第14話
「大丈夫なの? ティア。かなり強い攻撃を受けたって聞いてるんだけど……」
「周りが大袈裟に言っているだけだ。何も問題はない」
セントラルエリアにある病院の個室にいるセラは、ベッドの上にいる頭に包帯を巻いて病衣を着ているティアを心配そうに見つめていたが、ティアは相変わらずのクールフェイスで問題ないと平然と言っていた。
呉羽との戦闘で意識を失ったティアはセントラルエリアの大病院に運び込まれた。
全身を何度も強く打ちつけられた割には擦り傷や打ち身などの軽傷を負っただけで身体には何の異常もなかったが、大事取って数日は絶対安静をするようにと医者に言われ、入院することになった。
「お前こそ大丈夫か? アンプリファイアの力を受けて車から投げ飛ばされたと聞いたが」
「軽い擦り傷だけだから大丈夫。さっきまでアンプリファイアの力が身体に残って輝石の力を扱えなかったけど、少しずつだけど使えるようになってきてる」
車から投げ飛ばされたセラも病院に運ばれたが軽傷を負っただけで、アンプリファイアの力によって一時的に輝石を扱えなくなっているが、徐々にその力も戻ってきていた。
「……巴は見つかったのか?」
「真っ二つにされて炎上していた巴さんの車の近くあった監視カメラに、空木君のボディガードの呉羽さんがアンプリファイアの力で無力化させられた巴さんを連れ去る姿が映像に残っていた」
「そうだろうな……鳳大悟の秘書を務める御柴克也の娘で、鳳グループに貢献している巴の人質としての価値は村雨よりは高いからな」
「巴さん、大丈夫かな……」
「心配するな。巴なら間違いなく大丈夫だ――しかし、これで空木家と鳳グループとの争いは避けられなくなったな……」
セラとともに連れ去られた幸太郎を追っていた巴は、幸太郎と同様に連れ去られていたそんな巴を心配するセラだが、同級生で付き合いの長いティアは巴の強さをよく知っているため心配しておらず、それ以上に心配しているのは空木家との争いが本格化することだった。
「刈谷たちは大丈夫なのか? 病院に運ばれたと聞いているが?」
「うん。まだ会ってないけど、聞くところによると貴原君はそれなりに傷を負ったみたいだけど今のところは問題なくて、刈谷君とクロノ君は無傷みたい」
幸太郎を連れ去った右腕が義手の男・ヤマダと大量のガードロボットと交戦した刈谷、クロノ、貴原の三人も戦闘後に病院に送られていた。
手痛い攻撃を受けた貴原以外の刈谷とクロノの二人は無傷であり、それを聞いたティアは「……そうか」とクールな表情を少しだけ柔らかくさせて安堵していた。
「……麗華は?」
「……麗華なら――」
不安気に、それでいて申し訳なさそうに麗華の安否を聞いてくるティアに、セラは言い辛そうに答えようとすると――病室の扉が勢いよく開かれ、焦燥感に満ちた様子で麗華が現れた。
「ティアお姉様! ひどく痛めつけられたと聞きましたが大丈夫ですの?」
「ああ、大丈夫だ」
病室に入るや否や、真っ先に今回の騒動で軽傷ではあるが一番激しい攻撃を受けて怪我を負ったティアに駆け寄る。
不安と焦燥に満ちた表情で安否を確認してくる麗華に気圧されながらも、ティアは力強く頷いて心配する必要はないことを伝えると、安堵の息を深々と漏らした麗華はベッドの傍に置いてある椅子に力なく腰かけた。
「軽傷とは聞いていますが、セラも大丈夫ですの?」
「うん。私も大丈夫」
「それならばよかったですわ――……申し訳ありません」
セラも無事であることを知った麗華は、呟くような声で謝罪の言葉を口にする。
「今回の騒動は鳳、天宮、空木の問題だというのにお二人を巻き込んでしまったことに加え、頭に血が上ってしまい、空木家の裏にいるアルトマンたちの存在を見逃してしまっていましたわ。今回、敵に隙を見せてお二人に迷惑をかけたことをお心から申し訳ないと思っていますわ――改めて、申し訳ございませんでした」
「あ、頭を上げてよ麗華。別に私は巻き込まれたと思ってないよ」
「そうだ。お前を見張るようにセラから頼まれたが、それ以上にお前が心配だと思う気持ちがあったからこそ私は自分の意思で行動した。お前が気に病む必要はない」
「それに、幸太郎君が連れ去られたのは、無茶な真似をした彼の責任でもあるんだから」
プライドの高い麗華が感情的になったせいで周りを見えていなかった自分の非を素直に認め、自分たちを巻き込んでしまったことへの心からの謝罪をして頭を深々と下げた。
普段のプライドが高い麗華を知っているセラティアは、そんな彼女の弱々しく謝る姿と、ここまで謝らせてしまったことへの罪悪感が生まれてしまった。
セラとティアのフォローを受けても、麗華は気が済んでいない様子だった。
「今回、私はあの空木武尊を甘く見過ぎていましたわ。あのナルシシズム溢れるいけ好かない姿を見て、私は完全に舐めていたのですわ。わざとらしく挑発したのもすべて演技で、私たちの注意を自分に向けさせるためだったのですわ。冷静になって考えれば、アルトマンたちの繋がりがあることは想像できたかもしれないのに大きなミスですわ」
「初対面の第一印象があったから私も油断をしていたよ。多分、計算高いだけじゃなくて相当な実力者。車の上にいた私の邪魔をしたのはおそらく空木君だと思う」
連れ去られた幸太郎の乗る車に飛び移ろうとした時に邪魔をした鎖は、武尊の武輝であり、大量の武輝を複製できるほど輝石の力を扱えるのに長けているとセラは思っていた。
「勝手な真似をした幸太郎君も幸太郎君だけど、油断した挙句に目の前で幸太郎君を連れ去られたのは私の責任――だから、今度は油断しない」
「ええ。私ももう油断しませんわ! 今度は必ずギタギタにしますわ」
静かな怒りを宿すセラの言葉に、麗華も力強く頷いて同意する。
静かに戦意を昂らせているセラと、さっきまでの弱々しい雰囲気を一変させてだいぶ調子が戻ってきた麗華の様子を見て、ティアは小さく安堵の息を漏らし、二人を冷たく鋭い目で睨む。
「そうと決まれば過ぎたことをウジウジ後悔するのはやめて行動しろ」
厳しいが発破をかけてくれているティアの言葉に、後悔も迷いのない真っ直ぐな光を宿した目をしたセラと麗華は力強く頷いた。
「私はこれから鳳グループ本社に向かい、今後についてお父様と話し合いをしますわ。今後について決まるまでの間、セラは反撃のための準備をお願いしますわ」
セラに指示をした後、麗華はすぐに病室に出ようとする。
「空木武尊――この借りは絶対に、ぜーったいに倍にして返してやりますわ! フフフッ……復讐のことを考えていたら腕が鳴りますわ――オーッホッホッホッホッホッホッホッホッ!」
あくどい表情を浮かべ、病院だというのに迷惑なほど大きな声で高笑いを上げる完全に調子が戻った麗華を見て、セラとティアは安堵と先行きの不安が混じったため息を深々と漏らした。
―――――――――――
「クソッ! あの落ちこぼれに関わると毎回決まって面倒ごとに巻き込まれる! あの男は間違いなく疫病神だ! 間違いない!」
「そいつは同感だが、大丈夫か? そんなに声を出すと傷に響くぞ」
「グヌヌヌヌッ……き、傷が痛む……これもすべてあの男のせい。やはり、あの男は疫病神に違いない……」
「貴原、なんつーか、お前ってかわいい奴だな」
病院の待合室で幸太郎への怨嗟に満ちた大声を出したせいで傷口に響いても悶える貴原を見て、刈谷は楽しそうに笑っていた。さっきまで戦闘をしていたとは思えないほどの呑気な二人の様子を見てクロノは小さく呆れたようにため息を漏らしていた。
「それにしてもあのヤマダタロウって明らかに偽名のオッサン、一体何者だ? 妙に戦い慣れてたし、ヤリ会ってる最中すげぇ勢いで強くなっていやがったぞ。あんなの反則だろ反則」
戦いの最中に急成長を遂げたヤマダの姿を思い返しながら、刈谷は忌々しく舌打ちをした。
……確かに、あの男の力は妙だった。
輝石のようでありながらも、輝石とは違う力を感じた。
……あれは一体何だったんだ?
刈谷の話を聞きながらヤマダから感じた力を考えるクロノだが、明確な答えは出なかった。
「あの男は右腕が義手と言っていたが、おそらくあの右腕自体が武輝であり、あの右腕にアイツの力が急上昇した秘密があるのだろう」
「何かの実験って言ったな……それとその右腕も関係していそうだな」
「輝石の力と機械は相性が悪かったにもかかわらず、煌石を扱える人間を原動力にして輝石の力を扱える機械・
「だとしたら厄介なもん作り出しやがって……まったく! 相手にするこっちの身にもなれよ」
アルトマンの仲間であるアルバート・ブライトが考案して生み出した、相性の悪い機械と輝石の力を人間を使って無理矢理融合させたガードロボット・輝械人形のことを持ち出し、ヤマダの義手もその技術に似たものであると予想するクロノ。
クロノの言葉に納得して再び忌々しそうに舌打ちをする刈谷だが――もっともな推論を述べながらも、その推論にクロノは納得していない部分があった。
納得していない部分――それは、ヤマダが戦闘中に見せた急成長だった。
慣れない新技術を扱っていたから、戦闘中にその技術に慣れて急成長を理由も考えられるが、戦闘慣れした動きを見せながらも最初のヤマダは明らかに輝石の力に振り回され、輝石使いとしては素人のような戦い方だった。
それなのにもかかわらず、輝石使いとしての実力が上の貴原で短時間で追い越し、自分たちとまともに戦えるまでの成長性についての疑問と、輝石使いとしては素人も同然の男が短い間に新技術を使いこなせて力を向上させることができるのかどうかの疑問を抱いていた。
一人黙々とヤマダの力について考えているクロノを邪魔するように、「一つだけわかることがありますよ!」と耳に嫌にこびりつく貴原の自信満々な声が響いた。
「ヤマダというあの男、おそらく我々輝石使いに相当な恨みを抱いています」
「そいつは同感だ。それも中途半端な恨みじゃなくて、執念にも近い恨みだ。ストーカーになる奴の典型的なタイプだな、かなりネチネチしたタイプの男だ。モテないだろうなぁ」
ヤマダが自分に対して『反吐が出る』と言った時に感じた寒気がするほどの憎悪を思い返しながら貴原は説明すると、刈谷も頷いて同意を示し、クロノも黙ったまま頷いて同意した。
「それにしても――刈谷さんから説明を聞きましたが、どうしてもあの落ちこぼれの七瀬幸太郎が伝説の力を持っているとは思えませんね。そもそも、賢者の石という不確かなものを妄信して落ちこぼれを連れ去るなんて、どうかしていますよ」
今回の騒動で幸太郎が連れ去られるのを目の当たりにして、どうして落ちこぼれである幸太郎が敵に連れ去られたのか当然の疑問を抱いた貴原に、刈谷とクロノは鳳グループと教皇庁の人間に許可をもらって不承不承ながらに説明をした。
伝説の存在とされている賢者の石が実在し、その力を世間では亡くなったとされている輝石と煌石研究の第一人者であるアルトマン・リートレイドと、落ちこぼれの七瀬幸太郎が所持していると説明されても、あまりに突飛すぎる話なので貴原は信じられなかった。
「そもそも、目の前にいるクロノ君は紛れもなく人だ。生命を操るとされている賢者の石の力で輝石から生み出されたイミテーションという人外には見えないな」
「そう言われると嬉しいな……」
イミテーションという輝石から生み出された人外の生命体であることを知っても普通に接してくれる貴原に、無表情ながらに少し照れてしまうクロノ。
「まあ、お前の思うことはもっともだよ。でも、アイツの力に関しては目撃者がいるし、ヴィクターのアホがアルバートと勝手に情報交換したおかげで、アイツの力は賢者の石で、その力をアルトマンたちが狙っているってことが確実になったんだ。いまだに信じられねぇけどな」
情報を得るために自他ともに認める天才であるヴィクター・オズワルドが先日行われた幸太郎の身体検査の情報とアルトマン側の情報を、アルトマンの協力者であるアルバートと勝手に取引した。
その結果アルトマンが幸太郎の持つ力を賢者の石と認め、その力を狙っていることが明らかになったのだが――それでも、刈谷は貴原と同じく呑気で空気も読めない落ちこぼれの幸太郎が賢者の石というわけのわからない強い力を持っているとは思えなかった。
「そう思えば思うほど、あの落ちこぼれの行動は理解に苦しむな! せっかく逃がしてやったというのにわざわざ戻ってきて、分不相応な真似をして捕まるとは」
「同感ですね」
助けを呼んで逃げだせばよかったというのに、足手纏いになるのを承知でわざわざ戻ってきて捕まったバカな幸太郎を忌々しく思う貴原に、聞き慣れた愛しい声が同意する。
その声の主――セラ・ヴァイスハルトについ先程まで痛みで喚き散らしていたとは思えないほど貴原は爽やかな笑みを浮かべて「やあ、セラさん」と挨拶をする。
そんな貴原の挨拶を、涼しげに不機嫌そうな顔のセラは「どうも」の一言で軽く流した。
「よお、セラ。悪かったな、俺たちがいながら幸太郎を連れ去られちまって」
明らかに不機嫌層顔をしているセラに挨拶を交えながら軽い調子で謝る刈谷と、「……すまない、セラ」と重々しく謝罪の言葉を口にするクロノ。
そんな二人に向けて「気にしないでください」と女神のように微笑むセラ。そんなセラにキュンキュンしてしまう貴原。
「貴原君の言う通り、今回の件に至っては無理をした幸太郎君の責任です。それよりも、刈谷さんやクロノ君と――貴原君、怪我は大丈夫ですか?」
「私ならまったく問題ありませんよ、セラさん! 心配しなくともあんな男の攻撃など、この私にとっては蚊に刺されたようなものですからね! ハーッハッハッハッハッハッハッ!」
愛する人物の前でドンと勢いよく胸を叩いて問題ないと言って豪快に笑う貴原だが――刈谷とクロノには彼が明らかに無理をしているのがわかったので、憐れんでいた。
いいところを見せようと無理して強がる貴原だが、セラは「それはよかったです」と淡々とした一言で軽く流す。まったく相手にされていない憐れな貴原の肩を、刈谷は優しく撫でた。
「それでこれからどーすんだ? リベンジする気満々って悪い顔してるぜ、今のお前」
「そ、そうでしょうか……」
「いいや、刈谷さん。それは違います! セラさんはいつでも美しく、凛々しい! そう、まるで、ファンタジーに出る巨悪と戦う勇者のように勇ましいのですよ!」
静かに闘志を漲らせているセラの顔を見ての刈谷の一言に、戸惑うセラを喧しくフォローする貴原。そんな貴原を鬱陶しそうに無言でセラは一瞥すると、セラに見つめられて「オホッ!」と奇声を上げて悶える貴原をクロノは珍獣を見るかのような目で見つめていた。
「幸太郎のバカが捕まったのはアイツの自業自得だし、こっちの計画も崩れちまったが、それでも借りを作っちまったのは事実だ。それに、あのヤマダってオッサンにも好き勝手にやられたから、その借りも返さなくちゃならねぇ。だから、派手なことをはじめるんだったら協力するぜ」
「七瀬を守ると誓っている。だから、オレも協力させてくれ」
「セラさんのためなら例え日の中水の中、地獄の中でもお供にしましょう! その過程でいいところを見せてあわよくばセラさんと情熱的な関係に! ――クゥウウウウウウウ!」
「本当は私から協力をお願いしようとしていたのですが――ありがとうございます」
文句も言わずに自分に協力してくれる貴原たちに、心の底から感謝をするセラ。一人動機が不純な男がいるが、気にしないことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます