第26話

「やっぱり、リクトは最初から私を疑っていたのね。さすがはアンタの息子よ……情けないところはあるけど、アンタに似てやる時はやるし、抜け目がないわね」


 エントランスにリクトが現れて、制輝軍たちや教皇庁の人間に発破かけたことをジェリコから聞いて、アリシアは今回の事件の最初からリクトは事件の真相に気づいていたことを悟った。


 輝械人形を操るための装置につながれて、全身を青白く淡く発光しているエレナに話しかけているが、エレナは項垂れたまま何も反応していなかった。


 しかし、構わずにアリシアはエレナに話しかけた。


「多分、リクトはヴィクターをどこかに匿っていたのね。ヴィクターと相談し合いながら反撃の時を待って、その時までアリスたちを動かして周囲をかく乱した。反撃の時を知らせる合図が、あの花火だったのかしら? まあ、今となってはどうでもいいわね」


 最初から妙にヴィクターが犯人ではないと断定していたリクトを思い出したアリシアは、事件のはじめからリクトとヴィクターがつながっていると推測して自虐気味に笑う。


「ヴィクターは今回の事件に対抗するために事前に様々な準備をしてた……つまり、私はヘルメスたちじゃなくて、ヴィクターの掌で踊ってた。最初から、私に勝ち目なんてなかったのね」


 自分やアルバートたちの行動、教皇庁の行動、制輝軍の行動、アリスの行動――それらをすべて読んで、事前に万全の準備を整えていたヴィクターにアリシアは素直に降参を認めた。


「……多分、これからアンタを助けるためにリクトが来るでしょうね」


 そう言って、アリシアは深々と嘆息すると――入口から複数の足音が聞こえてきた。


 リクトたちが来たと確信しながらもアリシアは決して逃げなかった。


 この場所――教皇専用の脱出路の奥には部屋の奥に本部の裏口につながるエレベーターがあるが、アリシアは逃げるつもりはなかった。


 捕まっても言い逃れはできないし、逃げてもすぐに捕まるし、何よりもこの計画が失敗すれば自分はもう終わりなので、逃げるのではなく立ち向かうことをアリシアは選んでいた。


 逃げずにリクトを待っているのは、諦めと、事件を引き起こした人間として最後まで抵抗する責任もあったが――それ以上に、胸に抱く憎悪がアリシアを突き動かしていた。


「母様! やはりここにいたのですね!」


 リクトが最初に訪れると思っていたが、最初に来たのが娘のプリムだということに、アリシアは意外に思うとともに、余計なことに首を突っ込む彼女に忌々しさを感じていた。


「プリムさん、急ぎ過ぎです! もうちょっと慎重になってください」


 プリムの到着に一瞬遅れて、リクトと、走り疲れている様子の七瀬幸太郎が現れる。


 一か月前、枢機卿である自分の頬に平手打ちをかました不届き者である幸太郎の、緊張感なく「どーも」と挨拶する姿を見て、アリシアは忌々しげに小さく舌打ちをした。


「アリシアさん、もう終わりです――大人しく投降してください」


「ここまで来た以上最後まで抵抗させてもらうわよ」


「お願いします、アリシアさん……大人しく投降してくれれば、まだあなたを守れるんです」


「大勢を巻き込んでおいて、私だけ投降するのは筋が通らないわ。それに何より、私の目的はまだ終わってないの……だから、大人しく投降する気はないわ」


 ……悪いわね、リクト。

 アルバートのためになるのは腹立たしいけど――奥の手を使うわ。


 必死な表情で説得するリクトだが、不敵な笑みを浮かべてアリシアは説得を受け流した。決して退かない彼女の意思を感じ取ったリクトは悲しそうな表情を浮かべた。


 奥の手を使おうとするアリシアだが――「母様!」と甲高い悲鳴のようだが、それ以上に激情を宿した、アリシアにとって耳障りなプリムの声が響く。


「そこまでして母様は権力が欲しいのですか! 権力を使って教皇庁を――いや、アカデミーを支配したいのですか! もうここまで来たら、母様の目的は果たせないというのに!」


 追い詰められたのに投降しないアリシアを呆れたようでありながらも、リクト以上に必死に説得するプリムだが――そんな娘の説得に、アリシアは嘲笑を浮かべる。


 自虐気味でありながらも、自分を説得するプリムたちを嘲るようでもあり、それ以上に漆黒の感情を宿したアリシアの微笑に、リクトとプリムの背筋に冷たいものが走った。


「確かに権力も欲しいけど――私の目的は復讐よ」


 アリシアが目的を告げると、彼女から感じられる抱く漆黒に染まった感情が、長年抱き続けて黒く凝り固まった憎悪であることを悟るプリムたち。


「私の存在意義を奪ったエレナ――それ以上に、利用するだけ利用して捨てたあの最低な男・先代教皇への復讐なのよ!」


 憎悪の雄叫びにも似た怒声を張り上げると同時に、全身に輝械人形を操るための機械につながれたエレナに触れるアリシア。


 青白い仄かな光に包まれたエレナと同様に、アリシアにもボンヤリとした青白い光が纏う。


 同時に、アリシアは苦悶の表情を浮かべて膝から崩れ落ちそうになるが、それを堪えた。


「か、母様……何を……」


「わ、私じゃアンタたちに簡単に勝てないから――面倒事は、か、彼らに任せるわ」


 苦しそうでありながらも力強い笑みを浮かべるアリシアの周囲に複数台の輝械人形が現れる。


 プリムたちが知る輝械人形と違うのは――胸部に埋め込まれた輝石の輝きが強く、全身から強い力を放っていた。


「ど、どうやら、上手く行ったみたいね……輝械人形を操るエレナに触れて、エレナの意識と同調させれば、輝械人形は強化されると思ったけど当たりだったようね」


「それでは母様の身体が危険です! こんなこと、もうやめてください!」


 アルバートが不用意に機械につながれたエレナに触れるなと警告したのを思い出したアリシアは、自分がエレナに触れたら輝械人形にさらに力を与えられるのではないかと考え、それが思い通りになったので苦しそうでありながらも嬉しそうな笑みを浮かべていた。


 エレナだけではなく、アリシアは自分の力を使って輝械人形を操っているのだと悟り、プリムは悲鳴に似た声を張り上げるが、アリシアは不愉快そうに顔をしかめた。


「う、うるさい! 私はもう退けないの! 私の身体なんてもうどうだっていいの! ……さあ、覚悟はできてるわね? さあ……かかってきなさい!」


 苦しそうでありながらも、鬼気迫る表情でプリムたちを睨むアリシア。


 憎悪に支配されているアリシアを説得することが不可能だと判断したプリムは、リクトに縋るような目を向けた。


「リクト……母様を止めるために協力してくれ」


「わかっています。僕だって、母さんとアリシアさんが共倒れする姿は見たくありません」


 輝械人形を操る装置につながれて命が危ういエレナと、昔馴染みのアリシアの凶行を黙って見ていられないリクトは、協力を求めるプリムに力強く頷いて応えて見せる。


「僕にもドンと任せて」


「ふ、不安だが……この際誰でもいい! 協力してくれ、コータロー!」


 ショックガンを手にしてやる気を出す幸太郎に若干の不安を感じるプリムだが、味方が多い方が有利であり、頼もしいので幸太郎にも協力を求めた。


 復讐を果たすためにアリシアは――そして、エレナを助けるため、同時にアリシアを止めるためにプリムたちは、最後の戦いをはじめる。

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