第22話
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 絶景じゃないか!」
アカデミー都市を一望できる大きな窓がある一室で、教皇エレナを誘拐した容疑者であり、そのせいで教皇庁、そして制輝軍から追われているヴィクター・オズワルドが宙に浮かぶ大輪の光の花びらを見つめながら気分良さそうに、近所迷惑になるほど大きな声で笑っていた。
「せ、先生、静かにしてください! そんな大声で笑っていると、気づかれてしまいます!」
「おおっと、そうだった! この場所がどこであるのかをすっかり忘れていたよ!」
「ここが教皇庁だと忘れないでください! 少しでも異変があれば、ボディガードの方々が殺到しますから」
気分良さそうに大声で笑うヴィクターを諌めるのはリクトだった。
ここが教皇庁本部であり、普段リクトが重要な会議が開かれる前に使用している控室であるということを忘れているヴィクターに、リクトは深々と嘆息して呆れていた。
「しかし、灯台下暗し――この私が教皇庁本部にいるとは誰も思わないだろう! これから忙しくなるぞ! ようやく教皇エレナの居場所を見つけることができたのだ! そして、援軍であるアリスたちもここに訪れる! いよいよ決戦だぞ!」
連続して打ち上げられる花火を眺めながら、ヴィクターは力強い笑みを浮かべ、リクトの注意を聞かずに一人で熱くなっていた。
母さん……待っていてください。
近づく決戦に、自分の置かれた状況を無視して高笑いをするヴィクターのせいで緩んでしまった気持ちを誘拐された母を想って引き締めるリクト。
そんなリクトを軽薄でありながらも陰がある表情を浮かべたヴィクターは見つめていた。
「すまないな、リクト君。元々の発端はこの私であるというのに君を巻き込んでしまって」
「今更気にしないでください、先生。今回の事件の裏には教皇庁が深く関わっていますし、先生にはお世話になっていますし――それ以上に、友達ですから」
柄にもなく謝罪の言葉を口にするヴィクターをおかしく思っているだけで、強引にヴィクターが事件を巻き込んだことをリクトは特に気にしていなかった。
――リクトがヴィクターと一緒にいるのは、昨夜事件が発覚してすぐのことだった。
アリシアが開いた緊急会議が開始される前にこの控室にいたリクトの前に現れたのは、教皇庁のボディガードの振りをして、清潔感溢れる堅苦しいスーツを着たヴィクターだった。
驚くリクトをよそに、ヴィクターは開口一番に「ハメられた」と言った。
突然の事態に戸惑いながらもリクトはヴィクターの話を聞いた。
ヴィクターは去年アカデミー都市で発生し、多くの人間を巻き込んだ大事件――鳳グループと
調査の結果、自分と同じくアカデミー都市内に張り巡らされたセキュリティを構築した人物であるアルバートが関わっていると誰よりも早く気づいたヴィクターは、アカデミーから永久追放された旧友の行方を探していたが結局見つからなかった。
アルバートの行方はわからないままだったが、先月プリムが誘拐された事件で、自分とアルバートがつながっているかもしれないと制輝軍に疑われていることを察したヴィクターは、アルバートが自身の目的を果たすために自分を疑っている制輝軍を使って、自分を陥れようとしていることを予測した。
それからヴィクターはいつかアルバートが自分を陥れる日のために色々と準備をする傍ら、アルバートとつながりがあるかもしれないアリシアの監視を非合法な手段で続けて、ようやく彼女とアルバートとのつながりを見つけ、教皇エレナを連れ去るという情報を掴んだ。
一人ではアリシアたちに対抗できないと判断したヴィクターはリクトたちに頼ることにした。
ヴィクターはもしも、自分がアルバートに嵌められた場合、リクトたちが自分緒無実を証明してくれることを祈り、自分専用の隠れ家と逃げ道、そして、後のことを託すリクトたちに残すヒントの準備をした。秘密研究所の掃除を呼んだのも、リクトたちにわかりやすいヒントを与えるためであった。
前もって準備をしていたヴィクターだが、不測の事態が発生する。
アルバートが自分をエレナの誘拐犯の容疑者に仕立てるのは容易に想像できたが――制輝軍や教皇庁の対応が想定以上に早かったからだ。
隠れ家に逃げ込む時間と、教皇エレナの居場所を突き止める時間がなくて焦ったヴィクターは緊急会議が開く前にリクトと接触して、教皇エレナの居場所を見つけるまでに彼に匿ってもらうように頼んだ。
話を全て聞いたリクトは、友人であるヴィクターを疑うことなく信用し、彼に協力することにした。
アリシアの他にもアルバートと協力している人間が教皇庁内外にいるかもしれないと考え、今回の件が他言無用であるというヴィクターの指示にリクトは従った。
――これが、昨夜の出来事だった。
そして、先程ようやくエレナの居場所をヴィクターは突き止めた。
相手もヴィクターと同じく、灯台下暗しで教皇庁本部内に隠れており、場所は教皇庁本部の教皇エレナの執務室にある秘密の通路だった。それを知ったヴィクターはアリスたちがいる秘密研究所のPCを遠隔操作してエレナの居場所を送った。
「それにしても、母さんの執務室に秘密の通路があるなんて知りませんでした」
「教皇庁にとって重要人物であり、象徴である教皇専用の脱出路であり、ティアストーンの在り処と同じく教皇にしか知らされていないのだ。次期教皇最有力候補の君でも知らないだろう。しかし、この通路は設計に関わっていた歴代教皇と、現教皇エレナしか知らないハズなのだが……」
僅かな人間しか知らない通路を知るアルバートたちに疑問を抱くヴィクターだが、そんな疑問よりも今はエレナのことしかリクトの頭にはなかった。
今すぐにでも助けに向かいたいが、それをヴィクターが制止していた。
それでも、気持ちだけが昂っているリクトに、ヴィクターはやれやれと言わんばかりに嘆息し、諭すようでありながらも厳しい目でリクトを見つめる。
「理解していると思うが、早まった行動はやめたまえ。ミイラ取りがミイラになる」
「もちろんです……僕も、ヘルメスさんとは一度対峙したことがありますから。でも、アリスさんたちがここに来れないとわかったら、僕はすぐにでも母さんのところへ向かいます」
「その時は仕方がない。私も君とともに華々しく散ろうではないか!」
「……散る前提はやめてください」
もしもの場合は派手に散るつもりのヴィクターに、呆れるリクト。
居場所がわかってもすぐに駆けつけることができないのは、アルバートの傍には謎の男・ヘルメスがいるからだ。
アリシアを監視する過程で、一度だけヘルメスを見たことがあったヴィクターは、輝石使いであっても戦闘が不得意な自分でさえも危険だと感じられる彼の威圧感に、リクト一人で立ち向かうのは危険だと判断した。そのために、応援であるアリスたちの到着を待っていた。
ヘルメスと一度対峙して、彼の底知れない力を感じ取ったリクトは、自分一人では敵わないと思い、ヴィクターの指示に従っていたが――自分一人でも立ち向かう覚悟はできていた。
「今までは順調だが、アリスたちの行動でアルバートたちの居場所が気づかれたと容易に想像するだろう。追い詰められた彼らが何をするのか想像できない……気をつけるんだぞ」
……そうだ、ヴィクター先生だって同じなんだ。
だから、先生を見習わないと……
自分たちの居場所が見つかったことに気づいたアルバートが、どんな行動をするのか読めないヴィクターは憂鬱そうな表情を浮かべていた。
ヴィクターの口から呟くように放たれた、「気をつけろ」の言葉は、自分ではなく、この場にいない娘に向けての一言のようにリクトには聞こえた。
その一言を聞いたリクトは、本当は自分以上に娘の元へ駆けつけたい気持ちを抑えていることを察して、だいぶリクトは落ち着きを取り戻すことができた。
―――――――――
「どうやら、ここが気づかれたようだ」
エレナがいる場所につながる通路でヘルメスはため息交じりにそう呟いた。
「派手な花火が打ち上げられている段階で、嫌な予感はしたが――ヴィクターの仕業に間違いない。おそらく、あの男は我々の計画を誰よりも早く察して、準備をしていたのだ。奴を陥れていたと思い込んでいたが、我々は最初から奴の掌で踊らされていたに違いない」
「どうやら、我々は前回のように、またあの男に踊らされてしまったようですね――忌々しい!」
ヘルメスの意見に同意を示すアルバートは、最初からヴィクターの掌で踊らされていたと察して、彼に対しての憎悪と屈辱で整った顔を歪ませていた。
醜い本性を露わにするアルバートを、アルバートとヘルメスから一歩引いた位置にいるジェリコは冷めた表情で眺めていた。
「どちらにせよ、薬の効き目を無意味にする教皇の強靭な精神力のせいで、ティアストーンの在り処を聞き出せていないのが問題だが――仕方がない、私が出よう」
「何もわざわざあなたが出ることじゃないでしょう」
アリスたちを迎え撃つつもりのヘルメスを諌めるアルバートだが、彼の決心は変わらない。
「今回の計画は今後の我々にとって重要な位置にある。目的を果たすためには時間稼ぎ役が必要だ。アルバート、君はジェリコ君とともにここに残りたまえ」
「しかし、我々だけでは不測の事態に対応できない恐れもある」
「教皇エレナの調整が終わったら、後は君の好きにしていい。とにかく、今はお互いの目的を果たすことが重要だ。そうだろう、アルバート?」
自分の目的を思い出させるとともに、後は好きにしていいというヘルメスからのお達しに、アルバートは子供のように無邪気で嬉々とした笑みを浮かべていた。
「それでは、後はよろしく頼んだ」
そう言って、時間稼ぎをするためにヘルメスはジェリコたちの前から去った。
「時間稼ぎは彼に任せて我々は我々の仕事をしよう。頼りにしてるよ、ジェリコ君」
紳士的な笑みを浮かべて握手を求めるアルバートだが、ジェリコはそれを無視した。
過去の所業を知っており、醜い本性を見た後で取り繕ったように人の良さそうな紳士的な態度を取るアルバートをジェリコは信用することができなかった。
これから協力し合おうというのに、非協力的な冷たい態度を取るジェリコにアルバートは嘆息する。
「何も文句を言わないで、忠実に命令をこなす君のことはそれなりに評価しているんだ。できれば、仲良くなっておきたいところなんだが」
「協力はするが、お前と馴れ合うつもりはない」
表面上はフレンドリーに話しかけてくるアルバートを、冷たく突き放すジェリコ。
馴れ合うつもりはないと言っても、協力してくれるということを聞いて、「それはよかった」と、アルバートは満足そうでいて、ジェリコを煽るような嫌らしい笑みを浮かべた。
「それにしても君はこのままでいいのかな? アリシアはもう泥船だ。このまま彼女とともにいれば、共倒れは必至だ。流れを読む力を持つ君ならば、それくらい理解できると思うのだが?」
挑発的なアルバートの言葉に、ジェリコは小さく鼻で笑って軽く流した。
「歩む方向は同じだが目的が異なるお前とヘルメスは、協力し合っているようで、そうではない。お互いに利用し合い、もしもの場合は平気で裏切ることもできる危うい関係だ――私にはそんなお前たちの方が泥船に見える」
「言われてみれば、確かにそうかもしれないな」
鋭い観察眼を持つジェリコの容赦のない評価に、アルバートは降参と言わんばかりに笑う。
笑うアルバートの表情は隠しきれない狂気が表に出ていたが――それ以上に、決して揺るがない覚悟を宿しているようにジェリコは見えた。
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