第三章 因縁の決着

第25話

「あの任務が第一の頭の固いクロノが味方になるとは、驚きだ!」


「無駄口叩いている暇はない。このチャンスは逃せない」


 土壇場でクロノが味方になってくれたことに嬉々とした声を上げるプリムを、ドライな態度で注意するアリス。しかし、アリスもクロノが味方になってくれたことが気になっていた。


 だが、今は考えるよりも後方にいる制輝軍から逃げ延びて目的地を目指すことが重要だった。


 全速力で走っているアリスたちと後方にいる制輝軍たちの差は開いていたが――走り疲れている幸太郎と制輝軍たちの差は縮まる一方だった。


「幸太郎、何をしているのだ! 真面目に走るのだ!」


 教皇庁まで目と鼻の先であるというのに情けない幸太郎に、喝を入れるプリム。


 疲れ果てている幸太郎に心の中で忌々しく舌打ちをしたアリスは仕方がなく制輝軍を迎え撃とうした瞬間――


「みんな、伏せるんだ!」


 優輝の怒声が響き渡る――瞬間、アリスの背筋に冷たいものが走り、咄嗟に近くにいたプリムに飛びかかって地面に突っ伏した。


 優輝も幸太郎に飛びかかろうとしたが、彼よりもサラサが幸太郎の元へと飛びかかって地面に突っ伏した。それを確認した優輝はすぐに体勢を低くした。


 制輝軍たちは優輝の注意を聞かずに突然地面に突っ伏したアリスたちを不思議そうに眺めていたが――すぐに彼らの表情は恐怖に染まった。


 自分たちに向かって赤黒い光を纏った衝撃波がどこからかともなく飛んできたからだ。


 防ぐことも回避することもできず、制輝軍たちはその衝撃波が直撃して吹き飛んだ。


「教皇庁や制輝軍たちの追撃を逃れて、ここまで来るとは思いもしなかったよ」


 アリスたちを称賛する拍手が響き渡ると同時に現れるのは、仮面を被った男だった。


 顔の上半分を仮面で覆われた男は、地面に突っ伏したアリスたちの姿を見て、唯一露わになっている口元を歪めて楽しそうな笑みを浮かべていた。


 アリスたちは制輝軍たちを吹き飛ばした攻撃を放ったのが、噂で聞いている仮面の男――ヘルメスであることを察した。


「メルヘンさん? ――でしたっけ?」


「違うよ、『ヘルメス』だよ、七瀬幸太郎君」


 幸太郎は海外出張から戻ってきたリクトを迎えに行った際に出会った仮面の男を思い出すが――名前を間違えていたので、仮面の男・ヘルメスはため息交じりにツッコんだ。


 噂には聞いたことがあるヘルメスとはじめて対面して、アリスとプリムは彼から放たれる圧倒的な威圧感に気圧されていた。


 幸太郎と同じ場所でヘルメスと対峙したことがあるサラサは、アリスたちのように彼から放たれる雰囲気に気圧されることはなかったが、それでも圧倒的な力の気配に飲まれていた。


 ヘルメスの雰囲気だけで圧倒されている三人の前に優輝が庇うようにして立った。


「お前がセラの言っていたヘルメスか」


「その通り、はじめましてかな? 久住優輝君」


 激しい敵意を向ける優輝に、ヘルメスは口角を吊り上げて心底愉快そうな笑みを浮かべ、まるで人ではなくモノを見ているかのような目で彼を見ていた。


 目の前にいる自分を人間とは思わず、それ以上に底知れない闇を感じ取れる仮面の奥にあるヘルメスの瞳を見て、優輝は不快感を覚えると同時に警戒心が極限までに高まった。


「君たちのおかげで、我々の計画は少々軌道修正せざる負えなくなってしまったよ」


 そう言って、肩をすくめてわざとらしくため息を漏らすヘルメスに、「へ、ヘルメス!」と、恐る恐ると言った様子ながらも、精一杯の強気な声を上げてプリムは話しかける。


「お、お前の計画とやらに、母様は関わっているのか?」


 無理して気丈に振る舞うプリムの態度を心底楽しそうに眺めているヘルメスは、大きく頷き、「もちろんだよ」と力強い言葉でアリシアが関わっているということを認めた。


「アリシアは今回の件に必要不可欠な存在だったのだ。彼女のおかげで、教皇をスムーズに誘拐できたし、教皇にしか知らされない場所に教皇を監禁することができた……彼女と教皇エレナとの因縁がこんなにも根深いものだと思わなかった。おかげで、容易に彼女を煽れたよ」


「お前が母様を誑かしたのか!」


「ほんの少し背中を押してあげただけさ――親子共々、利用しやすいとはね」


「き、貴様……許さんぞ!」


 良いように母を利用され、ヘルメスへの恐怖心を忘れて激怒するプリムは、溢れ出る激情のままにヘルメスに飛びかかろうとするが――優輝が手で制した。


「ここは俺に任せて、君たちは先に向かってくれ」


「……一人では無茶」


「そ、そうです、優輝さん……わ、私も手伝い、ます……」


 本調子ではないのにヘルメスを一人で相手をするつもりの優輝を制止するアリスと、自分も一緒に残ると息巻くサラサに、優輝は大丈夫だと言わんばかりに力強い笑みを浮かべた。


「これから戦いは激しくなる。そうすれば、俺は早々に消耗して足手まといになる――そう考えれば、ここで俺を残して先に向かった方が得策だと思わないかい?」


「バカを言うな! あの男と戦うというなら、この私も助太刀をするぞ!」


 優輝の考えを怒りで流すプリムだが、足が若干震えていた。無理をしようとするプリムの手を掴んで、サラサは必死に制止させていた。


 納得できる優輝の説明だが――それでもアリスは逡巡してしまう。今まで感じたことのない強大な力の気配を放つ相手を、本調子ではない優輝一人に差せてしまっていいのかと。


 停滞している状況に、優輝は幸太郎を縋るようでありながらも、力強い目で一瞥する。


 優輝の覚悟を感じ取った幸太郎は力強く頷き、「行こう!」と疲れた体に鞭を売って、アリスとプリムの手を掴んでいるサラサの手を掴み、三人を引きずるように先へ急ぐ。


「放せ、アリス! 放すのだ、このバカモノめ!」


「放したらあの男に飛びかかるから放せるわけがない。それよりも、七瀬、放しなさい!」


「こ、幸太郎さん、優輝さん一人では無理、です……!」


 アリスたちは自分たちの手を掴んで先へ進む幸太郎に文句を言ってももがくが、それを無視して、彼女たちの手をきつく握り締めて、先へ向かおうとする。


「事件を解決するんだから、先に向かわないと。それに、優輝さんなら大丈夫」


 目的を思い出させるとともに、優輝を心から信じている幸太郎の言葉に、もがいていたアリスたちは大人しくなり、彼に従って先に向かった――そんな三人をヘルメスは黙って見送った。


 わざわざ自分たちの目の前に現れたというのに、手を出そうとしないで黙って三人を見送るヘルメスを不審そうに優輝は睨むように見つめていた。


「……止めないんだな」


「止めたところで、何も問題はないのだよ」


 意味深な笑みを口元に浮かべると――指輪についた輝石を武輝である剣に変化させる。


 刺々しく、禍々しい形の剣からは、持ち主であるヘルメスと同様に異様な雰囲気を放っていた。


 あの武輝、どこかで……


 優輝はヘルメスが手にした武輝の形に見覚えがあったが――思い出すことができなかった。


 優輝は自分に見覚えがあると察したヘルメスは、心底楽しそうな笑みを浮かべた。


「真面目に戦うのは久しぶりなのでね……手加減を頼むよ、優輝君」


 煽るような笑みを浮かべるヘルメスから放たれる圧倒的な力に気圧されながらも、怯む自分に喝を入れて優輝は武輝である刀を両手に持ち、頭上に掲げてヘルメスに飛びかかった。


 振り上げた武輝を勢いよく優輝は振り下ろすが――片手で持った武輝で軽々と優輝の一撃をヘルメスは受け止めた。


「まだ力を取り戻していないと聞いていたが――中々、良い一撃だ」


 本調子ではないのにも関わらず、鋭く、重い優輝の一撃を受け止めて、嬉々とした声を上げて、興味深そうに優輝を見つめるヘルメス。


 余裕なヘルメスに苛立ちを覚えながらも、受け止められると同時に身体を捻って勢いをつけた蹴りを彼の顔面に向けてお見舞いしようとするが――ヘルメスは僅かに身をそらして回避。


 武輝を薙ぎ払って間髪入れずに追撃を仕掛ける優輝だが、それも容易に回避される。


 その後も次々と優輝は攻撃を仕掛けるが――まったくヘルメスに通用しなかった。


 その間、ヘルメスはいっさい反撃することなく、優輝を分析的な目で観察するように見つめ、遊んでいるかのような動きで彼の攻撃の回避を続けた。


 自分の攻撃が一度も掠らず、相手に弄ばれているような感覚に優輝は苛立ちを募らせる。


 その苛立ちを発散させるかのように、大きく一歩を踏み込むと同時に感情を込めた突きを放つ優輝だが――感情を表に出し過ぎたせいで、大きな隙が生まれてしまう結果になった。


「もうちょっと頑張ってくれ――これでは、何の意味をなさない」


 深々と嘆息すると同時に、隙を生んでしまって無防備な優輝に向かって赤黒い光を纏った武輝を横一線に薙ぎ払うヘルメス。


 避けられないと即座に判断した優輝は咄嗟にヘルメスの一撃を武輝で防ぐ。


 重い金属音が響き渡ると同時に、ヘルメスの強烈な一撃の衝撃に耐え切れなかった優輝は派手に吹き飛び、受け身も取れずに何度も地面をバウンドしてようやく勢いが止まった。


 ……この男――強い。


 自分の攻撃を完全に見切り、凄まじい威力の攻撃を仕掛けるヘルメスに、優輝はフラフラと立ち上がりながら、改めてヘルメスの強さは半端なものではないと感じていた。


「さあ、宗仁の息子よ、君の力はその程度ではないハズだ。……の『代替品』だった君の力を見せてくれ!」


 意味不明なことを嬉々とした声でそう叫ぶと同時に、赤黒い光を纏った武輝を袈裟懸けに振り下ろすと同時に、赤黒い光を纏った斬撃が優輝に向かって飛んできた。


 ヘルメスの一撃を受け止めた衝撃がまだ身体に残って思うように動くことも、腕が痺れて武輝で防ぐこともできない優輝は、目前に迫るヘルメスが放った斬撃を悔しそうな顔で見ていることしかできなかったが――


 突如として優輝の周囲に淡い光が包み、ヘルメスが放った一撃を受け止めた。


 同時に、ヘルメスの元へと火の玉のように揺らめく数発の光弾が飛んでくる。


 動揺することなく自分に迫る光弾を、ヘルメスは片手で持っただけの武輝を軽く薙ぎ払って発生させた風圧で消し飛ばした。


「優輝さん、大丈夫ですか?」


 自分を心配する声とともに、武輝である杖を持って抱きつく勢いで駆けつけてくる沙菜に、状況を掴めていない優輝は驚いていた。


「制輝軍の動きを追ってここまで来たが――間に合ってよかったよ」


 沙菜に続いて、武輝である錫杖を持った大道が現れた。


 二人が現れ、ようやく沙菜が自分を守り、大道がヘルメスを攻撃したことを悟る優輝。


「大道共慈と水月沙菜か――そういえば、まだ君たちは動き回っていたのだったな」


 突如として現れた沙菜と大道を分析的な目で興味深そうに眺めながら、軽薄な笑みを浮かべているヘルメスを大道と沙菜は睨んだ。


 敵意を込めた目で睨む大道と沙菜に、ヘルメスの笑みはさらに大きくなる。


「ちょうどいいところに来てくれた。彼の相手だけでは退屈していたところだ――君たちも、是非相手をしてくれ。御三家である『大道』、『水月』の力を見せてくれたまえ」


 古い輝石使いの血筋を受け継いでいる沙菜と大道の相手ができることに声を弾ませるヘルメスから、圧倒的な力を感じて気圧されながらも大道と沙菜は気を引き締める。


「優輝さん、無理はしないでください」


「――大丈夫、俺はまだ戦えるよ」


 沙菜に心配されながらも、優輝は彼女たちとともに戦う準備をはじめる。


 幸太郎たちにこの場を任された以上、自分だけ安全圏に逃げることはできないからだ。


 沙菜と大道が加勢してくれることに感謝をしながらも――優輝には僅かに不安が残っていた。


 アカデミーでもトップクラスの実力を持つ大道と沙菜とともにヘルメスと立ち向かっても、返り討ちにされる可能性が高いということを感じていたからだ。


 それを感じ取っているのは優輝ではなく、大道や沙菜も同じで、ヘルメスと対峙している二人は額から冷や汗を一滴垂らしていた。


 二人から微量ながらも確かな不安を感じ取った優輝は萎えてしまいそうになる心に喝を入れ、再びヘルメスに立ち向かう。


 力強い一歩を踏み込んで先陣を切る優輝に大道が続き、二人の後方で沙菜は武輝である杖からヘルメスに向けて光弾を放った。


 三人の息の合ったコンビネーションに、ヘルメスは感心したように何度も頷いていた。




 ――――――――――――




 ヘルメスを優輝に任せたアリスたちは、あっという間に教皇庁本部に到着することができた。


 覚悟を決めて、敵の本拠地も同然な教皇庁本部に足を踏み入れたアリスたちを出迎えたのは大勢の制輝軍と、教皇庁に所属するボディガードや輝石使いたちだった。


 だけど――退くつもりはない。


 広い面積のエントランス内にいる武輝を手にした大勢の輝石使いたちから一斉に敵意を向けられ、圧倒されるアリスだがもう後には退けなかったし、退きたくなかった。


 ここまで来たら、後はもう突っ切りだけだった。


 教皇庁本部に入る前に決めたことを実践するため――対峙する大勢の輝石使いを前にして静かに戦意を高めるアリスは、武輝である身の丈を超える大型の銃を持つ手をきつくする。


「サラサ……覚悟はできてる?」


「……はい」


「頼りにしてないけど……七瀬も準備は良い?」


「ドンと任せて」


 アリスに声をかけられ、控え目に頷きながらも武輝である二本の短剣をきつく握り締めて改めて覚悟を決めるサラサと、折れそうなくらい細い胸を張って懐から武器であるショックガンと取り出す幸太郎。


「よし、アリス、サラサ、コータローよ! お前たちの好きにするがいいぞ!」


 プリムの力強い号令を合図にアリスたちは――自分たちの得物を彼女に向けた。


 突然の行動にどよめきが走るエントランス内に、「動かないで!」とアリスの怒声が響き渡る。


「下手な真似をすれば、次期教皇最有力候補であるプリムがどうなると思う?」


 演技でも迫真の悪役顔をするアリスの脅しと、元々強面のサラサがプリムの滑らかな首筋に武輝の刃を押しつけたことで、エントランス内にいる輝石使いたちの表情が曇る。


 幸太郎もショックガンをプリムに突きつけて無理矢理怖い顔を浮かべようとするが、見事に失敗して不細工な顔になってしまい、脅しの効果はまったくなかった。


「お前たち! この私に何かあればどうなるかわかっているのだろうな! お前たちの立場が悪くなり、出世街道から外れ、不幸が降りかかり、末代まで祟られることになるのだ!」


 人質なのに周囲の人間を脅すプリムだが――アリスとサラサ程ではないが、次期教皇最有力候補に何かあったら立場が悪くなるとを思い知らせたので、それなりに効果はあった。


 教皇庁本部に到着すれば、大勢の輝石使いたちが自分たちを迎え撃つであると確信したアリスは、大勢の輝石使いから逃れて目的地を目指すため、人質としての利用価値が大いにあるプリムを、ようやく存分に利用することにした。


 ――脅しは成功。

 後は先へ向かうだけ。


 プリムを人質に利用した計画は大成功し、目的地へと向かおうとするアリスたちだが――


「せっかくのパーティーなのに、それでは面白くないだろう?」


 耳にこびりつく嫌らしい声がエントランス内に響くと同時に、どこからかともなく武輝を持った数十台の輝械人形が現れた。


 気配もなく突然現れた輝械人形たちに対応が遅れた輝石使いたちは、どこからかともなく現れた輝械人形たちの奇襲攻撃を受けてしまった。


「なんだ! 一体どうしたというのだ!」


「あなたを使時と同じく、データ収集ですよ」


「アルバート・ブライトだな! やはり貴様も今回の事件に関わっていたのか!」


 突然の事態に驚きの声を上げるプリムを、嫌らしくせせら笑う声とともに、混乱しているエントランス内を優雅に歩くスーツを着た男――アルバートが多くの輝械人形を連れて登場する。


 過去の事件で自分を陥れた人物の登場に、プリムは激昂して今にも飛びかかりそうになるが――射抜くような目でアルバートを睨むアリスが手で制した。


 自身を睨むアリスに、アルバートは整った顔立ちを狂気に歪める。


「久しぶりじゃないか、アリス――と言っても、君が赤ん坊の頃に一度会っただけだから、覚えてはいないだろうけどね」


「アルバート・ブライト――良くも悪くも、あなたの話はよく聞いている」


「それは光栄だ……久しぶりに会った君と世間話を楽しみたい気分なのだが、色々と忙しくてね――さあ、君たちも明るい未来の礎となりたまえ!」


 その言葉を合図に、アルバートが連れた輝械人形たちがアリスたちを囲む。


 即座にアリスはサラサと、戦闘員として期待はしていないが一応幸太郎にも目配せをして、自分たち囲む輝械人形とアルバートの対応をすることを訴える。


 アリスの考えを察して、幸太郎とサラサは力強く頷く。


 同時に、アリスたちを囲んだ輝械人形は手にした武輝で攻撃を仕掛けようとするが――


 エントランス内が一瞬だけ光に包まれると同時に――アリスたちの周囲に障壁が張られて輝械人形からの攻撃を防いだ。


 アリスだけではなく、輝械人形に奇襲されて追い詰められそうになっていた制輝軍や教皇庁の人間たちも全身を守るように淡い光が纏い、輝械人形の攻撃を防いだ。


「みなさん、聞いてください!」


 エントランス内にいる全員に訴えかける必死な声が響き渡ると同時に、エレベーターホールから、エントランスにいる全員を輝械人形の攻撃から守った武輝である盾を手にしたリクトが登場する。


「教皇エレナは教皇庁本部にいることがわかりました! エレナ様は輝械人形を操るためのパーツにされてしまい、一刻も早く助け出さなければ命に関わります! エレナ様を助けるために輝械人形の破壊をみなさんにお願いしたいのです!」


 リクトの必死な訴えに、奇襲を受けて怯んでいたエントランス内にいる輝石使いたちの瞳に燃え滾る炎が宿る。彼らの目にはプリムを誘拐した犯人であるアリスは映っておらず、輝械人形と、輝械人形を操るアルバートしか映っていなかった。


 彼らの注意がアリスからアルバートたちに映ったことを察したリクトは、輝械人形たちを薙ぎ倒しながら幸太郎たちに駆け寄る。


「おお、リクト! 良いところに来たな! さすがは私の認めた男だ!」


「わわっ、プ、プリムさん……無事でよかったです」


 駆けつけてきた自分を抱きつくプリムに、戸惑いながらもリクトは抱き止めた。


 優しくリクトに抱き返され、プリムは頬を僅かに赤らめて照れていた。


「こ、幸太郎さん! その怪我、大丈夫なんですか?」


 着ている制服の肩の部分が破けて乾いた血がこびりついている幸太郎に、すぐに気づいたリクトは不安げな表情を浮かべるが、幸太郎は明るい笑みを浮かべて「大丈夫!」と言った。


 リクトの注意がすぐに幸太郎に移って、プリムは幸太郎を激しい嫉妬を込めた目で睨んだ。


 幸太郎は心配するリクトを安心させるために怪我をしている肩を動かすが、調子に乗って動かし過ぎて傷口に激痛が走って悶絶した。そんな幸太郎をサラサは介抱した。


「すみません、アリスさん……本当はもう少し早く応援に向かいたかったのですが、ヴィクター先生と色々と調べることや、準備があったので遅れてしまいました」


 ……なるほど、そういうことだったのね。


 応援が遅くなったのを謝るリクトに、アリスは行方不明だったヴィクターはリクトに匿ってもらっていたことを悟った。


「リクト、教皇は上にいるの?」


「はい。おそらく、アリシアさんも一緒にいます」


 黒幕とエレナが逃げていないことをリクトから聞いたアリスは一気に勝負に出ることにする。


「先へ行って――私は輝械人形とアルバートをどうにかする」


「し、しかし、アリスよ……お前一人で大丈夫なのか?」


 自分たちを先へ向かうように促すアリスに、不安げな表情を浮かべるプリム。


 そんなプリムを安心させるように、アリスは柔和で力強い笑みを浮かべた。


「エントランス内にいる輝石使いたちは輝械人形とアルバートに注意が向いているし、この場にいる誰よりも私は輝械人形の対処法を心得ている――それに、私がこの場で囮になった方が、あなたたちが行動しやすい」


「だ、だが、お前はまだ真実を掴んでいないだろう! 父の無実を晴らしていないぞ!」


「それについてはもう大体理解してるし、後はあなたたちに任せる。――プリム、ここで無駄な問答を繰り返す時間はないの。あなたは先へ向かって、教皇を――お母さんに立ち向かいなさい」


 合理的なアリスの判断に納得できなかったプリムだが――本来の自分の目的を思い出させるアリスの一言に迷いは吹っ切れた。


「この場は任せたぞ、アリスよ! ――さあ、行くぞ!」


 プリムの号令とともに、アリスを残してプリムたちは先へ向かう。


 大勢の輝石使いと輝械人形たちが激しく戦闘する戦場と化したエントランス内で、プリムたちはエレナがいる執務室へと目指すが――


 プリムたちに人影が音もなく接近していた。


 誰よりも早く背後から一陣の風のように忍び寄る影に反応したサラサは、影から放たれる一撃を武輝で防ぐ。


「ジェリコ……母様の護衛であるお前も、この事件に関わっていたのか……」


 サラサの武輝から響き渡る金属音で、ようやく気配に気づいたプリムは襲いかかってきた人物――左右の手に武輝であるダガーを持った、アリシアの護衛を務めているジェリコ・サーペンスの姿を見て驚いていた。


「ジェリコ、お前は何のために母様やアルバートたちに従っているのだ!」


 行く手を阻むジェリコに説得試みるプリムだが、問答無用でジェリコは再び攻撃を仕掛ける。


 しかし、その攻撃もサラサが武器で防ぐ。


「……ここは私に任せて、ください」


「サラサ……わかった、ここはお前に任せるぞ!」


 ジェリコを説得するよりも、母の元へと向かうことを優先させたプリムは、リクトと幸太郎とともに先へ急ぐ。


 プリムたちの後を無言で追おうとするジェリコの前に、サラサが立ちはだかる。


 ドレイクの娘であるサラサが目の前にいることに、ジェリコは一瞬顔をしかめるが――すぐに無表情で、自分の仕事に集中する。


 輝石使いたちと輝械人形たちが激しくぶつかり合っているエントランスに残ったサラサとアリスは、周囲の大混戦を無視してジェリコとアルバートと戦闘を開始した。

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