第30話

 幸太郎を守りながら、サラサは黒衣の輝石使いからの攻撃を凌いでいた。


 武輝である巨大なハンマーの大振りの一撃を、サラサは後方に身を反らして回避。


 回避と同時に、サラサは左右の手に持った短剣で連撃を仕掛ける。


 何度も何度もサラサは攻撃を仕掛けているが、相手は怯む気配はない。


 攻撃を受けながら、輝石使いは手を伸ばしてサラサの首を掴んだ。


 首を掴んでいる手から逃れようともがくサラサだが、強く掴まれた手からは逃れられず、そのまま固いアスファルトの地面に向かって叩きつけられそうになる。


 しかし、幸太郎がショックガンから放った電流を纏った衝撃波が輝石使いの背中に直撃し、一瞬だけサラサの首を掴んでいた手が緩くなった。


 その隙を見逃さずにサラサは首を掴んでいる手を振りほどき、輝石の力を光として纏わせた左右の手に持った短剣を相手に向かって同時に振り下ろした。


 強烈な攻撃にアスファルトの地面に何度もバウンドしながら吹き飛ぶ輝石使いだが、平然とした様子ですぐに立ち上がった。


 ――多少の不安は残るが、何も問題はなさそうだ。

 ……レイズに集中しよう。


 相手はかなり頑丈で高い実力の輝石使いのようだが、実力はサラサの方が上であり、輝石を武輝に変化させることができない戦力外であっても自分のできることはしている幸太郎の姿を一瞥したクロノは、多少は安心して自分の役割に集中することができた。


 そんなクロノの頬に、レイズが指で弾いたコインが掠めた。


「よそ見している暇はないんじゃないの? それとも、彼らが心配なのかな?」


 嫌味な笑みを浮かべるレイズに、クロノは何も反応することなく飛びかかった。


 無表情で飛びかかってくるクロノに向かって連続でコインを指で弾いた。


 飛んでくるコインは最早機関銃のようであり、コインが当たった街路樹はへし折れ、アスファルトの地面は粉々に砕かれていた。


 いくら輝石の力をバリアのように薄い膜のようにして張っている輝石使いでも、銃弾以上の勢いで放たれるコインが一発でも当たったら大きいダメージを受けることは間違いない。だが、クロノはいっさい恐れることなく機関銃のように迫るコインを真正面から見据えて一つ一つ見切り、一直線にレイズとの距離を詰めていた。


 自身の間合いに入ると同時に、クロノは自身の武輝である剣を払う。


 飛び退いて回避したレイズは、輝石の力で複製した大量のコインを剣と盾の形にして、クロノとの接近戦に応じる。


 何を考えている……

 接近戦ではこちらが有利だ。


 クロノの想像通り、激しい剣戟を繰り広げながらもトリッキーな戦法で遠距離から中距離においてはクロノを翻弄することができたレイズだったが、接近戦ではクロノの方が何枚も上手だった。


 一瞬のレイズの隙をついて、コインを重ね合わせただけで作った彼の剣と盾を、クロノは軽快にステップを踏み、勢いよく身体を捻ると同時に武輝を横一文字に振った一撃で破壊すると、キラキラと輝くコインが周囲に散乱した。


 そんな幻想的な光景の中、追い詰められているにもかかわらずレイズは笑っていた。


 その笑みから本能で何かを感じ取ったクロノは、後方に大きく身を翻してレイズから距離を取った。


 その瞬間、散乱していたコインが一瞬の光とともに爆発した。


 爆発によって一瞬目を瞑ったしまったクロノの隙をついて、気配を消したレイズはクロノの死角に回り込んで武輝であるコインを指で弾く。


 死角からの攻撃に、反応が一瞬遅れたクロノの肩にコインが直撃すると、光とともにコインは霧散した。


 コインが直撃した肩を中心にして鋭い痛みが走るが、戦闘には何も支障はないと判断したクロノは怯まずに、コインが飛んできた方向へと視線を向けるが――もうレイズはいなかった。


 クロノの動きに合わせて再びレイズは死角から攻撃を放つ――


 しかし、今度は容易に回避されてしまう。


 クロノはレイズが指でコインを弾いた音を頼りに死角からの攻撃を回避した。


 そして、その音でレイズはどこに隠れているのか、大体予測できたクロノは、気配を消して隠れている彼に向かって走る。


 街路樹の上に隠れていたレイズに飛びかかり、振り上げた武輝を振り下ろす。


 コインを重ねて盾にしたレイズは何とかクロノの一撃を回避することができたが、足場にしていた街路樹が一刀両断されてしまい、バランスを崩したレイズはそのまま地面に叩きつけられた。


 すぐに起き上がろうとするレイズだが、冷ややかな鋭い眼光とともにクロノの武輝である剣の切先を向けられて、起き上がることができなかった。


「終わりだ」


 短い言葉でレイズに敗北を突きつけるクロノ。


 追い込まれて絶体絶命の状況だが、レイズの目にはまだ諦めを宿しておらず、クロノに向けて余裕を含んだ嘲笑を浮かべていた。


「やっぱり……君は甘いな」


「オマエを拘束する」


 嘲笑を浮かべて思わせぶりな態度を取るレイズを無視して、クロノはプラスチックの結束バンド状の手錠でレイズを拘束しようとしたが――


 どこからかともなく飛んできた不可視の塊にクロノの華奢な身体が吹き飛ばされた。


 身体中に伝わる痛みと痺れに堪え、吹き飛ばされながらもクロノは空中で身を翻して着地すると――背後からサラサたちが相手にしていた黒衣の輝石使いと同じ格好をした輝石使いが、武輝である槍の穂先を首筋に突きつけられた。


 背後の気配にすぐに反応したクロノは振り返ると同時に攻撃を仕掛けようとするが――レイズが飛ばしたコインが武輝を持った手に直撃してしまい、思わず武輝を落としてしまった。


 地面に落ちた武輝は一瞬の光とともに輝石に戻ってしまい、再び首筋に黒衣の輝石使いが手にした武輝の刃を突きつけられてしまう。


 絶体絶命な状況に、クロノは周囲の状況を把握する。


 殺気も何もなく背後に回った黒衣の輝石使いに、自分を吹き飛ばしたのは背後にいる輝石使いであると判断するとともに高い実力を持っていることを悟った。


 幸太郎たちの様子を確認すると――二人の黒衣の輝石使いに幸太郎とサラサは組み敷かれていた。


 組み敷かれながらも目の前にあるペンダントについた自分の輝石に手を伸ばして抵抗しようとしているサラサと、押さえ込まれて地面に落ちたガムのようにベッタリと地面に引っ付いている幸太郎は身動きがいっさい取れないでいた。


 その様子を見たクロノは二人も自分と同様に黒衣の輝石使いの不意打ちを受けて、組み敷かれたことを察した。


「まさか複数いるとは思わなかった、油断していた――って顔をしてるね」


 自分の心の中を見透かしたように嫌らしい笑みを浮かべるレイズを、クロノは何も言わずに黙って睨んだ。


「まあ無理はないよね。まさか、『彼』の用意してくれた輝石使いがこんなにも強くて、複数いるとは俺だって思わなかった。今回の仕事は、『彼』が用意した計画や、道具、そして協力者がいなかったら成功は難しかっただろうなぁ。感謝感激だね」


「……そいつは一体何者だ?」


 実力の高い輝石使いを用意してくれた協力者に深い感謝と尊敬を抱いている様子のレイズから少しでも情報を聞き出そうとするクロノに、レイズは嫌味なほど気分良さそうな笑みを浮かべていた。


「さあね? 初対面だからよくわからないし、名前を言っても偽名だろうから意味はないと思うよ? ――さて、彼のことよりも、君はこれからどうなるってことの方が重要だと思うんだけどな?」


 身動きが取れないクロノを見て、サディスティックな笑みを浮かべるレイズ。


「クロノ君ってよく見ればかわいい顔をしてるよね?」


 ねっとりとした笑みを浮かべて、無遠慮に自身の頬を撫でるように触れるレイズの指を、クロノは思いきり頭を揺らして引き離した。


 危機的状況でも抵抗の意思を見せるクロノの姿に、レイズは満足そうな笑みを浮かべた。


「君の場合は肉体的にも精神的にも追い詰められても絶対に嫌な顔をしないで、抵抗する――でも、君のプライドを粉々にすることは容易だ」


 そう言って、嫌らしい笑みを浮かべたレイズは押さえ込まれている幸太郎を一瞥した。


 幸太郎を一瞥したレイズを見て、クロノの胸の中に嫌なものが染み渡るような気がした。


「君はリクト君の護衛の任務に就いていたようだけど、今は違う。今は幸太郎君を守るために動いている。君にとっては不本意かもしれないけど、幸太郎君を守れば、リクト君を守れると思っている、違うかな?」


 自分の言葉に何も反応しないクロノを見て、レイズはすべてを見透かしたような嫌味な笑みを浮かべると、武輝ではないコインをポケットから取り出した。


「今から君と俺とで簡単な賭けをしよう。コイントスをして、引き分けならもう一回、見事君が予想を的中させれば俺は素直に負けを認めて降伏しよう。君が負けた場合は――利用価値のある七瀬幸太郎君だけど、それなりに痛い目にはあってもらおうかな?」


 嗜虐心と狂気に満ちた表情を浮かべているレイズから残酷なコイントスを持ちかけられたクロノは、いっさい動揺することなく冷めた目で睨むようにレイズを見つめていた。


「オマエの遊びに付き合うつもりはない」


「この状況で君に拒否権はないよ? それとも――もしかして、怖いのかな? 自分のせいで護衛対象が傷つけられるのが。自分の与えられた役割を果たせなくなるのが」


「戯言だな」


「本当にそう思っているのかな?」


「……当然だ」


 自分の言葉を戯言だと切り捨てて相手にしないクロノだが、レイズは意味深な態度を取ってそんな彼の心の内をすべて見透かしているような雰囲気を醸し出していた。


 自分が知らない自分の心の内をレイズに見透かしてされているような気がしたクロノは、無表情だがレイズに対しての嫌悪感と怒りに満たされていた。


「まあ、今の君にはこの賭けに降りる権利はないんだけどね――」


 いたずらっぽく笑って、レイズはクロノの意思を無視してコインを指で弾こうとする――が、「ちょ、ちょっと待ってください」と、地面に強く組み敷かれた息苦しさで声を出すのもやっとな幸太郎が、声を張ってレイズとクロノの賭けに割って入ってきた。


 幸太郎の声に、レイズはコイントスをするのを中断する。


「自分のことだから自分で決めたいんですけど、ダメですか?」


「中々勇気があるみたいだけど、状況をわかっているのかな?」


「もちろん」


「まあ別にいいんだけどさ……せっかく良い雰囲気のヒリヒリした賭けができると思っていたのになぁ」


 自分の身の安全が賭けの対象にされているにもかかわらず能天気な雰囲気を身に纏う幸太郎に、思わず脱力してしまうレイズだが、乗り気のようだった。


「今週の運勢が絶好調な君と俺、どちらの運勢が良いのか試そうじゃないか」


 ワザとらしく一度大きく咳払いをしてから、大げさな身振り手振りを加えてコイントスをはじめようとするレイズは、幸太郎を組み敷いている黒衣の輝石使いに目配せをすると、黒衣の輝石使いは幸太郎から離れた。


 窮屈な姿勢から自由になった幸太郎は大きく身体を伸ばしてストレッチをした。


 どうしてアイツは大人しくしていないんだ……

 自分の状況も理解していないで、アイツはバカなのか?

 一体何を考えているんだ。


 勝手な真似をする幸太郎への苛立ちがクロノの胸の中で広がった。


「余計な真似をするな」


「そう言われても、今日だけで何回も災難に巻き込まれてるリクト君とクロノ君の今日の運勢って悪そうだから」


「オマエは自分の状況がわかっているのか」


「もちろん」


 何も理解していない様子で得意気に胸を張って深々と頷く幸太郎に、クロノは呆れ果てて何も言えなくなってしまう。


「さてと――それじゃあ、はじめるよ? お互いの運命を賭けた勝負を」


「ドンと来てください」


「待て、勝手に話を進めるな」


 クロノの制止を軽くスルーしてさっそくコイントスをはじめるレイズと、華奢な胸を張って気合が入っている幸太郎。


「運も実力の内ってことなんだよね」


 そんな様子の幸太郎に、レイズは楽しそうに――そして、嘲るような笑みを浮かべた。


「――罠だ!」


 レイズの笑みから不穏な気配を察知したクロノは声を張り上げる。


 しかし、もうレイズはコインを指で弾いてしまっていた。


 レイズが指で弾いたコインは天に向かってではなく、幸太郎に向かって飛んでいた。


「幸太郎さん!」


 幸太郎に向かうコインが武輝であることに気づいたサラサは、組み敷かれて息苦しい状況の中、焦燥に満ちた声を張り上げて注意を促す。


「クロノ君――賭けに乗らなかった時点で、既に君の負けは決まっていたんだ」


 必死な声を上げたクロノとサラサを見て、レイズは全身を振わせて哄笑していた。


 幸太郎に迫るコインは、眼前で光を放つ。


 コインから放たれる光は徐々に大きくなり――目の前で弾けた。


 小さい破裂音が響き渡り、幸太郎の眼前でコインは光を放って小爆発を起こした。


 勝ち誇ったようなレイズの哄笑が周囲に響き渡る中、幸太郎は後ろのめりに倒れる。


 レイズは勝利を確信していた。


 厄介なクロノたちを押さえるのに成功し、多少傷つけることになったがリクトを誘き出せる利用価値が高い人質も手に入れた――仕事の成功は間違いないとレイズは確信した。


 単純な方法でまんまと騙されたことで苛立っていたレイズだったが、目の前にいる守るべき対象を守れなかったことで、後悔と無力感に苛まれるであろうクロノたちを想像して気分良かった。


 すべてが成功したと確信して気持ちよく大声で笑っているレイズだが――


「ビックリした」


 呑気な幸太郎の声が耳に届いた瞬間、レイズの笑い声が消える。


 ゆっくりとレイズは倒れているハズの幸太郎へと視線を向けると――


「大丈夫ですか、幸太郎さん」


「ありがとう、リクト君。助かった」


「お礼を言うべきは僕の方です……無事でよかったです、幸太郎さん」


 倒れそうになっていた幸太郎を、安堵しきった表情のリクトが後ろから抱き止めていた。


 自分の攻撃をリクトに防がれたことをレイズが悟ると同時に、幸太郎の背後に立って攻撃を仕掛けようとしていた黒衣の輝石使いと、サラサを組み敷いていたもう一人の黒衣の輝石使いが吹き飛ばされた。


 二人の黒衣の輝石使いをあっという間に吹き飛ばしたのは、武輝である剣を持ったセラだった。


「……セラお姉ちゃん」


「大丈夫ですか、サラサちゃん」


 セラに手を差し伸べられ、セラの手を掴んで起き上がったサラサは、落ちていた自分の輝石がついたペンダントを武輝である二本の短剣に変化させる。


「幸太郎君をここまで守ってくれてありがとうございます、サラサちゃん」


 セラにお礼を言われて、サラサは照れたように笑っていた。


「どうやら、お前の運もここまでのようだな」


 突然の加勢に唖然としているレイズを嘲るようなクロノの声が響くと、彼の背後に立って武輝を突きつけていた黒衣の輝石使いも吹き飛ばされた。


「遅かったな」


 クロノは自分の背後にいる黒衣の輝石使いを吹き飛ばした相手に声をかけると――


「色々あったので遅れました」


 武輝である双剣を手にしたクロノの姉、白葉ノエルが現れた。


「……これこそまさに一発逆転、参ったなぁ」


 大勢の加勢が現れて一気に形勢が逆転して打つ手がない状況に、レイズは力なく笑うことしかできなかった。


「オマエはもう終わりだ」


 落ちていた自身の輝石を拾って武輝に変化させたクロノは、武輝である剣の切先を自暴自棄な笑みを浮かべているレイズに向けて、宣言するようにそう言い放った。


「でも――こっちとしても意地があるんだよね」


 低くくぐもった声でそう呟くと同時に、消えかけていた闘志が再燃させるレイズ。


 それに呼応するかのように、セラとノエルの強烈な一撃を食らって吹き飛んだ黒衣の輝石使いたちは平然と立ち上がり、セラたちと対峙する。


 セラ、リクト、サラサは幸太郎の前に庇うようにして立ち、幸太郎を守るために敵意を向ける黒衣の輝石使いたちと対峙する。


 臨戦態勢を整えているセラたちだが――「ここは私たちに任せてください」と感情の起伏がないノエルの声が響く。


「七瀬さんを連れて安全な場所へ向かってください」


「わかりました……――気をつけてください」


 ノエルの言葉にセラは従い、サラサとリクトと幸太郎を連れてこの場から離れた。


「そうはさせないよ! わざわざリクト君も来てくれたんだから、逃がさないよ!」


 レイズの言葉を合図に、この場を離れるセラたちに向かって三人の黒衣の輝石使いたちが飛びかかるが、クロノとノエルが武輝から放った光の衝撃波が三人を引き止める。


 だが、一人の黒衣の輝石使いは運良く衝撃波を回避して、セラたちを追った。


 一人くらいならセラたちがいるので問題はないとして、ノエルとクロノは気にしていなかった。


「ノエル……この男はオレに任せてくれ」


「わかりました」


 レイズを睨むクロノの言葉を受けて、ノエルは残った黒衣の輝石使いたちの相手をする。


 残ったレイズとクロノは、お互い黙ったまま睨み合っていた。


 しばらく沈黙が続いていたが、レイズが漏らした安堵したような小さくため息が沈黙を打ち破ると、再燃していた彼の闘志が一気に膨れ上がった。


「よかったよ、君が相手で!」


 嬉々とした声を上げてレイズは武輝であるコインをクロノに向けて連射する。


 自身に向かうコインの嵐に向かって、クロノは表情一つ変えずに疾走する。


 レイズとクロノ、二人の決戦がはじまった。

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