第24話

 ――最悪。

 あの男、一体何を考えてるの?


 アカデミー都市中のガードロボットから放たれた大量の花火が夕暮れ色の空に上がる中、目的地である教皇庁本部へと目指しながらアリスは呆れるとともに、恥ずかしい思いをしていた。


「きれいであるな……こんな状況でなければ、ゆっくり鑑賞したいのだがな」


「博士、これを卒業式に打ち上げるつもりだったんだ。すごい」


 ……どう考えても、やり過ぎ。


 目的地へと走りながら、空に大輪の花を咲かせる花火に感心しているプリムと、大量の花火を卒業式の日に打ち上げるつもりだったヴィクターに感心している幸太郎。


 そんな二人の呑気な様子を見ながら、アリスは心の中でやり過ぎであるとツッコむとともに、加減を知らないヴィクターに呆れ返っていた。


 制輝軍に囲まれた状況で逃げるため、卒業式に打ち上げるつもりだったガードロボットに装填された花火を打ち出して、彼らの注意を惹いたが――研究所にあったガードロボットが花火を撃ち出した瞬間、アカデミー都市中から絶え間なく花火の打ち上げ音が響き渡った。


 どうやら、一つのガードロボットが花火を打ち上げると、連動して花火を装填した他のガードロボットからも花火が発射されるようにプログラムされており、絶え間ない打ち上げ音の次には、絶え間なく空に大輪の花が咲き乱れていた。


 制輝軍の包囲網を突破できたが――大量の花火にアカデミー都市中の人間の注目を集めると考えればやり過ぎだと感じているアリスは、相変わらず他人の迷惑を考えないヴィクターのやり方に心底呆れるとともに、また彼のせいで変な注目を浴びることを考えて怒りを覚えていた。


「このまま行けば順調だけど、この騒動に敵も異変を察知するはず――気を引き締めよう」


 呑気に会話をする幸太郎とプリムに優輝は諭すと、二人は素直に頷いた。


 優輝の言う通り、確実にこの騒動で敵は異変を察知して、強い警戒を抱くだろうとアリスは容易に想像できた。油断のできない状況にアリスも優輝に従って気を引き締めるが――


 そんなアリスたちの前に、さっそく大きな壁が立ちはだかる。


 多くの制輝軍、そして、制輝軍でもトップクラスの実力を持つクロノと美咲を率いている、ノエルがアリスたちの進むべき方向に立っていた。


「どこへ行こうというのですか?」


 静かな威圧感を放つノエルがそう尋ねるが、アリスたちは何も答えずに張り詰めた緊張感を身に纏い、立ち止まって輝石を武輝に変化させた。


 順調だったのに……

 でも、研究所を囲んでいた制輝軍の人数と比べれば少ない。

 活路は大いにあるけど相手は美咲とクロノとノエル、他の面子も実力者揃い――相手が悪い。


 教皇庁本部までは後もう少しだというのに、登場するノエルたちに歯噛みするアリス。


 数は少ないが、それでもクロノや美咲以外に制輝軍内でも精鋭を連れているノエルに、アリスは分が悪いことを悟りながらも、この状況を切り抜けるための方法を諦めずに思案していた。


「何度も説得をして失敗しているので、アリスさんには何を言っても無駄だと思いますが、一応確認しておきます――抵抗はやめてください」


「断る」


 無駄だとは思っても一応降参は促すノエルだが、即答でアリスは拒否する。


 想像通りの答えにノエルは呆れることもこれ以上説得することもなく、輝石を武輝である双剣へと変化させる。ノエルに続いてクロノたちも輝石を武輝に変化させた。


 お互い臨戦態勢を整えるが――この場を切り抜ける手段を考える時間を稼ぐため、そして、胸に抱いた疑念を晴らすためにアリスは「ノエル」と、ノエルに話しかけた。


「ノエルに聞きたいことがある」


 突然のアリスの質問に無表情ながらも警戒を抱いているノエルは、彼女の様子を窺うように鋭い視線を向けながら、「何でしょう」と質問に応じた。


 疑いの目をノエルに向けて、アリスは事件中ずっと胸の中に抱いていた疑問をぶつける。


「教皇エレナの事件の捜査は進んでいるの?」


「情けないことに、教皇エレナとヴィクターさんの行方についてはまだわかっていません――しかし、アリスさんがヴィクターさんの指示で動いているという風紀委員の推測を信じれば、あなた方を捕えることで事件解決に大きく前進すると判断しています」


「それなら無理矢理動きを封じないで風紀委員と一緒に協力すべきだった」


「考え方が異なる彼らの妨害を防ぐためです。現に、彼らのせいであなたたちを捕えるのに無駄に時間を費やす結果になってしまいました」


「動きを封じた風紀委員を監視するのに余計な人員が必要だし、研究所を囲んでいた制輝軍たちの数も無駄に多かった――今回の事件の対応、ノエルにしては無駄が多過ぎる」


「確かに、我ながら無駄が多かったと猛省していますが――その原因の一端は、制輝軍の命令に従わず、勝手な課行動をして無駄に混乱を広げたアリスさんにも十分にあります」


 アリスの疑問に、事前に決めていたかのような台詞で事務的に答えるノエル。


 そんなノエルにアリスは更なる疑念を抱いた。


 ノエルの言う通り、無駄に混乱を広げた自分にも責任はあると思っているが――難事件でも快刀乱麻に無駄なく解決してきたノエルを傍で見てきたアリスにとって、今回の事件の対応がノエルにしては明らかに悪いとずっと思っていた。


 疑いの視線を向けるアリスを無視して、ノエルはプリムたちに視線を向けた。


「まだあなたたちを捕えろとの命令は下っていませんが、そろそろアリスさんと行動しているあなたたちも、彼女の協力者と教皇庁は見なすでしょう――大人しくこちらに来るか、アリスさんを捕えるのに協力すれば、今なら間に合います」


 答えはわかりきっているが、一応と言った様子でプリムたちを説得するノエル。


「次期教皇最有力候補でも、今の教皇庁はプリム様を捕えようとしますし、お母様の期待を裏切ってしまう。久住優輝さんはまたお父様の名を汚すつもりですか? サラサさんはあなたを助けようとしてお父様の努力を無駄にするつもりですか? 七瀬さんには手を出さないようにとセラさんに言われていますし、もうアカデミーから立ち去りたくはないでしょう?」


 淡々とプリムたちの不安を煽るノエルだが――当の本人たちはまったく気にしていなかった。


「私は今回の件に母様が関わっているかもしれないと思っている! その真偽を確かめるためにアリスとともにいるのだ! 今更お前たちに媚びぬ! そして、決して退かぬ!」


「ここで退いたらそれこそ父さんの名を貶める。それ以上にセラとティアにバカにされるな」


「え、えっと……ごめんなさい、その……アリスさんは友達で、協力したいので……それに、お父さんならきっと理解してくれると思うので……」


「セラさん、僕のこと心配してくれてるんだ。何だか照れる」


 ノエルの脅すに屈することなく気炎を上げるプリム、セラとティアにバカにされないために静かにやる気を漲らせる優輝、友達のために退かないサラサ、そして、セラに心配されて照れている能天気な幸太郎――彼らが退かないことは想定内で特に動じないノエルだったが、追い詰められても決して退かない彼らを心底呆れているように小さくため息を漏らした。


 ……やっぱり、みんなバカ。

 バカだけど――……ありがとう、みんな。


 決して退かないプリムたちを心の中でバカにしながらも、彼らが心強い味方であると心から思い、感謝するアリスは力強い光を宿した目をノエルに向けた。


「世間知らずでわがままのプリム、悪人顔だけどお節介で鬱陶しいサラサ、キザで自信家の久住、緊張感がなくてバカな七瀬――みんなバカだけど、みんなあの男を信じて私について来た。私はあの男を信じることができないけど、それでも、私についてくれるみんなを信じることができる! 私はみんなのために事件を解決したい!」


 プリム、サラサ、優輝、幸太郎のことを思い浮かべながら、彼らのために事件を解決することを、普段クールな態度からは信じられないほど感情的になって宣言するアリス。


 決して退かない力強い思いをアリスから感じ取ったノエルは、その気持ちに一瞬気圧されてしまったが、すぐに感情に流されて行動しているアリスを軽蔑の目で見つめ、「くだらない」と吐き捨て、アリスの決意を無にした。


「退かないと理解しながらも一応説得のために、逃げる方法を探すために時間を稼いでいるアリスさんの考えに乗って、会話をしましたが――お互い、無駄に終わりましたね」


 追い詰められた状況を切り抜けるための手段を考えるために時間を稼ぐ自分の魂胆を見破っていたノエルに、まだ逃げる手段を思いついていないアリスは悔やむとともに、何も思いつけなかった自分を恨んだ。


「これ以上の問答は無用です――銀城さん、クロノ、行きますよ」


 美咲とクロノに、アリスたちとの交戦を命じるが――


「美咲、絶対に手を出すな」


 感情が込められていないながらも、有無を言わさぬ迫力が込めた一言で美咲に忠告した後、クロノは自身の武輝である剣の切先をノエルに向けた。


 クロノの突然の行動にアリスたちや周囲の制輝軍たちはもちろん、ノエルは無表情ながらも目を見開いて驚いていた。


 一瞬の沈黙の後、我に返ったノエルは自身に武輝を突きつけるクロノに鋭い視線を向ける。


「何のつもりです、クロノ」


「ここはオレに任せろ、アリス」


 ノエルの質問に答えず、アリスたちに先へ向かうように促すクロノ。


 戸惑いながらもアリスたちは先へ向かい、数瞬遅れて制輝軍たちはアリスたちを追うが、美咲は神妙な面持ちでノエルとクロノをジッと見つめたまま追うことはしなかった。


 クロノの頼み通り、美咲は何もしないと察したノエルは、与えられた任務を放棄するつもりのクロノに集中する。


「質問に答えなさい、クロノ」


 淡々としながらも、若干ノエルの語気は強かった。


「これがオレの出した答えであり――感情だ」


 真っ直ぐとノエルを見据えながら、クロノは淀みのない口調でそう答えた。


 一目見れば、クロノに迷いがないことを察しながらも、ノエルは確認を取る――懇願するように。


「……本気なんですか?」


「ああ、本気だ」


 揺るがないクロノの意思を感じ取り、無表情ながらも僅かに表情が沈んだノエルは、左右の手に持った武輝である剣をきつく握る。


「それならば――クロノ、あなたを排除します」


 無慈悲にそう告げたノエルは、弟であるクロノに飛びかかった。

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