第29話

 徒歩でアカデミー都市に向かっている幸太郎たちの元へ、セラ、ノエル、リクト、麗華、大和はドレイクが運転する克也の車で向かっていた。


 車を発進させてしばらくは軽く情報交換をしていたが、話すことがなくなった後は全員黙ってしまった。


 車内の空気は極限までに張り詰めており、隣同士で座っているセラとノエルを中心として不穏で一触即発な空気が放たれていた。お喋りで空気を読もうとしない大和も、さすがに重苦しい車内の空気に気圧されて黙ってしまっていた。


 そして、リクトは情報交換をした際に自分を襲った輝石使いたちの正体が、数か月前に自分が不正を暴いて失脚させた次期教皇最有力候補に仕えていた輝士であることを知ると、今回の騒動の原因が自分にあることだと思って申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


 助手席に座っている麗華は持参したティーカップに注いだ紅茶を優雅に堪能しながら、すぐ後ろにいるセラとノエルの険悪な空気を感じて、憂鬱そうに小さく嘆息していた。


 先程のセラとノエルの口論を止めたティアは、制輝軍を指揮する克也と大道とともに連絡橋の入口に残っているため、二人の口論がはじまった場合止める人間がいないので、麗華たちの緊張感は高まっていた。


 ……やっぱり、一言ちゃんと謝るべきだったかな……

 でも……ノエルさんだって――いや、あの状況で口論はしちゃダメだ。


 そんな気まずい沈黙の中、心の中でセラは反省して小さくため息を漏らしていた。


 本当は先程の口論の件を、セラは一言ノエルに謝りたいと思っていた。


 親友のティアに諭されて冷静になったセラは、切羽詰まった状況で感情的になってしまった自分に非があると認めていた。


 そのために、あえてノエルの隣に座って謝罪の言葉を口にする機会を窺っていたが――いざ、その言葉を口に出そうとすると、やっぱりノエルも悪いと思ってしまう意地っ張りな自分が邪魔をして、中々言い出せなかった。


 子供のような性格の自分自身と、中々幸太郎を見つけられないことに苛立っているセラは、無意識に機嫌の悪さを表に出してしまって車内の空気を悪くしてしまっていた。


「……それにしても、呆れました」


 張り詰めた緊張感と、重苦しい険悪さが渦巻いている車内の沈黙を破ったのは、ため息交じりのノエルの言葉だった。


「せっかく無事に安全な場所に運んだというのに、これでは我々の苦労が水の泡です」


 自分に対してノエルが文句を言っていることを察したリクトは、申し訳なさそうな顔を浮かべつつも「気遣い無用です」といっさいの迷いなくそう言い放った。


「今の僕は『教皇の息子』でも、『次期教皇最有力候補』でもありませんから」


「それを聞いて安心しました」


 覚悟を決めている様子のリクトの言葉を聞いて満足そうにノエルは頷いたが、声に感情が込められていないため皮肉にしか聞こえなかった。


 友人の覚悟を小馬鹿にするようなノエルの態度に、セラは苛立ちを隠せない。


 そんなノエルに一言セラは文句を言ってやりたい衝動に駆られたが、「ねえ、セラさん」と、前の席にいる大和が振り返って話しかけてきたため、どうにかその衝動をセラは抑えて「どうしましたか?」と大和の話に応じた。


「セラさんって、幸太郎君のことどう思ってるの?」


「別に、何とも思ってません」


「どうと言われても……友達ですよ、幸太郎君は」


「その割には、随分とセラさんは幸太郎君のことを気にしてるんじゃないの?」


「そ、それは、幸太郎君のことを守ると決めていますから」


「本当にそれしか思ってないの?」


「え、えっと……多少無茶なことをして周囲を困らせることがありますが、諦めずに困難に立ち向かう姿は尊敬していますよ」


 小悪魔のようにニヤニヤ笑いながらする大和の質問に、生真面目に本心を答えながらもセラは心の中で嘆息する。


 一応は良い人なんだけど……

 やっぱり、ちょっとだけ苦手だ。


 セラは大和に若干の苦手意識を持っていた。


 もちろん、計算高い人物であって悪い人間ではないことは十分に承知しているが、それでも、人の心の中を無遠慮に見透かしてくる大和は少しだけ苦手だった。


「と、とにかく、幸太郎君は私の友達ですから――そんな大和君こそ、幸太郎君のことをどう思ってるんですか?」


「僕? んー……魅力的だと思うよ」


 挑発的でありながらも熱っぽく幸太郎を魅力的だと言ってのけた大和に、セラは思わず素っ頓狂な声を上げ、麗華は優雅に飲んでいた紅茶を噴き出しそうになっていた。


 そんなセラたちの反応を見て、大和はいたずらっぽくケラケラ笑っていた。


「ふ、フン! 昔からおかしなものを集めて趣味が悪いとは思っていましたが、ここまで趣味が悪いとは思いもしませんでしたわ!」


「おかしなものだなんて失礼だなぁ。マニアには垂涎の代物が揃っているんだからね」


「第一、今まであの凡骨を魅力的だなんて一言も言っていなかったのに、随分と唐突ですわね! フン! 冗談を言うのならば、もっとましな冗談を言ってみなさい!」


「言わなかっただけで、魅力的だとは前から思ってたよ?」


「そ、それでは、どの辺りが説明していただけます?」


 妙に突っかかってくる幼馴染を見て、大和はニヤニヤし思わせぶりな笑みを浮かべながら幼馴染の言う通り魅力的だと思った理由を告げる。


「突拍子のない言動を繰り返す幸太郎君は、良くも悪くも想定外で読めないんだ。つまり、飽きさせないってこと。人を飽きさせないのは魅力の一つだよね、ドレイクさん」


「……なぜここで私に振る」


「この中で唯一の妻帯者で、色々と経験豊富だからだよ。――って、あれ? もしかして、ピチピチの女子学生のガールズトークにドレイクさん照れちゃってる?」


「うるさい。黙ってろ」


「純情硬派で一途な乙女たちにアドバイスをしてくれたっていいじゃないか」


「自分で考えろ。青春というものはそういうものだ」


「ドレイクさんから『青春』って言葉が出ると、すごい違和感を覚える」


「……余計なお世話だ」


 一応既婚者であるが、青春とは程遠そうな雰囲気を身に纏う強面のスキンヘッドの大男から『青春』という爽やかなワードが出たことに、大和は驚いている様子だった。


 面白がって茶化してくる大和を、ドレイクはやれやれと言わんばかりに深々とため息を漏らし、これ以上は相手にしなかった。


「でも、幸太郎君が魅力的だってことは間違いないよね、リクト君」


「は、はい。幸太郎さんはとっても魅力的です……それに、良いにおいもします……」


 突然話を振られたリクトは、頬を赤らめて幸太郎が魅力的であることを断言して、自身を包む幸太郎の制服から放たれる芳香に恍惚の表情を浮かべていた。


 ちょっとイッちゃってる表情のリクトを放って、大和は自分の質問に答えてくれたセラから、ノエルに視線を向ける。


「ノエルさんは幸太郎君のことをどう思ってる?」


「興味ありません」


「……それって、本当なのかな?」


「……何か仰りたいことでも?」


「別に? ……ただ、噂で前の事件で幸太郎君にお世話になったって聞いたから、仕事第一の君が突然アカデミーに戻った理由が幸太郎君にあるのかなって思ってたんだ」


「前の事件で恩ができたのは事実ですが、あれは事件の解決に制輝軍を協力させたことで返しました。勘違いも甚だしいですね」


 意味深な笑みを浮かべて自身の心の内を見透かすような嫌らしい視線を向けてくる大和に、無表情ながらも不快感を示すノエル。


 言葉にも表情にも感情をいっさい表に出さないせいで感情が読み取れないノエルだが、一瞬だけそんな彼女から何かを読み取った大和は、それについて追及しようとすると――追及を無理矢理中断させるように車が急停止する。


「悠長に話している場合ではなくなりましたわ! まったく、この忙しい時に……」


 鋭い視線を前方へと向けながら、麗華は苛立ったようにそう吐き捨てた。


 進行方向には両手に巨大な鉤爪を装着したフードを目深にかぶった黒い服を着た輝石使いが、幸太郎たちを助けに向かうセラたちを阻むかのようにして立っていた。


「奴と同じ格好をした輝石使いがレイズに協力していた……そいつはかなりの強敵だった」


 車を橋に落とした身の丈を超える巨大なハンマーを武輝にした輝石使いと同じ服装の輝石使いが立っていることに、ドレイクは警戒心を高めていた。


 厄介かもしれない敵の登場に、セラは心の中で忌々しげに舌打ちをした。


「ドレイクさんが言うなら、結構面倒な相手のお仲間さんってところかな? この忙しい時に面倒だなぁ」


 心底面倒そうにため息を漏らしながら、大和は歪な形をした輝石のついたブローチを自身の武輝である巨大な手裏剣に変化させる。


 大和と同時に、麗華とドレイクも輝石を武輝に変化させた。


「今は少しでも時間が惜しいですわ。ここは私たちに任せて、セラさんたちは先へ向かってください。行きますわよ! 大和、ドレイク! 速攻で片付けますわ!」


「あ、ちょっと待ってよ、麗華」


 気合を上げながら麗華は大和とともに颯爽と車から出て行った。


「……娘を頼む」


 短い言葉でセラたちにそう告げると、麗華たちに続いてドレイクも外に出た。


 車内に残されたセラ、ノエル、リクトは目配せをすると同時に車から出て、この場を麗華たちに任せて先へと急いだ。


 ありがとうございます、麗華、大和君、ドレイクさん。

 ――待っていてください、幸太郎君!


 敵を引きつけてくれる麗華たちに心の中で感謝をして、セラは幸太郎の元へと急いだ。

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