第13話

 セントラルエリア内にある、麗華が暮らす豪勢な屋敷――屋敷内にある豪華な調度品が並ぶ、麗華の部屋は異常に張り詰めた空気が流れていた。


 張り詰めた空気を放っている張本人である麗華は足と腕を組んでソファに深々と座り、激情の炎を宿した目でテーブルを挟んで向かい合うように座っている人物を睨んでいた。


 視線の先にいるのは、軽薄な笑みを浮かべている耽美的な雰囲気を纏わせている中性的な美少年――幼馴染の伊波大和だった。


「……ティアお姉様のことを聞きましたか?」


 必死に激情を抑えている震えた声で麗華は質問をすると、大和は薄気味悪い笑みを薄らと口に浮かべた。


「もちろん。もう、学内電子掲示板では軽く噂になってるみたいだしね」


「……なんですって」


 自分の言っていることに驚いている麗華を見て、大和は心底楽しそうだった。


「大丈夫だって。そんな情報、誰も信じるわけないって」


「信じた人がいたとしたら?」


「その時はその時――まあ、結局は後悔することになると思うけど」


 他人事のように軽薄な笑みを浮かべる大和を見て、麗華は拳をテーブルに叩きつけた。


「今までお世話になったティアお姉様を、あなたはくだらないゲームに巻き込んだのですわ」


「……巻き込んだ? そんなの今更じゃないか」


 怒りに燃えている麗華の言葉に、大和はやれやれと言わんばかりにため息を漏らした。


 そして、大和は笑みを消して、失望と期待を宿した厳しい目で麗華を睨む。


「麗華、君は切り札である幸太郎君――いや、セラさんたちを風紀委員に入れた時点で、君は多くの人間を巻き込んでいる。今更だよ――それとも、君には誰かを巻き込むという覚悟がないまま、中途半端な気持ちで僕のゲームに参加したのかな?」


「そ、そんなことはありませんわ! 私の覚悟は変わっていませんわ!」


「忘れていないようで安心したよ……その気持ち、絶対に――絶対に忘れちゃダメだよ」


「余計なお世話ですわ! あなたに言われるまでもありませんわ!」


 挑発的でありながらも、必死に懇願してくる大和に、忘れかけていた自分の覚悟を慌てて思い出す麗華。


 狼狽えながらも気丈に怒声を張り上げる麗華を見て、大和は愉快そうだが意味深な笑みを浮かべて、安堵していた。


「まあ、ティアさんのことは大丈夫、問題ないよ。彼女の力は絶対に戻る」


「信用できませんわ」


「僕のことは信用しなくていい。でも、君が知るティアさんのことは信じなくちゃ」


 そう言って、大和はソファから立ち上がって麗華の部屋から出ようとする。


「それじゃ、頑張ってね、麗華」


「おだまり!」


 今の状況では皮肉にしか聞こえないエールを残して、大和は部屋から出て行こうとする。


 麗華は苛立ちをぶつけるようにして、ソファの上に置いてあったクッションを大和に向けて投げるが――クッションが当たる前にさっさと大和は部屋から出て行ってしまった。




―――――――――――




「……そこをどけ、セラ」

「嫌だ」


 セラが暮らしている部屋の玄関前で、セラとティアは睨み合っていた。


 セラは玄関の前に立って、外に出ようとするティアの行動を阻んでいた。


 常人ならばすぐに逃げ出すほどの威圧感を放つ鋭い眼光を飛ばしているティアだが、セラは彼女以上の威圧感を放って一歩も退く気がなかった。


 睨み合っている二人の間には、今にも爆発しそうな張り詰めた空気が渦巻いていた。


 自分の邪魔をしているセラに、ティアは心の中で忌々しげに舌打ちをしながらも、自分も決して退こうとはしなかった。


 お互い一歩も退く気がない二人の様子を遠巻きで眺めている優輝は、呆れ果てたように深々と嘆息していた。


「お前が駄々をこねている間にも、エリザが好き勝手に暴れている」


 力を失っている状況だというのに、いまだに捕えられていないエリザを探すため、すっかり日が暮れはじめたアカデミー都市内を巡回するつもりのティア。


 確かに、ティアならばかつて捕えたエリザの行動をある程度先読みして、エリザを見つけることができるかもしれないが――今のティアは力を失っているので、そんな無謀な行動をセラは絶対に許さない。


「駄々をこねているのはティアだ」


 キッパリと言い放ったセラの言葉に、ティアの纏っている空気がさらに冷たくなり、目つきがさらに鋭くなる――だが、何も言い返すことができなかった。


「まだ検査入院をするべきなのに無理を言って退院して、今度は夜の巡回に向かう? ――わがままもいい加減にしなよ。退院をするための条件をもう忘れたの?」


 セラの言う通り、しばらくの間セラの部屋で過ごすという条件で無理を言って退院したティアは、これからエリザを捕えるために巡回に向かおうとしていた。


 そんなティアにセラは心底呆れており、同時に無茶をしようとする彼女に憤慨していた。


 確かにセラの言う通り、私はわがままだ……

 だが、それでも、私には――


 力を失っている自分が無茶なことをしようとしているのは十分に承知の上だが、それでもティアは止まることができなかった。


「力を戻す術もないのに検査は無意味、それに、かつてエリザを捕まえた私には、脱獄したエリザを再び捕えなければならない責任がある」


 責任という言葉を強調するティアを、セラは鼻で笑った。


「責任? 笑わせないで。今のティアは自暴自棄になっているだけだよ」


 核心を突くセラの一言に、いよいよティアは何も言えなくなってしまう。


 しかし、それでもティアは一歩も退く気はなく、セラを無言で睨んだ。


 意地を張り続けているティアの様子に、優輝は再び呆れたように深くため息を漏らすと、ゆっくりと車椅子を動かしてティアに近づいた。


「セラの言う通りだ、ティア。いい加減にするんだ」


 今まで黙っていた優輝はゆっくりと口を開いて、優しくもあり、厳しくもある声でティアの背中に向けてそう言った。


「セラはお前を心配しているんだ。もちろん、俺だってそうだ」


 わかっている、そんなことわかっている……


 そんなこと言われなくとも、十分にティアは理解していた。


「学内電子掲示板ではお前の力が失っているという情報が出回りはじめている。信じている人は少ないが、それでも信じる人はいる――アカデミーの現状を知っているだろう?」


 今のアカデミーの状況――徹底的な実力主義の制輝軍のせいで、弱い輝石使いが排斥されてしまっていた。そのせいで、弱い自分の力を高めるため、惨めな自分の状況を少しでも良くするため、輝石使いの力を上げるアンプリファイアが流行していた。


 そんな状況で、力を失ったティアが一人歩けば――ティアという実力者を討ち取ったという称号が欲する輝石使いにとっては絶好のチャンスだった。


 もちろん、それもティアは理解していた。


 すべてを理解した上で、覚悟もしているつもりだった。


 ティアの覚悟を優輝はもちろん、セラも感じ取っていたが、それでも許さなかった。


「それを知っていてもなお、セラの想いを踏みにじるのなら――俺が相手になる」


 優輝はチェーンにつながれた自身の輝石をポケットから取り出した。


 静かに闘志を漲らせる本気の優輝に、息を呑んだセラはティアの反応を確認する。


 優輝が本気であると察してチェーンにつながれた輝石をポケットから取り出すティア。


 ティアの手の中にある輝石は一瞬だけ強い光を発するが――すぐに、掌から発せられた緑色の光が輝石の光を覆い隠した。


 ……ダメか。


 相変わらずの自分の状況に、ティアは無表情だが悔しそうに輝石をきつく握り締めた。


「わかるだろう、ティア。今のお前では俺を倒すことができない」


 短時間だけだがそれでも輝石を武輝に変化する力を持つ優輝、輝石を変化させることができない自分――歴然とした差があり、結果は明らかだった。


 優輝の厳しい一言で、改めて今の自分が無力であることをティアは再認識した。


 同時に、胸の中が締めつけられるような痛みに襲われると同時に、説明できないボンヤリとした不快感の塊が生まれた。


「だから頼む、ティア……今は大人しくしていてくれ」

「……お願い、ティア」


 縋るような目で自分を見つめながらの優輝とセラの懇願に、ティアは従うしかなかった。


 ……すまない。


 自分を心配してくれている優輝とセラに向けて、ティアは心の中で謝罪すると――胸の中にある説明できないボンヤリとした不快感の塊が、一気に膨れ上がったような気がした。


 そして、この後今夜もエリザたちが鳳グループの施設を襲ったという情報が入り、ティアの不快感の塊は止まることを知らずに、膨張を続けていた。


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