第28話
自分よりも遥かに体格が優れる男の輝石使いを、涼しげな表情でクロノは武輝である剣を振って一撃で倒す。
幸太郎の前に庇うようにして立つサラサは、リクトに扮した幸太郎を狙う複数の輝石使いに狙われていた。
しかし、武輝である二本の短剣を持ったサラサの身体が一瞬ぶれると、目にも映らぬスピードで周囲の輝石使いを一撃で次々と倒し、あっという間に囲んでいた複数の輝石使いたちを全員倒した。
圧倒的な力で奥の輝石使いたちを倒したクロノとサラサに、幸太郎は「おー」と情けなく大きく口を開けて、呑気に拍手を送っていた。
だが、突然顔をしかめた幸太郎は拍手を中断して、先程サラサに突き飛ばされたせいで強く打った後頭部を押さえた。
「たんこぶできちゃった」
「し、知りません!」
たんこぶができた後頭部を押さえる幸太郎に、サラサは僅かに頬を羞恥の色に染めて機嫌が悪そうにソッポを向いた。
「サラサちゃん、きっと将来鳳さんやセラさんたちみたいに、絶対に美人になるし、大きくなるよ」
「え、えっと……あ、ありがとうござい、ます」
平然とした様子で突拍子のないことを言い放つ幸太郎に、サラサは照れていた。
「……お前たち、少しは緊張感を持ったらどうだ」
「クロノ君もサラサちゃんが将来美人になるって思うよね」
「興味ない」
緊張感のない和気藹々とした空気の幸太郎とサラサに一言釘を刺すクロノに、サラサは慌てて「ごめんなさい」と謝ったが、幸太郎は特に気にすることはなかった。
「リクト君たち、無事に制輝軍の人と合流できたかな」
「自分の心配をしろ」
リクトに扮した自分が狙われているにもかかわらず、呑気にリクトのことを心配する幸太郎に、クロノは無表情ながらも呆れていた。
「クロノ君はリクト君のこと、心配してないの?」
「別に……ノエルがいるから大丈夫だろう」
何気ない幸太郎の質問に、素っ気なくクロノは答えた。
「クロノ君ってノエルさん――お姉さんのこと信じてるんだね」
「それなりには」
いつ、どこで敵が襲ってくるかわからない状況で呑気に会話をしてくる幸太郎に、クロノは無表情だが心底辟易しているようで、適当に受け答えをしていた。
「クロノ君って、素直じゃないよね」
「余計なお世話だ」
「もしかして、リクト君以外に友達いない?」
「……余計なお世話だ」
……どうして、こうもこいつは一々癪に障るんだ?
こいつと話しているとどうにも調子が狂う……どうしてだ?
……今は任務に集中しろ。相手にするな……
自分の思ったことをオブラートに包むことなくそのまま口にする幸太郎に、無表情のクロノは小さく忌々しげに舌打ちをした。
能天気な幸太郎と話していると、自分の調子が狂うと判断したクロノはこのまま目的地に到着するまで彼と会話をしないことに決めたが――
「……下がっていろ」
目の前に現れた、身の丈を超える巨大なハンマーを武輝にした黒い服を着た輝石使いの登場に、不覚にもクロノは自分から幸太郎に話しかけてしまった。
だが、そんなことを気にすることなく、クロノは前方にいる謎の輝石使いに警戒心とともに敵意を向け、武輝である剣を握り締めて臨戦態勢を整える。
クロノに続いて、幸太郎の何気ない一言で弛緩していた気を引き締め直したサラサも、幸太郎の前に庇うようにして立って、鋭い目を前方の輝石使いに向ける。
「気をつけろ……ヤツは今まで相手にした輝石使いとは違う」
注意を促すクロノに、サラサは従順に頷く。
黒い服を着た輝石使いとの対峙はこれで三度目であり、一度目は乗っていた車をリクトが張った障壁を簡単に武輝で打ち破って橋から落とし、二度目は大勢の実力者がいる中で恐れることなくリクトを狙ってきた。
フードを目深にかぶっているため相手がどんな顔をしているのかも性別も不明だが、大胆不敵で実力のある輝石使いだとサラサもクロノと同様に判断していた。
一瞬の沈黙の後――力強い一歩を踏み込んだクロノは黒衣の輝石使いに肉迫する。
接近するクロノに合わせて、輝石使いは身の丈を超える獲物を大きく薙ぎ払う。大振りだが素早い一撃にクロノは即座に屈んで回避、同時に武輝を払う。
黒衣の輝石使いは咄嗟にバックステップをしてクロノの一撃を回避すると、一旦彼との距離を取った。
クロノから距離を取った輝石使いはふいに、武輝の持っていない方の手をクロノに向けてかざした。
数瞬の後、クロノにかざした手から空気が集束する音と同時に、風船が弾けるような乾いた破裂音が響く。
警戒しながらも理解不能な相手の行動を不可解に思って警戒していたクロノだが、破裂音と同時に自身に迫る不可視の物体に気づき、咄嗟に大きく横に飛んで回避した。
「……ショックガンか」
相手が電流を纏った衝撃を発射する装置――ショックガンを隠し持っていることにクロノが気づくと同時に、彼が回避した一瞬の隙をついて幸太郎を守るサラサに向かって一気に距離を詰める。
武輝である二本の短剣で迎え撃とうとするサラサだが――突然黒衣の輝石使いの動きが停止し、大きくバックステップをしてサラサやクロノから距離を取った。
絶好の機会で攻撃を中断した相手をクロノとサラサは不審そうに見つめていると、突然どこからかともなく拍手の音が響き渡った。
「いやぁ、お見事お見事。ホント、見事に騙されちゃったよ」
軽薄でありながらも若干の怒りが込められた声が響き渡り、拍手をしながらニッコリとした笑みを浮かべた青年が現れた。
フレンドリーな笑みを浮かべながらも苛立っているのか、彼の身に纏っている空気は若干だがピリピリとしていて機嫌が悪そうだった。
「レイズ・ディローズ……ようやくお出ましか」
「やあ、クロノ君。しかし、驚いたよ。仕事熱心の君が、リクト君のことを他人に任せて、リクト君じゃない子の護衛をするなんてね。ダメだよ? 自分に与えられた任務はちゃんと果たしてくれないと」
口角を吊り上げながらも目は笑っていない青年――レイズの言葉に、クロノは彼がリクトの正体が幸太郎であることに気づいたと悟った。
「まさか、もう一人煌石を扱える子がいるなんて思わなかったよ」
「どうせ、当てにならないコイントスで判断したんだろう。そんな不確かなものに頼ってありとあらゆる可能性を放棄するからオマエは失敗したんだ」
「耳が痛い言葉だね、ホント……でも、こればっかりはやめられないんだよね」
反論することができないクロノの厳しい言葉に、レイズは降参と言わんばかりに苦笑を浮かべながらも、コイントスをやめる気がないレイズはポケットからコインを取り出して、幸太郎に視線を向けた。
「ねえ、君……俺と一発コイントスで勝負をしてみないかい?」
「相手にするな、七瀬」
レイズにコイントスを持ちかけられ、快諾しようとする幸太郎を制止するクロノ。
リクトに扮した少年を「七瀬」とクロノが呼んだことで、機内でのリクトとの会話を思い出したレイズは、少年の正体がリクトの友人であり、アカデミー創立以来の落ちこぼれである七瀬幸太郎であることに気づいた。
「そっか、君が七瀬幸太郎君か。君の友達のリクト君から話は聞いているし、アカデミー創立以来の落ちこぼれの君の噂ももちろん知ってるよ。はじめまして、俺はレイズ・ディローズ。よろしくね?」
自身に敵意を向けるクロノを無視して、フレンドリーな笑みを浮かべて呑気に自己紹介してくるレイズに、幸太郎も笑顔で「はじめまして」と挨拶をした。
「会って早々申し訳ないんだけど、七瀬君。僕と一緒に簡単なゲームをしないか?
――ニコニコマークがある方が表で、ない方が裏」
「コイントスですね。――じゃあ、表で」
「奇遇だね、俺も表って思ってた」
クロノとサラサからレイズに向けられる殺気にも似た敵意で場の空気が張り詰めているにもかかわらず、能天気にレイズから突然コイントスを求められても、戸惑うことなく幸太郎は応じた。そんな呑気な二人の様子に、クロノとサラサは小さく嘆息したが、気はまったく抜いていなかった。
文句を一つも言うことなくコイントスに乗り気な幸太郎をありがたいと思いつつ、レイズはさっそくコイントスをする――結果は、二人の予想通りマークがついた表の面を向いていた。
自分の予想通りの面が向いていたことに、幸太郎は状況を考えずに「やった!」と喜び、華奢な胸を得意気に張っていた。
一方、今日はじめて引き分けという結果になってしまったレイズは、悔しそうな表情を打一瞬だけ浮かべるが、すぐに得心したように頷いていた。
「七瀬君、君ってもしかして今週の運勢が良いんじゃないの?」
「そうですよ。朝の占いで言ってました。どうしてわかったんですか?」
自慢げに今週の運勢が良いと言い放った幸太郎に、「なるほどね」とすべてに納得できたレイズは肩を落として深々と嘆息した。
「今週の運勢が絶好調の俺と、コイントスで引き分けたからね」
自分の質問にため息交じりで答えてくれたレイズの返答を聞いて、「なるほどなー」と何度も頷いて呑気に納得していた。
すべてに納得すると同時に、軽薄だったレイズの雰囲気が変わったことに気づいたクロノとサラサは警戒心を高める。
「つまり――今回の失敗は全部君のせいだったってことか……」
ため息交じりだが、八つ当たり気味の怒りを込めた声で忌々しげにそう呟くと同時に、レイズは指で複数のコインを一気に弾いて幸太郎に向けて発射した。
ボーっとした締まりのない顔の幸太郎に向けて散弾のように発射されるコインだが、すべてのコインをクロノとサラサが武輝で払い落とした。
「……ここはオレが引き受ける。オマエは七瀬と一緒にここから離れろ」
黒衣の輝石使いとレイズと対峙しているクロノとサラサだったが、クロノはサラサに耳打ちをして指示を送った。
強そうな二人の輝石使いをクロノ一人に任せてしまうことにサラサは一瞬逡巡するが、幸太郎を守るためにこの場を彼に任せることにして、躊躇いがちに頷いてサラサは指示に従うことにする。
サラサが頷いたのを確認した瞬間、クロノは武輝に変化した輝石から力を絞り出し、その力を武輝である剣の刀身に纏わせるイメージを頭の中で思い描く。
すると、イメージした通りにクロノの武輝である剣の刀身に光が纏いはじめる。
光が纏った自身の武輝を振り上げたクロノは、勢いよく固いアスファルトの地面に向けて叩きつけるように振り下ろした。
武輝がアスファルトを砕いた音をかき消すような大きな破壊音を立てて、アスファルトを砕きながら進む光の衝撃波がレイズたちに向かって発射された。
クロノが衝撃波を放つと同時に、派手なクロノの攻撃に「おー」と大きく口を開けて呑気に感心している幸太郎の手を掴んだサラサは、思いきり引っ張って、この場から立ち去ろうとする。
――だが、そんなサラサたちの前に、クロノの攻撃を回避した黒衣の輝石使いが現れた。
「君たちに騙されて、こっちだって腹が立ってるんだからね。残念だけど、相応の代償は払ってもらうためにお仕置きしちゃうからね?」
クロノが放った衝撃波を余裕で回避したレイズは、服についた埃を手で払い落としながら、軽薄でありながらも怒りを滲ませた笑みを浮かべて宣言するようにそう言った。
「それに、リクト君の友達の七瀬君を人質に利用すれば、苦労しないでリクト君を誘き出すことができるかもしれないしね――あ、そう考えると、こんなところで一発逆転できるチャンスが巡ってくるなんて、まだまだ俺の運は良いみたいだ!」
リクトの友人という利用価値が高い人間が目の前にいることに、自分の運がまだ尽きていないことを悟って口角を限界まで吊り上げて気分良さそうに大声で笑うレイズから、計画の邪魔をした自分たちへの憎悪と、当てにならないものにしがみついてでも目的を果たそうとする狂気にも似た執念を感じ取ったサラサは、掴んでいる幸太郎の手をきつくする。
「オマエの思い通りにはさせん」
「クロノ君も気合入ってるみたいだし、こっちもいい加減に本気出した方がいいかな?」
静かに闘志が燃え上がっているクロノを見て気圧されるレイズだが、リクトの友人である『七瀬幸太郎』という切り札を目の前にして逃げるつもりはなかった。
クロノとレイズ、お互い一歩も退くことなく睨み合っていた。
そんな二人が睨み合っている中、サラサは幸太郎を守るために、目の前にいる黒衣の輝石使いと対峙していた。
幸太郎は輝石を武輝に変化させることができない自身にとって唯一の武器であるショックガンを片手に、締まりのない顔をキリッとさせて自分が考えたカッコイイ構え方を披露してカッコつけていたが、この状況で誰も見ていなかった。
両者沈黙したまま睨み合い、張り詰めた空気が周囲を包んでいたが――クロノとサラサが同時に力強い一歩を踏み込んで、沈黙は簡単に破られた。
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