第14話

 アカデミーに通う生徒たちのために行われる訓練の日――


 訓練教官の下、輝石使いの生徒たちはグループを作って思い思いの訓練をしている中、輝石を武輝に変化させることができない幸太郎は――いつものように、一月前に幸太郎のクラスの訓練教官補佐になった、昨日退院したばかりのティアとともに訓練を行っていた。


 一時間以上ウェストエリアの訓練施設周辺を走らされて体力の限界を迎えている幸太郎は全身で息をしながら、よたよた走っていた。


 も、もう限界……

 今日はちょっと楽をできると思ってたのに……

 ……まあ、ありがたいんだけど。

 というか、ティアさんすごい……全然疲れてない。


 入院して間もなく、力も戻っていないというにもかかわらず、訓練教官の補佐として自分の訓練に付き合ってくれるティアに感謝をしながらも、まだティアが入院していると思い、普段よりは楽な訓練ができると思っていたので少しガッカリしていた。


 幸太郎のずっと先にいるティアは、一時間以上走っているというのに息を乱すことも顔色をいっさい変えることなく、走り続けていた。


 一時的に輝石を扱える力を失っていても、強靭な体力は衰えていないティアの様子を見て、幸太郎は心の底から感心して、憧れも抱いていた。


 体力の限界を迎えながらも、少しでも憧れを抱くティアに近づこうと、明日筋肉痛確定の足に鞭を打って、気力を振り絞って走る速度を上げる。


 幸太郎のずっと先を走っていたティアだが、彼女は立ち止まって振り返り、彼が自分の傍に来るのを待っていた。


 そして、気力を振り絞って自分の傍に何とか到着した、全身で息をしている幸太郎の様子を、呆れたようにティアは見つめていた。


「まったく……これしきのことで疲れるとは、だらしがない」


「す、すごいですね、ティアさん。僕、もう限界です」


「これくらいは当然だ」


 涼しい顔でそう言ってのけるティアは、まだまだ余裕で走る気満々だった。


 そんなティアを見て、勘弁してくれと幸太郎は思うと同時に、近くにあるベンチが目に入ってきた。今の幸太郎にとって、ベンチは砂漠の真ん中にあるオアシスのように見えた。


「きゅ、休憩しません?」


「……いいだろう」


 体力の限界を迎えている幸太郎の様子を見て、ティアは不承不承ながら休憩を承諾した。


 休憩の許可をもらい、嬉々とした表情を浮かべている幸太郎は軽やかな足取りでベンチへと向かった――体力の限界を迎えているというのに、軽やかな足取りの幸太郎を見て、ティアは呆れていた。


 ベンチに座って幸太郎は一段落している間、ティアは近くの自販機でスポーツドリンクを二本購入して、その内の一本を「水分補給をしろ」と言って、幸太郎に差し出した。


 冷えたスポーツドリンクを差し出されて幸太郎は満面の笑みで「ありがとうございます」と感謝の言葉を述べて、水分補給を行う。


「どうせならプロテインを持ってくればよかったな……」


「勘弁してください」


 スポーツドリンクを飲みながらふいに呟いたティアの一言に、幸太郎は心からウンザリした。


「しかし、その調子ではいつまで経っても次の訓練に移れないぞ」


 呆れ果てているティアの一言に、幸太郎は「すみません」と謝って苦笑を浮かべる。


 水分補給を終えた幸太郎は、涼しい表情を浮かべて水分補給をしているティアをふいにジッと見つめた。


「……何を見ている」


「昨日退院してすぐに激しい訓練をしているので大丈夫かなって思ったんです」


「気遣いは無用だ」


「確かにあれだけ走って疲れてないから大丈夫だとは思うんですけど……」


 しつこく疑いの眼差しを向けてくる幸太郎に、ティアは若干の苛立ちが生まれてくる。


「学内電子掲示板でティアさんのこと、少し噂になってましたよ」


「……そのようだな」


「大丈夫ですか?」


「お前は私の力を信用できないのか!」


 普段のクールなティアからは考えられない、苛立ちに満ちた怒声をティアは張り上げた。


 怒らせてたと思って「すみません、ティアさん」と、頭を下げて謝る幸太郎を見て、一気に平静を取り戻した陥ったティアは首を横に振った。


「……悪いのはお前の気遣いを無下にした私だ。すまない」


 自分の非を認めたティアの表情は相変わらず無表情でクールなものだったが、いつも以上にその表情は暗くなっており、幸太郎には若干の焦りがあるように見えた。


「頭を冷やす……お前は適当に休憩を切り上げて、再び走りはじめるんだ」


 そう言って、ティアは幸太郎の前から足早に走り去ろうとするが――


「ティアリナ・フリューゲル――……あ、アンタの噂は耳にしてるぞ」

「あ、アンタ今力ないんだってな」

「ほ、本当なのか?」


 走り去ろうとしたが、突然の前に現れた三人組の男子生徒にティアは足を止めた。幸太郎はティアの前に現れた三人の男子生徒が自分と同じクラスの生徒であることに気づいた。


 三人の男子生徒の表情は覚悟を決めているようだが、それ以上に追い詰められているようだった。彼らの手には武輝が握られており、武輝を握っている手は震えていた。


「……だとしたらどうする」


 武輝を持った三人の男子生徒を、ティアは鋭い視線で睨む。


 三人はティアの視線に気圧されるが、逃げ出そうとするのを必死に堪えて、睨み返した。


「あ、アンタを倒せば俺らみたいな弱い輝石使いの状況が良くなるかもしれないんだよ!」


「……そんなことで本当に自分を変えられると思っているのか?」


「あ、アンタにわからねぇだろうな! 俺たちみたいな弱者の気持ちなんて!」


 自分の目の前にいる男子生徒たちが、アカデミー内に広まっている実力主義の被害者であることをティアは察して、憐れむと同時に厳しい視線を送った。


「いいだろう――お前たちの言う通り、今、私は輝石を武輝に変えることができない」


 噂は本当であるとティアが認めると同時に、三人の男子生徒たちは武輝をきつく握り締め、臨戦態勢になるが――殺気立つ三人を前にしてもティアはクールな態度を崩すことなく、力を失っているにもかかわらず彼らを迎え撃とうとしていた――が、


 何気ない様子でショックガンを持った幸太郎が、庇うようにティアの前に立った。


 輝石を武輝に変化させることができない落ちこぼれが自分たちに立ち向かおうとしている姿に、男子生徒たちは明らかに見下したような笑みを浮かべていた。


「落ちこぼれが俺たちの相手をするだと? ふざけんな」

「見逃してやるからさっさと消えろよ」

「それとも、黙って俺らに協力するなら、お前も良い思いをさせてやるぞ?」


 自分を下に見ている三人の脅しに、幸太郎は気にすることも、一歩も退くこともなく彼らに向けて、片手に持ったショックガンの銃口を向けていた。


 自分以上の力を持つ三人に立ち向かう幸太郎の姿に、ティアは優しく、そして、自嘲するように微笑み、「下がっていろ」と言って、幸太郎の前に出た。


「お前たちが言う落ちこぼれは自分よりも弱い人間を守るために、自分よりも強いお前たちに挑もうとしている――……だが、お前たちはどうだ?」


 挑発するようだが、諭すように言い放ったティアの言葉に、落ちこぼれと見下す幸太郎と、自分たちとの圧倒的な差を感じ取り、苦々しく思う男子生徒たち。


 そんな男子生徒たちを睨みながら、ティアは彼らにゆっくりと近づいた。


 徐々に自分たちに近づく、力を失ってもなお、圧倒的な威圧感を放つティアに、男子生徒たちは怯えていた。


 しかし――自分を鼓舞するような雄叫びを上げて、一人の男子生徒が自身の武輝を振う。


 男子生徒が武輝を振うのと同時に幸太郎はショックガンの引き金を躊躇いなく引こうとするが――「手を出すな!」のティアの怒声が幸太郎を制止させる。


 目前に迫る武輝の刃をティアは紙一重で回避すると同時に、一気に男子生徒の懐まで間合いを詰め、武輝を持つ手を捻り上げる。


 捻り上げられた手の痛みに声を上げようとした瞬間、男子生徒の視界が反転する。


 自分が投げられたことを察した瞬間、受け身も取れずに地面に叩きつけられ、男子生徒は激しく、苦しそうに咳き込んでいた。


 力を失っていても、武輝を持った相手を投げ飛ばしたティアに、男子生徒たちは喉の奥から絞り出した小さな悲鳴を上げた。


「お前たちのような自分のことしか考えていない奴らに、負けるつもりはない」


 そう言いながら、ティアは次の標的に向かって飛びかかる。


 ティアに狙われた男子生徒は、恐慌状態に陥りながらも武輝を振うが――それよりも早く、空中で身体を捻って勢いをつけた回し蹴りを側頭部に食らわせた。


 強烈な蹴りに呻き声を上げて地面に突っ伏す男子生徒。


 間髪入れずに最後の一人に飛びかかろうとした瞬間――「そこまでよ!」と、ティアを制止させる声が響いた。


 その声にティアは止まり、男子生徒は腰が抜けたように地面に膝をついた。


 ティアは機嫌が悪そうに声の主である、セラに視線を移した。


「……セラ、どうしてお前がここにいる」


「心配だったから、二人のずっと後ろにいたんだ……ついてきて正解だったみたいだね」


 そう言って、セラはティアに襲いかかった男子生徒たちを睨む。


 ティアに圧倒されてすでに恐慌状態に陥っていた男子生徒たちは、セラの厳しい視線に、完全に腰を抜かして言葉も発せられない状態になっていた。


「今の状況が辛いのは理解しています。でも、力のないティアを襲うのは、あなたたちを差別して力で排斥している人とやっていることは同じです! 輝石使いとしての矜持をまだ持っているのなら、恥を知りなさい!」


 セラの厳しい言葉に、男子生徒たちは、力を失っても圧倒するティア、そして、自分たちに立ち向かってきた幸太郎を交互に見て――男子生徒たちは表情に悔しさを滲ませながら、一目散に逃げ出した。


 そんな彼らをセラはすぐに追おうとするが、「追うな」とティアはセラを制止させる。


「……余計な真似を」


「謝るつもりはないから」


 恨みがましく睨むティアを、いっさい退く気がない様子で睨み返すセラ。


 無言のまま睨み合う二人の間の空気が張り詰めるが――

「あ!」


 何かに気づいて慌てている幸太郎の声が響き渡り、張り詰めた空気が一瞬で霧散した。


「ティアさん、怪我してます!」


「……掠り傷だ、問題ない」


 男子生徒の攻撃を紙一重で回避した際についたであろう腕の傷から微かに血が滲んでいたが、ティアの言う通り薄皮一枚切られた程度の掠り傷であった。


 しかし、それでも幸太郎は慌てている様子だった。


「手当てしないと!」


「必要ない」


「行きましょう」


「ま、待て」


 問答無用に幸太郎は怪我をしていない方のティアの手を引っ張って、ティアの傷を治療するための施設へと向かう。


 幸太郎の強引な態度になすがままにされるティアは、セラに救いを求めるような視線を送るが、セラはその視線に気づきながらも無視をした。


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