第12話

 エリザたちに襲撃された翌日の午後――セラ、幸太郎、優輝の三人は、検査入院中のティアを連れて、彼女が入院しているセントラルエリアの大病院付近にある、コンビニの地下に勝手に設立された秘密の研究所に向かった。


 ガラクタが適当に置かれて片づけられていない研究所に到着するや否や、薄汚れた白衣を着た、白髪混じりのボサボサ頭の、黒縁メガネをかけた長身痩躯の研究所の主――ヴィクター・オズワルドの「ハーッハッハッハッハッ!」という高笑いにセラたちは出迎えられ、さっそくティアの検査を行うことになった。


 ティアが輝石を武輝に変化させることができなくなって、すぐにセラはアカデミー随一の頭脳を持つヴィクターに相談して、すぐにティアの検査を行うことになった。


 簡単な質疑応答を小一時間ほど済ませた後は、様々なケーブルにつながれた怪しげなカプセルに三時間ほどティアは入れられて、検査は終わりだった。


 それから一時間検査の結果待ちだったが――検査の間ずっとティアは険しい表情のまま無言で、静かな緊張感を身に纏っていた。


 そんなティアの緊張感を解こうと、セラたちはティアに話しかけるが、彼女は一言二言言葉を発するだけで、会話は盛り上がらなかった。


 一時間後――別室で作業を行っていたヴィクターが、勢いよく扉を開いて現れた。


「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッ! 待たせたな、諸君! 検査結果が出たぞ! これは中々面白い――いや、興味深い結論に至ったよ」


「前置きは良い。結論を言え」


「ハーッハッハッハッハッハッハッ! まったく、相変わらずティア君は手厳しいな! これから君の体の隅々をチェックしてわかったスリーサイズをこれから発表しようと思っていたのに」


「ぜひ、教えて――イダッ!」

「いいからさっさと結論を言え」


 スリーサイズに真っ先に食いついた幸太郎の脳天に拳骨を食らわせるティア。


 いっさいの無駄を許さない厳しいティアの態度に、人の気を知らないで気分よくヴィクターは笑っていたが――すぐに笑みを消して、真剣な表情を浮かべる。


「結論を言おう――残念だが、何もわからなかったよ」


 小さくため息を漏らして結果を伝えるヴィクターに、「そうか……」と、ティアは無表情を崩すことなく動揺はしていなかったが、無表情ながらも表情は若干暗かった。


「アンプリファイアについての情報が少ないのに加え、ただ増幅させるだけだったアンプリファイアに、力を減衰させるという新たな力が発覚したのだ――先走った推論ばかりが浮かんで、解決策は何も見つからなかった」


 解決策が何も見つからない状況に、無表情のティアの気持ちを代弁するかのように、セラと優輝の表情が暗くなる。


「輝石を扱う資格は失ってはいない。それは、ティア君が触れて反応を示した輝石を見れば一目瞭然だ。だが、すぐに君の身体から放出されたアンプリファイアから放つ光に似た緑色の光が、輝石の光を覆い隠した――これは推論だが、おそらく、ティア君の体内にはアンプリファイアの力が残留しているのではないかと思われる」


 推論と前置きしているが、ヴィクターは確証に近いものを持っている様子だった。


「先生、ティアはいつまで今の状況が続くのでしょう」


「君の時とは違って精神的なものではなく、アンプリファイアの力が作用してティア君は力を失っている――力を失っている期間は短期間か長期間、もしくは永遠かもしれない。何もわからないということだ」


 優輝の質問に包み隠すことなく現状を告げるヴィクター。今まで無表情だったティアだが、永遠に力を失ってしまうかもしれないということを告げられ、微かに動揺していた。


「……どうにかならないんですか、ヴィクター先生」


「アンプリファイアの研究が進めば解決策は見つかるのだが――現状では無理だろう」


 ティアのためにどうにかしたいと考えているセラの気持ちが伝わりながらも、ヴィクターはいっさいの希望を残さないように首を横に振った。


「鳳グループと教皇庁はアンプリファイアの解明にそれほど積極的ではないのだ。それに、たとえアンプリファイアについて答えを出したとしても、教皇庁が許さないだろう」


「……どういうことだ」


 意味深な笑みを浮かべているヴィクターを、鋭く睨むティア。


「アンプリファイアはアカデミー外部には『薬』として伝わっている。アンプリファイアの正体を突き止めれば、外部に漏れる恐れがある。だからこそ、調査に積極的ではないのだ――それに、現存する唯一の煌石こうせき・ティアストーンを保有している教皇庁は、ティアストーンの稀少性を保つため、決しての存在を認めないだろう」


 アンプリファイアが煌石だという結論に至っているヴィクターに、セラたちは衝撃を受ける。幸太郎は話について来れず、事態の大きさに気づいていない様子だった。


 煌石とは――輝石とは違う不思議な力を持ち、輝石以上の力を持つ力を持つ石だった。


 世界中の神話等に出ている不思議な力を持つ石のほとんどが煌石だと言われており、輝石以上に神秘的で稀少性が高く、現存する煌石は教皇庁が保有している、輝石を生み出す力を持つ『ティアストーン』のみであり、それ以外は存在しないとされていた。


「我が師、アルトマン・リートレイド曰く、『輝石を神秘と呼ぶのなら、煌石は奇跡と呼ぶに相応しい力を持っている』――実力のない輝石使いに、今までの自分が嘘と思える強大な力を与えるアンプリファイアの力は、奇跡と呼ぶに相応しいとは思わないかな?」


「で、ですが、少し飛躍し過ぎではないでしょうか」


「セラ君の言う通り、私自身その考えに至るのは少々突飛で、確証がないと思ってはいる。――では、輝石使いの力を向上させるアンプリファイアの正体は何なのだ? 不思議な力を持つ石という、漠然としない答え以外で答えるのだ!」


 ヴィクターの質問に、セラたちは揃って口をつぐんでしまう。


 セラたちが何も答えないのを確認すると同時に、ヴィクターは懐から研究用として扱っている、透明な筒の中に入った緑白色に光る小さなアンプリファイアを幸太郎に見せた。


 ヴィクターの話について来れずに、頭がパンク寸前だった幸太郎の視界にアンプリファイアが映った瞬間――すべての考えを放棄して、アンプリファイアに目を奪われてしまう。


 アンプリファイア……

 ……きれいに光ってるけど――でも……


「それに――君はこれを見てどう思う、モルモット君よ」


「それ、アンプリファイアですよね……危ない感じがします」


「それ以外に、何か感じることはあるかね?」


 ヴィクターが求めている答えがわかっていない様子の幸太郎は首を傾げる。


 そんな幸太郎に、ヴィクターはやれやれと言わんばかりにため息を漏らす。


「煌石を扱える資格を持つ君の意見を聞きたいのだよ、モルモット君よ」


「……それ、言ってもいいんですか?」


 周囲に危険が及ぶから自分が煌石を扱える資質を持っていることを周囲に言わないようにと、一年前にヴィクター本人が厳しく忠告したにも関わらず、セラたちがいる前で自分が煌石使いであると堂々とばらしたヴィクターに、幸太郎は戸惑っていた。


 しかし、ヴィクターは特に気にしていない様子で、セラたちも幸太郎が煌石を扱える資質を持っていても特に驚いている様子はなかった。


「あのー、実は私たち、幸太郎君が煌石を扱えるということをもう知っているんです」


「……そうだったの?」


 セラの言葉に幸太郎は優輝とティアに視線を向けると、二人は揃って頷いた。


 ヴィクター、サラサの父、今は海外出張中でアカデミーにいない自分の友人と、自分を含めて、僅か四人しか知らない自分の秘密を知る人間が、一気に増えたことに幸太郎は驚いていた。そんな幸太郎の様子を見て、心底愉快そうにヴィクターは高笑いをしていた。


「廃人も同然の僕を助けようとした時、ティアストーンの欠片に反応して君の全身に、ティアストーンの欠片から放たれるような青白い光に包まれているのが見えたんだ。まさかとは思っていたけど、煌石を扱える資質を持っているとは思っていなかったよ」


「無用な混乱を避けるため、私たちは誰にも幸太郎君の秘密を言っていません……鳳さんにも。だから、安心してください、どんなことがあっても私は――いえ、私たちは絶対にあなたを守ります」


 一年前――事件に巻き込まれて廃人と化していた優輝を助けるために煌石の力を友達と一緒に使った記憶が蘇り、「なるほどなー」と幸太郎は納得するとともに、セラの言葉に心強い味方を得た気がして安心していた。


「ということだ、モルモット君よ! この場にいる全員君の秘密は知っていると言うことだ! なので、安心してアンプリファイアを見た感想を述べたまえ」


「でも、煌石を扱える素質って自然消滅するんですよね? 当てになりますか?」


「構わん。ただ思ったこと、感じたことを述べればいいだけだ」


 期待に満ちた視線で自分を見つめているヴィクターに感想を求められ、幸太郎は遠慮なく、はじめてアンプリファイアを見た時から思っていたことを答えることにする。


「はじめて見た時から、危険な感じと、ティアストーンと同じで惹きつけられました――……確証はないんですけど、多分それ、煌石だと思います。何となく、ですけど」


「ハーッハッハッハッハッハッハッ! 漠然としない言い方だが、まあいいだろう! これでアンプリファイアが煌石であるという可能性が増えたよ!」


 幸太郎の答えを聞いたヴィクターは歓喜に満ちた笑い声を上げて、小躍りする。


「おそらく、このアカデミー都市内に出回っているアンプリファイアは、アンプリファイア本体から抽出された力の残照、おそらく、欠片だろう。欠片だけでもこの力――素晴らしい、実に素晴らしいよ! ハーッハッハッハッハッハッハッハッ!」


「――アンプリファイアが煌石だとわかったとして……私の力は戻るのか?」

「悪いがティア君、わからないのだ。君たちも知っている通り、煌石は謎が多すぎる。君の力が戻るのか、戻らないのか――申し訳ないが、私にはわからんのだ」


「……そうか」


 改めてわからないと言われて、ティアは無表情のまま研究所を一人で出る。


 一人で立ち去ろうとするティアを「待って、ティア!」と、慌ててセラが追いかけ、セラが呼びかけても振り返ろうとしないティアの様子を、優輝は複雑そうに眺めていた。




―――――――――――――




 ヴィクターの研究所を出る頃には、すっかり夕暮れ時になっていた。


 優輝が乗っている車椅子を押して、幸太郎は寮があるノースエリアに向かうため、駅に向かっていた。


 車椅子を押しながら、幸太郎は研究所から出て行ったティアと、彼女を追ったセラが戻ってこなかったことが気になっていた。


「セラさんとティアさん、どこに行ったんでしょうね」


「……心配しなくても大丈夫だよ」


「優輝さんがそう言うなら大丈夫なんでしょうね」


 ティアとセラのことを心配している幸太郎に、優輝は取り繕った笑みを浮かべて、うわべだけの言葉を述べて安心させた。


 優輝も幸太郎と同様――いや、それ以上にティアのことを心配していた。


「ティアは……昔からプライドが高かったんだ」


 つい昨日のような思い出を頭の中に浮かべながら、優輝はふいに口にした。


「そうなんですか?」


「ああ。試合形式の訓練で俺が勝てば、次の試合までに死に物狂いで訓練して、次の試合には絶対に勝っていたんだ」


「負けず嫌いなんですね」


 ストレートに感想を述べる幸太郎に、思わず優輝は吹き出してしまった。


「そうだね、確かにティアは負けず嫌いだった。それに、意地っ張りだったしね」


「その性格がセラさんに受け継がれたんですね」


「そう言われてみれば、そうかもしれない」


 セラにも容赦をしない幸太郎に、優輝はさらに笑う。


「子供の頃の優輝さんはどんな性格だったんですか?」


「……俺も他人のことは言えないかもしれない」


 自嘲を浮かべての優輝の一言に、幸太郎は思わず吹き出してしまった。


 ひとしきり笑い終えると――優輝の表情は曇りはじめる。


「今回の一件、ティアはかなり堪えている」


 不安気な面持ちの優輝の言葉に、幸太郎も何となくだが同感だった。


 ヴィクターが検査結果を告げた時――ティアの表情は普段通りの無表情で動じていなかったが、何となくだが消沈しているように幸太郎には見えた。


 幸太郎は気のせいだと思っていたが、優輝の言葉で気のせいではないことを悟った。


「今のティアは力を失くした自分の状況に戸惑い、苛立ち、屈辱だと感じている――今の状態が続けば心が疲れ、自暴自棄になって自分を狙う脱獄囚に何の策もなく突っ込むかもしれない」


 ティアのことを心から心配している優輝の表情は憂鬱そうで、それでいて、幼馴染のために何もできない自分の今の状況に苛立っているような表情を浮かべていた。


「だから――ティアの幼馴染である俺が、幸太郎君に頼むのはおかしいけど、ティアに気を配ってくれないかな。今のティアにとって、君は必要不可欠な存在だ」


「僕なんかよりも、優輝さんとセラさんが必要だと思うんですけど」


「今の自分の状況を見せたくないから、きっとこれからティアは俺とセラから距離を取ろうとする。それに、君は自分が思っている以上にティアから信頼されているよ」


「……わかりました」


 戸惑いつつも力強く頷いて了承する幸太郎に、優輝は心から安堵する。


「ありがとう、幸太郎君――……それから、君もよろしく頼むよ」


 心からの感謝の言葉を幸太郎に述べ、背後から感じる気配に向けて優輝は声をかける。


「何だ、気づいてたのかよ」


 後方の物陰から刈谷祥が現れ、幸太郎は「こんにちは」と挨拶をする。


「研究所を出た時から――いや、もっと前かな?」


「……まあな、セラから姐さんの検査に向かうって連絡もらったし、場所も知ってたから」


 すべてを見透かしている優輝に、気まずそうに答えてぎこちない笑みを浮かべる刈谷。


「それなら、刈谷さんも研究所に入ればよかったのに」


「割って入り辛い空気だったんだよ。それに、あのイカレヴィクター、顔を合わす度にレポートを提出しろってうるさいからさ」


「レポートって――刈谷さんも博士の研究に協力してるんですか?」


「ああ、まあな」


 何気ない幸太郎の言葉にさらに気まずくなる刈谷は、ティアの話題からヴィクターの話題へとそらした。そんな彼の様子に、優輝はニタニタと子供っぽい笑みを浮かべていた。


「ティアを心配していたんだろう? それなら直接会えばよかったのに」


「アンタ、全部知ってるくせに性格悪いぞ」


 人の気も知らないで無邪気に笑う優輝を、刈谷はじっとりとした目で睨んだ。


 優輝と刈谷、二人のやり取りを眺めて幸太郎は思ったことをストレートに口に出す。


「ティアさんと刈谷さん、何かあったんですか?」


「何でもねぇっての! 久住! アンタも余計なこと言うんじゃねぇぞ」


「わかってる。今まで拗ねていたなんて、言わないから」


「違うっての!」


「なるほどー、だから昨日久しぶりに会った時、何となく機嫌が悪かったんですね」


 得心したように何度も頷く幸太郎に、刈谷は「だから違うっての!」と全力で否定するが。幸太郎は聞いている様子はなく、優輝は楽しそうに笑っていた。


 このまま、三人は駅前のたこ焼き屋で買ったたこ焼きを談笑しながら食べて、別れた。


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