第27話

 輝械人形たちと輝石使いたちの戦いが繰り広げられているエントランスから離れた通路で、サラサとジェリコは激しくぶつかり合っていた――が、攻撃を仕掛けることも、剣戟を繰り広げることもなく、二人は目にも止まらぬ速さで動き回っていた。


 ただ闇雲に動き回っているわけではなく、ある程度間合いを取りながら激しく動いていた。


 存在感が薄いとよく言われるサラサは音もなく相手の背後に忍び寄って攻撃を仕掛ける奇襲戦法を得意としていたが――それはジェリコも同じだった。


 奇襲戦法を得意とする二人は、死角から相手に攻撃を仕掛けようとするが、即座に相手が残像を残して死角へ移動する――という行動を何度も繰り返していた。


「……君はドレイクさんの娘だ。できれば、手荒な真似はしたくはない」


 サラサの背後に回り込んで、武輝であるナイフの切先を首筋に突きつけたジェリコはそう告げた。


「私も、ジェリコさんがお父さんのお友達なので、戦いたくはない、です――でも、もし、私がジェリコさんと戦うのをやめたら、ジェリコさんはどうします、か?」


「無論、アリシアの元へと向かったリクト様たちを追い、アリシアを援護する。彼女は教皇庁にとって必要不可欠な存在だ、今失うのは惜しい」


「それなら――私は退けません」


 父の友人であるジェリコと戦うことに躊躇いを口にするサラサだが――ここで自分が戦いをやめたら、彼が先へ向かったリクトたちに危害を加えると思ってサラサは退かない。


 サラサから決して退かない意思を感じ取り、ジェリコは深々と一度ため息を漏らした後――武輝である二本のナイフを振って、彼女に攻撃を仕掛けようとする。


 ジェリコの攻撃が届く寸前、サラサは今まで以上のスピードで自身の背後にいる彼の背後に回り込んだ。


 サラサの動きについて来れなかったが、ジェリコは長年の戦闘で培われた勘でサラサが背後にいることを察する。


 しかし、ジェリコが何らかの行動をするよりも早く、サラサは左右の手に持った武輝である二本の短剣を交互に振り下ろした。


 背後に回ったサラサの一撃による痛みにジェリコは顔をしかめるが、すぐに無表情に戻して、振り返りながら左右の手に持ったダガーを薙ぎ払った。


 ジェリコの攻撃をサラサは後方に身体をそらして回避しながら、足を振り上げた。


 身体を後方にそらす勢いで振り上げたサラサの足の爪先がジェリコの顎に直撃し、一瞬怯んだジェリコに更なる追撃を仕掛けるサラサ。


 一方の手に持った武輝を振り下ろし、もう一方の手に持った武輝を薙ぎ払い、最後は勢いよくそれぞれの手に持った武輝を同時に突き出した。


 強烈なサラサの連撃にジェリコは吹き飛び、壁に激突する。


 サラサの連撃を受けながらも、立ち上がったジェリコの表情にはまだ余裕があった。


「どうやら、輝石使いとしての君の実力はドレイクさんや私を軽く超えているようだ」


 サラサと自分との間に力の差があることを悟りつつも、ジェリコの表情は至って冷静だった。


「だが、私は君には持っていないものを持っている――」


 ジェリコの身体が、サラサの目には一瞬ぶれたように映った。


 残像を残して消えたと判断したサラサはジェリコの気配を読み、即座に自身の左斜め後ろにいると気づいて身体ごと振り返る――が、気配を感じたはずの位置にジェリコはいなかった。


「私が持っているもの、それは圧倒的な経験の差だ」


 後方からジェリコの声が聞こえて振り返るサラサだが、振り替えようとするサラサに無駄のない動きで、ジェリコは左右の手に持った武輝を流れるような機械的な動作で振う。


 友人の娘に対していっさいの躊躇いのない攻撃が直撃してサラサは怯む。


「戦闘経験の少なさから、君は自分の予測が外れた時に戸惑ってしまい、隙が生まれる」


 怯んだサラサに向かって勢いよく回し蹴りを放つジェリコ。


 怯みながらもジェリコの回し蹴りを受け止めるサラサだが、間髪入れずにジェリコは武輝を勢いよく薙ぎ払ってサラサを吹き飛ばし、受け身も取らずにサラサは地面に叩きつけられた。


「最大の欠点として、君には戦うことに躊躇いがある。君は私と戦うと宣言しておきながらも、優しい性格のせいで一撃一撃に躊躇いが生じ、決定打を与えられない。先程の連撃で君は私にトドメを刺せたはずなのに、それができなかった――それは重大な欠点だ」


 自分でも十分に理解しているサラサの悪い癖を次々と指摘しながらジェリコは、立ち上がろうとする彼女に近づいた。


 全身に回る痛みに堪えながらも、ジェリコに向けてサラサは疾走して攻撃を仕掛ける。


 目にも止まらぬ速度で武輝を振って連撃を仕掛けるサラサだが、防戦一方になりながらも一撃一撃に躊躇いのあるサラサの攻撃はジェリコに当たらなかった。


 連撃の合間の僅かな隙を突き、サラサの攻撃をジェリコは身体を回転させて回避すると同時に武輝を振って反撃を仕掛けるが、サラサは冷静にジェリコの一撃を武輝で受け止める。


 間髪入れずにもう一方の手に持ったジェリコの武輝であるナイフの切先が襲いかかってくるが、それよりも早くサラサはもう一本の武輝を突き出した。


 サラサの一撃がジェリコに直撃するが、構わずにジェリコは攻撃を続ける。


 相打ちになるが――ジェリコの躊躇いのない攻撃を受けたサラサのダメージの方が大きかった。


 ジェリコの捨て身の一撃にサラサは膝を突いてしまう。


 膝を突くサラサをジェリコは軽蔑を宿した冷めた目で見下ろしていた。


父と同様、君は詰めが甘い」


「……お父さんと、お友達じゃなかったんです、か?」


 友人であるはずの父を『愚か』だと評価するジェリコを、サラサは怪訝そうに見つめた。


「もちろん、今でもドレイクさんを尊敬する友人だと思っているが――同時に軽蔑している」


 淡々と吐き捨てるように発せられたジェリコの言葉が、サラサは嘘には聞こえなかった。


「セイウス・オルレリアル――あの腐った枢機卿を知っているだろう?」


 ジェリコの口から出た、セイウスのことはもちろんサラサは知っていた。


 今やアカデミー都市の中で知らない人がいないであろう存在であり、教皇庁の汚点だった。


 セイウスは枢機卿でありながらも好き勝手に権力を振い、一か月前に私怨のためにプリムを誘拐した人物であり、今はプリムを誘拐した事件で捕まり、『枢機卿』の立場を剥奪され、輝石使いの犯罪者や輝石に関わる事件を起こした犯罪者が収容する施設・『特区』に収容されていた。


「かつて、私とドレイクさんはセイウスのボディガードとして働いていたのだが、とある事件で護衛に失敗して、セイウスに怪我を負わせた。その全責任を負ったドレイクさんは、セイウスの恨みで教皇庁を追われてしまった」


 セイウスと父の因縁を知らなかったサラサは目を見開いて驚いていた。


 今まで無表情であったジェリコだったが、私怨で理不尽な判断を下した忌々しいセイウスを思い出して、氷のように冷たかった彼の表情が激情で熱くなっていた。


「セイウスが怪我をしたのは、ドレイクさんだけの責任ではなかった――相手が悪かったことに加え、私を含めた多くの人間が早々に倒れてしまったせいでもあった。それなのに、最後まで立ち向かったドレイクさんは、愚かにもすべての責任を負った」


 セイウスへの怒りを表情に宿していたジェリコだったが、全責任を負ってたドレイクを愚かだと吐き捨てると、セイウスへの怒りからドレイクへの軽蔑を表情に宿した。


「利口な方法があるのに、それを放棄してドレイクさんは全責任を負って教皇庁から去った――愚かとしか言いようがない。私はドレイクさんのようになるのが嫌で、流れを読む力を身に着けた。物事や人の流れを読んで利口に行動して、理不尽な目に巻き込まれないために」


 軽蔑しながらも、新たな力を得るきっかけを作ったドレイクにジェリコは感謝をしていた。


「流れを読みながら日々を過ごしている時に出会ったのが、アリシア・ルーベリアだった……アリシアは慎重派の教皇エレナとは違い、積極的に教皇庁――いや、世界を変えようとしていた。彼女から大きな流れを感じた私は、彼女に従うことにした」


「ジェリコさんは、流れの主流から外れないために、私と戦うんですね?」


「そうだ。君も父親のようになりたくなければ、流れを読むんで利口に生きるべきだ。エレナが率いている今の教皇庁には未来はない。アリシアが率いる教皇庁にこそ、未来はある」


 アリシアが時代の流れの主流であることを感じ取ったからこそ、ジェリコはアリシアという主流に乗るために従っているが、それ以上にジェリコは彼女に心酔していた。


 プリムたちのために戦う自分と同じように、ジェリコもアリシアのために戦っているとサラサは気づくと同時に、戦いは絶対に避けられないと改めて感じていた。


 父の友人であるジェリコと戦うことに躊躇いを抱くサラサだが――徐々に胸に熱い感情がグツグツと沸き立っていた。


「もしも……ジェリコさんがお父さんと同じ立場で、責任を取らされることになったら、どうするんですか?」


「無論、自分一人では責任を負わないだろうし、有象無象の輝石使いはたくさんいるから最悪の場合は誰にかに責任を負わせればいいだけだ。それに、あのセイウスには当時から様々な悪い噂があった。それを利用して脅せばよかった」


 自分がドレイクと同じ、責任を取らなければならなくなった状況での対応策をスラスラと述べるジェリコ。


 そんなジェリコを、冷めた光を宿した鋭い双眸でサラサは失望したように見つめていた。


「……ジェリコさんの言う通り、お父さんは利口じゃないと思います。他人のために簡単に自分を犠牲にできるし、お人好しですし、不器用ですし、損する性格をしています」


 父を愚かだと評価するジェリコにサラサは同意するが、「でも――」と話を続ける。


 静々と話しているサラサから、ジェリコは肌を刺すような空気を感じていた。


「私はそんなお父さんを尊敬しています」


 真っ直ぐとジェリコを見据えて、サラサは力強い言葉で宣言した。


「アリシアさんは立派な人かもしれません。でも、教皇を誘拐した今のアリシアさんは暴走しています。流れを読んでるなら、ジェリコさんはアリシアさんを止めるべきだった」


「アリシアの率いる教皇庁こそ明るい未来があると私は信じて――」


「ジェリコさんは流れを読んでいると言っていますが、それは結局自己保身です」


 知ったような口を聞くサラサの指摘に、ジェリコは激情を抱くが――反論できなかった。


「ジェリコさんは自己保身に徹するあまり、流れを読むことを忘れて従っている人の間違いを指摘できないただの臆病者です……そんな人に、お父さんをバカにする権利はない!」


「……黙れ」


 怒声を張り上げたサラサからは、先程までとは人が違ったように闘志が漲っていた。


 そんなサラサに気圧されながらも、彼女の指摘に上手く反論できないジェリコは悔しそうに歯噛みしてサラサに飛びかかる。


 相変わらず目にも映らぬスピードでジェリコはサラサの背後に回って、ジェリコの気配を察したサラサは振り返る――が、ジェリコは振り返ったサラサの背後に立っていた。


「同じ手は二度も通用しません」


 不意打ちを仕掛けようとするジェリコだが、即座に反応したサラサは素早く反撃する。


 左右の手に持った武輝である短剣をジェリコの脇腹めがけて同時に薙ぎ払った。


 先程までとは段違いの速度で武輝を振うサラサにジェリコは対応できるはずがなく、直撃。


 輝石使いは輝石を武輝に変化させると同時に輝石の力をバリアのように全身に身に纏い、多くの攻撃を無力化・軽減化することができるが――今のサラサの一撃にいっさいの迷いも躊躇いもなく、バリアの上からでも十分すぎるほど効く威力を持っていた。


 強烈なサラサの一撃に思わず膝を突くジェリコの脳天めがけ、武輝を思いきり振り下ろし、怯んだところでもう一方の手に持った短剣を突き出した。


 躊躇いも容赦のないサラサの連撃にジェリコは吹き飛び、手に持っていた武輝を手放してしまった。ジェリコの手から離れた武輝は数瞬の間を置いて輝石に戻った。


 武輝を手放したジェリコは気絶しているのか、仰向けに倒れたまま動かなかった。


 サラサは父をバカにされて昂った感情を抑えるために深呼吸をするが、中々上手くできずに、荒い呼吸を何度も繰り返してしまっていた。


 しばらくサラサの荒い息遣いだけが響いていたが、落ち着きを取り戻したサラサはジェリコに近づき、風紀委員に支給されている結束バンド状の手錠をかけようとするが――


 瞬間、仰向けに倒れたはずのジェリコは起き上がり、懐から教皇庁のボディガードに支給されているショックガンを取り出して引き金を引いた。


 乾いた音ともに電流を纏った不可視の衝撃波がサラサに襲いかかる。


 終わったと思って気を抜いたせいで反応が遅れたサラサだが――衝撃波はサラサに届かない。


「お、お父さん……」


 突然サラサとジェリコの間に現れたドレイクが、武輝である両手に装着された籠手でショックガンから放たれた衝撃波をかき消したからだった。


 自分の登場に驚いているサラサを無視して、険しい表情のドレイクはジェリコに接近する。


 ドレイクの登場に驚きながらも、迫ってくる彼に向けてジェリコはショックガンの引き金を何度も引いて衝撃波を放つが、襲いかかる衝撃波をすべて武輝でかき消していた。


「サラサたちが教皇庁本部に向かったと聞いて駆けつけたが――まさか、お前とサラサが戦っているとは思わなかった」


 低くくぐもった声で、この場所に来た理由を話しながらジェリコの眼前にまで近づいたドレイクは、彼の手からショックガンを叩き落として、胸倉を片手で掴み上げた。


「……言ったはずだ。娘に手を出したら容赦はしないと」


 ジェリコを掴み上げたまま彼が武輝を持っていないにもかかわらず、武輝が装着された手で殴りつけようとするドレイク。


「お父さん、やめて!」


 激情のまま凶行に走ろうとするドレイクをサラサは悲鳴のような声で制止させると、落ち着きを取り戻したドレイクは深々とため息を漏らしてから武輝を輝石に戻した。


 そして、きつく握り締めた岩のような拳でジェリコを殴り飛ばした。


 何度も地面にバウンドするほど勢いよく殴り飛ばされ、ようやく勢いが止まったジェリコは仰向けに倒れたまま動かなかった。


「サラサ、手錠を」


「……お父さん、いいの?」


「私がやろう」


 父に手錠を渡すのを躊躇うサラサだが、ドレイクは娘の手からそっと手錠を奪い、ジェリコに近づいて後ろ手に彼の腕に手錠をかけて拘束した。


「……時間ならある。よく考えるんだ」


 拘束した友人の耳元でドレイクは厳しくも優しい声で囁く。


 ジェリコならまだやり直すチャンスがあるという僅かな期待も込められていた。


 倒れたまま動かないジェリコだったが、ドレイクのその言葉をバカにするようでありながらも、降参と言わんばかりの笑みを浮かべた。


「……すみません」


 呟くような声で放たれるジェリコの謝罪の声が聞こえながらも、ドレイクは振り返ることなくサラサとともにこの場から離れた。


 その謝罪はドレイクの娘を傷つけてしまったことへの謝罪なのか、それとも、迷惑をかけてしまうアリシアに対しての謝罪なのか――それはジェリコ本人にしかわからなかった。


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