第29話
――情けない。
こんな時に見ていることしかできないなんて――クソッ!
力を使い果たして膝を突いている優輝は、肝心な場面で動けず、眺めていることしかできない自分を心底恨んだ。
足を引っ張らないようにと自分に言い聞かせて、大道と沙菜とともにヘルメスに挑んだ優輝だったが、それが逆に仇となり、気負い過ぎたせいで力を使い果たした優輝は早々に戦線を離脱してしまった。
優輝の視線の先では、大道と沙菜がヘルメスと激戦を繰り広げていた。
武輝である錫杖を振って接近戦を仕掛ける大道と、後方で大道の支援をしながら沙菜は武輝である杖から光弾を放って遠距離攻撃を仕掛けていた。
二人の息の合った連携にヘルメスは防戦一方になるが――優輝の目にはアカデミーでもトップレベルの実力者である二人の連携に対応するヘルメスは余裕そうに見えていた。
体術を織り交ぜた大道の連撃によって生まれたヘルメスの隙を、沙菜は的確に突いて遠距離から攻撃を仕掛けるが、大道の相手をしながらも沙菜の動きを把握しているヘルメスは簡単に回避して、迫る光弾を沙菜に向けて弾き返していた。
ヘルメスと戦う沙菜と大道を眺めることしかできない情けなく、役立たずな自分に対して沸き立つ怒りを原動力にして、優輝は武輝を支えにしてフラフラと何とかして立ち上がり、消耗しきった身体に喝を入れて、足がもつれそうになりながらもヘルメスに飛びかかる。
自分に接近する優輝に気づいたヘルメスは、待っていたと言わんばかりに口元を歪めて微笑み、連撃を仕掛ける大道を容易に突き放して、軽やかな足取りで優輝に接近する。
狙いを優輝に変えたヘルメスに即座に反応した沙菜は光弾を連射するが、ヘルメスは容易に武輝で弾き飛ばしながら優輝に近づいた。
優輝に近づくヘルメスに、大道は火の玉に揺らめく光弾を発射しながら飛びかかる。
光弾を最小限の動きで回避しながら、ヘルメスは飛びかかってくる大道を迎え撃つ。
間合いに入ると同時に勢いよく武輝を薙ぎ払う大道の一撃に、ヘルメスは片手に持った武輝である剣で容易に受け止めると、先程回避したはずの大道が放った火の玉のように揺らめく光弾が旋回して一気にヘルメスに襲ってくる。
ギリギリまで光弾を引きつけたヘルメスは、武輝を持っていない手で大道の胸倉を掴んで光弾を防ぐための盾にするが――後方にいる沙菜は大道の周囲に障壁を張って光弾を防御した。
胸倉を掴まれた大道はヘルメスに向けて武輝を突き出すが、それよりも早くヘルメスは大道を地面に叩きつけ、怯んだ彼を片手で軽々と投げ捨てた。
同時に、ヘルメスは刀身に光を纏わせた武輝を軽く振って光の衝撃波を沙菜に飛ばす。
沙菜は障壁を張ってヘルメスの攻撃を防ぐが、彼の攻撃は容易に障壁を破壊した。
ヘルメスの放った衝撃波が直撃した沙菜の身体は吹き飛び、受け身を取れずに地面に激突する。地面に激突した沙菜は気絶したのか、持っていた武輝が一瞬の発光とともに輝石に戻った。
沙菜を戦闘不能にした瞬間、投げ飛ばされながらも空中で体勢を立て直した大道は、友人を倒したヘルメスへの怒りで修羅のような浮かべて、彼に襲いかかっていた。
大きく武輝を振り上げ、勢いよくヘルメスに振り下ろす――が、ヘルメスは容易に回避。
大道の大振りの一撃がヘルメスに回避されてアスファルトに激突した瞬間、爆発音にも似た轟音とともにアスファルトが砕け、破片がヘルメスに飛散する。
アスファルトの破片に気を取られたヘルメスの一瞬の隙を突いて、勢いよく武輝を突き出す大道だが――余裕を持ってヘルメスは横一線に武輝を薙ぎ払って反撃を仕掛ける。
ヘルメスの強烈な一撃を脇腹に受けた大道は膝から崩れ落ちてうつ伏せになって倒れ、大道の手の中にあった武輝が輝石に戻ってしまった。
沙菜と大道が倒される一瞬の出来事に優輝は、立ち向かうことを忘れてヘルメスの持つ底知れない力の一端を見て恐怖感を抱いてしまった。
そんな状態の優輝にヘルメスは悠然とした足取りで近づく。
「久しぶりに身体を激しく動かせて楽しかったが――君のせいで台無しになってしまったな」
肩をすくめて仰々しくため息を漏らしたヘルメスの仮面の奥に存在する目は氷のように冷たく、何もできない優輝の無様な姿を見て嘲るとともに心底失望していた。
「君が不用意に行動した結果、二人は余計な隙が生まれてしまい、こうして倒れてしまった。すべては足手まといでありながらも、不用意な真似をしようとした君が原因だ」
嘲笑を浮かべながら倒れた大道と沙菜を一瞥したヘルメスは優輝にそう告げた。
俺のせいだ……俺のせいで、二人が傷ついてしまった……
何をしているんだ、俺は!
事実なので何も反論できない優輝は、反論できない悔しさ以上に、自分の不用意な行動で沙菜と大道が倒れてしまったことに、強い責任と自分に対しての怒りを抱いていた。
ヘルメスに恐れる自分を奮い立たせるために、手に持った武輝を握る力を強くする優輝。
「まあ、あの執念深いファントムが原因で調子が戻っていないのは仕方がないか」
「ファントムを知っているとセラから聞いていたが……お前はファントムの何を知っている」
「君たちが知る以上に、彼のことはよく知っているよ」
意味深な笑みを浮かべて自身の仇敵をよく知る口ぶりのヘルメスに、優輝はいつでも飛びかかれるように隙を伺いながら質問をぶつける。
ファントム――数年前に大勢の輝石使いを襲う事件を引き起こした『死神』と呼ばれた輝石使いであり、数年間優輝の振りをして、教皇庁が設立した治安維持部隊である
多くの輝石使いのトラウマとして強く記憶に残っている輝石使いであり、セラ、ティア、優輝にとって、ファントムはもっとも苦戦した相手であり、因縁があった。
優輝にとってはセラとティアを長い間精神的に苦しめただけではなく、自分を長期間監禁して薬漬けにした張本人であるファントムは怨敵であり、ファントムのせいで長い間一人で歩くことも、輝石の力を使うことをできなくなったので、優輝は心から彼のことを憎んでいた。
混乱を避けるために、長年ファントムが優輝の振りをして輝士団の団長を務めていたことをアカデミーは周囲に公にしていないのに加え、鳳グループや教皇庁が本気で調査をしてもファントムについては何一つわからなかったのだが、ファントムを詳しく知ると豪語するヘルメスに、優輝は不思議に思っていた。
襲いかかるチャンスを窺うために優輝が疑問をぶつけてくることに気づいているヘルメスは、口元を歪めて楽しそうに笑う。
「彼は君の『代替品』だ――そのせいで彼は君に異常に執着して、憎悪さえも抱いていた」
「……代替品? 一体何を言っている」
「あれは『本物』になるために、私の指示を無視して暴走した――厄介な子だよ、まったく」
「ファントムはお前の指示に従っていたということか!」
数年前に大勢の輝石使いを襲ったファントムを裏で操っていた人物が目の前にいることで優輝の全身に熱く滾る激情が駆け巡り、消耗しきっていた身体に徐々に力が戻ってくる。
「最初は、ね。しかし、元々不安定な存在だったせいで、最終的には君に対する恨みで暴走してしまったのだ――結果、彼は君を監禁して、君に成り代わろうとした」
自分の意図を外れて勝手に行動したファントムを思い浮かべ、深々と嘆息するヘルメス。
「命令を聞かないファントムを処分しようと思ったが、ファントムは輝士団団長となり、教皇庁の深くに潜り込んだことで私の目的のために無視できない存在になった」
……まさか、この男は……
自分がファントムに監禁されていた場所にあった、アカデミー都市内では簡単には揃えられないという機械のことを思い出す優輝。
ヘルメスが自分の目的を果たすためにどんなことをしたのか容易に予想できた優輝の怒りはさらに大きくなり、全身から殺気にも似た怒気が溢れ出す。
それに呼応するように、優輝がきつく握り締めている武輝である刀の刀身に淡い光が放つ。
徐々に失った力を取り戻している優輝を見て、ヘルメスは口角を嫌らしく吊り上げる。
「彼とは色々あったが、彼の地位を利用して私の目的を果たすために、協力してもらうことにしたのだ。しかし、私が直接会って協力を頼めば色々といざこざが起きるから、ファントムとの接触はアルバートに任せた。それが上手く行って、ファントムと協力関係を結んだんだ」
「お前たちはファントムにどんな協力をしたんだ」
「彼が『久住優輝』になるための協力だよ――君に投与した薬はすべて我々が揃えたものだ」
こいつらの……こいつらのせいで――
優輝は長い間の監禁生活と薬の投与で心身ともに壊され、廃人になりかけた。
幸太郎とリクトのおかげで完全に廃人になるのは免れたが、後遺症に苦しんだ。
精神的ショックで髪の毛が白くなり、しばらくはまともに一人で歩けなくなり、輝石をまともに扱うこともできず、大道と沙菜と戦うヘルメスを黙って眺めることしかできないという情けない思いをすることになった。
ファントムだけではなく、後遺症の一端がヘルメスたちもあるということを知り、わき上がってきた怒りがここで一気に爆発する優輝は、感情のままにヘルメスに飛びかかる。
消耗していた身体が嘘のように、激しく優輝は身体を動かして、ヘルメスに攻撃を仕掛ける。
勢い良く振り上げた武輝を、一気に優輝は振り下ろす――鋭いが、単調すぎる優輝の一撃をヘルメスは余裕で回避する。
「武輝に変化した輝石が君の感情に呼応して、力を引き出しているようだ」
怒りに身を任せて格段に動きが良くなった優輝に分析的でありながらも、人ではなくモノを見るような冷たい目を向けるヘルメス。
そんなヘルメスに、型も何もない力任せの怒涛の連撃を仕掛ける優輝。
「お前のせいで――お前のせいで俺の何もかもが変わってしまったんだ!」
怨嗟の声を張り上げながら、両手で持った武輝をフルスイングする。
力任せだが素早く、強烈な一撃に避けることができないと判断したヘルメスは、片手で持った武輝で優輝の一撃を受け止める。
「だが――結局は怒りによって得られた一時的な力だ。すぐに消耗して終わりだ」
自分への激情に支配されている優輝を一瞥したヘルメスは嫌味な微笑を浮かべ、鳩尾に向けて掌底を放ち、優輝を一瞬だけ怯ませる。
怯んだ優輝の脳天に向けて流れるような動作でヘルメスは武輝を振り下ろし、勢いよく武輝を突き出し、勢いよく優輝は吹き飛んで受け身も取れずに地面に叩きつけられた。
先程大道と沙菜に放った攻撃と比べてだいぶ威力を抑えているヘルメスの攻撃だが、それでも本調子ではない優輝には一気に追い詰められるほどの威力を持っていた。
意識が飛びそうになる優輝だが、それを堪えてフラフラと立ち上がる。
……アイツのせいで、俺の力が――
アイツのせいで、俺のすべてが狂った!
ずっと情けない思いをしてきたんだ!
自分の力を奪うきっかけを作り、自分の人生を狂わし、惨めな思いを自分に味あわせてきた目の前にいる仇敵に、優輝は悠長に気絶していられなかった。
満身創痍だというのに全身に闘志を漲らせて激しい怒りと憎悪を宿した優輝の鋭い双眸を見て、ヘルメスの口元は心底愉快そうに、それ以上にサディスティックに歪む。
怒りのままに再び優輝はヘルメスに飛びかかる。
ヘルメスとの間合いに入った瞬間、優輝は我武者羅に武輝を振って連撃を仕掛ける。
激情のままに、怒涛の連撃を仕掛ける優輝だがヘルメスは余裕で回避し、武輝で受け止め続け、構わずに優輝は攻撃を続ける。
――もっと、もっとだ!
もっと――この男を倒せる力を!
ヘルメスに対しての怒りと、力を渇望する強い気持ちで、優輝の動きはさらに鋭くなるが――すぐに、ヘルメスの言う通り、力を使い果たしたせいで動きが徐々に鈍くなる。
「さて――もう少し楽しみたいところだが、そろそろお開きの時間だ」
優輝の攻撃を対応しながら腕時計で時間を確認する余裕な態度を見せるヘルメスは、退屈そうに一度ため息を漏らしてから武輝に光を纏わせる。
そして、余裕に満ち溢れた動作で片手で持った武輝を軽く振い、光を纏う武輝から衝撃波を優輝に向かって発射する。
ヘルメスが発射した衝撃波は沙菜のバリアを破壊したものと同等の威力があったが、頭に血が上っているせいで冷静な判断力を欠いている優輝はそれに気づけなかった。
避ける間を与えないほどの速度で接近する衝撃波を、淡い光を纏った武輝を振って真っ向から立ち向かってかき消そうとする優輝――
「優輝さん、ダメです!」
怒りに支配された頭に妙に響き渡る、焦燥に満ちた悲鳴のような声に優輝は反応すると同時に、僅かに冷静な判断力が戻るが――ヘルメスが放った衝撃波は目前に迫っていた。
そんな優輝の前に、悲鳴のような声の主である沙菜が庇うようにして立ち、気絶するほどのダメージを負ったのにもかかわらず、自身の前に輝石の力で生み出した障壁を張った。
強大な力がぶつかり合い、それが衝撃となって周囲の空間を揺らす。
ヘルメスの強烈な一撃を防いだ衝撃と、大きなダメージが残る身体で無茶をしたせいで、苦悶の表情を浮かべる沙菜は膝から崩れ落ちそうになるが――奥歯を噛みしめてそれを堪え、今度は障壁を破壊されることなくヘルメスの攻撃を受けきった。
ヘルメスの障壁をかき消した瞬間、沙菜は力が抜けたように膝から崩れ落ちた。
突然沙菜が自分とヘルメスの間に割り込んできて唖然としていた優輝だったが、崩れ落ちる沙菜の姿を見て我に返った優輝は、慌てて彼女の身体を抱き止めた。
「沙菜さん! し、しっかりするんだ!」
「だ、大丈夫、です……少し、無理をし過ぎただけですから」
身を焦がすような怒りに包まれていた優輝だが、倒れた沙菜を見て頭に昇っていた血が一気に引いて、必死な形相で腕の中にいる沙菜に声をかける。
泣きだしそうな表情で自分を心配する優輝に沙菜は弱々しくも力強い笑みを浮かべた。
……俺は、また足手まといになってしまった。
また、俺は沙菜さんを傷つけてしまった――
辛いはずなのに自分を心配させないために笑みを浮かべる沙菜の姿を見て、優輝は自分の不用意な行動でまた沙菜を傷つけてしまったことに重い自責の念に襲われる。
「優輝さん……落ち着いてください」
あやすように沙菜は諭すと、泣き出しそうな表情の優輝の頬をそっと撫でる。
「優輝さんは情けなくなんてありません」
眼鏡の奥にある澄んだ瞳で優輝をジッと見つめた沙菜は、何もできない自分を情けないと思うとともに、怒りを抱いている優輝を心を見透かしていた。
「優輝さんが一人でまともに歩けるようになるため、輝石の力を使えるようになるために、血の滲むような努力してきた姿を私はよく知っています――血のにじむような努力の結果を実らせている優輝さんは決して情けなくなんてありません」
優輝の傍でずっとリハビリを突き合ってくれた沙菜だからこそ言える言葉に、重くのしかかっていた自責の念が軽くなった気がした優輝は徐々に力が湧いてくるような気がした。
今度は怒りで得た仮初の力ではなく、心の奥底から沸き立つ力であり、穏やかな心でそれを手にした優輝は自分を理解してくれる沙菜に感謝をした。
「沙菜の言う通りだ! 努力を続けた君は誰にもバカにできない。自分の力を信じるんだ」
沙菜に続いて目を覚ました大道は、優輝を鼓舞しながらヘルメスに飛びかかった。
仰々しくため息を漏らしながら、ヘルメスは襲いかかる大道を対処する。
「輝石は資格者の感情の爆発によって力が一気に向上されるということは、証明されている――私はその手助けをしたというのに、君たちは無駄にするつもりなのかな?」
大道の相手をしながら煽るような嘲笑を浮かべて言ったヘルメスの一言に、大道は「違う!」と大きく一歩を踏み込んで武輝を勢い良く薙ぎ払いながら否定した。
「お前はただ優輝君を煽って、彼が焦る姿を楽しんでいるだけだ」
「力を得たいという欲求が人を強くするのだ。輝士団に所属していた時に多くの団員たちを鍛えていた大道君ならば、それが理解できるはずだと思うのだが?」
「今、優輝君に必要なのは力を求めることじゃない! 厳しいリハビリに耐えた自分を――そして、味方である我々を信じることだ!」
ヘルメスの相手をしながら自分を鼓舞してくれる大道の言葉に、仇敵であり、圧倒的な実力を持つヘルメスと対峙したせいで生まれた、自分自身への怒りと情けなさ、そして、力への渇望のせいで優輝は忘れていたことを思い出す。
……俺は、今回の騒動で幸太郎君たちに頼られていた。
本調子ではないのに、それでも幸太郎君たちは俺の持つ力を当てにしてくれた。
それは、彼らは俺を信じてくれたからだ……俺なんかを信じてくれた彼らのおかげで、途中で諦めることなく、ここまで来ることができたんだ。
……それなのに――みんなが信じてくれるのに、俺はどうして自分信じないんだ!
自分自身に不信を抱けば、信じてくれるみんなを裏切ってしまうことになるのに。
ヴィクターを信じようとする幸太郎やサラサ、自分を当てにしてくれたアリス、そして、不甲斐ない自分を信じてくれる大道と沙菜を思い浮かべる優輝。
俺はどうして力を取り戻したくて焦っていたんだ?
単純に力が欲しいから? いや、違うだろう。
今まで見ていることしかできなくて情けない思いをしたから? ――いや、違う。
恨みのあるヘルメスを倒すため? ――いや、違う。
――久住優輝、俺が強くなりたいと、力を欲したのはそんな理由じゃないだろう!
俺が強くなりたい理由は今も昔も変わらない。 ――そうだろう? 久住優輝。
ヘルメスと戦う大道、腕の中にいる沙菜、幼馴染のセラとティア、今回の騒動に一緒に立ち向かったアリスたち、そして、リハビリに協力してくれた友達たちの顔を思い浮かべた優輝は――心の底から湧き上がってきた力が、熱となって全身を包む。
自分を信じてくれる人たちのために、そして、力を求めた理由を思い出した時――優輝はすべてを取り戻したような気がした。
腕の中にいる沙菜を「ちょっと待ってて」と、一言断りを入れてからそっと放した優輝は立ち上がり、大道と戦うヘルメスを鋭い目で睨んだ。
「優輝さん――……もしかして、あなたは……」
先程とは別人の雰囲気と力強い威圧感を身に纏いながらも、安定した力の流れを感じられる優輝から、尻餅をついている沙菜は驚いたように、そして、凛々しい彼の顔を頬を染めて熱っぽく見つめていた。
大道の相手をしているせいで優輝の変化に気づいていないヘルメスは、武輝を振り上げて飛びかかってくる大道の顔を掴んで、そのまま投げ捨てた。
宙に放り出された大道にヘルメスは光を纏った武輝から衝撃波を放つが――ヘルメスが放った衝撃波はどこからかともなく飛んできた数本の光の刃が衝突してかき消された。
突然自分たちの間に割り込んできた光の刃に、戦闘に集中していた大道とヘルメスはようやく優輝の変化に気づいて、彼に視線を向けた。
肌で感じるほどの強い力でありながらも、安定した力の気配に全身を包む優輝の周囲には、輝石の力で生み出された数十本の光の刃が浮かんでいた。
「輝石の力の原動力である感情を昂らせることなく、安定しながらも高い力を身に纏っているということは――どうやら、君は力を取り戻したようだな」
穏やかでありながらも自分を圧倒する力を放つ優輝を実験動物を見るかのように興味深そうに眺めたヘルメスは、彼が完全に力を取り戻したと判断した――瞬間、優輝の周囲に浮かぶ数十本の刃がいっせいにヘルメスに襲いかかる。
光の刃を発射すると同時に、優輝も駆け上がってヘルメスとの間合いを一気に詰める。
四方八方から襲いかかる光の刃をヘルメスは容易に回避、武輝で受け止め、弾き飛ばした。
弾き飛ばされて自分に飛んでくる光の刃を、武輝を持っていない手で掴んだ優輝は、武輝と光の刃を左右の手に持って二刀流になり、間合いに入った瞬間ヘルメスに攻撃を仕掛ける。
二本の刃から繰り出される無駄も隙もいっさいない連撃に、へらへらと軽薄な笑みを浮かべていたヘルメスから笑みが消える。
激しくもありながらも、流麗な優輝の連撃をヘルメスに仕掛ける様子を、満身創痍の大道と沙菜は割り込める隙が一部も見当たらずに眺めることしかできなかった。
「今後の研究のために教えてくれないか? どうして君は急に力を取り戻した」
「思い出したんだ、自分がどうして力を求めたのか。そして、信じただけだ」
焦ってまで俺が強くなりたかった理由――それは、みんなのためだ。
俺は昔から友達を守るために強くなりたかったんだ。
情けない思いをしたくないために、恨みを晴らすために力を取り戻そうとしたんじゃない。
大切な友達のために、強くなりたかったんだ。
ヘルメスの質問に答えると同時に、ヘルメスに連撃を仕掛けている最中に生み出した数百本以上の光の刃を、一気にヘルメスに向けて発射した。
優輝は数百本以上ある光の刃を一つ一つ操っており、それらの軌道を読んで回避するヘルメスだが、しばらくして回避から自身の周囲に障壁を張って防御に徹してしまう。
「お前が誰であろうと、俺に何をしたんだろうが関係ない――お前は俺の友達たちを傷つけたんだ。それだけは絶対に許さない!」
激怒の声を上げると同時に、光の刃を数百本から数千本に増やす優輝。
数千本の光の刃を一気に発射してヘルメスの張った障壁を呆気なく破壊すると同時に、大上段に構えた武輝を優輝は一気に振り下ろす。
防げないと判断したヘルメスは飛び退いて回避するが――優輝の武輝が振り下ろされた瞬間、ヘルメスのつけていた仮面が真っ二つに割れてしまった。
一瞬だけ露わになるヘルメスの表情だが、すぐに武輝を持っていない手で隠して俯いた。
顔を隠すために俯いているヘルメスは、肩を震わせて心底楽しそうに笑っていた。
「まさかここまで力を取り戻すとは思っていなかったよ! もう少し、君を観察したいところだが、時間もないし、仮面も割れてしまっだ――それじゃあ、また会おう」
そう言い残し、ヘルメスはさっさと優輝たちの前から消えるように立ち去った。
「待て! お前は――」
すぐにでも追いたかった優輝だが――ここで優輝は力を尽きて膝を突いてしまう。
……みんなを守れてよかった……
優輝を心配する大道と沙菜の声が耳に届いたような気がするが、久しぶりに本来自分が持つ力を使った優輝の意識はあっという間に途切れてしまった。
力を取り戻したことによる嬉しさよりも、取り戻した力で大道と沙菜を守れたことが何よりも嬉しく、優輝は安らかな表情で眠るようにして気絶した。
気絶する寸前、一瞬だけ露わになったヘルメスの素顔が頭に浮かんだ。
その顔に優輝は見覚えがあったが、意識が途切れると同時に思考も途切れてしまった。
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