意義と決めた時から、どんなことがあっても後悔しないと覚悟を決めていたハズなのに、その固い覚悟が揺らいでしまったからだ。


 私は絶対に後悔なんてしない……絶対にそんなことはしない!

 なのに……どうしてよ……


 後悔の念と敗北感に押し潰され、アリシアは項垂れたまま動かなかった。


 アリスたちが制輝軍を連れてアリシアを捕えに来るまで、アリシアは動かなかった。

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