第7話

「風紀委員とともに、七瀬さんが動き出したと聞きましたが?」


「そのようだ」


「……何ともなければいいのですが」


「そう願いたい」


 倒壊する危険がある鳳グループ本社、教皇庁本部に代わり、セントラルエリアの小さなホテルの全室を貸し切って、二つの組織は活動をしていた。


 小さなホテルといっても、セントラルエリアにあるホテルのほとんどは賓客が使うために高級ホテルであり、内装は豪華絢爛で一室一室が広かった。


 その中でも一番広く、大きな窓を開けた先に広い庭園があるスイートルームで、アルトマン、そして、行方不明になっているノエルの対処を決める会議を終えた両組織のトップが、テーブルを挟んで向かい合うように革張りのソファに座って話し合っていた。


 教皇庁トップである、スーツを着て栗色の長い髪を三つ編みに結った、一人息子がいるとは思えないほど美しい容姿で、それを際立たせる神秘的な雰囲気を身に纏う教皇、エレナ・フォルトゥスは風紀委員とともに動き出した幸太郎のことを、無表情ながらも僅かに不安で沈んだ表情で話題に出した。


 過去に多くの事件で暴走してきた風紀委員、そして何より、捉えどころのない七瀬幸太郎の行動に不安しか覚えない鳳グループトップである、長めの髪を撫でつけた精悍な顔つきのスーツを着た壮年の男・鳳大悟おおとり だいごは小さくため息を漏らした。


 アカデミーを運営する両組織のトップから放たれる威圧感と緊張感で、室内の空気が張り詰めていたが、そんな空気に気圧されることなく、大きくスリットが開いたスカートを履いているというのに艶めかしい脚を強調するように足を組んで上座に座っている、胸元が大きく開いた服を着て妖艶な雰囲気を漂わせているロングへアーの美女――元教皇庁上層部の枢機卿であり、現在は色々あって鳳グループ幹部であるアリシア・ルーベリアは忌々し気に舌打ちをしていた。


「風紀委員が関わるとロクでもないことが起きるってのに、この状況で勝手な真似をさせるのは危険――というか、あのバカ、自分が狙われているって知ってんのにどうして勝手に動いてんのよ。アンタたちがどうにかして止めなさいよ」


「無理だ」


「無理ですね」


「アンタたち反省してんの? この前の騒動であのバカが人質にと取られて散々な目にあったっていうのに、勝手な真似をさせていいと思ってるわけ? 信じられないわね」


「それでも無理です」


「ああ、無理だな」


 つい最近の騒動での人質となって多大な迷惑をかけたのに、分不相応にも勝手な真似をして騒動の渦中に首を突っ込む幸太郎を止めろと言うアリシアだが、何を言っても幸太郎は止まらないと知っている大悟とエレナは即答で、異口同音で揃って無理だと答えた。


 はじめから幸太郎を止めることを諦めている二人に、アリシアは苛立ちを通り越して呆れて深々と嘆息し――幸太郎のことを知っているからこそ、アリシアはこれ以上何も言わなかった。


「まあ、アルトマンなら問題ないとは思うけどね……ねぇ、ジェリコ。今の状況を知って、アンタは誰が騒動の中心にいると思う?」


「……正直、わかりません」


 トップ二人と会話をしても苛立つだけだと判断したアリシアは、ふいに自身の傍に立つボディガードである、長い前髪の合間に見える鋭い目が印象的な、爬虫類を思わせる顔つきの長身痩躯のスーツを着た男、ジェリコ・サーペンスに現状についての意見を求めた。


 物事の流れを読む力に長けているジェリコなら、面白い意見が聞けるだろうと思ってアリシアは質問したが、数瞬考えた後彼は何もわからないと答えた。


「アルトマン・リートレイド、七瀬幸太郎、風紀委員、そして、白葉ノエル――今回の騒動は大勢の人間が渦の中心を回っているせいで何もわかりません」


 騒動の中心にいる人間が多いために、誰が中心にいるのか見分けられないというジェリコの意見を、アリシアはもちろん、エレナと大悟は興味深そうに聞いていた。


「それだけが原因じゃないわ。そもそも、今回の件――」


 ジェリコが中心人物を見分けられない理由について、アリシアは推測を並べようとすると――「失礼しますわ」と丁寧に頭を下げて挨拶をする麗華と、「どーも」とニタニタ笑っている大和が現れた。


 風紀委員がノエル捜索に向かった話を聞いてから、風紀委員を束ねるで麗華と、風紀委員に協力している大和が早々に登場して、大悟たちの視線が二人に集まった。


「風紀委員は白葉ノエルの行方を捜していると聞いているが、何か進展があったのか?」


 娘の麗華が登場するや否や、さっそく父は状況報告させる。


「期待させてしまって申し訳ありませんが、特にありません。ここに来たのは、アカデミーの状況を確認したかったからですわ――アルトマンや、ノエルさんについてアカデミーは何を思い、どうしようとしているのですか? それと、ノエルさんたちの動向について何か知っていることがあるのならば、捜索に役立てるために教えていただきたいのです」


 無駄に期待させたことを謝罪しつつ、娘に対して気遣うことなく鳳グループトップとしての威圧感をぶつけてくる父と、教皇庁トップであるエレナにいっさい気後れすることなく、二人に負けぬ迫力を宿した鋭い双眸を向けて単刀直入にアカデミーの状況を尋ねた。


 そんな娘を探るような目で見つめながら、大悟は淡々と状況を説明する。


「アカデミーは監視の目から逃れて行方不明になった白葉ノエルが、アルトマン側に寝返ったという最悪な事態を想定して動いている。しかし、疑念だけではなく、彼女を信じる声も多少はあることを考慮に入れ、取り敢えず発見次第説得するように命じている。しかし、抵抗すれば即刻実力行使で拘束し、アルトマンと同じ立場になる」


「アカデミーは随分とノエルさんに厳しい判断を下したようですわね」


「前回の一件でアルトマンたち相手に後手に回れば、どんな目にあうのか痛感させられた。加えて、ヴィクターと萌乃という身内が襲われた以上、アルトマンに協力する可能性が僅かにある以上厳しい対応にならざる負えない」


 まだ完全に敵とみなされていないところは温情を感じられるが、それでも危うい立場でいるノエルに、麗華は苦々しい表情を浮かべた、


「アカデミー都市中の監視カメラと、都市内を徘徊する清掃用ガードロボットに備え付けられたカメラの映像で白葉ノエルのおおよその居場所は把握しています。現在、彼女はノースエリアにある最近までアルトマンがかつて使用していた屋敷付近にいるようです。さっそく制輝軍は彼女の元に向かっています」


 元制輝軍を束ねていたノエルにとって、仲間の多い制輝軍が向かったことをエレナから聞いて、ノエルが説得に応じてくれる確率が高まり、一瞬だけだが不謹慎ながらも麗華は安堵の表情を浮かべる――そんな娘の表情の変化を父の鋭い眼光は決して見逃さなかった。


「今のアカデミーはアルトマンに対して非常に敏感になっている。不用意な真似をすれば状況は更に複雑になり、最悪の場合は双方にとって状況は悪くなることを頭に入れておいてくれ」


「……わかりましたわ」


 厳しい声音で放たれた父の忠告に、麗華は頷くことしかできなかった。


 親子の間に不穏な空気が流れはじめ室内の空気が更に重苦しくなるが――そんな状況で「ちょっと良いかな?」と軽い調子で今まで黙っていた大和は声を上げた。


「ノエルさんの対応についてはよくわかったんだけど、アルトマンに関してアカデミーはどんな対応――というか、考えを示しているのかな」


「七瀬さんの持つ賢者の石を狙う、危険人物――そう判断しています」


 エレナの答えを聞いて、大和とアリシアは軽く吹き出してしまう。


「それっておかしいよ。だって、アルトマンはここ数年アカデミー都市内で発生した事件の裏にいて、最近まで表に出なかったのに、ヴィクターさんと萌乃さんを襲ってからは人が変わったかのように表に出て、大暴れしているんだよ? おかしいって思わない?」


「小生意気な小娘に同感ね。上層部のアホどもはアルトマンの力に恐れ、身内に手を出されて頭に血が上って表面ばかり見ていて、裏側を見ていないわ。確かにアルトマンを捕えるのも重要だけど、相手の行動について考えなさいよ。私の知ってるアルトマンは、行き当たりばったりの計画で暴れるほど短絡的じゃないわ。それとなく、さっきの会議で疑問点について話したけど、誰も話を聞いてくれなかったわ。後手に回らないように気合を入れ過ぎて空回りしている猪突猛進のバカばっかよ」


「さすがは大胆にも教皇を誘拐したことのある元アルトマンの協力者、説得力が違うね」


「アンタだって元を辿ればアルトマンに利用されていたの、忘れたの?」


「それを言われるとぐうの音が出ないなぁ」


 大和とアリシア、お互いにアルトマンが関わった事件を起こしたことのある身だからこそ、今回アカデミーで騒動を起こしている彼の行動がおかしいと感じていた。


「幸太郎君が持つ賢者の石が狙いなら、派手に動いている今のアルトマンなら直接狙うはず。もちろん、麗華やセラさんたちっていう大きな障害があるけど、今の無計画なアルトマンなら真っ先に襲う可能性があるのに、一週間経ってもそれがない――当初のアルトマンの目的は第二の賢者の石を生成するのが目的だったのに、今の目的は何だかその目的とは大きくずれてないかな? ――まるで、今の彼は周りから注目を浴びることを望んでいるようだ」


 ニタニタと笑い、混沌としはじめている現状を心底楽しんでいる様子で放った大和の推測に、大悟とエレナは何も反応することなくただただ無表情で聞いていた。


 確信も何もないが、それなりに自信のある推測を聞いて、驚くことも反論することもなく、ただただ黙って聞いている様子の二人を見て、二人はすでに自分と同じ結論に辿り着いていたことを大和は察し、一方のアリシアはそれに気づいて面白くなさそうに口をへの字に曲げていた。


「アルトマンの行動について疑問点があるのは承知しました――が、いまだに彼が何をしようとしているのか情報もなければ、あなたの推測を支持できるほどの確証も得ていません。それに、彼が危険人物であるということも変わりありません」


 大和の推測にある程度の理解を示しつつも全面的に支持するつもりはなく、アルトマンが危険人物であるという認識を変えるつもりはないエレナに、大悟は静かに頷いて同意を示した。


「とにかく、今は推測して無駄な時間を費やすよりも、お前たち風紀委員はアルトマンに集中してもらう。無計画に派手に動いている今が奴を拘束する絶好の機会だ。考えるのはアルトマンを拘束して目的を尋ねてからにする――……頼んだぞ」


 今はとにかくアルトマンに集中するようにと言って、改めて風紀委員に彼を拘束するように命じる大悟の表情が、一瞬だけ鳳グループトップではなく父になった。


 一瞬だけだが大悟の表情の変化を敏感に察知した麗華と大和は、力強く頷いて父に与えられた任務を遂行するために部屋から出て行った。


「――いいの? あれ、絶対に余計なことをするわよ」


 騒がしい二人がいなくなって一気に静まり返った室内で、茶化すようなアリシアの

声が響く。


 そんなアリシアの言葉に反応することなく、大悟とエレナは涼しげな表情でただただカップに注がれた紅茶を口に含み、騒動解決のための情報が来るのを待つとともに、今回の騒動を解決するための方法を熟考していた。


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