第23話

 不測の事態が起きてるけど、ここは教皇庁本部――どうせ、簡単には手を出せない。

 でも――万が一ということもある。


 制輝軍の包囲網を突破したアリスたちがエレナの居場所に気づいて教皇庁へ向かっているかという報告をヘルメスから聞いたアリシアだが、エレナの居場所が容易に手を出せない教皇庁なのであまり心配はしていなかった。


 しかし、もしもの場合を考えて、アリシアはエレナの様子を確認するついでに、最後の砦になるために、僅かな人間にしか知られていないエレナが監禁されている場所に訪れていた。


 自白剤を投与されてもティアストーンの在り処を口にしない人間離れした強靭な精神力を持っていたが、薬の副作用とつながれた機械のせいでエレナの心身は限界寸前だった。


 弱音はもちろん呻き声一つも漏らさないエレナだが、全身から汗が噴き出して息を切らしている彼女の姿は、誰が見ても命の危険があるということは理解できた。


 昔馴染みであるエレナが苦しんでいる姿を眺めているアリシアは罪悪感に苛まれることなく、因縁のある相手に対して胸がすく思いをしていたが――頬に電流のような痛みが走った。


「……いい加減にしないと本当に廃人になるか、命を落とすわよ」


「世界中にいる輝石使いのために私一人が犠牲になるのならば安いものです」


「相変わらず、諦めが悪いわね」


「『教皇』であるので、当然です」


 呆れたようでありながらも、説得するようなアリシアの言葉に、エレナは心身ともに限界を迎えているというのに力強い意思が込められた言葉で返す。


 喋るのがやっとの状態でいまだに強靭な精神力を見せるエレナにアリシアは感心するとともに、忌々しさを感じていた。


「アリシア、最期かもしれないので聞かせてください」


 その一言に、秘密を守るためにエレナが自分の命を捨てる覚悟をしていると改めて感じ取ったアリシアの胸がざわついたが、そのざわつきを無理矢理押し殺した。


「あなたがプリムを利用して教皇と同等の権力を得たら……教皇庁をどう導くのですか?」


「慎重すぎたアンタとは違って、積極的に改革を進める。先代教皇が遺したすべてのものを破棄する。未来のためを考えれば、先代教皇の遺した負の遺産は邪魔よ」


 淀みのない口調で、アリシアは宣言するようにそう言った。


 教皇になるのが存在意義だったアリシアは未来のための計画をしっかり立てていた。


「腐った枢機卿や、旧態依然の老害どもには去ってもらって新しい教皇庁を作る。増え続ける一方の輝石使いに対応するためには、旧教皇庁――レイディアントラスト時代から続く古くさい考えを根本から考えなければならないし、そのためには鳳グループの協力は必要不可欠。もちろん、最初は反発も起きるだろうけど、そんなものはねじ伏せて黙らせるわ」


 教皇の立場にこだわるだけではなく、しっかりと未来のことを考えていたアリシアにエレナは安堵の微笑を浮かべたが、その笑みは安堵からむなしさへとすぐに変化した。


「それほど、あなたは先代教皇を恨んでいるのですね」


「うるさい!」


 ……アンタに何がわかるのよ!

 何も知らないくせに!


 すべてを理解しているかのようなエレナの一言と、先代教皇の姿が頭に浮かんだアリシアは、胸の中に沈んでいた憎悪が一気に噴き出した。


 耳障りなエレナの言葉を怒声で遮るアリシアだが、エレナは話を続ける。


「アリシア……未来を見据え、教皇庁のためを思い、自分を犠牲にしてでも教皇庁を良くしようとするあなたは私よりも教皇相応しいと思います――ですが……過去に縛られ過ぎているあなたのしていることは先代教皇と何一つ変わらない」


「アンタに何が――」


「ヘルメスにティアストーンの在り処を教えれば、周囲にその場所に情報が漏れて、ティアストーンを悪用する人間が現れるかもしれない。それをあなたはどうして考えないのです」


 憎悪の声を上げてエレナの言葉を遮ろうとするアリシアだったが、エレナは止まらない。


「そして何よりも、娘であるプリムを道具として利用しているあなたは、先代教皇と同じです」


「わ、私とアイツは違う……教皇庁をより良くするために、プリムを利用しているだけよ! 自己保身のために利用しているわけじゃない!」


 先代教皇と同じであるというエレナの指摘に、動揺しながらも反論するアリシア。


「落ち着いて自分を見つめ直しなさい、アリシア……過去に縛られ、それをヘルメスたちに利用されているあなたは自分を見失っている」


「見くびらないで! 私は至って冷静よ。ヘルメスたちが私を利用しているのは十分に理解しているわ。もちろん、ティアストーンの在り処だってアイツらが知れば大変なことになるのも! でも、私はそう簡単には利用されない! 逆にアイツらを利用してやるわ。そのために――」


「それは聞き捨てならないな、アリシア・ルーベリア」


 至って冷静であると自覚しているのに、落ち着くように促すエレナにヒステリックな怒声を張り上げるが――感情的になっているアリシアを嘲笑するような、嫌らしい声が響くと、一気にアリシアはクールダウンして忌々しく舌打ちをする。


 アリシアは自分とエレナの一時を邪魔した嫌らしい声の主――アルバートに視線を向ける。


「何しに来たの、アルバート」


「最悪の事態に備えて、やるべきことはやっておこうと思ってね」


 狂気を滲ませた笑みを浮かべながら、アルバートはエレナにつながれた機械を弄った。


 すると、エレナの全身につながっている管が強い光を放つ。同時に、エレナはさらに苦しみはじめ、今まで堪えてきた呻き声が小さく漏れていた。


「何をする気なの?」


「教皇エレナの力を輝械人形に注いでいるのだよ」


 アルバートの言葉がエレナにとってどんな意味があるのか、十分に理解しながらもアリシアは動揺することはせず、疑問をぶつける。


「まだヘルメスはエレナにティアストーンの在り処を聞いていないんじゃないの?」


「彼には彼の、私には私の計画があるのだよ」


 狂喜の笑みを浮かべてアリシアの疑問に答えたアルバートは、機械の操作を再開させる。


 ヘルメスとアルバートの目的が別々で、仲間ではなく協力者であることを思い出すアリシア。


 ヘルメスの目的はティアストーンの在り処であり、アルバートの目的は輝械人形の実戦データの収集と、煌石を扱う高い資質を持つ教皇エレナが輝械人形を操るのと、他の煌石の資格者が操るのではどんな違いがあるのか確認することだった。


「さあ、教皇エレナ――あなたの力をフル稼働させて、輝械人形を操るのだ! あなたが操った先で収集できるデータこそ、未来への希望となるのだ!」


 嬉々とした声を上げて、狂気の表情を浮かべるアルバートからアリシアは目をそらした。


 アルバートが何を考えていようが、自分の目的が第一なアリシアにはどうでもよかった。


 エレナから発せられる小さな呻き声が耳から離れず、不快なのでアリシアはこの場を離れようとすると――


「……あ、アリシア」


「喋れるほどの力は残っていないハズだが――これが教皇の力! 実に興味深い!」


 この場を離れようとするアリシアの気配に気づいたエレナは、体力の限界を迎えながらも震える声でアリシアに声をかけた。


 常人ならば輝械人形につなぐ機械をフル稼働させれば心身ともに壊れるのに、喋れる気力があるエレナを、アルバートは驚くとともに、教皇である彼女に力に心から感心していた。


「……後は、頼みました」


 自分自身を連れ去った張本人であるというのに、後のことを託すエレナを不可解に思いながらも、エレナは振り返らずにこの場から――エレナの呻き声が聞こえない場所まで離れた。

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