第15話
今後のことを話し合うために力強い足取りで鳳グループ本社にある社長室に向かっていた麗華だったが、社長室の扉を前にして扉をノックすることを躊躇ってしまう。
今回、敵の術中に簡単にはまった挙句に勝手な真似をして醜態を晒してしまい、確実に敬愛する父を失望させたと思ってしまっていた。
そう思えば思うほど父と顔を合わせるのを躊躇い、逃げ出したい気持ちも生まれてしまうが――いけ好かない武尊、自分に何も言わずに勝手な真似をしている大和、そんな大和のせいで捕らわれてしまった巴、そして、自業自得で捕らわれた幸太郎を思い浮かべ、覚悟を決めて扉をノックして、「失礼しますわ」と社長室に入った。
張り詰めた緊張感が漂う社長室の中には、三人の人物がいた。
一人はもちろん部屋の主である、リグライニングチェアに腰かけているこんな状況でも冷静沈着な雰囲気を身に纏っている鳳大悟。
もう一人はそんな大悟と机を隔てて対面に立っている、空木家に娘が連れ去らわれても焦燥感を抱くことなく冷静でいる御柴克也。
克也の隣に寄り添うように立つ、白衣を羽織って美しく長い脚を強調するようなミニスカートを履き、長い黒髪をかわいらしいリボンでまとめてポニーテールにした、スレンダーな長身美女――ではなく美男子である、アカデミーの校医と鳳グループ幹部を兼任している萌乃薫。
空木家とアルトマンが協力関係にあり、巴と幸太郎が連れ去られたという状況なのに、落ち着き払った様子の三人は部屋に入ってきた麗華に視線を向けた。
三人の視線は勝手な真似をした麗華を責めるようなものではなく、萌乃に至っては「ハーイ♥」とかわいらしくウィンクをしてフレンドリーに挨拶をしてきた。
「ちょうどよかった。今回の騒動の報告をするために、お前を呼ぶところだった」
勝手な真似をしたことを咎められず、思いきり肩透かしを食らいながらも大悟の言葉に「え、ええ……」と戸惑った様子で従い、大悟の座る机の前にそそくさと移動する麗華。
「教皇庁からの情報によると空木武尊は特殊な力を持っている。無窮の勾玉を扱うことのできる『御子』の力に加え、身体に残留しているアンプリファイアの力を自在に引き出せるそうだ」
「さすがは御子なのかしら? 普通の輝石使いなら身体にアンプリファイアの力が残留していたらただでは済まないのに。それにしても、どうやってアンプリファイアの力が身体に残留させることができたのかしら」
娘が連れ去らわれながらも淡々としている克也の話を聞いて、かわいらしく小首を傾げて萌乃は疑問を口にすると、「それについては――」と大悟はその疑問を答える。
「鳳に眠る古い文献を調べたが、大昔、無窮の勾玉を扱える力を持った人間がいた天宮と空木は、無窮の勾玉の所有権を巡って争っていたそうだ。その争いは鳳の協力もあって天宮が勝利し、その恩義で天宮は鳳に仕え、敗北した空木は天宮に仕えることになった。天宮は強い力を持った御子を次代に残すため、空木にいる強い力を持った御子の間で子孫を残したそうだ」
「優生政策ということかしら? それじゃあ空木の人間は優秀な御子を持った人間がいなくなるんじゃないの? 優秀な人材は全員天宮と結ばれちゃうんだから」
「萌乃の言う通り、空木家の御子の力は徐々に弱まった。御子としての力を持った人間は生まれたが、それでも天宮には遠く及ばず空木は天宮から見放された。そして、無窮の勾玉を利用して兵器を作り出そうとした先代鳳家当主は空木の人間を相手にしなかった。その後は教皇庁に取り入ろうとしたが、ティアストーン以外の存在を認めなかった教皇庁には相手にされなかった。天宮、鳳、教皇庁からも見放された空木は、弱まった一族の御子の力を復活させるため、無窮の勾玉の欠片であっても強い力を秘めているアンプリファイアに着目し、それを使って幼い頃から御子の力を無理矢理強化したそうだ。おそらく、空木武尊の力の正体はその結果偶然得られたものだろう」
「身体に残留するほどアンプリファイアの力をため込んでいるなんで、かなりアンプリファイアの力を身体に受け続けていたんじゃないのかしら? アンプリファイアの力を使った結果ひどい目にあった子たちを見てきたから、かなり苦しかったと思うし、身体にも悪影響が出ていると思うわ」
天宮と空木の関係と、武尊の力に正体についていっさいの私情を排した大悟の淡々とした説明を聞いて、敵であっても校医である立場の萌乃は武尊の身体を心配するとともに、武尊の境遇を憐れんでいた。
心優しい萌乃を無視して、「それよりも――」と克也は淡々と話を続ける。
「刈谷たちと戦い、七瀬を連れ去ったヤマダタロウだが、ドレイクの知人の情報によると奴は傭兵だったらしい。空木家に集中していたせいで、本腰を入れて調べてないからヤマダについてはまだ詳しいことはわからないが、人懐っこい割には自分のことをいっさい話さないし、戦闘する姿をまったく見せないで成果を上げてくる謎の男だったそうだ」
麗華のボディガード兼使用人を務めるドレイク・デュールから聞いたヤマダタロウについての情報を説明し、「報告は以上だ」と報告を終える克也。
「他に何か報告はないか?」
「私はないわね。まあ、勝手な真似をしたオシオキで自宅に軟禁されて、ウジウジ文句を言ってるヴィクターちゃんの相手をしていたから、調べる暇はなかったの☆」
「……報告とは関係ないのですが、発言をよろしいでしょうか、お父様」
克也が報告を終えて大悟は萌乃と麗華に視線を向けると――おずおずといった様子でありながらも、真っ直ぐとした瞳の麗華は父に話しかけた。
そんな麗華を数秒間黙って見つめた後、「構わない、続けろ」と大悟は発言を許可した。
「まずは今回、空木武尊にいいように利用され、感情的になって勝手な真似をしたことへの謝罪をしますわ。――申し訳ございません私のせいで迷惑をかけてしまって」
「もう! そんなこと若い子が一々気にしないの! 無茶をするのが若い子の特権なんだから。それにしてもアリシアちゃんが課外授業に行っててよかったわぁ。いたら絶対にあの性悪女狐クレーマー、グチグチと文句を言ってるに違いないわ」
「お前もバカ娘も軽率な真似をしたせいで周りに迷惑をかけたのは事実だが、それでも――気持ちはわかる。それに、連れ去られたせいで周りに大きな迷惑をかけているバカ娘に比べたらお前の無茶なんてかわいいもんだ。だから、気にするな」
かわいらしくウィンクをして麗華を励ます萌乃と、娘が連れ去られたというのに感情的になることなく父性溢れる笑みで麗華を励ます克也。
いつにも増して、不自然なほど優しい二人の心遣いに感謝をしながらも、麗華は恐る恐ると言った様子で父を見た。
感情をいっさい排した無表情の父は娘を厳しい目で見つめていたが――やがて、やれやれと言わんばかりに小さくため息を漏らした。
「反省と後悔している人間に何を言っても時間の無駄だ」
「ホント、大悟さんって麗華ちゃんや大和ちゃんに甘いわねぇ」
「……うるさい。萌乃、お前も少しは時間の無駄にならない有意義な話をしろ」
「ふえぇ……大悟さんが厳しいよぉ。克也さーん」
厳しく見放した言葉ながらも、反省と後悔をしている自分への気遣いと発破を感じられた父に安堵の息を漏らすとともに、気合を入れる麗華は甘ったるい猫撫でボイスを上げて克也にすり寄って甘えている萌乃を無視して、本題に入る。
「お父様、村雨さんだけではなく巴お姉様を連れ去り、空木家の人間がアルトマンたちと繋がっていることが判明した以上、私はもう黙っていられませんわ」
「理解しているが時間が欲しい。前にも言ったが下手な真似をすれば協力関係を結んだばかりの鳳グループと教皇庁の世間からの信頼が崩れるかもしれないし、天宮家との関係がさらに悪化する。それ以上に騒ぎが大きくなればなるほど七瀬幸太郎の力が不特定多数に知られる恐れもある。この際世間の我々への信頼は無視したいところだが、あの少年の力が知られることについては無視できない」
「グヌヌヌ……あの自業自得のバカ凡人のせいで状況が悪い方向へと向かっているような気がしますわ。やはり、最後まで足を引っ張る疫病神ですわね」
「……お前も他人のことは言えないだろう」
「そ、それは違いますわ、お父様! 決してあんな足手纏いの落ちこぼれではありませんわ! 結果的には迷惑がかかりましたが、私はちゃんと考えて無茶な行動をしていましたわ!」
分不相応な勝手な真似をした挙句に捕まって迷惑をかける幸太郎を忌々しく思って歯ぎしりをする麗華に小さく突っ込みを入れる大悟。父の言葉に猛反論しようとするが、上手い反論が見当たらない麗華。しかし、それでも幸太郎と一緒ではないことを必死で説明した。
慌てふためいて弁解する娘の必死な様子に無表情の大悟は僅かに微笑んでいた。
「とにかく、アルトマンたちが関わっている以上、鳳グループだけでは手に負えない。今回の騒動の説明をするために今は教皇庁と会議をして、教皇庁と協力してもらって空木家にどう対応するのかを決める。そのためにこれから教皇庁に出向く――……お前も来るだろう、麗華」
大悟の問いかけに「もちろんですわ!」と力強く頷いて当然のようにそう答える麗華。
いつも以上に気炎を上げている娘の調子を見て、満足そうに大悟は頷いた。
そして、大悟たちは協力者である教皇庁に向かうために鳳グループ本社を後にした。
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