第8話

 ――まったく、幸太郎君は……これからって時なのに緊張感ないなぁ。

 まあ、そこが幸太郎君らしいと言えば、らしいんだけど……


 高等部校舎の校門前に立って仏頂面を浮かべているセラは深々と嘆息した――傍目から見れば、どこか物憂げな表情で憂鬱そうなため息を漏らすセラの姿は絵になり、道行く人たちは男女年齢問わずそんな彼女の姿に見惚れていた。


 そんな彼らの視線は、これからノエルを探しに行くぞ! ――という時に、トイレに行きたいと言い出した幸太郎のことしか考えていないセラは気にしていなかった。


「その様子だと、幸太郎君はトイレにでも行っているのかな?」


「うん。これからって時に、本当に幸太郎君は緊張感ないよ」


「そこが幸太郎君らしいところだね」


「まったく、肝心な時にいつも幸太郎君は緊張感がないんだよね。前にある事件の犯人を追ってた時もお腹が鳴る音で犯人に気づかれたことがあったし、一度エレナさんと大悟さんに食事に誘われた時も、厳正な雰囲気だったのに勢いよく食べてお腹を壊すし……」


 誰もがセラに見惚れている中、フランクに話しかけるのは、ティアと同じくセラの幼馴染であり、少し幼さが残る端正な顔立ちの青年・久住優輝くすみ ゆうきだった。


 不満を述べながらも幸太郎との日々を思い返して少し嬉しそうなセラを、ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべて見つめている優輝の隣には、険しい顔立ちのティアが立っており緊張感のない幸太郎の話を聞いて呆れていた。


 アカデミー都市内でもトップクラスの実力者が揃い、人気のある三人が揃い、通行人たちの好奇と憧憬に満ちた視線が集まるが、三人は気にせず話を続ける。


「それも含めて全部幸太郎君らしいじゃないか。セラは彼のそういうところがいいんだろう?」


「べ、別にそういうわけじゃないから! ただ、麗華みたいにうるさく言うつもりはないけど、もう少しちゃんとしてほしいだけ! ティアだってそう思うよね?」


「同感だな」


 これ以上幸太郎の話をしたら優輝が余計なことを言ってきそうなので、「そ、それで――」と慌てて話を替えるセラ。


「二人ともどうしたの? ……偶然というわけじゃなさそうだけど」


「大和から聞いた。幸太郎とともにノエルを追うようだな」


「幸太郎君と一緒に行動するのは不本意だけど、そのつもり」


「その点については私たちも理由を聞いている。不本意だが仕方がないだろう」


「それなら、ティアたち協力を求められたの?」


「ああ――といっても、私たちが追うのは主にアルトマンだ」


「そうなんだ――……私としては、そっちの方がよかったかも」


 ノエルを追う自分たちとは違い、アルトマンをメインで追うティアたちに、セラは獲物を狙う獣のような獰猛な表情を浮かべて羨んだ。


「……もしも、ノエルが裏切るつもりならどうするつもりだ」


「もちろん、アルトマン共々容赦はしない」


 氷の刃のように冷たく鋭い目で、探るように睨まれながらされたティアの質問に、セラは真っ直ぐと彼女を見つめ返して淀みない口調でそう答えた。


 いっさいの迷いを感じられないセラの言葉にティアは満足そうに頷くが、優輝は少し不安そうな、それでいて意地悪な視線をセラに向けた。


「幸太郎君がそれを望んでいないとしても?」


「幸太郎君には悪いけど、私はアルトマンにはいっさいの妥協はしない」


 最悪な事態になってもノエルを信じ続け、味方であり続けようとする幸太郎の考えと行動を予測した意地の悪い優輝の質問にも、セラは迷いなく答えた。


「私はアルトマンを絶対に許さない。ティアや優輝を傷つけたファントムを作り出し、多くの事件で大切な人たちを傷つけたアルトマンを絶対に許さない」


 数年前にアカデミー都市内で発生した連続通り魔事件の犯人――ノエルとクロノと同じく、アルトマンが作り出したファントムから続く因縁の数々を思い返し、アルトマンへの激情を募らせながらも、それを抑え込んで平静でいるセラ。


 そんなセラの様子を見て、ティアと優輝は安堵の微笑を浮かべた。


「どうやら、心配は無用だったようだ」


「ノエルさんが敵になるかもしないと思って迷ってるって思ってた? 見くびらないでよ」


 自分を心配していたというティアの言葉を聞いて、心配してくれるのはありがたいが、見くびられていると感じたセラは子供のように仏頂面を浮かべると、「ごめんごめん」と優輝はすぐに謝って妹分の機嫌を取った。


「でも、セラ。お前には色々と苦労をかけたんだ。これ以上無理に背負わなくてもいいんだ」


 ファントムの奸計で離れ離れになり、アカデミーに入学するまでの間自分たちのためだけに強くなろうと努力し、アカデミーに入学するや否や幼馴染同士戦う羽目になり、数多くの辛い目にあって、一番割を食ってきた妹分のセラに、妹分が辛い思いをしている間に何もできなった自分を悔やんでいるとともに、これ以上色々と背負わせてしまうのに優輝は罪悪感を抱いていた。


 そんな優輝に、優しく、それ以上に力強い笑みを浮かべるセラ。


「今更水臭いこと言わないでよ、優輝。ここまで来た以上、もう後には退けないよ」


「悪いな……本当に、お前には苦労をかけるよ」


「そういうことは全部終わってから聞くから。今はお互いにやることをやろうよ」


 セラの優しくも力強い笑顔と、過去よりも前を見続けているセラの姿勢に力を貰った気がした優輝は、「ああ、そうだな」と彼女の言葉に力強く頷いた。


「さっそく私たちはアルトマンの元へ向かうが――容赦はもちろん、油断をするなよ、セラ」


「だからそんなに心配しなくてもわかってるから」


「今回のアルトマンの行動には多くの疑問があるんだ。用心に越したことはない」


 再度ティアに心配されて気恥ずかしそうしながらも、改めてセラは気合を入れ直し、軽く別れを告げてティアと優輝は仇敵であるアルトマンを探すために立ち去った。


 数分後、スッキリした様子の幸太郎がトイレから戻ってきて、ノエルを探しに向かった。


 仲睦まじく談笑をしながらノエルを探しているセラと幸太郎に、二人の事情を知らない通行人たちは激しい嫉妬を宿した目で睨んでいた。




―――――――――




「――小父様たちの様子はどうだったの?」


「相変わらず何を考えているのか読めないけど、他の上層部の人たちと違って冷静に物事を客観的に見れているかなって感じ。アルトマンの行動がおかしいことにも気づいていたみたいだし。それよりも、アリシアさんも気づいていたのは意外だった――って言ったら失礼かな? あの人、あれでもかなり優秀だからね。個人的には苦手だけど。あれは将来麗華と同じかそれ以上の面倒で嫌味なオバサンになりそうだよ」


「ぬぁんですってぇ!」


 一々一言が余計な大和に怒声を張り上げる麗華。


 切羽詰まっているというのに相変わらずの二人の様子に、会議を終えた大悟たちと話した印象を二人から聞いた、艶のある長い黒髪を後ろ手に結った、大和撫子と表現するに相応しいほど美しい容姿の女性・御柴巴みしば ともえは呆れていた。


「まあ、それとはともかく、想像以上にアカデミーは全体的に切羽詰まってる――というか、キレてるね。唯一の救いとしては、トップが冷静でいてくれるってことだけど、この前の反省を生かして後手に回らないように二人とも攻めの姿勢だね。まあ、守りに入ったら一気に相手の好きにされるんだから、その姿勢になるのは当然だろうね。ノエルさんも敵とみなされれば、問答無用に実力行使で出るだろうね」


「ノエルさんには申し訳ないけど、当然の反応ね」


「正直、僕もそう思うよ。もちろん、少し落ち着くべきだとは思うけどね」


 ヴィクター、萌乃が襲われたのに加え、連日嘲笑うかのように騒動を起こしているアルトマンに対してアカデミーは怒りを抱き、捕らえられないことに焦りも抱いているが、そんなアカデミー上層部をトップである大悟とエレナが上手くコントロールしていると大和は感じていた。


 しかし、エレナと大悟もアルトマンに対して一度でも受けに回ってしまえば、相手に隙をつかれると思っており、アカデミー上層部が下したノエルへの対応に何も文句は言わなかった。


 そんなトップ二人と同じく、冷静さを欠いて攻めの姿勢でいるアカデミーを大和と巴もある程度理解を示していた。


 二人は客観的な視点を持って冷静に話し合っているが、昔からの知り合いである萌乃が襲われて瀕死の重傷を負って、内心はらわたが煮えくり返っているからだ。


「それにしても、ヴィクターさんと萌乃さんは賢者の石について何を知ったんだろうね」


「襲われる前、七瀬君がアカデミー都市に来てからの年表を改めて作り直していたらしいけど、何を調べていたのか、資料が燃やされているせいでわからないわ」


「それに加えて、今回のアルトマンが起こしている騒動……うーん、何だかアルトマンに――いや、賢者の石に翻弄されているって感じがしてモヤモヤするよ」


 襲われたヴィクターと萌乃を思いながら、大和は幸太郎のために二人が行っていた賢者の石の研究について考えていた。


 襲われる一週間間からヴィクターは賢者の石の研究が大きく前進したと周囲に報告していた。


 そんな時に襲われ、研究資料も燃やされたので、ヴィクターたちが賢者の石について知るとともに、アルトマンにとって不都合なことも知って襲われたのだとアカデミーは判断していた。


 しかし、肝心の資料はすべて燃やし尽くされており、ヴィクターたちが何を知ってしまったのか、それを確認するのは意識不明のまま生死の境を彷徨っている二人に委ねられた。


 重要な情報を持っている人間が襲われ、意識不明の状態でいることに、大きな答えが目の前で出かかっているのに、それを掴むことができない煩わしさに苛立つ大和。


 賢者の石について考えて唸り声を上げてこんがらがっている大和に喝を入れるように、「とにかく!」と今まで黙って巴と大和の話を聞いていた麗華が声を張る。


「アルトマンが、お父様たちが何を考えていようが関係ありませんわ! 私たちは私たちの思うままに行動するだけ! ――そのために、お姉様のお力をお借りしたいのですわ」


「今回の件はアルトマンだけじゃなくて、七瀬君もきっと関わることになるわ。だから、私ができることなら何でもする。任せて、麗華」


「その言葉だけで百人力ですわ! さっそく、ノエルさんを追いますわよ!」


「その前に、幸太郎君とセラさんがどう行動するのかが鍵だね。さーて、どうするんだろう」


「――気合を入れるのは結構だが、余計な真似はするなよ」


 アカデミーでトップクラスの実力を持つティアと双肩を並べる巴に協力を取りつけ、さっそく行動を開始しようとする麗華の出鼻を一つの忠告が挫いた。


 いきなり出鼻を挫いた不届き者に文句を言いたい気分だったが、その不届き者――巴という成人した一人娘がいるとは思えないほど若々しく、整った顔立ちながらも人相の悪い、皴だらけでよれよれのスーツを着た、父の秘書を務める御柴克也みしば かつやにはこの状況で何も文句は言えなかった。


 冷めた目で自分を睨んでくる克也に、「も、もちろん理解していますわ!」と必死に冷静を装う麗華と、そんな麗華を見ながらニヤニヤと腹に一物も二物もある意味深な笑みを浮かべる大和と、父の登場にあからさまに嫌な表情を浮かべる巴。


 三者三様の反応を鋭い双眸で観察しながら、克也は小さく諦めたように嘆息する。


「お前たちも十分に理解してると思うが、今のアカデミーは少しの刺激でも一気に爆発しちまうほど敏感になってんだ。だから、勝手な真似をして混乱を起こすなよ。今回の件の指揮を任されている身としては、これ以上面倒事が増えるのはごめんだ」


「この私に任せていただければ、スマートかつクールに! そして、セクシーに解決しますわ!」


「ということだから、克也さん。大船に乗ったつもりでいようよ。何事も安全安心、絶対に損はさせずに大儲け 勝ちまくりのモテまくり。ドーンと任せてよ」


 アカデミー都市でもトップクラスの豊満過ぎる胸を張ってやる気を漲らせる麗華と、明らかに含みのある笑みを浮かべながら詐欺師の常套句を並べる大和に、克也の不安を大きく煽った。


「それが不安なんだっての。まったく、取り敢えず忠告はしたからな。一度でも何かあったら庇いきれないってことを肝に銘じておけ――巴、年長者のお前がちゃんと麗華たちを見張ってろよ。それと、お前も一緒になって騒いでバカをするなよ」


「……わかってる。こっちは任せていいから、そっちに集中してて」


 棘のある父の忠告に不快感を露にして、色々と文句を言いたかったが、自分以上に付き合いが長い萌乃が襲われて誰よりも怒りを抱いているはずなのに、それを我慢して冷静に努めている父の気持ちを理解しているからこそ、巴は何も言わずに父の言葉に頷いた。


 そんなありがたくも余計な娘の気遣いを感じて、克也は娘に気を遣わせてしまった自分の情けなさに自虐気味な笑みを浮かべ――


「後は任せたぞ」


 色々と不安があったが、克也は他人を気遣えるほど、自分以上に冷静でいられている娘たちにアルトマンたちのことを任せることにした。


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