第28話


 多くの輝石使いたちが輝械人形と戦っている中、一際激しい戦いをしているのアリスだった。


 武輝を手にした三体の輝械人形がアリスを翻弄するかのような動きで、一斉に彼女に襲いかかる。


 涼しげな表情でアリスは襲いかかる輝械人形から距離を取るために軽く後方へ向かって跳ねながら、武輝である大型の銃の引き金を引いて三発の光弾を発射する。


 三発の光弾はアリスを襲う輝械人形の輝石が埋め込まれた胸部を撃ち貫いた。


 貫かれた胸部から輝石が床に落ちて、輝石の輝きが失うと、輝械人形は膝から崩れ落ちて機能停止した。


 三体の輝械人形を一気に機能停止させたアリスに、多くの輝械人形に囲まれて守られながら、輝石使いであるにもかかわらず輝石を武輝に変化させることなく、アリスの戦いを観察しているアルバートは称賛の拍手を送った。


「輝械人形の弱点を見破るとは、さすがはヴィクターの娘だ」


「輝石の力で動いているなら、輝械人形から輝石を取り外せば機能停止になるくらい、誰だって理解できる」


 煽るような笑みを浮かべて拍手を送ることには特に気にしていなかったが、アルバートが自分をヴィクターの娘であるということを強調したので、それにアリスは苛立っていた。


 そんなアリスに続々と輝械人形たちが襲いかかってくる。


 迫る輝械人形たちに焦ることなくアリスは冷静に対応して的確に弱点を突く。


 一体一体を確実に機能停止にさせるアリスだが、輝械人形の数は多く、まだ減らない。


 的確に弱点を貫いて確実に輝械人形の機能を停止させるアリスに、アルバートは納得したように何度も頷いていた。


「輝械人形の弱点を克服するのが今後の課題だ――そうだ、輝械人形について君の客観的な意見が欲しい」


「……輝石で動いて、武輝を扱うガードロボットとして見れば革新的だけど、それ以外は普通」


「中々手厳しい意見だ。輝械人形の動力である『部品』の良さによって、強さが変わるのが難点だ。それも、部品は消耗品で、消耗するのが早い――部品の調達は容易だが、出力が不安定なのも今後の課題だな。他に何か意見はあるかな?」


「煌石を扱える貴重な人を動力にしてるけど、煌石を扱う資格を持つ貴重な人材が操るのには見合わない強さだし、動力が消耗する度に交換が必要になるのは非効率」


 武輝である剣を突き出しながら襲いかかる輝械人形に、武輝である銃についた銃剣で対応しながら、吐き捨てるようにアリスは輝械人形を厳しく評価した。


 銃剣で輝械人形のボディを横一文字に切断した後、引き金を引いて光弾を発射して破壊する。


 ひとまず自分に襲いかかる輝械人形を倒したアリスは、複数台の輝械人形に囲まれているアルバートに武輝を突きつけるとともに、射抜くような眼光を飛ばした。


「私なら、動力である人を命の危険が及ぶまで消耗させる輝械人形は欠陥品と判断する」


 輝械人形を欠陥品であるとハッキリと告げるアリスに、アルバートの整った表情に憎悪が宿るが、それをすぐに消して仰々しくやれやれと言わんばかりにため息を漏らした。


「未来のために犠牲になれるんだ。動力となった人間も悔いはないだろう」


「自分から動力になった人間がどうなろうが別に構わないけど、ほとんどの人間はあなたが思い描く、『明るい未来』とやらのために犠牲になるつもりはない」


「増え続ける輝石使いはきっと世界に災いをもたらす。私はそんな存在を管理・監視し、一般人でも輝石使いに対抗できる武器を作り出して、一般人と輝石使いの力の差を埋めることを目標としている――輝石使いによる理不尽な暴力や、無駄な争いを避けることができる未来を作るための犠牲になれるのだ。きっと、犠牲になってよかったと思えるだろう」


「未来を築くために多少の犠牲が必要な時があるけど、あなたの考えを他人に押しつけないで。大層なことを並べてるけど、あなたのしていることは自己満足を満たすための傍迷惑な行動で、決して未来のためになんて行動していない。あなたの思い描く未来は独り善がりの妄想」


 自分が思い描く未来を酷評したアリスに、アルバートの整った顔立ちが憎悪で醜く歪んだ。


「父のヴィクターと同じことを言うなんて、やはり君たちは親子か――実に苛立たしい! さあ、輝械人形たちよ! 少し痛めつけてやれ」


 自分を否定するアリスにヴィクターの面影が見えたアルバートはついに自分勝手な醜い本性を表情に露わにさせ、怨嗟に満ちた声で指示を出すと同時に、大量の輝械人形がアリスを襲う。


 さっきまでの輝械人形はアリスの動きを観察するかのような動きで隙が多かったが、今度の輝械人形はアリスを本気で倒すために動いていた。


 自分の戦闘データを収集するアルバートのために輝械人形が動いていたが、自分の一言で逆上したアルバートに呼応して、輝械人形は動きを変えたとアリスは判断した。


 今までは容易に、一撃で輝械人形を機能停止させていたアリスだったが、一気に動きが激しくなった輝械人形たちの動きに中々反撃できずにいた。


 輝械人形の攻撃を回避した先に、別の一体がアリスに攻撃を仕掛け、攻撃を仕掛けようとするアリスの邪魔をするという連携を輝械人形たちは見せはじめ、アリスは防戦一方になる。


 防戦一方になったアリスの細い身体に、輝械人形たちの攻撃が掠める度に、アルバートの表情に加虐心に満ち溢れた満足そうな笑みを浮かべた。


 ……この動き、何かおかしい。


 見事な連携を見せる輝械人形の動きに、違和感を覚えるアリス。


「輝石使いはいずれ世界に大きな争いと災いをもたらすという私の考えを、昔はヴィクターも肯定していた。輝械人形も輝石使いに対応できる武器として、ヴィクターは私とともに開発を行っていた。しかし、祝福の日を以降ヴィクターは変わった――いや、怖気ついたのだ」


 ヴィクターの話題が出た途端、アリスは思考を中断させ、冷静沈着だった動きが僅かに感情的になる――その微妙な変化を感じ取ったアルバートは嫌らしい笑みを浮かべた。


「輝石使いの存在を祝福の日以降のヴィクターは守るべきだと言ったのだ。祝福の日を引き起こした原因を作ったことに対して、罪悪感を抱いてしまったのだろう」


「……たとえ、そうだとしても。犯した罪は消えない」


「その通り! 犯した罪は決して消えはしないのだ!」


 自分の言葉を信じたくないアリスに、アルバートは嬉々とした笑みを浮かべて同意する。


「愚かにもヒューマニズムに流されたヴィクターは、すぐに輝械人形の共同開発を打ち切り、アイツは私の研究の邪魔をして、私はアカデミーから追放された!」


 ヴィクターに裏切られたことに対しての憎悪が爆発すると、アルバートの感情の爆発に同調するようにアリスを襲う輝械人形の動きが激しくなる。


 感情的になった人間のように動く輝械人形から余計な隙が生まれてしまっていた。


 その隙を突いて、武輝である槍を突き出して向かってくる輝械人形に、アリスは武輝である銃を槍のように振い、大きく一歩を踏み込んで銃剣を突き出した。


 突き出した銃剣で飛びかかる輝械人形を突き刺すと同時に、離れた場所にいる輝械人形はアリスに向けて光を纏う武輝から衝撃波を放つ。


 咄嗟にアリスは突き刺したままの輝械人形を盾代わりにして衝撃波を防いだ。


 衝撃波を防ぐと同時に背後から武器を振り下ろした輝械人形が現れ、銃剣に突き刺された輝械人形もヨロヨロした動きで手に持った武輝をアリスに振おうとする。


 引き金を引いて光弾を発射して銃剣で突き刺した輝械人形を破壊して、振り返りながら武輝を大きく薙ぎ払い、背後で襲いかかる輝械人形のボディを銃剣で横一文字に切断した。


 二体の輝械人形を破壊すると、攻撃が一旦止まるが――まだ大量の輝械人形がいた。


 ……キリがない。


 大量の輝械人形を相手にしてアリスはウンザリするとともに、消耗しはじめていた。


 軽く息を切らしているアリスの様子を、アルバートは満足そうに眺めていた。


「父の話題を出す度に感情的になるほど嫌う君ならわかるだろう? ヴィクターは偽善者であると。アイツの罪滅ぼしは、自己満足でしかないのだ」


「それは同感」


「君とは中々気が合いそうだ」


「それは勘違い」


 自分と気が合いそうだと言ってのけるアルバートに、アリスは心底嫌がった。


「……あの男が罪滅ぼしをしても、輝石使いを増加させて世界中を混乱させた原因を作った一人であることには変わりないし、結局は偽善者だ」


 父に対して容赦のないアリスに、アルバートはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。


 ……そうだ、何をしようがあの男の罪は変わらない。

 目の前にいるアルバートと同じような存在だ。

 でも――


 ヴィクターを憎む気持ちは変わらないが、それでもハッキリとしていることがあった。


 事件解決を自分や幸太郎たちに託した父、疑われた父を信じる幸太郎たち、そして、父を恨むアルバートの言葉を聞いて、アリスは漠然としていないが自分なりの解答を見つけたからだ。


「私は自分が思っている以上にあの男を理解していないけど――輝械人形みたいな欠陥品の失敗作を作り続けるアンタよりも、あの男の方がだいぶマシ」


 真っ直ぐな光を宿した目でアルバートを見据え、アリスは自分なりに出した答えを口に出す。


 父を赦せないが、父が罪悪感を抱いて生きてきたことだけは不承不承認めることにした。


「あの男を評価するのはムカつくけど、アンタのくだらない研究の邪魔をしたのは評価する」


 挑発的な微笑を浮かべて自分の研究をくだらないと言ったアリスに、アルバートの顔が憎悪で醜く歪み、彼の感情の変化に呼応するように、周囲にいる輝械人形の赤く光る双眸が一瞬だけ煌めき、無機質な殺気が強みを帯びた。


「遊びはおしまいだ!」


 激情のままに輝械人形に指示を出そうとするアルバートを、サラサは武輝の引き金を引いて光弾を発射して邪魔をしようするが、輝械人形に受け止めれられる。


 それでも構わずに次々とサラサはアルバートに向けて光弾を放ち、光弾はエントランス内に縦横無尽に、不規則な動きで駆け回ってアルバートに向かうが、すべてを輝械人形が防いだ。


 輝石を武輝に変化させて、輝石の力を全身に纏っていないアルバートがアリスの放った光弾を直撃したら大怪我では済まないが、それでもアリスは何度も引き金を引いて光弾を発射する。


「――すぐに彼女を見つけるのだ!」


 輝械人形に指示を与えさせないように攻撃を続けていると思っていたアルバートだったが――攻撃を続けていたアリスの姿が急に視界から消えたことに気づいて、自分の判断が間違っていたことを悟り、怒声を張り上げて輝械人形に指示を出す。


 しかし、指示を出した時にはもう遅かった。


 瞬時にアルバートとの間合いを詰めたアリスは、彼の手首を捻り上げながら組み敷き、彼の背中に武輝の銃口を押し当てて抵抗できなくさせた。


 輝石を武輝に変化させていない一般人も同然なアルバートはもちろん、アリスが放った光弾に集中していたせいで輝械人形たちは反応できなかった。


 ようやく輝械人形は反応して、アルバートを組み敷いているアリスに武輝を向けるが、彼女を攻撃すれば自分たちに指示を出すアルバートを巻き添えにしてしまうので攻撃できなかった。


「これでアンタは輝械人形に正確な指示を出せない」


 そう言って、捻り上げたアルバートの手からアリスは小さな機械を取り上げた。


 アルバートの感情に呼応するように動く輝械人形は、機械的ではなく感情的な動きになっていることを察したアリスは、彼自身が操って輝械人形を操って自分を攻撃していると推測した。


 推測通り、アルバートは輝械人形を操るコントローラーを持っていた。


「これでアンタのくだらない研究も、アンタが思い描く未来の妄想も全部終わり」


 敗北を突きつけるアリスだが、まだアルバートの表情には余裕があり笑っていた。


 耳障りなアルバートの哄笑がエントランス中に響き渡ると、輝械人形たちに異変が起きる。


 制輝軍や教皇庁の人間と戦っていた輝械人形たちの手に持っていた武輝が消えると、輝械人形は脱力したように膝を突き、赤く光る双眸が明滅を繰り返す。破壊されて機能停止した輝械人形の双眸も赤い点滅を繰り返す。


 ……まさか!


 突然の事態にエントランス内の空気が戸惑いに包まれるが――輝械人形の異変の正体に誰よりも早く気づいたアリスは、笑い続けるアルバートの胸倉を掴み上げた。


 胸倉を掴み上げた瞬間、輝械人形を操っていたコントローラーを持っていた手とは別の手から、スイッチが零れ落ちた。


「自爆装置をセットしていたのね!」


「備えあれば憂いなしだろう?」


「自爆させたらこの場にいる人間がどうなると思ってるの? アンタも命を落とすのに!」


「私の目指す未来が閉ざされてしまうのならば、この世界にいる意味はない」


 自分の思い通りにならなければ大勢の人間を巻き添えにするアルバートの自分勝手な覚悟と狂気を感じたアリスは、胸倉を掴んでいた彼を思いきり地面に叩きつけ、押さえつけた。


「止めなさい!」


「それは無理だ。一度起動してしまえば解除は不可能。破壊しても、自爆は確実にする」


「止めなさい! 今すぐ、止めろ!」


 馬乗りになったアリスは、輝械人形を自爆させようとするアルバートの顔面を武輝である銃の銃床で殴りつける。


 痛めつければ考えは変わるだろうとアリスは思っていたが、口の端から血を流したアルバートは焦るアリスを見て嫌らしい笑みを浮かべており、考えは変わらないようだった。


「みんな、逃げて! 輝械人形が自爆する!」


 簡単に解除方法を聞き出せないと判断したアリスは、エントランス内の人間の避難を促す。


 輝械人形たちの異変に加えて、必死な形相を浮かべて悲鳴にも似た怒声で警告するアリスに、エントランス内にいる輝石使いたちは一目散に逃げる。


 大勢の人間がいなくなって一気に静まり返るエントランス内に残るのは、アリスとアルバートだけだった。


「君はどうして逃げない。爆発まで後一分もないというのに」


「ここにはまだみんなが残ってるの。私一人だけ逃げることはできない。みんなを守るために、一分以内にアンタから何としてでも自爆の解除方法を聞き出す」


「言っただろう、そんなものはないと」


「執念深いアンタが簡単に自分の目的を諦めて心中なんてしない。絶対に解除方法はある」


 目的のためなら手段を選ばず、目的である『明るい未来』のために動くアルバートなら簡単に諦めることはしないだろうと思っているからこそ、自爆は止められる手段はあると確信していた。


「……自爆を止められなかったら、仲間が巻き込まれるから私は絶対に逃げないし、アンタも逃がさない。道連れにする」


「そっくりそのままお返ししよう。私も君たちを道連れにする覚悟はできている――すべては明るい未来のためだ。私の意思を継ぐ者はちゃんといるから、道半ばで逝っても恐れはない」


「最後になるかもしれない一分で、私はアンタにありとあらゆる苦痛を与える」


「目的のためなら何でもするその強引さ、父親によく似ているよ」


 多少強引で非道な手段を使っても、仲間のために逃げないアリスは、残りの時間を使ってアルバートを痛めつける準備は整っていた。


 目的のためなら手段を選ばないアリスからヴィクターの面影を見たアルバートは、気分良さそうに哄笑するが、そんなアルバートの顔面を武輝で思いきりアリスは殴ろうとすると――


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!」


 切羽詰まった状況を心底楽しんでいるような笑い声がエントランス中に響き渡った。


 聞き慣れた耳障りな笑い声に、普段なら機嫌が悪くなるアリスだが、今だけはその笑い声を聞いて安堵感を得ていた。


 一方のアルバートは、怨敵の笑い声を聞いて余裕そうな表情を一変させて、激しい憎悪とともに、僅かな焦りを表情に宿した。


「安心したまえアリス! 輝械人形は自爆することはない!」


 気分良さそうに笑いながら、意味不明なポーズを決めて颯爽と現れたヴィクターはそう豪語した。


「どういうことだ、ヴィクター! 簡単には解除できないハズだ!」


 誰よりも早くヴィクターの言葉に反応したアルバートは、アリスに組み敷かれながらも怒声を張り上げた。


「昔から用意周到な君は確実に輝械人形に自爆プログラムを入れていると思ったよ。輝石の力で動いている以上、輝械人形を遠隔操作で完全にコントロールすることはできないが、それでも自爆プログラムだけは私にも十分に解除できる。備えあれば憂いなしだろう?」


 娘に組み敷かれているアルバートを冷たい目で見下ろして、ヴィクターは自慢げに答えた。


「前回の事件と同様、君は肝心なところで詰めが甘いな。不測の事態に備えていない。前回、プリメイラ・ルーベリアに取り付けた小型の発信機を、私が彼女に取り付けた妨害装置でダメにしたので学習したと思ったのだが?」


 挑発的な笑みを浮かべるしクターに、アルバートの顔は屈辱と憎悪で歪む。


 ……そうか、だからあの時――

 でも、妨害装置が取り付けられたなんて報告、聞いてない……


 ヴィクターの言葉で、一か月前に起きた事件で、小型の発信機をプリムに取り付けて、いつでもとらえることができたのにもかかわらず、犯人が慌てた様子で車でプリムを連れ去った時の様子をアリスは思い出し、犯人が急に車で現れた理由に納得していた。


 だが、同時に疑問も生まれてしまった。

  

「貴様は――貴様はまた私の邪魔をするというのか! 私の研究を、私の未来を否定するというのか! 今更偽善ぶるなよ、ヴィクター!」


 組み敷いているアリスを圧倒させるほどの迫力が込めた怨嗟の声を張り上げる、鬼気迫る表情のアルバートだが、ヴィクターはやれやれと言わんばかりにため息を漏らした。


「君の思い描く未来に賛同するべき点はいくつかあるが――だが、結局未来を作るのは、君の開発する兵器ではない、『人』だ」


「未来を支配するのは増え続けた輝石使いだ! お前の言う未来を作る『人』の居場所はほとんど失われている! 輝石使いは危険な存在であり、排除か管理をするべきなのだ」


「確かに輝石使いは危険な存在であるが、彼らも『人』であることには変わりない」


「他人を圧倒する力を持つ者が人間だと? 輝石使いは一般人にとっては恐れられているのだ! そんな者を果たして人間と呼べるのか? ――いや、それはただの化物だ! 化物の手綱は引いておかなければ、弱者は食われてしまう!」


「今のままでは最悪の未来になる可能性があるが――未来とは不確かなもので、輝石使いは変われると信じている」


「確証はあるのか?」


「もちろんあるさ」


 激しい舌戦を繰り広げるヴィクターとアルバート。


 輝石使いを排除か管理をするべきだと主張するアルバートに多少の同意を示しつつも、ヴィクターは輝石使いを信じていた。


 輝石使いが変われると豪語するヴィクターはアリスに視線を向ける。


 突然見つめられたアリスは不機嫌そうに睨み返した。


「今回、私の無実を証明してくれたのは制輝軍に所属する我が愛しの娘、教皇庁の人間であるリクト君とプリム君、鳳グループに近い存在であるサラサ君、風紀委員という中立組織に所属するモルモット君、風紀委員に近い存在である優輝君――それぞれ立場が違うというのに、彼らは今回の件で協力し合ったのだ。それこそが未来への希望なのではないかな?」


「……そんなもの詭弁だ!」


「今回の騒動を見てきた君なら、彼らが協力し合ってきたのを見て、何か感じたのではないかな?」


「だ、黙れ!」


 上手い反論ができないアルバートに、勝ち誇ったような笑みを浮かべるヴィクター。


 そんなヴィクターに憎悪と、悔しさを募らせるアルバートは、獣のような雄叫びを上げて組み敷かれている状態からもがいて立ち上がろうとするが、組み敷いているアリスは決して逃がさない。


「覚えておけ、ヴィクター! 何をしても、何を言っても貴様は偽善者だ! 貴様のした行いは消えない! そして、近いうちに世界は変わる! 私の輝械人形が必要とされる世界が――」


 暴れようとするアルバートを抑えるために、アリスは辟易した様子で手に持った武輝を彼の首筋に当てて輝石の力を僅かに流すと、一瞬強く身体を痙攣させた後にアルバートは気絶した。


 アルバートが気絶したことを確認すると、アリスは武輝を輝石に戻し、ポケットの中から結束バンド状の手錠を取り出して、アルバートを拘束した。


「気絶しているようだが、アルバートは大丈夫なのかね?」


「一応」


「それならよかった……一応は友人なのだ。後味が悪いのは嫌なのだよ」


 アルバートの身体をまさぐって何か所持品がないのかを調べるアリスに、フレンドリーに話しかけるヴィクターだが、相変わらず娘は素っ気ない態度を取っていた。


 自分の作業に集中するアリスと、そんな娘を楽しそうに見つめるヴィクターの間に、しばらく沈黙が続いていたが――「ねえ」とアリスは作業をしながらふいに父に話しかけた。


 ここまで来た目的を尋ねようとするアリスだったが、僅かに緊張してしまい、父を呼ぶ声が僅かに上擦ってしまっていた。


「……祝福の日を起こした原因を作ったこと、後悔してる?」


 幸太郎たちやアルバートの話を聞いて、父が罪悪感を抱いているかもしれないと思っていたが、自分の推測であり父の口から聞かないと意味がないため、アリスはそう尋ねた。


 想定外のアリスの質問に虚を突かれつつも、ヴィクターは力強い笑みを浮かべて答える。


 いつものように憎たらしいほどの明るいヴィクターの笑みだったが、僅かに曇っていた。


「世界が変わった瞬間に立ち会えたのだ! あの時の光景は忘れるわけがない! これから先何年も生きるとしても、祝福の日は決して忘れることはないだろう! ――そう、決して」


「……そう」


 ……私は一人で背負っていた気になっていたけど、単なる思い上がりだった。

 私一人で苦しんでいたわけじゃない。


 おどけた様子で答えるヴィクターをウザいと感じつつも、何となくだが父の気持ちを理解するとともに、今まで自分だけが背負った気になっていた自分に、アリスは自虐気味だがスッキリしたような微笑を浮かべる。


 晴々とした表情を浮かべる娘の頭を、おもむろにヴィクターは優しく撫でた。


「……少しは軽くなったかな?」


「多分」


 自分を見透かしているようなヴィクターの言葉に不快感を覚えながらもアリスは素直に頷く。


 素直な娘の態度に気を良くしたヴィクターは娘の頭を優しく、無遠慮に撫で回すが――鬱陶しそうにアリスは父の手を振り払った。


「ウザい」


 冷たい一言を放つアリスだが、言葉に込められた父への憎悪は小さくなっていた。


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